『My heart』
――カチコチ、どこかからそんな音がする……と思った。
時計の音だろうか、しかし耳をすませばカチコチ――カチッ……と不規則なリズムを刻んでいるのが分かる。
これでは時計の役目を果たせまい、では何の音だろう。
考えていると、不意に横から「どうしたの?」と声がかかる。長年の友人の声だ、そういえば彼と一緒にいたのだった。
「音がするんだ」
「へぇ、どんな音だい?」
「少し調子外れな時計の音……かな」
そう聞くと友人はパッと私の手を取り、自らの胸に私の手を押し当てた。
驚いた私が手を引こうとすると、それを押し留めて、空いた方の手を口元に寄せ、人差し指を立てる。
静かに。そのメッセージを受け取った私は、聞こえ続ける奇妙な音と、手のひらの感覚に集中する。
カチ、コチッ――カチン
どく、どくっ――どくん
ピタリと重なり合う音と脈動に、私はハッとして友人の顔を見上げた。
「僕の心臓がね、ちょっと機嫌を損ねているみたいなんだ」
そうか、君の心臓の音だったのか。
カチ、――コチン
どく、――どくん
ふと気が付くと私はリビングのテーブルに突っ伏していた。急速に明瞭になる意識の中、状況を理解する。
帰宅してひと息入れるつもりが、うたた寝をしてしまったらしい。壁掛けの電波時計を確認すると、1時間ほどが経っているようだった。
左腕には愛用の腕時計をつけたまま、だからこんな変な夢を見たのだろう。夢で友人だと思った人物も、私の記憶にはない存在だ。
「あれ?」
腕時計の盤面に目をやると、時間がずれていることに気が付く、いつの間に。
ポケットをまさぐってスマホを取り出して時刻を確認する、やはりズレている。電池切れにはまだ早いだろうに。
見れば、時折秒針が不規則に振れて、カチ、コチッ――カチンと、調子外れなリズムを刻んでいるようだった。
私は機嫌を損ねた腕時計を丁寧に取り外すと、この友人の修理をお願いする時計店を検索することにした。
3/28/2023, 9:02:23 AM