ノイズ

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12/13/2024, 2:24:30 AM

おばあちゃんが死んだ。おばあちゃんは正直嫌いだった。おばあちゃんはいつも不機嫌だった。テレビのニュースを見ては政治家に文句を言い、お母さんが宥める光景を何度見ただろう。私はおばあちゃんに怒られた記憶しかない。挨拶はちゃんとしろ、モゴモゴ喋るな、特に人に会うとガミガミ言われた。人前で怒られるのは恥ずかしくておばあちゃんと外に出るのが嫌だった。嫌いだった大嫌いだったはずなのになんでこんなに涙が止まらないのだろう。もう一生会えないことがこんなに苦しいことなんて思わなかった。平然と過ごした何気ないおばあちゃんとの日々はこんなに大切なものなのだと初めて気づいた。



そんなおばあちゃんにはある習慣があった。家にあるおじいちゃんの仏壇に毎日、念仏を唱えることだ。なぜ毎日同じように念仏を唱えるのか聞いたことがある。するとおばあちゃんはこう言った。

「おじいちゃんの体はもう死んだけどね、わたしやあんたたちが生きてる限りこの世にいるんだよ。おじいちゃんが今まで与えてくれたほんの小さい心の繋がりをね、感謝するためにわたしは祈ってるわけ」

私はふーん、とあまり興味を持たなかったが今ならわかる気がする。失ってから気づくなんて遅すぎるのかもしれないが。

12/10/2024, 2:39:40 PM

「友香、俺たち絶対負けないから」

「私たちだって負けないわ」

友香は野球部のマネージャーをしており来週は春季大会予選の準決勝だった。相手は友香の高校と互角で友香の中学から付き合ってる春樹が所属していた。まさかの偶然だったが容赦はしないと意気込んでいた。

「友香さ、どういう対策打ってるとかさ知ってる?」

「え、知ってるけど」

「マネージャーだもんなそら知ってるよな…」

沈黙が続き嫌な予感がした。

「その作戦教えてくんね。無理言ってるのは分かってる。でも俺も3年でこの大会が最後なんだ。この気持ちお前ならわかるよな」

友香は困惑した。友香自身、3年間野球部のマネージャーをしてこのチームに思い入れがあるし最後は優勝して終わりたい。だからこそ春樹のどんな手を使ってでも勝ちたいという気持ちもわかる。春樹にも報われてほしいと思ってる。しかし現実はそう甘くない試合が終わるとどちらかが涙しうなだれる。ここまで勝ち上がってきて嫌というほど目にしてきた光景だ。もし友香たちが勝った時、春樹のそんな姿を見るのは辛すぎる。

だがそれでもできない。今までの野球部の練習が脳裏に焼き付いていた。どろどろになりながらもすべりつづけて茶色に染まったズボン、ヘトヘトなはずなのに監督の地獄のノックに雄叫びをあげて喰らいつく。全部この大会のために頑張ってきた仲間たちの姿が。

「ごめんね、それは無理」

ぎこちなく笑顔を作って友香は言った。

12/8/2024, 2:31:09 PM

何でだろな、何でこうなってしまったのだろう。太樹はマンションの屋上に立っていた。もっと違う道はなかったのか、何度も考えた。しかし何回やってもこうするしかなかった、仕方なかったと自分を肯定する。ありがとうお母さんそしてごめん。

パチン、スーツ姿の父が母を躊躇なくビンタした。母は頬を抑えながら机に手をついた。今日はいつもより機嫌が悪い。

「何度言ったらわかるんだよ。ビールは絶対切らすなって言ってるだろ」

「それは分かってますけど、あなたお医者さんに控えるように言われてるじゃない」

「だからなんだよ、こっちは長時間の仕事で疲れてんだよ、酒ぐらい飲ませてくれよ」

「そんなこと言われても今日は無いので我慢してください」


太樹の父はもともと温厚な性格の人だった。いつも優しく微笑んだ顔が太樹は好きだった。変わったのは太樹が中学に入った時からだ。子供の時からサッカーをしていた太樹は私立の名門中学を志望していた。推薦で入りたかったが何とか勉強で合格することができた。しかし問題は学費だった。私立は他の学校よりもちろん学費が高い。太樹はそれに加えてサッカー部に所属しているからユニフォーム代など用具代、遠征費なども合わせると今までの父の収入では足りなかった。そこで父は本業に寝る間も惜しんで色々なアルバイトを掛け持ちして働いた。朝、太樹が寝てる間に家を出て夜遅くに帰ってくるのが日常なった。毎日クタクタになって帰ってきて父の顔はだんだん無になったいった。


そんなある日、父が珍しく大気に話しかけてきた。

「太樹、最近サッカーの調子ばどうだ」

「頑張ってるけどなかなか上手くいかないよ、まだDチームだよ」

「な、Dチームだと、太樹お前、父さんがどれだけ苦労して稼いでるか知らないのか。お前が強豪でレギュラーになると言うから入学を認めてやったのに」

父は持っていたビール缶を机に叩きつけながら言った。

「そんなこと言ったってまだ一年なんですから、そんなすぐにレギュラーなんて」

母が庇うように言う。

「太樹三年間でレギュラーなれなかったらこの学費全部働いて返せよ」

「え、そんなのおかしいじゃん」

太樹はさすがに腹が立って、ソファから立って父の方まで寄った。

「口答えするな!」

怒鳴るのと同時に父に胸ぐらを掴まれた。その瞬間、顔の右側が熱くなるのを感じた。殴られたのだ。


「お父さん!なんて事するの、殴るなら私を殴って」

お母さんが急いで駆け寄ってきた。

パァン!

それから父はイライラすると暴力的な人になり母を殴るのが日常になった。お母さんの顔には痣が増えていった。お母さんはそれでも大丈夫だから太樹は心配しないでと言う。


俺のせいだ、俺のせいでこの家族は変容した。


太樹は頑張ってくれてる家族のためにも部活で結果を出そうとした。だがさすが名門だけあって練習は厳しくついていくだけで必死だった。2年になり後輩が多く入ってきた。チーム編成も変わり同級生の多くは上のカテゴリーに上がっていったが太樹は一年経っても苦しんでいた。そのうちどんどん後輩が太樹の一年間が無意味だったかのように昇格していく。太樹は燃え尽きた。頑張っても無理だ。自分は選ばれた人間じゃないんだ。部活に行くのが憂鬱になりサボるようになった。適当に遊んで時間を潰す。家に帰ると母が父に泣かされている。


何だこれ。俺っている意味あんの?俺がいない方が幸せだったんじゃない?辞めたやめた。

今までありがとうお母さん、ごめんね。




12/5/2024, 2:13:59 PM

おやすみ、また明日とメール打つと可愛いうさぎのおやすみ!というスタンプが返ってきた。何とも愛くるしいスタンプ。明日は念願の初デートだ。朝起きるアラームはセットしたし、明日着て行く服も決めてる。あとは寝るだけだ。なのになぜ寝れない。寝た方がいい、明日のために身体を休めたい。だが寝れない。豆電球もつけず部屋も真っ暗にしている。何も邪魔するものはない。だが寝れない。そうこうしてるうちに布団が暑苦しくなってきた。寒くなってきたので冬用のモフモフ布団に変えたのだが間違っていたのか。いまさらになって後悔する。彼女は寝てるのだろうか、メールしたい、電話して確かめたい。でももう寝てしまっていたら、ウトウトして寝るところだったら起こすのが申し訳ないと思い、苦渋の決断で断念した。一回水でも飲みに行くか。布団を蹴飛ばして立ち上がり部屋を出た。キッチンで水を入れて一気に飲み干した。一息つきコップを置いた。これで寝れるはずと思い寝室にも戻っていたら洗面所に灯りがついていた。電気を消すついでに鏡で自分の顔を確認した。大丈夫…なはず自信を持て自分、明日は一番俺がかっこいい。うんうんと頷いてみる。すると横でピーという音がした。見てみると洗濯機が止まる音だった。そういえば明日はデートの準備で忙しくなるから洗濯ができない。今しないといけない。嫌なことに気づいてしまったと後悔するが仕方なく洗濯を干すことにした。洗濯を全部干し終えた時には瞼が重くなっていた。夜中にしてはハードな仕事だったがこれでようやく寝れるだろう。やっとの思いでベッドに横になると電話が鳴る音がした。まさか彼女が寝れなくて電話してきたのか、スマホを手に取ってみると彼女ではなく友達からだった。なんだと舌打ちしたあと電話に出た。

「ちょっと聞いてくれよ」
少し声が震えていた。嫌な予感がする。

「また彼女にフラれたんだよ、慰めてくれー」

今夜は長くなりそうだ。

12/4/2024, 1:31:23 PM

「久我くんおめでとう、部署の中で成績トップだよ2年目なのにすごいな」

「ありがとうございます」

称賛の言葉を言うために久我の周りには人が集まっていた。勇大はこの光景を遠目で見ていた。正直見てられない。何でた、何でいつもこうなんだ。称賛の言葉と拍手が飛び交う。

後ろから肩を触られた気がした。振り返るとハンサムな顔立ちが目の前にあった。先輩の灰崎さんだ。

「ドンマイ、たまにこう言う奴いるんだよ」

穏やかな声が灰崎さんの特徴だった。

「わかってます。自分の実力が足りないことぐらい」

「そんな気負うなよ」

灰崎さんはそう言い勇大の肩をポンポンとすると目の前の集団に加わっていった。

久我は勇大が面倒見た後輩だった。この会社では毎年新人とペアを組んで仕事を教える方針で勇大が入った時は灰崎さんに仕事を教えられた。

久我は愛想が良くすぐこの会社に馴染んでいった。久我は仕事を覚えるのが速く教えると何でもすぐできるタイプだった。そんな手のかからない優秀な後輩を持ったことに誇りを持っていたし半分自分のおかげだとも思っていた。まさかこの2年でここまで成長するとは想像してなかった。勇大はそれに比べてここのところ仕事がうまくいっていなかった。

集団にまみれた久我はそれが照れたように頭を掻いている。戸惑ってる感じもするが幸せそうだ。久我が顔を上げた瞬間、勇大と目が合った。久我は腕を伸ばし手でグッドポーズを向けてきた。

こんなことが前にもあったような気がする。勇大は親友だった正樹のことを思い出していた。勇大は小学生の時に町のサッカークラブに入っていた。そこに初心者の少年が入ってきた。町では強い方のクラブであったため初心者が入るのは珍しいことだった。その少年がまさに正樹だった。 

正樹はパスの仕方も知らないぐらいの初心者でそのうち練習に外され1人でボールタッチの練習をさせられることもあった。勇大はそんな正樹が見てられず練習が終わったあと2人で自主練するようになっていた。それから2ヶ月が経ち、正樹はスタメンに入ほど成長した。もともと足が速いという武器があったのだがそれでも異常な成長速度だ。3年くらいクラブに入っていた勇大が喉から手が出るほど欲しかったその称号は正樹があっさり勝ち取っていった。それからはサッカーに身が入らずそのまま一度も試合に出ることなく卒団した。


努力しているはずだ、人一倍頑張ってきた。だが神様は味方してくれない。こんな理不尽あるか。駅のベンチでぼんやりしながらそんなことを思った。勇大はスマホを取り出そうとズボンのポケットに手を入れた。手応えがない、ポケットには何も入っていなかった。やってしまった、会社に忘れてきたのだろう。仕方なく心もズタボロの身体を無理に持ち上げてホームを出た。



オフィスに入るとまだ灯りがついていた。まだ誰かいるのだろうか、そう周りを見渡すと懸命にパソコンに何か打ち込んでる久我がいた。

「こんな遅くまで何やってんだ」

「え、森下先輩いたんですか」

「ちょっと忘れ物してな、それより何やってんだよ」

「えっと、これはタイピングの練習してまして」

たしかに久我のタイピングは遅く仕事はできる分もったいないなと思っていた。

「タイピングが速くなるだけで仕事の効率も全然変わると思うしさらに上を目指すためには必要だと思って」


勇大は久我が残ってタイピングの練習をしてることを初めて知った。もしかしたら毎日やってるのかもしれない。才能だけで上がってきたのだと思っていたが影でこんな努力しているとは。

「え、何やってるんですか」

勇大は久我の横に座るとコンピュータを立ち上げた。

「後輩が頑張ってんのに、俺が帰れるわけないだろ」

そういえば、小学生の時、サッカーのない久しぶりの日曜日で友達の家に遊びに自転車を漕いでる時だったと思う。いつも練習してるグラウンドで1人黙々と練習してるやつがいた。はっきりは見なかったが勇大と同学年ぐらいの身長だったと思う。あいつも見えないところで頑張ってだんだなとふと思った。




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