「久我くんおめでとう、部署の中で成績トップだよ2年目なのにすごいな」
「ありがとうございます」
称賛の言葉を言うために久我の周りには人が集まっていた。勇大はこの光景を遠目で見ていた。正直見てられない。何でた、何でいつもこうなんだ。称賛の言葉と拍手が飛び交う。
後ろから肩を触られた気がした。振り返るとハンサムな顔立ちが目の前にあった。先輩の灰崎さんだ。
「ドンマイ、たまにこう言う奴いるんだよ」
穏やかな声が灰崎さんの特徴だった。
「わかってます。自分の実力が足りないことぐらい」
「そんな気負うなよ」
灰崎さんはそう言い勇大の肩をポンポンとすると目の前の集団に加わっていった。
久我は勇大が面倒見た後輩だった。この会社では毎年新人とペアを組んで仕事を教える方針で勇大が入った時は灰崎さんに仕事を教えられた。
久我は愛想が良くすぐこの会社に馴染んでいった。久我は仕事を覚えるのが速く教えると何でもすぐできるタイプだった。そんな手のかからない優秀な後輩を持ったことに誇りを持っていたし半分自分のおかげだとも思っていた。まさかこの2年でここまで成長するとは想像してなかった。勇大はそれに比べてここのところ仕事がうまくいっていなかった。
集団にまみれた久我はそれが照れたように頭を掻いている。戸惑ってる感じもするが幸せそうだ。久我が顔を上げた瞬間、勇大と目が合った。久我は腕を伸ばし手でグッドポーズを向けてきた。
こんなことが前にもあったような気がする。勇大は親友だった正樹のことを思い出していた。勇大は小学生の時に町のサッカークラブに入っていた。そこに初心者の少年が入ってきた。町では強い方のクラブであったため初心者が入るのは珍しいことだった。その少年がまさに正樹だった。
正樹はパスの仕方も知らないぐらいの初心者でそのうち練習に外され1人でボールタッチの練習をさせられることもあった。勇大はそんな正樹が見てられず練習が終わったあと2人で自主練するようになっていた。それから2ヶ月が経ち、正樹はスタメンに入ほど成長した。もともと足が速いという武器があったのだがそれでも異常な成長速度だ。3年くらいクラブに入っていた勇大が喉から手が出るほど欲しかったその称号は正樹があっさり勝ち取っていった。それからはサッカーに身が入らずそのまま一度も試合に出ることなく卒団した。
努力しているはずだ、人一倍頑張ってきた。だが神様は味方してくれない。こんな理不尽あるか。駅のベンチでぼんやりしながらそんなことを思った。勇大はスマホを取り出そうとズボンのポケットに手を入れた。手応えがない、ポケットには何も入っていなかった。やってしまった、会社に忘れてきたのだろう。仕方なく心もズタボロの身体を無理に持ち上げてホームを出た。
オフィスに入るとまだ灯りがついていた。まだ誰かいるのだろうか、そう周りを見渡すと懸命にパソコンに何か打ち込んでる久我がいた。
「こんな遅くまで何やってんだ」
「え、森下先輩いたんですか」
「ちょっと忘れ物してな、それより何やってんだよ」
「えっと、これはタイピングの練習してまして」
たしかに久我のタイピングは遅く仕事はできる分もったいないなと思っていた。
「タイピングが速くなるだけで仕事の効率も全然変わると思うしさらに上を目指すためには必要だと思って」
勇大は久我が残ってタイピングの練習をしてることを初めて知った。もしかしたら毎日やってるのかもしれない。才能だけで上がってきたのだと思っていたが影でこんな努力しているとは。
「え、何やってるんですか」
勇大は久我の横に座るとコンピュータを立ち上げた。
「後輩が頑張ってんのに、俺が帰れるわけないだろ」
そういえば、小学生の時、サッカーのない久しぶりの日曜日で友達の家に遊びに自転車を漕いでる時だったと思う。いつも練習してるグラウンドで1人黙々と練習してるやつがいた。はっきりは見なかったが勇大と同学年ぐらいの身長だったと思う。あいつも見えないところで頑張ってだんだなとふと思った。
12/4/2024, 1:31:23 PM