ねだるな(テーマ ないものねだり)
「ないものねだり」は何が問題か。
自分にないものを求めるのは人の常。
「できないことをできることにしたい」というのは多くの人が求めること。
しかし、「ないものねだり」の「ないもの」とは、存在しないものを指す。
つまり、「できないことをできるようにする」のは、この場合無理なのだ。
さらに、『ねだる』。
自分で努力するのではなく、他人に要求する。
無理なことであっても、自分が黙って努力する分には、特に人に迷惑も掛けない。努力によって得られるものもあるだろう。
錬金術の研究が、科学発展の基礎となったように。
しかし、他人に要求すると、要求された人は実現のために努力することになる。あるいは、断る労力をかけることになる。
世の中にいらぬ摩擦を生むのである。
秦の始皇帝は存在しない『不老不死の薬』を求め、臣下はさぞ困ったろう。
そして、徐福に詐欺られるのである。
かように、ないものねだりとは、『自分の愚かさを他人に強烈に教え込む』ことになる。
「私は実現できないことを判断できず、人にやらせようとする愚か者です」と大声で言っているのと同じだから。
関係ないが、『ねだる』と『ゆする』は同じ『強請る』と書く。
「ねだる」とは、そもそもいい意味ではない。
また、『足るを知る』という言葉があるように、限度のない要求は嫌われるし、身の丈を超えると破滅する。
まとめると、ないものをほしがることは成長の原動力になることもあるし、自分でやる分には迷惑もかけないので否定しないが、他人にねだらず自分で手に入れよう。
また、ほしがることも限度を超えると、金銭的にも人間関係的にもうまくいかなくなるので、ほどほどにしましょう。
残業後対話篇 地球は毎日、ところにより雨~不寛容な社会について~
(天気予報が当たらない。)
現在時刻は23時。
会社から出ようとすると、本降りの雨だ。
(昨日見た天気予報アプリでは曇りで降水確率10%だったはずなのに。)
『今は?』
内心で問いかけてくるのはイマジナリーフレンド。
40代独身の悲しい寂しさが生んだ想像上の人格である。
(100%。昼に見たら60%になっていたからいやな予感したんだよね。)
『あー。つまりあれか。昨日の夜時点では降水確率10%だったけど、夜間から朝、昼と時間が経つうちに雲行きがかわって、天気予報アプリもそれに伴ってジワジワと降水確率が上がり、夜には100%になったと。』
(多分そう。)
少しずつ変わる天気予報に何の意味があるのか。
『いや、雲行きがかわっていくのに、かたくなに降水確率10%を維持するのは、そっちの方が問題でしょ。』
(当たれば問題ない。)
そう。天気予報がコロコロと確率を修正していくのが問題なのではなく、当たらないことが問題なのだ。
『何かさ。』
(何さ)
『不寛容じゃない?』
(・・・そうかな。)
言われてみれば、気が短くなっているというか、過激になっているような気もする。
(23時まで残業して、疲れているから。ここで雨にも降られるなんて、さらに気が滅入ることを増やしたくないのかも。)
『異常気象は近年言われていることだし、予想が難しくなっているんでしょ。そして、何より。君はいつもカバンに折りたたみ傘を入れてるでしょ。』
(そうだったね。)
カバンから傘を出す。
(心の余裕がないと、不寛容になる、か。)
余裕のないときに寛容であろうとすることが難しいことがよく分かった。
(仕事が詰まってプライベートがないから、これ以上わずかな不幸も許せそうにない。)
『自分がわずかなミスも許されないから、相手のミスを許したくないとかね。』
そういうことも、あるかもしれない。
不寛容さは、自らの不幸と比例する。
恋なんて(テーマ バカみたい)
薬物中毒にでもなったみたいで。
バカみたいなことをしたり、勝手に苦しんだり、勝手に幸せになったり。
『人間は恋と革命のために生まれて来たのだ』という言葉がある。太宰治の『斜陽』の中の言葉だ。
恋とは、子を残すための、人の個の動物としての本能。
革命とは、現状を改善して進化するための、人の集団としての、『人間』としての本能。
両方とも本能。
『寄生獣』で、『人間はもう一つ脳を持っている』という台詞がある。
人間とは、個々の人とは別に、組織、集団として別の生き物を構成しているのだ。
その集団としての生き物の本能が『革命』だったり、あるいは国家の維持だったり、経済活動だったりする。
集団としての人間を維持するための行為。
ルールを決め、集団を壊す個を『犯罪者』として排除して、ルールが現実に合わなくなるとルールを見直す。
そして、ルールを管理する『脳』にあたる集団と組織そのものが現実と適合しなくなり、『集団を維持するのに適切でない』と判断すると成り代わる。これが革命。
もちろん、これが正しく機能するときばかりではない。
病には、体の持つ元々の機能がうまく働かないために起こるものもたくさんある。そういう革命もある。
何が言いたいかというと、恋も革命も、本能に基づくものであり、『そのために生まれてきた』というのは間違いではないが、それが正しいかというと、それに限らないと言うことだ。
恋に夢中になる人が端から見ると浮かれてバカみたいに見えるように、革命家は夢みたいなことに人生をかけるバカみたいに見える。
ただし、一方で、その本能に基づく行動がなければ、革命は起きないし、恋も成就することはない。
『バカなことを』と笑っていた求愛行動ができず、生涯独身は現代では珍しくない。
『生活が苦しいのに、誰も国を変えようとしない』と嘆くばかりで、皆が我慢するばかり。
なぜなら、革命なんてバカみたいなことをしない、利口で忍耐強い国民ばかりになったから。
そしてますます苦しくなる。
バカみたいと思っていても、素直にバカをやる必要がある場面が、人生にはある。
祖母の見守り(テーマ 二人ぼっち)
1
毎週日曜日に、両親が家を出て、合唱団の発表の練習をする。
歌は仕事を退職した両親の趣味、生きがいと言っていい。
その間、私は90を超える祖母と二人で留守番だ。
祖母はまだ歩ける。
食事もトイレも自分でできる。
いわゆる介護はそこまで必要ない。
しかし、認知が進み、火が扱えない。食事の準備ができないし、今何をしていたかを忘れてしまう。
また、この前は転倒して肋骨を折った。
歩行器を使うようにしたが、これも忘れてしまう。
見守りがいるのだ。
2
私の生活は仕事中心で、土曜日も休日出勤している。
日曜日もしていたが、祖母の見守りをするようになってからは、不可能になった。
その分、平日勤務を遅くまでしている。
日曜日は、朝、24時間空いているスーパーに行き、お昼の惣菜を買って、9時前に実家へ向かう。
私が実家についたら両親は外出する。
祖母はあまりしゃべる方ではない。
私もしゃべる方ではない。
母はその分喋り始めると止まらない方だが、今はいない。
祖母の見守りは、おおむね静かな時間だ。
3
寒い、と祖母がいう。
祖母は座っているが、足が固まるのか、立ち上がるのも歩くのもかなり時間がかかる。
私はお茶を淹れる。
綿入れを持ってきて掛ける。
ストーブの温度を上げる。
寒いと言わなくなったら、私は持ってきた仕事をして、祖母は新聞をずっと読んでいる。
静かな二人の時間だ。
4
平日も休日も仕事。
私の人生は仕事ばかりだ。
一方、祖母の人生はどうか。
結婚して子育てをして、子どもも結婚して孫(私)を生み、その孫は大きくなって仕事をしている。
私から見たら、人生、頑張ってうまくやったように思う。
独身で、今後も一生独身だろう私と比べると特に思う。
結婚しないことも、非正規雇用も、給料が上がらないことも珍しくない現代とは条件が違うのだろうけれど。
そもそも、現代の高齢者はほとんど『そう』なのだ。
みんな結婚している。
5
寒い寒い、とまた祖母は言った。
口癖のように。
寒いとは、気温ももちろん低かったが、それだけだろうか。
孫たちは結婚せず、ひ孫の望みがない。
お寒い我が家の末期に思わず出た台詞なのかもしれない。
ただ、まだこうしてその言葉を聞く私はいるのだ。
私がさらに歳をとって高齢者になった時、私の言葉を聞く相手は居ないのだろう。
そのときは一人ぼっちだ。
まだ、今は二人ぼっち。
とりあえず、私は仕事を片付けつつ、お昼に何を食べるか考えるのだ。
平凡な一生(テーマ 夢が醒める前に)
1
これは、ある、どこにでもいる男の話だ。
日本の片田舎に生まれて、まずは幼稚園から学校へ進む。
泣き虫で、幼稚園ではよくいじめられた。
『うまくやらないとずっと泣くことになる』と彼が思った原点がここにあるかもしれない。
小学校に上がり、今度はなんとか友達を作りつつ、勉学に励む。
『要領よくいかなくては』
物事はほどほどに。バランスが大事だ。
孤立しないように振る舞い、勉強も落ちこぼれないようにやる。
2
大学に行く前くらいには、一度は男女交際をしておかなくては。
特に男の場合、高齢になれば女性から相手にされなくなる。
高嶺の花に手は出ない。自分と付き合ってくれる相手を探す。
大学も、そこそこ以上で、できれば国公立。
うちは金持ちではないし、あまりにもレベルが低ければ両親に迷惑がかかる。
無事に大学へ進んだ。合格したときは両親も祝ってくれた。
3
大学卒業後は、就職だ。
親の代と異なり、非正規雇用が増え、ただ働いていれば給料が増えるわけではない。
『どこでもいい』『何でもいい』とは言えない。
企業選びは大事だ。
なんとか、給料ほどほどの企業から正社員の内定をもらう。
名刺を実家の両親に見せたら、壁に貼っていた。
仕事に追われながら、しばらくして結婚した。
結婚式。
仕事の話しかしていない上司は、挨拶で『彼はやり手で』と持ち上げてくれ、仕事場の同僚はお酒で赤らんだ顔で祝ってくれた。
妻の仕事場の上司も、やはり同じようなことを言っていた。
似たもの同士の結婚かもしれない、と内心で思った。
両親は泣いて喜んでいた。
4
家族を養いながら、仕事に打ち込む。
結婚2年目で子どもが生まれた。
よく泣く子だ。夜中も泣き続けで、とても寝ていられない。
妻は育児休業をとって、子育てに専念した。
その間も会社の仕事は増え続けた。
一時は、その分残業代も出たので、物入りな子育ての際には助かった部分もある。
しかし、妻はその間、子どもと一対一で向き合っている。
目も手も体も離せない。油断できない時期だ。
妻の育児休業期間が終わる。
子どもを保育所に預けて夫婦ともに仕事場へ。
子育ては夫婦で協力して臨む。
保育所への送りは自分、迎えは妻。送りに行く自分も、迎えにいく妻も、勤務を調整している。
自分の場合はフレックスで勤務時間を後ろにずらした。
つまり、その分遅くまで働くのが通常になった。
そして、増えた仕事が終わらないので、さらに遅くまで残業をする。
互いの親に孫の顔も見せるために月に1回は、週末、互いの実家へ行った。
最初はうまくいっていた生活も、次第に疲弊していく。
仕事は、歯を食いしばって残業を続けていたが、いくら頑張っても増える一方だ。
働き方改革で休みは取りやすくなったが、仕事が減ったわけではない。
会社を潰さないためには誰かがその分働かないいけない。
子育ても忙しい。
仕事仕事で、妻にも子どもにも、時間をとれないことが増えてきた。
その代わり、休みの日は子どもの面倒を見たり、月一の自分の実家への顔見せの際には、自分と子どもだけで行き、妻には休みをあげたりした。
その間も仕事は増え続ける。
部下が休んだり、辞める。
さらに仕事が増える。
終わらない。ずっと終わらない。
給料が増えたと思ったが、税金も増えた。
思ったほど貯蓄もできていなかった。
5
ある日、体が起こせなくなった。
病院を回ると、体ではなく心の病であった。
メンタル不調。うつ病。
仕事を休むことになった。
妻が仕事をメインでやるようになり、自分が子どもの面倒を見ながらうつ病治療。
症状はよくなったり悪くなったり。
一時は字が読めなくなった。
薬を飲みながら治療をする。
妻は仕事で家にいない時間が増えた。
薬を飲みながら仕事に復帰した。
少しずつ仕事を増やす。
しかし、復帰後の職場はさらに増えた仕事と、少なくなった人員で回す地獄の環境となっていた。
薬でごまかしながら、仕事漬けに戻った。
子どもは小学校中学年になり、いわゆる鍵っ子になっていた。
6
ある日、家に帰ると誰もおらず、妻は子どもを連れて実家に帰り、離婚届が送られてきた。
平凡な人生は躓き、幸せは消えた。
何が悪かったのか。
仕事をもっと減らすための努力が足りなかった。
家族にもっとかまうべきだった。
妻に愛想を尽かされないための努力が足りなかった。
考え続けても答えは出ない。
ただ、朝、起きても妻も子どももいない。
7
親は肩を落としていた。
それでも人生は続く。
うつ病の薬を飲みながら仕事にどっぷりと浸かり、時間を作っては再婚をするために結婚相談所に登録して、仕事の合間に人に会う。
ちょっとまて。
本当にそれでいいのが?
その繰り返しでいいのか?
それが『どうしても欲しかったもの』か?
そもそも、なぜ、『それ』がほしかったのが。
分からない。
周囲も当然そうしていて、両親も『それ』を望んでいて、なんとなく幸せそうで。
子どもの高い体温をだきあげていると、生きている、という実感はあった。
だが、妻の考えることは次第に分からなくなり、空回りが多くなっていた。
仕事は終わらなくなり、残業や休日出勤は当たり前。
体も心も持たなくなった。
もう一度、自分が必要な幸せを考え直すべきではないか。
それどころか、幸せという麻薬をほしがることを、考え直すべきではないか。
自分は今まで、『そういうものだ』という理由から、橋から落ちないようにうまく立ち回ってきた。
しかし、それは『酩酊状態から醒めないように酒を飲み続ける行為』ではないのか。
今、『夢から醒める前』に『別の夢』を必死に積み上げようとしているが、それが本当に正しいことなのか。
結婚して、子どもができて、ささやかな夢、平凡な幸せをつかんだと思った。
思ったが、崩れるのもあっという間だった。
そして、崩れた夢をまた積み上げようとしていることを今、自覚した。
夢とは一体何なのか。
必死になって追っていた『夢』、あるいは追われていた『夢』。
夢は『平凡な幸せ』と言い換えてもいい。
一体それは何だったのか。
ただ、壊れた心と老いが見えてきた体と、山のような仕事があるだけの私。
そんなものが、本当に欲しかったものなのか。
わからないことだらけ。
しかし、一つだけ思ったことがある。
今、『夢から醒めた』のだ。