この気持ちが一晩で消えないように(テーマ 眠りにつく前に)
眠ってしまうと、今抱いていること気持ちが、眠りと共に消えてしまう気がして。
せめて、伝えるために、筆を執る。
この気持ちは、一言では伝えられない。
言葉にすると、気持ちは変質してしまうから。
物語として残して、読んだ人が、私と同じ気持ちを共有来てもらえたら、そう思って意識が切れる前に書く。
眠って、起きたら、今のこのはかない気持ちは、眠気とともに消えてしまうと思うから。
今日の私の今の気持ちは、明日には消えている。
だから書く。
命みじかし、私の心。
体力回復の夜(テーマ 束の間の休息)
22時過ぎ。
会社から出て、眠い頭を抱えつつ、行きつけの24時間スーパーへ向かう。
軽くお腹に入れるものを買い、半分寝ながら自宅へ。
独身中年男の、誰も待っていない家。
ゴミがそこかしこにある、荒れた部屋。
寂しいとか、汚いとか、時間があれば考えるのかもしれないが、とにかく、さっき買ってきた夕飯を胃袋に詰め込む。
これで後は寝るだけだ。
シャワーの一つも浴びたいところだが、そのまま寝る。
早朝に起きるためには、自分的にはいくつかコツがある。
寝るときに疲れを身体に覚えさせないことと、起きた後の熱いシャワーと、冷水。
(これで何とか目覚めをよくして、5時起き、6時に会社へ行く。これで朝礼までの貴重な作業時間を確保するのだ。)
気分は戦場の兵士だ。
僅かな休憩をキチンと体力の回復に使うことで、少しでも生存率を上げる。
早速ベッドに倒れ込む。
(あー。学生の頃にゲームでキャラを酷使した罰が下ったのかな。)
よくプレイしたそのゲームは、夜は限界なら翌朝6時まで活動できた。そして8時からまた活動できたので、キャラクターを訓練に次ぐ訓練で酷使して、能力を向上させていた。
今は、自分が死なないために、睡眠時間を確保するのだ。
12時から5時までの5時間。
体力回復し、脳の老廃物を洗い流して、翌日の仕事に備えるのだ。
明日も仕事が詰まりに詰まっている。
(あー、ワークライフバランスが取れた職場に転職したい。もうなんか、バイトでもいい。)
そして、明日のために、意識を手放した。
束の間の、僅かな休息。
見る者、見られる者(テーマ 澄んだ瞳)
物心ついた頃、あるいはつく前。
その子の瞳は純粋で、見るものすべてが不思議に満ちていた。
おもちゃはもちろん、机も椅子も文具もお菓子も、両親も、すべてが不思議。
周囲の大人は、その子の澄んだ瞳を、子どもらしい無邪気な表情だと感じ取っていた。
ただし、その瞳の向こう側にある脳で、本当は何を感じているのかは、周囲には当然伝わらなかった。
エレメンタリースクールに入り、彼は澄んだ瞳のまま、やはり不思議な世界を見続けた。
知らないことを教えてくれる『先生』という人がいたので、知らないことをどんどん聞いた。
最初は機嫌良く答えてくれていた『先生』は、段々とうんざりしてきて、嫌な顔を隠そうとしなくなり、最終的にはその子を相手にしなくなった。
それでも質問を繰り返すその子を、スクールはついに退学にしてしまった。
学校を退学しても、その子の瞳に映る世界が不思議であることは変わらなかった。
その子は、疑問を解消するために実験を繰り返し、ずっと何かを研究する生活になった。
周囲は、エレメンタリースクールを退学になった変わり者として彼を見るようになった。
時が経ち、彼はいくつかの発明をして、発明家として世に知られるようになった。
周囲は彼の瞳を、あれが人とは異なることをする顔つきだと噂した。
さらに時が経ち、彼は他の学者とトラブルになったり、裁判で争ったりするようになった。
争った相手は、これだからエレメンタリースクールも出ていない奴は、と、彼の瞳を低学歴者の証のように見ていた。
さらに大きく時が過ぎ、彼は最後の研究をしていた。
最後の研究は、幽霊と話ができる電話機であった。
現代の私たちは、さしもの発明王も、歳で耄碌したかと思ってしまう。
しかし、しかしである。
彼自身は、幼い頃から変わらず、自分の周囲の世界が不思議で、その世界を実験して、新しいことを知って、何かを作る。
それをただ繰り返してきただけだった。
変わったのは、周囲であった。
彼の瞳は変わっていない。
笹飾り(テーマ 七夕)
子どもの頃「○○になりたい」
高校生「○○大学合格」
大学生「彼女が欲しい」
社会人「昇給」「時間が欲しい」
30代「結婚相手」「ワークライフバランス」
40代「両親の健康」「ワークライフバランス」
50代「自分の健康」「ワークライフバランス」
60代「引退したい」「活力」「ワークライフバランス」
70代「引退したい」「活力」「ワークライフバランス」
何一つかなうことはないけれど、自分が何を望んで、何に苦しんでいたかを思い出すことはできる。
大切なのは、何を願うかではなく、限られた時間とコンディションの中、何をするかである。
今日、この道を曲がらなければ(テーマ 岐路)
1
会社への通勤路。
この道を左に曲がれば、あとは僅かに歩くだけで、会社が見える。
会社に入り、ロッカーにコートを入れて、席に着く。
昨日の終わっていない仕事とまた向き合う。
メールが届くたびに仕事は増え、催促の電話は鳴り終わらない。
社の窓口では顧客が、できないサービスを要求する。
部長は顧客満足度の向上のためか、自分の手柄のためか、次々とサービスを増やしていく。
課長はそのサービスをそのまま部下に振っていく。
これ以上下に振るところがない私たちは、家庭と私生活を潰しながら仕事をこなしていく。
先に潰れるのは心か、身体か。
耐えられない者から消えていく。
2
働き方改革とは、どこの話か。
残業は100時間を越えのが通常で、増え続けるしごとをこなせないのは私たちの効率が悪いから。
黙って働いていた私も、いつしか忙しさに心を失っていた。
それでも、後輩が病気で長期に休むと悲しくなる。
どうしたらよかったのか。
三人前働けない、情けない先輩で申し訳ない。
そもそも、自分の能力が低いのが悪いのか、仕事が多いのが悪いのか。
その区別もつかなくなる。
3
路の話に戻る。
この路を曲がらず、直進したらどうだろう。
会社にはもちろんたどり着かない。
まっすぐ行っても、ここは田舎だ。ひたすら道沿いを歩くと、山にぶつかる。
道沿いに曲がって隣町に行き、やがて海に出るのではなかったか。いや、その前に鉄道駅にたどり着くか。
鉄道駅で電車に乗り、海沿いを進むとかつての高校が見えてくる。
工業高等専門学校だ。
しかし、私はこの学校を卒業しながら、全く畑違いの職に就いてしまった。
この学校を出た後、関連する業界に就職したら、私はどうなっていただろう。
もしくは、最初の仕事を辞めて今の職場に来なかったら。
あるいは、今の職場を早めに辞めて、また別の職に転職していたら。
体を壊しつつ働く今の状態を回避できただろうか。
あるいは、よりひどい状態になっていただろうか。
4
頭を切り替える。
過去には戻れないのだ。
職場に行かず、直進し、列車に乗り、どこか遠くの町へ行くのはどうか。
上京してもいいかもしれない。
もう若さもないが、バイトまで含めれば、何らか仕事はあるように思う。
甘いだろうか。
東京に行けばなんとかなる。
そう思うのは、田舎者の夢見がちがところかもしれない。
もういい年だというのに。
しかし、そう。もういい年なのだ。
本来なら、結婚して、子どもを育てているはずの年齢。
同級生にはそうやって生きているやつは何人もいる。
まあ、あれだ。
結婚してない、子どもも無い。
だから、すべてを放り出すことができるとも言える。
どこか遠くの町へ。
夢がある話ではないか。
5
どこか遠くの町へ行った場合。
始業時間になれば、来ない私を不審に思った課長がスマホに電話をするだろう。
私は電話に出ない。あるいは、退職代行にでも連絡をお願いするか。
そこまで行かなくても、「今日は体調不良で休みます」でもいい。
どうにもならない状態だが、一日休んだだけではその破滅は上まで伝わらない。
逆に言えば、私が永遠に職場に戻らないと仮定した場合。
数週間後の破滅を回避するためには、一刻も早く代わりの人間を宛てる必要がある。
もちろん、すぐに同じ動きができるとも思わない。しかし、今日から別の職員が当たれば、大きな破滅は回避できるのかもしれない。
辞めるのなら関係ないって?
そう思えるなら、これまで迷わず辞めている。もしくは、どうでもいいと、終わらない仕事を放り出して帰ってしまっている。
こんなことを考えてしまっているから、未練がましく長時間労働をしている。
自分の能力が上がれば、もしかしたら人間らしい暮らしを取り戻せるかも、と思うから。
しかし、その未練が、同僚や後輩を壊した。
彼らは私よりも前に、この現状で壊れてしまった。
私は中途半端なのだ。
さっさと辞めてしまえばいい。あるいは、仕事が回らないことについて、もっと上に掛け合うか。
ただ自分の仕事を終わらせることだけを考えて、長時間労働をした結果が、今だ。
きっと、私が体を壊しても、上司たちは言うだろう。
「そこまで無理するなら、言ってくれればよかったのに。」
しかし、私が人を増やしてほしいと言ったときに彼らは何と言ったか。
『そんなことを言っても人は増やせないよね』
『よね』とは何か。あなたは私よりも遙かに権限を持っているはずでは無いのか。
それとも、ないのか。どこまで行っても人を増やせる人間など存在しないのか。
・・・そんな経験をしても、まだ会社に行くのか。
6
この道を曲がるのか、まっすぐ進むのか。
毎日岐路で考える。
毎日曲がることができるのか。
そのうち体を壊して歩けなくなり、道をまっすぐ歩くこともできなくなるのではないか。
見えないだけであるはずの「体が壊れるまでのカウントダウン」におびえながら、今日も。
道を曲がる。
いつか、まっすぐの道を歩くことを夢見て。