Open App

今日、この道を曲がらなければ(テーマ 岐路)

1

 会社への通勤路。
 この道を左に曲がれば、あとは僅かに歩くだけで、会社が見える。

 会社に入り、ロッカーにコートを入れて、席に着く。

 昨日の終わっていない仕事とまた向き合う。
 メールが届くたびに仕事は増え、催促の電話は鳴り終わらない。
 社の窓口では顧客が、できないサービスを要求する。

 部長は顧客満足度の向上のためか、自分の手柄のためか、次々とサービスを増やしていく。

 課長はそのサービスをそのまま部下に振っていく。
 これ以上下に振るところがない私たちは、家庭と私生活を潰しながら仕事をこなしていく。
 先に潰れるのは心か、身体か。
 耐えられない者から消えていく。

2

 働き方改革とは、どこの話か。
 残業は100時間を越えのが通常で、増え続けるしごとをこなせないのは私たちの効率が悪いから。

 黙って働いていた私も、いつしか忙しさに心を失っていた。

 それでも、後輩が病気で長期に休むと悲しくなる。

 どうしたらよかったのか。
 三人前働けない、情けない先輩で申し訳ない。

 そもそも、自分の能力が低いのが悪いのか、仕事が多いのが悪いのか。
 その区別もつかなくなる。

3

 路の話に戻る。

 この路を曲がらず、直進したらどうだろう。

 会社にはもちろんたどり着かない。

 まっすぐ行っても、ここは田舎だ。ひたすら道沿いを歩くと、山にぶつかる。
 道沿いに曲がって隣町に行き、やがて海に出るのではなかったか。いや、その前に鉄道駅にたどり着くか。

 鉄道駅で電車に乗り、海沿いを進むとかつての高校が見えてくる。

 工業高等専門学校だ。

 しかし、私はこの学校を卒業しながら、全く畑違いの職に就いてしまった。
 この学校を出た後、関連する業界に就職したら、私はどうなっていただろう。

 もしくは、最初の仕事を辞めて今の職場に来なかったら。

 あるいは、今の職場を早めに辞めて、また別の職に転職していたら。

 体を壊しつつ働く今の状態を回避できただろうか。

 あるいは、よりひどい状態になっていただろうか。

4

 頭を切り替える。
 過去には戻れないのだ。

 職場に行かず、直進し、列車に乗り、どこか遠くの町へ行くのはどうか。
 上京してもいいかもしれない。

 もう若さもないが、バイトまで含めれば、何らか仕事はあるように思う。
 甘いだろうか。

 東京に行けばなんとかなる。
 そう思うのは、田舎者の夢見がちがところかもしれない。

 もういい年だというのに。

 しかし、そう。もういい年なのだ。
 本来なら、結婚して、子どもを育てているはずの年齢。

 同級生にはそうやって生きているやつは何人もいる。

 まあ、あれだ。

 結婚してない、子どもも無い。
 だから、すべてを放り出すことができるとも言える。

 どこか遠くの町へ。

 夢がある話ではないか。


5

 どこか遠くの町へ行った場合。

 始業時間になれば、来ない私を不審に思った課長がスマホに電話をするだろう。

 私は電話に出ない。あるいは、退職代行にでも連絡をお願いするか。

 そこまで行かなくても、「今日は体調不良で休みます」でもいい。

 どうにもならない状態だが、一日休んだだけではその破滅は上まで伝わらない。

 逆に言えば、私が永遠に職場に戻らないと仮定した場合。
 数週間後の破滅を回避するためには、一刻も早く代わりの人間を宛てる必要がある。

 もちろん、すぐに同じ動きができるとも思わない。しかし、今日から別の職員が当たれば、大きな破滅は回避できるのかもしれない。

 辞めるのなら関係ないって?

 そう思えるなら、これまで迷わず辞めている。もしくは、どうでもいいと、終わらない仕事を放り出して帰ってしまっている。

 こんなことを考えてしまっているから、未練がましく長時間労働をしている。

 自分の能力が上がれば、もしかしたら人間らしい暮らしを取り戻せるかも、と思うから。

 しかし、その未練が、同僚や後輩を壊した。

 彼らは私よりも前に、この現状で壊れてしまった。

 私は中途半端なのだ。

 さっさと辞めてしまえばいい。あるいは、仕事が回らないことについて、もっと上に掛け合うか。

 ただ自分の仕事を終わらせることだけを考えて、長時間労働をした結果が、今だ。


 きっと、私が体を壊しても、上司たちは言うだろう。

「そこまで無理するなら、言ってくれればよかったのに。」

 しかし、私が人を増やしてほしいと言ったときに彼らは何と言ったか。

『そんなことを言っても人は増やせないよね』

 『よね』とは何か。あなたは私よりも遙かに権限を持っているはずでは無いのか。

 それとも、ないのか。どこまで行っても人を増やせる人間など存在しないのか。

 ・・・そんな経験をしても、まだ会社に行くのか。

6

 この道を曲がるのか、まっすぐ進むのか。

 毎日岐路で考える。

 毎日曲がることができるのか。
 そのうち体を壊して歩けなくなり、道をまっすぐ歩くこともできなくなるのではないか。

 見えないだけであるはずの「体が壊れるまでのカウントダウン」におびえながら、今日も。

 道を曲がる。

 いつか、まっすぐの道を歩くことを夢見て。

6/9/2024, 6:46:56 AM