ねだるな(テーマ ないものねだり)
「ないものねだり」は何が問題か。
自分にないものを求めるのは人の常。
「できないことをできることにしたい」というのは多くの人が求めること。
しかし、「ないものねだり」の「ないもの」とは、存在しないものを指す。
つまり、「できないことをできるようにする」のは、この場合無理なのだ。
さらに、『ねだる』。
自分で努力するのではなく、他人に要求する。
無理なことであっても、自分が黙って努力する分には、特に人に迷惑も掛けない。努力によって得られるものもあるだろう。
錬金術の研究が、科学発展の基礎となったように。
しかし、他人に要求すると、要求された人は実現のために努力することになる。あるいは、断る労力をかけることになる。
世の中にいらぬ摩擦を生むのである。
秦の始皇帝は存在しない『不老不死の薬』を求め、臣下はさぞ困ったろう。
そして、徐福に詐欺られるのである。
かように、ないものねだりとは、『自分の愚かさを他人に強烈に教え込む』ことになる。
「私は実現できないことを判断できず、人にやらせようとする愚か者です」と大声で言っているのと同じだから。
関係ないが、『ねだる』と『ゆする』は同じ『強請る』と書く。
「ねだる」とは、そもそもいい意味ではない。
また、『足るを知る』という言葉があるように、限度のない要求は嫌われるし、身の丈を超えると破滅する。
まとめると、ないものをほしがることは成長の原動力になることもあるし、自分でやる分には迷惑もかけないので否定しないが、他人にねだらず自分で手に入れよう。
また、ほしがることも限度を超えると、金銭的にも人間関係的にもうまくいかなくなるので、ほどほどにしましょう。
3/27/2024, 10:31:19 AM