名無しの夜

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6/17/2024, 3:47:47 AM

去年の春、パート先を転職した


良い職場で、同僚のみんなも良い人で
居心地は良かったけれど

元々の私の体内時間は夜型で

どうしても
体質と勤務時間が合わなくなっていた


そんな矢先、
とっても嫌なことが起きた


理不尽な目に遭うことは
誰にだってありうることだから

深く考える必要なんてない


だけど
ちょうど色々悩んでいた時だったから
堪えてしまった


有給を使って休んでいるうち

居心地の良さだけでとどまる必要あるかな、
なんて思ってしまった


求人サイトをぼけっと眺めて
自分の今の体質に合いそうな仕事に
ポチッと応募

サクッと面接
ザクッと落ちた


非正規といえど、甘くないねぇ

やっぱり続けるしかないかぁ、と半ば諦め

それでも諦めきれず

あれ、これ良さそうだな
できるかな? とりあえず応募だけ

即連絡来て、翌日には面接に

無理かな、と思っていた所だったのに
あっさり受かって拍子抜け


とりあえず働いてもらって
その後一定期間で継続雇用するか決める的な
会社だった、というオチだけど


去年の今頃は、
そんな会社ルールを人伝に聞いて
『まあ大丈夫だろー、多分』
なんて思いながら

でもそんな自分評価が
実は間違っているかもしれない、と
半分は戦々恐々としていたり


そんな頃だったな


そしてその頃には

まだ、あなたがいた


帰宅すれば
お気に入りのキャットタワーに置いた
クッションの上で寝転がっていて

顔を上げて、可愛く鳴いて挨拶してくれた

それが何より嬉しかった


今は

お気に入りの場所の一段上に置いた
あなたの写真に、挨拶している

あなたの姿を思い出すけれど

やっぱり寂しいな哀しいな


お迎えも挨拶も、あなたに任せて
私のベッドでグースカ寝ていた弟分な猫くんは

この頃は子猫時代のように
玄関前でお迎えしてくれているよ


……お迎えというより、
『寂しかったー!』の訴えだろうけど……


仕事は去年とは違う部署に配属されて

覚えることも目標数値的なものも
少し増えたけれど

何とか頑張っている


来年の今頃は、どんな心境で
今時分のことを思い出すのかな


惰性な日々ではあるけれど

ちゃんと思い出せるように

時々は、大切に過ごしていこう

6/16/2024, 8:00:35 AM

好きな本——

真っ先に思いつくのは、
ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』。

父が、仕事関係の人から「本好きな子なら夢中になるはず」と言われて、映画のチケットを持ってきたのが出会いの最初。

日本語版の原作本も注文してきたと言っていたので、私はとても楽しみにしていた。


本はまだ届いてなかったので、最初に映画を見た。

想像するだけだったファンタジーの世界がリアルに表現されていて、私はその世界の虜になった。

今でいったら、異世界転生——ならぬ、転移物、というのかな。

多分その祖ともいえる作品だと思う。

そりゃあ夢見がちな子供は夢中になるよね……。

一緒に映画を見た父は辛口批評をしていたけれど、映画の多少の粗なんて、私は想像力で十分補えていたから、お話の世界に心底惚れ込んでしまっていた。


そうして一週間後ぐらいに届いた待望の原作本は。

分厚くて、重い、立派な本だった。


お話の前半は、映画通り——

当然だけれど、映画より濃密に描かれた世界に時折キツさも感じたけれど、夢中になって読み進めた。


けれど、二部に入って。

読み手側だった男の子が、本の中の世界に入って真の主人公として話が進んでいくと。

読むのが段々と苦痛になってしまった。

読み手側だった男の子の性格がどんどん歪んで共感できなくなってしまったし。

前半の、本の中の物語の主人公側だった少年との関係が決裂してしまったことは、本当に辛かった。


読み始めたら一気に読み上げてしまう私が。

初めて一旦、読むのをやめてしまった。


丸一日続きを読まず、彼らのことを色々考えてしまった。

本の中の人物のみならず。

子供が読む本に、こういう展開は必要なのだろうか、なんてことまで考えた。


苦痛ではあったけれど、結末はやはり知りたくて、また読み始めた。

ページが進むと、まさに仰天する、もっと重い展開が待っていて。

けれど今度は、読むことを止められなかった。

読み手側の男の子が現実世界に戻る経緯あたりは、すすり泣きしながら読んだ。


読み終わったあとは、良かったと安堵したけれど。

ただ、めでたしめでたし——ではない終わりだから、その後についても色々考えさせられた。

自分だったらどうなっていただろうか、なんて思いを馳せたり。


子供の頃、この本に出会ったことは私にとって大きな意味があった。


だから息子にも読んでもらいたくて買ったのだけれど——長過ぎる、と途中で放り出されてしまった……。


私が買ってもらった本は、実家に置いてきてしまったし。

息子に買った本は、引っ越しの際に息子自身が破棄してしまって、今は手元にない。


思い出したら読みたくなってしまった。


電子版もあるかな、調べてみよう。


……なかなか勧め辛い本だけれど。

機会があったらぜひ最後まで読んで欲しいなぁ。

そしてどこかで語り合いたいな。

この本だけは、読破した人でも熱く語り合えた記憶がないから……。


あ。
だけど私は思いが溢れて言葉にならないかもしれない。

ハイッ、ダメ〜!

6/15/2024, 3:42:38 AM

 空模様は、曇天。

 とはいってもその色合いはライトグレーで、雲の層も重苦しいものではない。

 給湯室の脇にある、そう広くもないカフェスペースでスマホの天気アプリを起動してみる。

 一つは、夕方ぐらいから小雨を予測し。
 もう一つは、曇りのままと表示されている。

 ふむ、と僕が首を捻っていると。

「お疲れさまでーす」

 同僚の女性二人がやって来た。

「お疲れさまです」

 会釈すると、僕と目を合わせたショートカットの女性も小首を傾げた。

「どうかしました?」

「え、いや別に。……単に、これから雨が降るかどうか少し気になっただけで」

 ああ、と女性は合点して頷いた。

「取引先に行かれる予定でしたね——大丈夫じゃないですか」

 窓の向こうの空を確認して言う。

 連れ合っていた、ふんわり髪を片肩で一つにまとめている女性がえーっと声を上げた。

「私だったら傘、持っていきますー! 降られたらヤじゃないですか」

 この季節の雨って湿気で乾かないですし、と言うなりスマホをちゃちゃっと操作して画面を見せてきた。

「それに、見て下さいよ——可愛くないですか?」

 画面に表示されているのは単色ではない、色付きのビニール傘だ。

「あら可愛い」
「へぇ、ステンドグラス風だ」

 僕とショートカットの女性の同意に、ふんわり髪の女性社員は嬉しそうに、少し自慢気に微笑む。

「ですよねー! だから私は絶対、傘持っていきます!」

 こういう傘にしたら持ち歩きたくなりますよ、と言われて僕はいやいや、と手を振る。

「ちょっと派手かな、僕には」

 遠慮しつつ。

 だけど今や日傘だって性差なく市民権を得つつある時代なんだ、と考え直す。

 近い将来、僕もこういった傘を何の気兼ねなしに選ぶようになるのかもしれない。


「いくら可愛くても、荷物になるのは面倒だと思っちゃうわ。私は」

 ショートの女性がコーヒーを入れながら言う。

「うん、そこは確かに。僕もその派かな」

 そこへ、銀縁眼鏡の男性同僚がすっと入ってきた。

 彼の席は僕の近くだが、ほとんど喋ったことがないな、と思って声をかける。

「君だったら、今日みたいな日の外回りに傘を持っていくかい?」

「——は?」

 意外そうに僕を見て、彼は眼鏡の縁に指を当てた。

「私は、折りたたみ傘を常に持っていますから」

 なるほど、隙のなさそうな彼に相応しい答えだと納得する傍らで、女性二人が声を上げる。

「常に? えーっ!」
「何色の傘なんですか?」
「普通に黒ですが」
「可愛くなーい!」
「か、可愛く……?」

 生真面目な彼が目をパチクリとしばたたく様子が珍しくて、僕は慌てて口元を覆った。


 ——雨が降るか否や。

 あいまいな空模様のお陰で同僚の意外な表情が見れたのは、雲の切れ間の晴れ模様のようなものか。


 ……傘は、いらないな。

 僕は一人、空を見つめて頷いた。

6/14/2024, 5:45:21 AM

 しとしと降る雨とじっとりした湿気にうんざりしながら夕刻で混みあうバスから降りる。

 通勤用とはいえ、気に入って買ったばかりのバッグが濡れないように胸元の方へと抱え込んで家路を急いだ。

「ただいま〜」

 ガラガラと古い玄関口の引き戸を開けて家に入る。

 ガラス戸をしっかり閉めた縁側を歩いていると、薄闇の中で真っ白な毛玉がうずくまっていたので声をかける。

「フォンちゃん、ただいま」

 フォンちゃんは、今年六歳になるペルシャ猫だ。

 どういう経緯かは知らないが、縁があってブリーダーさんから譲られてやって来た。

 フォン、と名付けたのは母だ。

 柔らかな長毛の見た目と穏やかで落ち着いた気質もあいまって、まさに上品という言葉が似合う『猫の王様』とも呼ばれる猫種だから、というのが命名の理由だそうだ。


 ……ペルシャ猫はイギリス出身らしいし、原種はアフガニスタンらしいけど……。


 そんなことを思い出していたせいか。

 フォンちゃんは名前を呼ばれても振り向きもせず、パタンパタンとモコモコの長い尻尾を床に叩きつけるように左右に振った。

「どしたの? ご機嫌斜め?」

 雨だからかなー? 湿気鬱陶しいよねーと話しかけながら傍らに座ってみたが、やっぱり振り向いてくれない。

「あら、おかえり」

 奥の部屋から母が出てきた。

「ねえ、フォンちゃん機嫌悪いんだけど」
「あぁ——シャンプーしたからね」

 母が苦笑する。

「昼間ね、フォンちゃんずっとお庭を見ていたのよ」

 母が指差す先は、ガラス戸の向こうの、小さな庭先。

 青いあじさいが綺麗に咲いている。

「雨音を聞きながらあじさいを見ているなんて優雅で風流ねと思って、少しだけれど戸を開けてあげたの」

「へぇ?」

「そしたら——急に外に飛び出して、あじさいの葉を叩いてね。びっくしりちゃったわ。
 フォンちゃんは、葉っぱにいたカタツムリを見ていたのね。もう、ガッカリ」

 お嬢様お姫様でも狩猟本能はあるのねぇ、あんなに早く動けるなんて知らなかったわと母は嘆く。

「そうだったんだ。フォンちゃん、凄いねー!」

 感嘆してそっと頬を撫でると、フォンちゃんはやっとこちらを見て、『当然でしょ』という表情をして見せた。

「凄いことないわよ。捕まえそこねてコケて、あんよも尻尾も体にまで泥つけちゃって。
 洗うしか、ないじゃない。そしたらもう怒っちゃって、これよ」

「そっかそっか。大変だったね、フォンちゃん」
「大変だったのはお母さんよ!」
「そうだね、お疲れさま」

 笑って、フォンちゃんを撫でながら労う。


 ——外は雨。

 雫に打たれても鮮やかで爽やかな風情のあじさいに、不機嫌な洋猫と母。

 何だか妙な和洋折衷さに可笑しみを感じて、鬱屈さはいつの間に消えていた。

6/13/2024, 2:02:10 AM

好き、嫌い、好き——

花占いのように
あるいは振り子のように

行ったり来たりするだけで済めば
良かったのに


嫌い、に揺れるたび
少しずつ傷がついて

その傷のせいか
好きに傾く度合いも減って

それなのに
嫌いでつく傷は増える一方で

更には
亀裂になって、どんどん広がり


いつしか
音もなく崩れ落ちてしまった


残骸を見つめて

何もなくなってしまったなぁと

ぼんやり思って


好きだったことも
嫌いになったことも

すりガラスの
向こう側の出来事のように感じて


これは本当の本当に
失くしてしまったんだ

と、思い知る



きっと

傷ついて壊れきってしまうほど

好きだったのだ



だから、せめて

残骸の欠片をノートに貼り付けて

心の本棚にしまう


たまによぎる思い出を片隅に

何にもない荒野を歩いて行く


歩いていれば
また別の風景に変わる時も来るさと


根拠もなく、呟いて

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