空模様は、曇天。
とはいってもその色合いはライトグレーで、雲の層も重苦しいものではない。
給湯室の脇にある、そう広くもないカフェスペースでスマホの天気アプリを起動してみる。
一つは、夕方ぐらいから小雨を予測し。
もう一つは、曇りのままと表示されている。
ふむ、と僕が首を捻っていると。
「お疲れさまでーす」
同僚の女性二人がやって来た。
「お疲れさまです」
会釈すると、僕と目を合わせたショートカットの女性も小首を傾げた。
「どうかしました?」
「え、いや別に。……単に、これから雨が降るかどうか少し気になっただけで」
ああ、と女性は合点して頷いた。
「取引先に行かれる予定でしたね——大丈夫じゃないですか」
窓の向こうの空を確認して言う。
連れ合っていた、ふんわり髪を片肩で一つにまとめている女性がえーっと声を上げた。
「私だったら傘、持っていきますー! 降られたらヤじゃないですか」
この季節の雨って湿気で乾かないですし、と言うなりスマホをちゃちゃっと操作して画面を見せてきた。
「それに、見て下さいよ——可愛くないですか?」
画面に表示されているのは単色ではない、色付きのビニール傘だ。
「あら可愛い」
「へぇ、ステンドグラス風だ」
僕とショートカットの女性の同意に、ふんわり髪の女性社員は嬉しそうに、少し自慢気に微笑む。
「ですよねー! だから私は絶対、傘持っていきます!」
こういう傘にしたら持ち歩きたくなりますよ、と言われて僕はいやいや、と手を振る。
「ちょっと派手かな、僕には」
遠慮しつつ。
だけど今や日傘だって性差なく市民権を得つつある時代なんだ、と考え直す。
近い将来、僕もこういった傘を何の気兼ねなしに選ぶようになるのかもしれない。
「いくら可愛くても、荷物になるのは面倒だと思っちゃうわ。私は」
ショートの女性がコーヒーを入れながら言う。
「うん、そこは確かに。僕もその派かな」
そこへ、銀縁眼鏡の男性同僚がすっと入ってきた。
彼の席は僕の近くだが、ほとんど喋ったことがないな、と思って声をかける。
「君だったら、今日みたいな日の外回りに傘を持っていくかい?」
「——は?」
意外そうに僕を見て、彼は眼鏡の縁に指を当てた。
「私は、折りたたみ傘を常に持っていますから」
なるほど、隙のなさそうな彼に相応しい答えだと納得する傍らで、女性二人が声を上げる。
「常に? えーっ!」
「何色の傘なんですか?」
「普通に黒ですが」
「可愛くなーい!」
「か、可愛く……?」
生真面目な彼が目をパチクリとしばたたく様子が珍しくて、僕は慌てて口元を覆った。
——雨が降るか否や。
あいまいな空模様のお陰で同僚の意外な表情が見れたのは、雲の切れ間の晴れ模様のようなものか。
……傘は、いらないな。
僕は一人、空を見つめて頷いた。
6/15/2024, 3:42:38 AM