定まらない

Open App
1/25/2025, 4:59:19 PM

小さい頃から人とのコミニケーションが苦手だったわけじゃない。かと言って得意なわけでもなかったけど、普通だった。今思えばそれも小さな子供だったからこそだと思う。

ただ嬉しいとか、悲しいとか、感情に薄く鈍い。

『この前の遠足、うちの子随分楽しかったみたいでさぁ、遠足の話いっぱい聞かせてくれるんだ〜「次の遠足はいつ?」って何回も聞いてくるよ』

『え〜そうなんだぁ!可愛い〜』

『充くんも遠足楽しかった?』

『たのしい…?別にたのしくもなかったよ』

『あら…』

『あー、充はクールなのよね』

『そっかぁ〜…』

僕が話せば人は固まったようにじっとこちらを見つめてくる微妙な反応をするというのはよくあることで、その度母さんが口癖のように、「この子クールなのよ」と付け足していたのをよく覚えている。

みんなが楽しんでいたり悲しんでいる中、僕だけいつも感情が変わらなかった。
それは小学校に上がって考える力がついて、何となく、自分が周りとどこかズレがあることに薄々気づいてきた。
だんだんと、人間である限り人間社会で生きるしか無くて
多分、人間社会で生きてゆくにはこのままじゃダメなんだろうということは分かった。
でもやっぱり、よく分からずにいる。
他人の感情も、自分の感情も。
嬉しいって、何?
悲しいって、何?
どこから来るものなの?
どうやって分かるの?

小学四年生の時、飼っていた二歳のハムスターが死んだ。
小屋ハウスに入り大鋸屑に埋まって寝ている様子が透明なゲージ越しに見えた。でも血色が無く硬直しているかのようにぴくりとも動かない寝顔が不自然で、確認したら死んでいた。
どうしようもなく、とりあえず母さんの許へ行き声をかけて、拳を開いて手の中の死んだハムスターを見せると、声を上げて驚いて後ろへと引き気味になった。沈黙の中で僕を見つめる微妙な反応をしてから、僕から死体を両手で受け取ると、『冷たいね』と震える声で言いながら涙ぐんでいた。
僕をふと見ると、『一生懸命、毎日お世話してたのに悲しいね。我慢しないで泣いていいんだよ』と言ってきた。
悲しい?我慢?泣く?
まずそんなのは湧いてこなくて、母さんにそう言われてから悲しいことなんだと気づいた。
数日前から水や餌が全く減っていなく、好物のおやつを与えても食べなかった。散歩のためにゲージから出しても動きが悪く、ほぼ歩かなかった。
元々ハムスターは短命だって分かってたんだ。
……
——短命だって分かってたから、死んでも悲しくなかったの?
短命だって分かってなくて死んだら、悲しかったの?

違う、そういうことじゃない。
きっと、僕はどうであれ毎日こまめに世話をしてきたこのハムスターが死んでも、悲しく思わない。

目の前の眉尻を下げた母さんを見た。

……じゃあ、母さんが死んだら?







……あれ


その瞬間、何だか、感じたことない不快感に襲われた。
身体の内側が粟立った。これは臓器の痛みか?何の症状?頭?喉、胸、腹…?どこなのか分からない。
ただ、そんなのどうでもよかった。
母さんが死んだ時、僕は涙が出るだろうか。
もし、出なければ。人として…
人ではないってことになるんじゃないのか?そしてその時は、それを認めざるを得ないんじゃないのだろうか。


そうして時の流れは変わらず進んで、そのまま中学生になった。

クラスメイトの女子に告白されて、付き合うことになった。
好きとか嫌いとか分からないけど、断る理由が無かった。


ある日こんなことを言われた。

『見て!このヘアピンね、昨日一目惚れして買ったんだ〜!』

『そうなんだ』

『ね、可愛い?』

『あ…』

どうにも喉が詰まった。
言葉がうまく出てこない、それ以前にどんな言葉を発せばいいのか脳内で処理もできなかった。

なんで可愛いかを聞くんだろう。
そもそも可愛いってなんだろう?どんな感じ?なにが?
髪を留めるもの。ヘアピンにそれ以上のものを見出すのはどうしても難しかった。

『ねぇ聞いてるー?』

『…分からない』

『…え?』

小さい頃から今まで、よく見てきた表情だった
どんな感情なのか分からないが、微妙な反応。
この反応はあまりよくないものだというのは分かる。
きっとこの場に母さんがいたら『この子クールなのよ』って付け足すだろう。
じゃあなんて言えばよかったんだろう。
どうして欲しいんだ?

分からないんだ。

結局彼女とは長くも続かず、後に振られた。

『…あのさぁ、それ、口癖なの?』

『……え?』

『だから、“分からない”ってやつ』

『どう…かな、そんなつもりは…』

『もうこの際言うけどさ、充ってなんか変じゃない?会話がなんかズレてんだよね』

『えっ……と、』

『……あの時もそうだったよね。はぁ、ホント空気読めないんだから
「そうなんだ」とか言う返しもまずどうかと思うけど、可愛いか聞かれたらさ、嘘でもいいから可愛いって言ってくれればいいじゃん!こっちが意味分かんないわ』

『………』


『聞いてんの?まただんまり?』

『いや……』

『…分かった。もういいよ、充なんて知らない』




ある日、母さんの買い出しについて荷物持ちをしていた時、ふと帰路で母さんが言った。

『今日のスーパーのレジ店員、イライラしてたんだか商品の扱いが雑でカゴに入れる時なんかほぼ投げてたわね。レジの操作ミスも多くてその度に舌打ちしてて、何であの人雇ったのかしら。ホント最悪よ。感じ悪いわよねー』

『……』

『ちょっと、聞いてんの?人が話しかけてるんだから何とか言いなさいよ』

『…僕は分からない』

『…充、よくそれ言うわよねー。愛情表現もして笑いかけて接してきたけど…』


『どこで育て方間違えたのかしら。』

目を合わせず、空に呟くように放たれた母さんの言葉は、何もない空中でこだました。
これで、ハッキリと認識した。
あ、やっぱり僕の“これ”って、間違いなんだ。

人とのコミニケーションで僕がふと何か言う度、その場はスムーズにいかなくなって、相手側の微妙な反応が目立つ。
それはとてもやりづらい。
会話の度に宇宙へ飛ばされ、フリーズしてしまう。無重力の中で身を捩っても思ったように動けなくて、抜け出せなくて。息が苦しい。
話を振られてもだいたいが意図が分からなかったり、僕には無い概念を問われるので、そんなコミニケーションというのは数学の勉強をするよりもうんと難しくて。
考えたところで答えが出ることはなく、果てしない宇宙に放りやられてしまう。
数学には必ず答えがあって、考えれば分かるし、考えて分からなくても教科書が答えを説明をしてくれる。答えを見れば息が鼻からふっと抜けて、胸の詰まりがなくなる。
何もないのに、どこまでも広くて、寒くて暗くて、一人きりの出られない宇宙に放りやられない。コミニケーションをとるより数学のワークをしている方がよっぽどいい。



やがて僕は必死になってみんなの共通意識を気にし続けて、自分もそれに合わせられるようになった。
みんなと同じように振る舞わなくては。
僕は元々間違っていて、間違っていることにも自分じゃ気づけないから、絶対に僕を出さないように。
そうして分かったのは、
人は共感を求めて、共感で繋がるようで。

『可愛い?』と聞かれたら『可愛いね』
『これ良くね?』と聞かれたら『良いね』
『数学の先生うざくね?』と聞かれたら『うざいよね』
と、同調することで微妙な反応をされることもなく、人間社会に今までよりずっと馴染めた。宇宙を彷徨うこともない。
きっとこれが正解なんだ。
相変わらずどうしてそんなことを聞くのか、その物事に対して何故そんな概念があるのかは分からない。
けど、だからなんだ。“僕”は要らない。

それでもやっぱり、コミニケーションには苦手意識が根付いているようだ。
僕と人の間にはどうやったってなくならなくて、なくしてはいけない壁があって、いつも壁越しだ。見えなくて聞こえずらい中、会話をするのは簡単でもない。
だからなるべく人を避けて、やり過ごす。
多くの人が感じる好印象というのは笑顔と挨拶だ。
笑顔で過ごし、挨拶を欠かさなければ、どうであれなんとなくやり過ごせた
笑顔と同調は、僕の生きる為の大事な仮面だ。
これがあればきっと、うまく行く。
大丈夫。

そうして高校生になりまた女子に告白され、なんて返せばいいのか分からなくて、同調の為に、肯定の文を口にした。

ある日、彼女に昼休みにLINEで体育倉庫裏に呼び出された。

「……何も聞かないけど、気にならないわけ?」

こういう聞き方をされるのは正直苦手だ。だけど“気にならないよね?”より、“充は気にならないの?”って聞き方に似てる。だからこれに同調するなら…

「気になるよ」

「……」

彼女は眉間に皺を寄せて、ただ僕を見つめている。
息が一つ、鼻からふっと抜けた。
脳裏に鮮明に映る、今まで見てきた微妙な反応。
あれではない。間違ってないんだ。

「…最初は充くんのこと、寡黙でミステリアスなのかっこいいなって思ってたけどさ、付き合ってからもそれって、なんか違くない?」

「うん?」

「話しかけたりデート誘うのも、何をするにも私からだけなのって、どうなの?そっちから来てもらったこと一度もないんだけど。
本当に私のこと好きなのかなとか、それ以前に私の勘違いとかじゃなくちゃんと付き合ってるのか不安になるんだけど」

「君のこと好きだし、僕たちは付き合ってるよ」

「……なんかさぁ、いっつもそうやって言うけど、私が気づいてないとでも思った?」

「?」

「明らかに趣味悪いの選んで『これよくない?』とか『可愛くない?』とか聞いてみてもさ、必ず同調するよね。適当に話合わせたり、可愛いとか好きとか言って騙せてるとでも思ってる?
私の気持ちなんて全然分かってくれてない。私のことなんて見てくれてない。
充くんは何かいつも大事なところが全然見えなくて、どんなこと思って考えてるのかもよく分からないし…
本当は私に興味ないんじゃないの?」

「……」

「無言?」

「いや、その…」

「…いいよ、分かってたから。どうせこんなこと言われても困るだけだろうなって。普段から誰とも深く関わらないし、なんか壁があって寄せ付けない感じで。でも私はそんなあなたと付き合えたから、充くんの特別になれるなんて思ったのが馬鹿みたい」

「そんな、つもりは……。」

「……私、充くんといても自信無くすだけだよ。
きっと最初からずっと私の一方的な想いだったんだろうね。
今まで短い間だったけど、わざわざ私に付き合ってくれてどうもありがとう。さよなら」

あれ、

あれ…?

何で?なんで?

うまく、いかなかった…?


彼女は僕に背中を向けて、歩き始めた。
数歩進んだところで足を止め、肩越しに振り向いて言った。


「あと。いつも笑顔だけどさ、」


「それ、やめたほうがいいよ。気持ち悪い」






彼女の足音が遠ぬいていって、聞こえなくなる。



茫然と立ち尽くして、状況が飲み込めずにいる。



うまくやれていたつもりが、同調も笑顔も全否定されてしまった。またこれも間違いだったのか?
宇宙だ
暗くて果てしない宇宙に閉じ込められてしまう…
分からない、分からない…
結局、僕には隠しても隠しきれない、人間社会で生きていくに大切なものが圧倒的に足りないんだろう。




「…あ」


体育倉庫の窓に自分の顔が映っていた。



頬を掌で拭うと、冷たく濡れた。





あぁ、すごい…初めてこうして自分の涙を見た



「なんだ、泣けるんだ…いよいよ感情無いのかと思ってた…」

1/15/2025, 2:17:29 PM

自分の中の嫌なものに触れる

学校、
そう学校。
学校は、自分の繊細で一番弱いところに安易に踏み入れられる機会があまりにも多過ぎて
呼吸がしづらい

空っぽで
寒くて
暗くて
狭くて
淋しい

そんな場所に踏み入れられて
荒らして散らかして
持ち込んだ異物ゴミを散乱させた状態で
身勝手にまた消える

都合良くぞんざいに髪を鷲掴みにされて
気分でよしよし愛でて
飽きたら投げ飛ばして
水に沈めたり
シャーペンで皮膚を刺したり
そうやって愉しんで
ぼろぼろにして眼中から外す


ちょっと、
嫌だなぁ

汚い

みんなが
汚い

私も
汚い

ぐちゃぐちゃになってしまって

どれだけ洗ってもぼろぼろで醜くて汚く感じる

ああ、穢されてしまったんだなぁ
って
その度思う

真っ暗だ

脚が重い

瞼を開きたくない

朝日が眩しくて疎ましい

楽になれる方法ばかり考えるけど
そもそも楽になろうと踏み出すことすら億劫で
ほんのちょっとの勇気も何も無くて

全ては思うだけ
『このまま消えたい』

考えるだけ
『ドアノブに紐をかけて…吊るせば…』

言ってみるだけ
「死にたい」

行動が共わず
今日もまた何にもならない
塊のようにして
蹲る

1/2/2025, 12:33:16 PM

うだるような暑さの中
蝉の鳴き声がせき立ててくる
絶えず校庭の砂に汗が落ちた。
けど君の纏う空気は、
何故だかいつも涼しい風が抜けていた
そんな君がどうにも特別に見えて
涼しげで、冷ややかで、凛とした姿勢の貴方が、僕の夏の風鈴でした。
視界が歪むような陽射しに当てられて
体に重く張り付く制服
そんな中
爽やかで心地良く鼻腔をくすぐる君の匂いは、
ついすれ違う度に振り向いてしまいます
まっすぐなロングの黒髪が静かに揺れる後ろ姿を、
ついつい眺め続けてしまいます。
静かで鋭く通る君の声は鮮明に耳に飛び込んできて、
その度に、
ついつい声の方向へ顔を向けてしまう
そんな時だけは、
五月蝿い蝉の鳴き声も聞こえなくなって
僕の世界は君が中心で全てになる。
いつも静かで落ち着いている。冷たい水の中で静止したように沈澱した君の瞳。
その視線を受けてしまったら、
きっと凍ってしまうように冷たいのでしょう
そんなのがちょっぴり、
いや、とっても恐い
けど君から目を離せずにいる
手の届くような場所にいるはずのない、君
声をかければ届く距離でも、
君はずっとずっと遠くにいるようだ
氷のような君は恐ろしいけど、
とても美しい。

別々の高校に行きますが、貴方のことはいつになっても、きっと忘れられません。
勇気が出ないながらにも、気持ちは伝えたくて
読んでもらえたらとても嬉しいです。

君が、好きです。


———って…キモ。



何これ? 誰だよ






静かで鋭く通る声に残されたゴミ箱には、雑に破かれた子綺麗な白いレター。そこに綴られた嫋やかな達筆の文字が欠けていて、それはやけに目立つ。
彼の気持ちは届いたことになるのか否か。


今年の抱負は、
“マイペースに”と、“良いと思うことをする。”
あとダイエットや夢を目指すための努力を、ですかねぇ
今年はマイペースで不安を感じても押しつぶされず気楽にいけたらなぁと思います。

11/6/2024, 1:28:24 PM

柔らかい雨が瞼に落ちた
頬を伝って首をなぞる
触れる感覚は柔らかいのに、温度は酷く冷たくて、皮膚をツンと刺す。
やがてその雨粒は垂れていき、学ランに滲んだ
ハラハラと静かに音を立ててそれはやってきた。
数粒が重なりやがて一つの大きな音となり、俺の日常の背景となる。

ぼーっと止みそうにない雨を眺めていると、隣から柔らかい声が聞こえてきた。そう…この子はまるでこの雨みたいなんだ。

「ねぇねぇみっくん、あの蜘蛛の巣、雨粒がついて綺麗だよ」
蜘蛛の巣を指差しながら嬉しそうに話す彼女。俺と目を合わせれば花がほころんだように微笑むこの子の名前は、内田 華。俺の好きな人であり、付き合っている。
素敵な笑顔をする人だ。
「ホントだ。今日は米粒にも満たないような小さな雨粒だから、蜘蛛の巣についている雨粒も繊細な感じがするね」
「…ふふっ」
「なに。」
「どこでそんなに色んな言葉覚えてきたの?いつも単純明快な単語しか使わないし、何なら擬音ばっかのみっくんがぁ〜!」
「…俺は元々こうだよ」
「うっそだぁ!」
「嘘じゃないよ」
「まぁそういうことにしておいてあげるっ!
そうだよねぇ、一人称だっていつのまにか俺って言うようになっちゃって。そっかぁ〜ずっと僕じゃ恥ずかしいかぁ〜」

いたずらげに笑っては楽しそうに揶揄う。

突然だが俺の名前は東野 海斗だ。
お分かりいただけるだろうか?彼女が呼んでいる「みっくん」という呼び名にはかすりもしない名前だ。
だが俺はみっくんということになっている。

みっくんというのはそもそも誰なのか、という話になるよな。
それは、内田さんの彼氏だ。
ん?俺が彼氏なんじゃないのかって?そうだよ。俺も内田さんの彼氏だ。だけどみっくんも内田さんの彼氏だ。
そもそもの話。厳密にいうと、俺が内田さんの彼氏なわけではないんだ。
みっくんとしての俺が、内田さんの彼氏なのだ。


それは、今日みたいな雨の日。
下校中に道路の片隅にうずくまって、雨に濡れている内田さんがいた。
傘をそっと差し出して、
「こんなところで何してるの?」
と声をかけた。
顔をゆらりと上げた内田さんは、鼻を赤くして目からはしきりに大粒の雨…涙が溢れ出ていた。
そんな彼女を前に、俺も自然と気持ちが沈む。
ついその涙を指で拭ってしまった。
内田さんの顔に触れてしまった…!
なんて思っていると、
内田さんは、
「そばにいて…」
と細々しく呟いた。
不本意ながらも隣に一緒に座り込み、彼女へ傘を差し出しながら、そばにいた。
頭上に降り頻る冷たい雨は毛先へ雫をつくる。
冷たい雨水がズボンに触れ、滲み広がる。
ここら一帯をざわつかせたので、当然学校でもこの話題でもちきりだった。だから情報に疎い俺でも知っている。
内田さんの彼氏の早見 道翔が、下校中に突っ込んできた自動車から、内田さんを庇って亡くなった。


この次の日。内田さんは事があった翌日から、相変わらず普通に登校している。
俺は内田さんを何かと気にかけ、できる限りの事をして寄り添った。
「東野くんは優しいね。」
内田さんからそんなことを言われ、少し照れくさくなる。でも、彼氏の死を悲しんでいる内田さんを前に、迂闊に喜べる気にはならない。
喜んではいけないだろう。
内田さんはやがて、悲しみ、悔しさ、罪悪感、喪失感、俺には到底分かりきれない色んな感情から、俺のことをみっくんだと思い込むようになった。
何度も何度も「俺はみっくんじゃない」と伝えた。
「俺はみっくんじゃない」同じようにまたそう伝えたある時、彼女がただただ静かに穏やかに、心が張り裂けそうな笑顔を浮かび上げた。
それは今にも消えてしまいそうで、咄嗟に彼女の腕を掴んだ。呼び止めようと思った。何から止めるんだ?そんなの分からない。分からないけど、今この手を放してしまえば、確実に消える。直感でしかないけど、瞬間的に強くそう思ったんだ。
俺は口を開いたが、すぐに力無く閉ざすことになった。
声が出なかったんだ。少しでも音を出したら崩れ散ってしまうような脆さを感じた。
正体の知れない恐怖と緊迫感であふれた。自分が冷や汗でずぶ濡れになっているのに気付いたのは、
「もう、行こっか。みっくん。」
と彼女が花がほころんだような、優しくて親しみのある、愛らしい笑顔で俺に話しかけた時だった。
そんな笑顔は“みっくん”にだけ向ける笑顔。


俺はみっくんじゃないと伝えたのはこれが最後だ。
俺はみっくんだと肯定もしないが、否定することをやめた。

「みっくん」でいることにした。


「くん…みっくん!」
「えっ?」
「何ぼーっとしてんのー!バス来たよっ?」
「あぁ…」
「?」

内田さんが不思議そうな表情をして俺の顔をじっと見つめる。
その目はどこかあどけなさを感じる。
俺はあくまで内田さんの好きな人の代わりで、その目は俺自身を見ているわけじゃない。
俺を通して「みっくん」を見つめている。
俺は今内田さんの彼氏だけど、俺自身と内田さんでは、いつまでも恋人とは近いようで一番遠い場所にいる。
あぁ、なんでこんなことに。
なんて悲しき、運命なのだろうか。

「ほらほら、早くー!乗り遅れちゃうよ」
「今行くよ」
「あっ、奥の席空いてる!やったぁ〜」
「……」
「みっくん?早くこっち来てよ〜」
「うん」

席に座って隣をぽんぽん指す彼女に、ゆっくり、隣へ腰掛ける。
いつも浮き足立つように駆け足気味の、跳ねた愛らしい足音。その数歩後ろに、上がらない足を前に進める俺の足音がする。

「こんな茶番、いつまで」そんな風に口にすることが許されないほどに、内田さんの瞳は無垢で。
その無垢が呪縛のように俺の足に絡みついて、足取りがひどく重い。
早見くんのお墓に手向けた百合のように、白く可憐で……
脆くて、恐ろしくてたまらない。

倦怠感と頭痛。
低気圧のせいだろうか。
いや、いつを初めとしたのか。気づけば毎日、重い。
舌が、頭が、足が……じんわりとした痺れすら纏わりついている。

どうしてこうなってしまったのか分からない。


みっくん…貴方はこんな俺を、恨んでいないでしょうか。

それでも、

俺は今日も、『みっくん』として内田さんの隣に立つ。


それが、内田さんの救いで、貴方の為で、俺の責任なのかもしれない。

10/15/2024, 2:28:22 PM

鋭い眼差しだった

屈強で明らかに俺よりも強い。

それでも、

どうせ高校は終わる

そして人生も終わる

いずれ俺は死ぬし世界も死ぬ時が来る

誰も俺を、俺の生きた世界を、知らない日が来る

だから俺は気にせず好きなようにやりたいことをやる

グーパンで殴ってやった

倍にされた

痛い。

それでもまた明日も、

糞共に頭を下げるような価値はない明日だから

繰り返し俺はそうやって生きていく。



それなのに、

それでも、

小さな事で

俺のしたことは無駄じゃなかったって思える、

明日だから

世界だから。

終わりがくることを、知りながらも

俺は今日を歩む。

Next