見えない感情を一生懸命綴る。両手に言葉を乗せて、震える唇でそっと息を吹きかける。けれどどうやったって届かない。風のイタズラなのか、誰にも触れすらできやしない。
文字に起こせないもどかしさを抱える。
生まれた曖昧でどっちつかずで当たり障りない定型文を見て顔を顰めた。捨てる。真っ黒な頭の海の中、暗闇に溶けて手を伸ばしたとて届かなくなってゆく文字たちが揺蕩う。
とぷり
小さな気泡が水面に浮かぶ。
『さよならより先に恐れをなして。』
私に二度と会いたくないと思ってくれってことなのかな
『限りなく白に近い黒でいて。』
何を持ってして言うのか分からない。
横顔やその瞳はどんな姿なのか目立ってはくれない。
全ての物事に必ずしも意味や理由があると思うのはバカだと君は言う。
でもそれは明確に言葉にできないだけであって、確かに何かがあるんだと僕は思うんだ。
これを君に伝えたらなんて言うのかな。
想像もつかないや。
君は君を予測されるのを嫌うだろうし、こう思うことも嫌がるだろうね。
いつだって君は予想外を来るから。極端で曖昧で、情熱的で怠惰で、計画的で奔放で。正しいが存在しない君の存在は誰かを、僕を、救う。
夏の雨は全て梅雨なら、全て梅雨のせいにできるのに。
窓縁に挟んであるのは、チラシで作った紙飛行機。隙間風に吹かれてゆらゆらと不安定だ。そんなのを眺めながらいつだって僕は全てのことをしているし、何もしていない。そう言う僕は思想犯っていう称号を片肩に乗っけている。いつだって煩わしい肩凝りのせいで全身が少しずつ歪んでゆく。
ありがとうと言えばさよならが次いで出る。そんな世界に僕は何を思うのか、分からない。
どうせ一人なのにさ
フィクションを飾って自分を彩る。
何を恥じればいいのか、何を悲しめばいいのかは決めたくない。
明るい空よりも足元の雑草の方が強い。
苦手を苦手のままにしちゃならないだとか、努力をしてみる機会を与えるだとか、そういうの自分で決めちゃダメですか。
常に誰かに足を引っ張られて、もつれて、顔から転げる。進もうとすれば阻んでくる。
それならもう何もしたくないんだ。
嫌なんだ。もう。
人を責めるのも疲れるし、
鮮やかな桜がいつしか嫌になっていた。
純粋な気持ちで何も考えずただそのままの美しさ讃えることできなくなってたんだ。
そんな余裕なんてなくて花弁をむしり取りたくなる衝動に駆られるんだ。
飽きればきっとそっと。
嫌な性格でもいいよきっと治るからなんてさ
受け入れるふりすんのもうやめなよ
上や前を向きなさいなんてさ
下や後ろ見たっていいだろ
明るい未来なんて要らない
そんなのに押し潰されるのは結局は自分自身。
飽きて逃げればその先に何があるの?
責任放棄なんてへっちゃらだ、笑って見せてよその顔強張ってる。
馬鹿で阿呆で屑で無様で滑稽で鈍間で愚図で
憎しみ込めて愛してよ。
君のことだけはちゃんと無視してあげるからさ
沢山の人が住んでるこの体ではさ、混み合ってる訳でもないと思うからさ。
きっとそっと感謝するほどでもないからさ。
完璧な社会秩序の姿を箇条書きで刻む。
枠から外れないように。
失態を犯さないように。
信頼を損なわないように。
身体という身体を隙間無く描き詰めて、黒くなる。
そうだ、本質なんて変わらない。
大人は子供だったんだから、子供だって大人と大差無いことを思う。
目立ちたく無いからと多数のふりする。教室があまりに狭く見える。
“常識”って表紙書かれた生きるマニュアルを、みんな揃って机の上に広げて、先生が教壇に立って読む。
優等生は通る声で述べる模範的答えに自信気だ。
百点満点の道徳の答えを導いて、満足気に頷く先生。
「答えなんてないんだよ」
と言いつつも答えは必ず存在していました。
不正解はありました。間違いはありました。
「それは違うでしょう?」
と諭されるだけなのでした。説得させられて、異物を飲み込んで歪んで。
「そうですね」
「分かりました」
どうにも作る笑みに粘り気のある音がして、全てを洗いたくなる穢れを感じました。
教えなのか洗脳なのか、よく分からなくなってくるんです。
配られたチラシのSOSナンバー。
大きな鼓動の音抱えて電話マークに指吸い込まれた。
ぽつり語れば電話越しに聞こえた溜息。
声に被せてくる素っ気ない相槌。
『誰にでもくる時期だ』と丸め込まれて、
『いつでも君を支えるよ』と言いつつも、
『それは当たり前だから大丈夫だよ』とただ突き放されるだった。
僕ら人間は自分の体面守るのに必死なんだね。
白白しく良い顔してわざとらしく良い姿見せつけて計算して幕に入り込みヒーローを演じて自分の存在価値を自他共に認めさせるのが常なんだね。とても弱いんだね。
そう生きるのがどうであれ、結局は賞賛されるから。
群れだから助け合うわけでもないから。
あまりに綺麗な人には触れられない。優しいわけじゃない、ただ“まだ知らない”それがたまらなく見ていて危なっかしい。
蛇に睨まれる。まるで僕がドブネズミだって言いたいようだね。
聳え立つ校舎には、『悪を正す』って太文字で書かれた布がひらひらと緩やかな春風に広がっていた。
青空のもと、粗末に着こなすスーツとがなるような笑い声が、卑しくてたまらない。教師を名乗るあまりに胡散臭い奴が人望を集めているのを見る限り、僕がただの馬鹿で滑稽な奴なんだろうね。
その掲げられた大層素晴らしいテーマが気に食わない。
どこの誰かの基準に嵌められて、出された「優勢」ってレッテルが、僕の首を締め続けます。
優勢ならば「好きです」と言われ、
劣勢ならば「近寄るな」と言われ。
何を食べたら優勢や劣勢から抜け出せますか?
自分が正しいと信じて疑わないから、タチが悪いんだ。
やぁ、はじめまして。
僕と君にあって無いものをかき集めて、星形のクッキーの形で形どろう。
オーブンへ放り込んで、少しほろ苦くて香ばしい匂いがしたら
美味しく食べようね。
でも、自分にも、君にも、何にもなれない日は、どうすればいいのか。
どうやってその日の生を消費すれば良い?
きっと同じことを話していても言葉違くてすれ違う
いつまでも同じものって気付けずにいる
咳払いをした割にやけに掠れた声が出る
第一声が思ったより低い声になって、喉が渇いた。
春爛漫を見逃して今年の一番舞台の春に会えなかった。気づけば燦々と太陽が唸っていて、僕はそれに当てられて耳を塞ぐような夏。
「聞こえたくないことばっか聞こえてきて耳が腐りそうだよ」
美術室に僕と二人きり。真っ白な絵の具で描いた入道雲が夏の主張をしてくる。あまりの猛暑に皮膚がジリジリと泣き喚く。蝉すら婚活なんてできずに、生殖よりも生命維持が働きかけている。だからかやけに静かな昼下がり。君が腰掛ける出窓に下がる風鈴は柄無しだ。この一角は校舎の影が触れていて、涼しげに野良猫が腹を出して眠っている。その腹をふんわりと撫でるその細い手は、泣きたくなるほどに優しいことを知っている。
冷房の効かない美術室は茹だるような暑さ。
ぽそり話しかけてくる君の横顔。頬に汗が伝って涙のように見えたのか、そうじゃなくてもっとも別の意味でなのか、自分の感覚を分析する気にもなれない。ただただ、泣いてないのに泣いてるみたいだ。
でも彼はもしかしたらいつも、出会った時から、そうだったかもしれない。
僕らの名前を呼ぶ大声が近づいて、焦るべきだろうけどぼーっと滲む汗に染みる黒眼を揺らすだけだ。やがて遠ざかっていって、何事もなく風鈴が涼しげな音で語りかけてくる。
授業中の廊下はやけに静かで、この大嫌いな学校も憂いで僕らのざわめきを宥めてくる。
「二番目だったか三番目のオカアサンが言ってたんだよ…あれ、実母の方だったかな…まぁどうでもいいけど、“少数の人が生きづらいんじゃなくて気にするから生きづらいんだよ”って言われたんだ」
「本当に腹が立ったよ」
彼は言葉を零して床に落とす。それはひんやりと浸透して床を伝って僕の足先を冷えさせる。
忙しい時に限って嫌なこと思い出して沈められてる。
いつだったかどうしてだったかは思い出せないのに、嫌だけ縁取ってしっかり思い出す、どうでもいいようなことが刃渡り何センチかも分からないナイフで突き刺さって引っ張っても取れない。
「…今日はいい天気だね」
大きな窓枠に縁取られる青は広大な空だって知ってる。青空が映る僕の黒眼を横目で見据えた彼は哀しそうに、笑った。
何だかどうでもいいなんて言葉も浮かばないほどに、重すぎる現実と裏腹にどこか軽い。
現実逃避に逃げていて、現状はもうとっくに見ていないのかもしれない。
彼も僕もそうなんだろう。
随分と低く飛ぶ飛行機の轟音が上から響く。
ポタポタと床に落ちて染みる汗の音。
絵の具の匂いが鼻腔に漂う。
汗でベタつく肌は日焼け止めの臭いがする。
僕なんてどうせどんな強い感情も持てない。
ぼんやりと浮かぶ何かを掴まえて、足りない語彙と思い浮かばない社会価値に未熟な表現方法で台無しにして他人に伝える。価値があるかなんて以前に、せっかく生まれた可能性を自分で潰しちゃう。そんな、残念なこと。
あぁ、これからどう生きればいいんだろう
こんな静寂の中ふと脳裏をよぎって通り過ぎる。
僕らきっと色々考えすぎたんだ。
考えなくていいことばっか考えて、キャパオーバーを迎えたんだ。
これまでもこれからも黒い血を浴びずとも、僕ら常に雨に打たれてる。
全ての卑しい葛藤を手放すきっかけを模索して成長していくはずだった。
けどやっぱり、咲く咲かない以前に、芽を出せば摘まれるようなことばっかで。不満は募る。理由すら呆れる程どうでもいい「みんな足並み揃えて」の一言で。そんなにも重要なことなのか、分からなくて、考えて、分からなくて、考えて、ずっと、考え続けた。それは理不尽を飲み込めなくて発狂しそうな感情を抑えるために理論や理性で押さえ付けていて、冷静な平静な、そんな人間を装った。にこにこした表情の裏には殺意すらある。
酷使した理性はほんの小さなカケラになるまでになって、ふと小さなヒビが入っただけで一瞬で崩れてチリになって、風に吹かれて消えた。それは彼の理性なのか僕の理性なのか、そんなの言わずともお互い気付けばそうだった。気付けば足がもつれて顔から転げて、隣の彼の顔を見れば何故か笑みを浮かべていて、彼の眼には困惑の色がゆらゆらと蠢いていて、そこに映るのは彼と同じく笑顔を浮かべる僕だった。それだけ。
だから今ここにいて、この後先生に見つけられて、怒られて、親に報告されて、怒られて。そういうの適当に思い浮かぶけど、そもそも全てがもう要らない。
ただ今はこうしているだけで精一杯だ。
道なんてなくて一歩も踏み出せないから。
リスキーな冒険や旅なんてするほどアドレナリンに慣れていないから。
鮮やかで甘酸っぱな、青い春なんてものなんかじゃないけど、
僕らずっと前から夏に恋してる。
口になんて言葉になんてこそしないけど、僕はそう思ってるよ。
春が過ぎ去って、甘さやキツさの花の香りも名残惜しいなだなんて呟く余裕もない程で。空気に溶け込み、合わせ言葉として使えば、薄れていく残り香すら嗅いでなかったくせになんて思った。
暑さに思考も感情も全てを朦朧とさせて欲しさに水を飲まずにただ唸り声の下で泣いている。
何の生産性も無い日々。
塀に登った野良猫。差し伸べた手を引っ掻かれて嬉しそうに笑う。
『どうせ鉄棒なんて将来役に立たないんだから頑張らなくていいよ』
それだと死んだら全部無駄ってことにもなる。
まぁその通りだから、否定する気も起きないけど。
悪夢の眠りから目覚めた時の感覚が常で。
憂いや倦怠感のような虚無。
そんな中で愛によく似た憎しみを、ベールに包んで抱きしめる。自分の温度が分からない。
さぁ生きる為に仕事を。
この作家さんは今日も人間らしいでしょう。
ハッピーエンドのオーダーは受け付けられません。
どうやったってうまく描けないの。
壊さないと掴めないもの掴むより、元からあるものを使うのが平穏だ。
気持ち悪いものだけが生まれて、今日もまた自分に苦笑を返すのでした。
他人からの罵りや野次も、無い感情に踊らされた人の死も。
自分は関係者でありながら罪はなく、ただ悲しまないことだけが罪なのでした。
今更な気がして、どうでもいい。
そんなどうでもいいの中だから何もしないわけでも無く。
全ては最初から軟弱な自分を守る為に生まれたものかもしれない。
生み出した物語に踊らされ
対抗するのは考えただけで疲れるさ。ただ人間を辞めたつもりで奴隷になれば、全て離せるのならば。
「情けない」なんて少女に唾吐かれ、パフォーマーのように会釈返す。
晴れよりも雨よりも曇りがよく似合う。