これは胸のあたりなのか、腹なのか、頭の中なのか、分からないけど。音がザラついた空間を通って入り込んできて、不快だ。耳が痛いほどにうるさい。
吹き荒れる砂漠のようで。砂埃でノイズが酷くて、渇ききって苦しくて。
物理的な視野と内面的な視野は同期されてる気がした。
スマホの小さなこの画面から目を離さず前のめりに姿勢を潰す度、呼吸がしづらくなった。
上を見上げれば、信じられないほど穏やかな青空が広がっていた。肺に空気が入って、鼻から疲労のような、安堵のような、そんな息がひとつ抜けた。
手を伸ばしたら届くのに、手を伸ばさないのは、求めているのがそこにあるものじゃないって、どこかで分かっているからなのかもしれない。
結局僕は、幻想にしか固執できなくて
淡くて甘いそれは、雲のようだ。
小さい頃、雲に乗りたかった。ふわふわで、柔らかくて、心地いい。そうなんだろうと思い込んでいた。
価値も意味もないものを、信じたいんだ。
ただ感情のままに、欲望のままに、今ある生を楽しめたなら。
自分が何が欲しいのか、それすら漂って流れて、掴めなくて
側にいると思ってた理想は、フィルムだけで中身はただの虚しさだったのかもしれない。
価値を可視化させるSNS社会。
充実感を得られなくて、目を瞑りたくなるけど、瞑れば余計に色々なものが瞼の裏に見えてきて、どこにいて何をしたって休まらないんだ。
色々なものに食べられそうになる。
自分を扱いきれない。こんな僕を周りが扱えるわけもなく、孤立して。
共感がなければ理解されないのかもしれない。
権力者が言えばどっちにだって簡単に転がる。
サイコロゲームでもしているのかもしれない。
「美しい」そんな言葉すら僕を檻に囚わす
自分の中でただ生まれただけの思想が、ニーチェの哲学に当て嵌まれば「天才の真似事」と偽者扱いされる。
胸の圧迫感と肩凝りと眼精疲労が、まだ生を感じさせる。
正直言って僕は平凡なわけで。多数の中で埋もれる存在で。
僕自身がそんなだからと言って、じゃあと周りに特別な繋がりがあるという訳でもないし、居場所になるような人がいるわけじゃない。そんなストーリー性も何もない僕だけど、僕なりの生き方があるわけで。
本当に全部どうでもよくなったら死んでいいことにしている。
だいたいこんなことを口に出せば色々なことを言われるけど、今すぐ死にたいと思ってるわけでもない。
ただこれが、僕なんだ。
あの頃の僕は特に、何をするにも恐ろしくて、全てが不安だった。だから毎日何十回でも“どうせ死ぬから”って唱えて、ずるずると持ち堪えてきた。
どうやったって生きていればしなくちゃならないことがあって、それがたとえ自分にはできなくたって、できるできないじゃなく、やるかやらないかの基準がほとんどなんだから。
僕は動けなかった。意思とは反対に足は竦んで後退りして。疲れたから休む。それがうまくできないようで。
立ち止まるのが苦痛で、足掻いて、余計に自分にムチを振るって。
立ち竦むことしかできない自分が嫌で、それ以上に周りの目が怖くて。
ただただ全てが不安定で。思考も感情も覚束なくて。
やっとの思いで身体を持ち上げても、次にどうしたらいいか分からなかった。前を見ればそこには失敗する未来しか見えなかった。失敗だとか、とてもあの頃の僕には耐えられなかった。その度に、耐えられなくていいや、死んじゃえ。って感情を逃がしていた。
自分が今どんな表情をしてるのか分からなくて、目が合わせられなくて。落ち着かなくて。「挙動不審だ」なんて言われても取り繕う余裕がなくて。
逃げるように会話を避けて。
自分がコントロール不能になって、全ての自信が崩れ散った。
社会はそこまで優しくない。
「病気じゃないから、ただの怠惰の表れ」と突き放されるばかりで。そこに文句を言いたいわけでもない。
責められ、怒られ、自己責任。
「感じ悪」と背中越しに吐かれ、気づけば誰も居なくなっていた。
きっと「全人類」とは言わなくとも、多くの人が人生で経験することなんだろうと思う。
夜は眠れなくて、ただ明日が来ることに怯えて涙が止まらなくて、声を押し殺して。朝、目が覚めると虚しくて憂鬱で。
全てに絶望して、何も見えなくて、ただひたすらに苦痛で、死んでしまいたかった。
常に気分は最悪で、ベットから一歩も動けず疲れ切っている。
休む。
最初のうちは「ゆっくりしてね」なんて優しくされても、そのうち態度は一変して冷たくなって。
態度や視線や言葉、そのため息に、存在を責められている気がした。
何度も死ななくちゃと思っては死ねず、残ったのはどこにもやりようのない深すぎる絶望。
自分の身体に傷をつけることに向けるしかやりようがなくて。
苦しさが口から溢れれば、周りは一斉にこちらを振り向いて口を揃えて突っ込まれた。
「夜更かしばっかしてるからだろ」
「生活リズム整えろよ」
「散歩でも行けばいいのに」
「運動したら?」
「スマホばっかり見てるから」
「何もしてないじゃん」
「育て方間違えたのかな」
“言ってもしょうがないか”とばかりに口を閉ざされ見過ごされる日々に、どんどん自尊心が擦り削れていった。
周りが悪いとは言えない。
どうしたらいいか分からないだろうし、
こんな状況の奴にずっと寄り添ってやってたりしたらそっちの身が持たない。
自分の未熟さを痛感して、それを突き放すでもなく苦笑で流すように努める日々だ。
自分と向き合って受け止めるって簡単じゃないから。
朝方の散歩が好きだった。
車ひとつ通らないような、夜中の狭間の朝焼け空。
季節によっては濃い霧が呼吸を重くさせたけど、普段の呼吸より遥かに澄んでてて、息がしやすかった。静まり返った淡い空気が、僕の存在すらその淡さでぼかしてくれる気がした。
住宅街を抜けて何もない道を歩く。何もないけど、僕にとってはたくさんあった。
散歩の為に早く眠って、昨夜のかけらの星が沈殿したような、しっとりした温度で目を覚ます。静かに顔を洗って、水を飲んで、ジャージに着替えて、玄関ドアを開け、僕の空気に触れる。
でも、いつしか崩れていった。
外の情報量に耐えられなくて、ぐちゃぐちゃになって呼吸は乱れて意味もなく涙が溢れて。
毎晩悪夢を見て。
夜には眠れなくなって、空気の温度も感じられなくなった。
目を開けていても何も見ていなかったからか、記憶に残っているものがほぼない。
起きているのか寝ているのか、自分でも曖昧だ。
身体が沈んで、自分の身体じゃないかのように重く、動かせない。
トイレに向かうのに立ち上がり、数歩進むのですら、姿勢を保てない。目眩すら引き起こして、トイレに着いた頃には息切れが酷い。自分の呼吸の荒さが目眩と吐き気と重さを混ぜ合わせていく。便座には座らず崩れ落ちてしたのは、排尿じゃなく嘔吐だった。
動ける気がしなくて、そのままトイレの床で蹲って、陽が落ち一日が終わるまでただじっと待った。いや、待っていたというより、時間の流れが待ってくれなかっただけだ。
こんな日々を過ごした地獄の数年間。
こんなことになるまで、何があったのかよく分からない。
産まれてきてからの自分を振り返っても、考えれば考える程、何を原因として取ればいいのか分からない。
ただ、どうにも何もできなくなった。その表れは唐突だったけど、本当に急にそうなったってわけでもないだろう。徐々に、徐々に崩れていって。
日常生活を送れるようになっては途端に周りから、社会からの要求が降りかかってきて、生きているだけじゃだめだなとしみじみ思った。
自分をコントロールできなければいつも気分は荒んでいて、口から出るのは相手を困らせる湿った陰気なことや、何に向けて言っているのか自分でも分からない汚い罵詈雑言ばかり。
そんな自分に嫌気がさして、人目が恐ろしくて。
人と会って、言葉を発して、やりとりをするたび、自分の中で何かが削り落ちていった。
こんなことが言いたいわけじゃないのに。今話している自分は誰なんだ?これが僕?
嫌にべっとりとした汗でぐちゃぐちゃになっていく。
僕、今どんな顔してる?
毎回そんなことを思っていた。
静かに絶望を受け入れていく
目を凝らしてよく見ても分からないほどの微笑みすら浮かべながら。
それは余裕なのか、それとも諦めなのか。
愛を語るにはまだ浅い月日。
相手の愛に応えてみせる。
分かっている。自分が誰かの特別で、一途に好意を向けられて。優越感に浸れる都合の良さ。
“自分が愛されている”ことにしがみついて、相手が離れてしまえば“自分の価値が減る”気がする。
ただの依存だ。
自分の感情は見えないふりをする。
自分に空いた穴を塞ぐために好意を利用する。
相手のことを傷つけることになると分かりながらも後戻りはできない。
「×△□」
口から出た愛の言葉はあまりに歪だ。
全て嘘なのに。年齢も、性別も、学校も、学歴も、出生も、家庭も、環境も、明かした“自分の事情”ですら。何もかも、嘘なのに。
そんな嘘で創られた俺を抱きしめて、『本当の貴方を、どんな貴方でも、愛してる』だなんて、言わないでよ。君は何も知らないんだから。
何が嘘で、何が本当か、分からなくなってくるんだ。
誰かの嫉妬に憎悪が孕んだ言の葉は紙飛行機に挟まれて
雨の冷たい空気を乗せて
私の背を目掛け飛んでくる
ちくちく、ずきずき
背に刺さる
『でも今日の私はいつもとは違うのよ』って一人いたずらげに笑って、少し傘を背に傾け大した防御にもならない自己防衛を試みる
だんだんと雨音が大きな音たてて私の耳を塞いでくれる
だんだんと雨粒が大きくなって紙飛行機が届かぬよう打ち落としてくれる
濁った水溜りにオーダーメイド製の革靴がリズムよく飛び込む
傘の中の自分の顔なんて分からない
傘深くさしてれば顔なんてあまり見えないでしょう?
傘の中で私は口遊む
雨音に掻き消されてしまうよな小さな歌声
もう全部やめちゃいたいなんて弱音零すのは傘の中だけ。
傘の中でひっそりこっそり。
雨と混じって跡形もなく流れるように。
狂った愛だとしても見つけたい。そこにあるのがどんな愛であれ愛なのであれば欲しい。
嫌いなあいつのことも吐きそうなくらいに愛したい。
全ての混沌の中で判断能力なんて劣って思考も働かぬ中ただ雰囲気に流されて過ちに溶け込みたい
浴びた叱責のコートを作りたい。冬に羽織れば皮膚がジリジリ痛くなって温かいと錯覚起こすでしょう。
大きな音に萎縮させられる。
偏食の私は出された食事を全て平らげる。
可愛い赤ちゃんですら可愛く見えなくて、ただその引きちぎれるような産声に耳を押さえるのでした。