【奇跡をもう一度】
常識では思いがけない不思議なできごと。
別にそんなものを求めているわけじゃ無いけど。
まぁそんな奇跡は何かしらの行動をしなければ作り得ない
だから俺は今日、手始めに外に出た。
久しぶりに浴びる日差しに目が眩んだ。
壮大な広い視野と、家の中とは全くどこか違う空気に足がすくみながらも、一歩ずつぽそりと歩いた。
目の前から来る人に不意にビクついた。
空を見上げて深呼吸した
まっすぐ堂々と歩いた
通りかかった人が見えなくなった時、腰が抜けた。
「まあ、車通りは少ないから…大丈夫だな」
あたりが暗くなった
「な、んだ…!?」
月明かりがほんのりと俺の顔を染めた
まるで突如として太陽と月がひっくり返ったみたいだ。
ん、なんだ?
俺は、真っ赤な紅色に染まった金縁の、やけに肌触りがいい羽織りを羽織っていた。
「こんなんいつ…」
「にゃぉおーん」
「猫?」
鳴き声が聞こえて振り向くと、
終わりが見えないほどの数の猫の行列がこちらへ向かってきていた。
「……は?」
俺の頭や眼のどこかしらがイカれてしまったわけではなければ、おそらくその猫たちは二足歩行で、それぞれ日本の繊細な刺繍が施された着物を身に纏い、それは決して派手ではなく、謙虚で嫋やかで、節々の完璧で品性のある所作をしているのだ。
「まるで家臣とか仕人のような…でも猫…。ねこ…?」
頭がおかしくなりそうだ。いや既におかしいのだろうか?自分で自分の状態を疑わずにはいられない。
「さあ若様、今夜の夜風は一段と冷えます。お身体に触ることのないよう、早く屋敷にお戻りください。」
先頭に居た、大半の猫らが着ている着物とはまた別物の格好をし、提灯を持っている黒猫が俺の目をまっすぐ見てそう言った。
その眼は繊細で大きいビー玉みたいな、正真正銘の猫の眼だ。
なんだか…この、心臓がひっくり返りそうな気分はなんだろう
気分が悪い。
こんな変な光景を目の当たりにしてるからか?
「若様?」
「嫌だ。あんな屋敷に戻りたくなど無い。」
!?
なんだ、勝手に言葉が……———
「はし…おい!倉橋!!」
「はいぃい!?」
「授業中に居眠りをするな!」
「え…?」
嘘だろ?どういうことだ?だって俺は不登校で、引きこもりで、ついさっき外に久しぶりに出て…
「全く…」
男は呆れたように鼻をフンと鳴らして教壇へと向かう。
「倉橋くん、居眠りなんて珍しいね。疲れてるの?」
隣の席にいる女の子に声をかけられる。
「え、っと」
誰だ?なんだ?
…
あ、この子は…俺の好きな子だ
ここは教室で…
あの男の人は…社会科の先生で、俺は今授業中だ。
「倉橋くん?」
「あはは…そうかも。疲れてるのかな」
「そっか、あんまり無理しすぎないようにね。」
「うん。ありがとう。」
なんだ、すごい怖いな
夢の錯覚で現実との感覚が曖昧になってる。
あれ…本当に夢なのか?
この感覚はなんなんだ?
忘れていたような
消えていたような
やがて放課後になり家に帰ってからもそんな不思議な気持ちで過ごした。
「散歩でもするかな」
夢で見た、外に出てみて歩いた道は、俺の家の目の前のこの道だ。
普通に歩いてみた。
なんともなかった。
「なんだ、つまんないの」
「若様?」
力強く振り向いた。
すぐ横で話しかけられたようだ
耳をおさえた。
その耳は熱を帯びていた。
「なんなんだよぉ…」
【たそがれ】
何度でも書いた
一心になって書いた
時間を削って書いた
そんな文字は一つのタップ一瞬で全て消えるもの
何だか勝手に、お前が熱意を込めてあくせく書いたものは所詮はこれほどの価値なんだと笑われてるような気持ちになる
きっと多分嫌な空気のせいだ
換気をしよう
ああだめだ…今日は本降りだな。
もうここまできたら沈むだけ沈むしか無い。
今日は何もしないようにしよう。
部屋に行こう
ベットに横になって寝よう
私の部屋が、遠い
無駄に広くて長い廊下には、隅々にシンプルながらも全てにしっとりとした高級感が漂っていて、重い。
気づけばすぐに子供の頃の自分と光景が出てきて、
私の目の前でうろちょろするんだ
見るな 話しかけるな だめだ
そいつの首根っこを引っ張り上げてただただ目の前の光景から目を離して
強く目を瞑る
戻れた
「まただ…薬を変えてもらおう」
ああここまで来てしまった
この廊下は通りたく無い
ピアノに何度も見た肖像画
煩い音が聞こえてくる
思い出のピアノなんて言うには相応しくない。ただの廃れたピアノが視界に映るたび、どうやったってどうにもできない心のわだかまりが呼び覚まされる気がして早足になる。
忘れ去られた豪邸には私ひとり。
こんなにも大きいのに誰にも知られず気に留められず
惨めなもんだよな。
こんな豪邸から出られず終いなところ、逃げられない無力さを強く感じる
私は何がしたいか
何が好きなのか
わからず有耶無耶にして生きてきた
私はだいぶな白黒人間だが、自分に対してはいつも目を逸らしてグレーにもせず見殺しにする。
そうだな、卑怯だよ。
もういい、このままベットへ辿り着けても眠れそうに無い。寝れたとしても悪夢にうなされるだけだろう。そんなのごめんだ。テラスで雨を傍観しながらカプチーノでも飲もうか…
〔ザーーーーー…〕
何だかこんな雨は俺の記憶と一緒に全部何もかも流してくれそうだな
でも、なんだか、確かに目の前にあるはずのこの雨が遠いものに感じる。一線が引かれていて、俺はその線から更に何歩も下がって傍観している気分だ。
やがて俺だけ此処に置いてけぼりにされそうだ。
俺だけ動くことはなく、時は当然のように過ぎ去るから。そして、時が過ぎ去っても、記憶は残り続けるものだから。
…
そういえば庭にくるのも久々だな。
反対の西庭の方にはデカい噴水があったっけかな…
あの噴水ではあいつとよく遊んだな
俺が周りから色々言われているのをいいことに下心満載で媚び売りしに同情してくる奴等がうじゃうじゃいた中、あいつだけはまるで自分がされたかのようにガチギレしてたっけな。
〔ボンボンだからって調子乗ってんだろ。よく知らないけど、あんなやつ性格悪いに決まってる。〕
〔どうせあの冷たい態度に目つき、私たちのこと見下してるのよ。〕
「君のこと知らないから奴等は好き勝手あんなこと言えるんだ!知らないくせにつべこべ言う権利無いでしょ!君も言い返さないの!?」
「俺は…いや私はいいんだ。」
「どうしてよ!いいわけないでしょうに」
「知らないくせにつべこべ言う権利は無いんだろう?それはこちらにも言えることだし、何か言い返したところで大事になれば、逆に私が損害を大きく被ることになるだろう。だから、好きに言わせておけばいいんだ。」
「でも…」
「やり返すなんてもの損以外何も生まないんだ。もうこの話はこれで終わりにさせてくれ」
「……」
ああ、思えばあいつとはあれが最後だったな。
唯一の楽しかった気がする思い出さえ、綺麗なものとして残ることができないなんて。
「ハハっ、我ながら全てが最悪だな…」
父さんと母さんの期待に応えるべく、血筋を重んじて、なんて思ってるうちにいつのまにかそこに俺はいなかったんだな。
惨めだ。
どうしても、惨めだ。
〔ポロッ ツー…
〔ザーーーーーーー————……
編 集 中
文字打つの力尽きたんで一旦保存だけしとく手法
静寂に包まれた部屋。
シンプルデザインが余計に事態を悪化させるだろうか。
いいや、大勢の中で孤独を感じるのが苦痛と同じように、部屋だけ賑やかな中孤独を感じるのはなんとも惨めになる。
だから、
これで。いい。
可哀想って言われるのが多分怖かったんだ。
だからか、旧友に会うのは疲れる
時の流れを突きつけられる気がして
己と比較してしまう気がして
相変わらず目つきの悪い君はいつからか気が強い
あいつは身長がぐんと伸びたらしい
あの人はサッカーの県大会で優勝したらしい
あの子は垢抜けて今じゃクラスのマドンナらしい
私は何も変わらずただこの部屋に居る。この何とも言えない嫌な感情で俺を蝕んでくるこの部屋から、出ることができない。
瞬く間に全てが変わっている気がする。
時の流れがあまりにも早くて
俺はもうどうすることもできなくて
焦って足掻く気力もなくて
大の字になってこの部屋に一人閉じ籠る
落ちぶれた私を見て、「変わったね」
なんて言われたくなくて
鏡に映る自分の眼を見た。
こんな眼、いや…
「こんな顔、してたっけ」
〔ピーンポーン〕
インターホンがなった。
誰も映っていない。
少し考えてから
外に出ると、
玄関ドアに小洒落た小袋がかかっていた
家に入って中を見るとひとつの手紙のようなもの。
横に長方形の白袋を閉じるのに桃色のハートのシールが貼られていた。
典型的な恋文みたいなフォルムに少し笑いが零れた。
手紙の割には随分と厚みがある
「…すごい枚数だな」
中身を読んでみた。
何故かどれだけ席替えをしても、必ず私の席からは貴方の横顔がよく見える私は、とてつもない幸せ者です。近すぎず、遠すぎず。ちょうどいい距離で、ずっと見つめていても気づかれない。いや、貴方だから気付かないのかもしれません。少し視線に疎いです。
そんな貴方の鳥の濡れ羽色のように漆黒な髪の毛。それにどこまでも吸い込まれてしまいそうな時、貴方の席にちょうど当たる西陽で、波打つように煌めき出す。肩につかないくらいの長さの毛先は、いつも四方へと自由に跳ねています。私が貴方の全てを知ったような口を聞いてしまいますが、それがどうにも貴方らしいと感じて、そんな「貴方らしい」それを見つけて、見つめる度、私は心地良い気持ちでいっぱいになります。
貴方の髪の毛を結んだ時にだけ大々的に見える、太すぎなくて骨っぽすぎない首がどうにも色っぽくて。肌が弱い貴方は、少し掻いただけで、うっすら桃色のミミズ腫れになる。それに加えて肌が白い貴方は、それがよく目立つ。よく友達に「それどうした?」「大丈夫そ?腫れてるやん」なんて言われて、少し面倒くさいような顔で「いつものことだから」と返す貴方を見ていた。触れたい。私だけが貴方の全てに触れたい。どうかもっと近くで見つめていたい。
貴方の後ろ姿を静かにずっと、見ていたい。筋トレが趣味で、走ることが楽しいと言う貴方は、無駄のない筋肉がついている。貴方の筋肉も、骨格も、全てに惚れ惚れします。
体を動かすのが好きだと言う貴方の、運動している姿はとてもかっこいいです。そんな体育の時間も、私は相変わらず貴方を意識してどんな時でもちらちらと見てしまっています。もはや貴方のことを考えたり想うことがたくさんの日々で、生活の中心は貴方です。
水を飲んだり髪をかきあげたり、ふとした仕草にもくらくらと目眩がする程にピンク色で胸がいっぱいになります。一口が大きくて、水筒の水を飲むのにもあまりにも男前に飲むものだから口端から水が溢れている時もあるの、私は見てしまっています。腕にはヘアゴムが通してあって、貴方が運動する度チラチラ揺れています。貴方のヘアゴムになりたい人生でした。
私は貴方と関わるなんて機会、全くと言っていい程無いです。程遠い。話したことがほぼ無い。それでもそんなの気にすることなんて無いとでも言うように、気さくでフランクな貴方は、真冬の学年集会の時、カイロを教室に置き忘れた寒がりの私は、どうしようもなく寒くて、静かに震えてました。偶然そんな私の隣に並んでいた貴方は、それに気付き、ジャージのポケットから出した手を私に差し伸べて、「おいで」と言ってきました。大きくて細い指。貴方が隣に並んできただけで脳内は一人お祭り騒ぎをしていたのに、話しかけてもらえるなんて思ってなくて脳内は一気に停止したのをよく覚えています。なんとなく無意識に偏見で、冷たい手かと思っていましたが、ぼけーっとしたままそっと手をのせると、貴方はぎゅっと私の手を握って、そのまま貴方のポケットに入れました。貴方の手は、とても温かかったです。そして小声で、「あったかいっしょ?体温高いんだよね」と言い私の手を終始ぎゅっと握っていました。もしかしてこんな思わせぶり、誰彼構わず他の子にもしてるの!?いくら同性だからってこれは誰でも堕ちちゃうよぉ!?…と思うのと共に、自分の現状にいっぱいいっぱいでした。あまりにもベタな展開に頭が混乱して。
貴方の初めて聞く小声と体温や匂いがよく伝わってきて、壊れてしまうのではと心配になる程心臓が叫んでいました。
貴方と近距離な現実への自覚で涙ぐんで震え上がる程の嬉しさと、手汗かかないかな!?なんて死にそうな思いをしました。おかげさまで私の体温は貴方よりも熱くなりました。
周りと比べて貴方は、声が少し大きいだけでなく通りやすい声をしているので、同じ空間に居るだけで誰かとの話し声がよく聞こえてきます。貴方の話し方は、気ままで、軽い。ハキハキとしている時もあればゆらゆらしている時もある。それに少し低めで落ち着いた声。気づいたら聞き耳を立てて静かに貴方の横顔と一緒に見つめてしまいます。
百面相とは貴方のことだったのでしょうか。
これもまた日々横目で貴方に見惚れているうちに気づいたことで、貴方はクラスメイトへの接し方が分け隔てないです。基本的に自立心もあるし、単独行動が好きなように感じます。どんなグループにでもその輪には入らず、自由で好きなように人と話してたり一人で何かをしていたり。常に一緒にいるような相手を作らない感じですが、仲が良い相手は反応ですぐ分かります。貴方はぱっと見冷静でクールな澄ました印象があります。なのに特定相手と話はじめると、途端に砕け、表情筋豊かになります。
そんな様子を見つけて、可愛くて、面白くて、愛おしくて。むず痒い気持ちになりました。
あの私の左手ポッケ監禁事件からちょくちょく話しかけてくれるようになった貴方。貴方のいたずらな笑顔を向けられると、私はどうにも胸が苦しくなる。
貴方を何かに例えるならば、まるで風のようです。
形こそ無いけれど、確かに在る。一定のことをすることもなく、一定の場所にいることもないです。それは人間関係でも学校生活でも言える何事に対してでもです。
とっても気まぐれで自由。だからこう言われてました。「そんなあいつに腹が立つこともあるけど、真っ直ぐこっちの目を見て、清々しい程に無邪気で眩しい笑顔をするから、何だか憎めない」貴方の周囲の人たちはお手上げだと笑っていました。そして私も微笑みが溢れます。そんな貴方がやっぱり好きだなぁなんて思いながら、「今日もお疲れ様です」なんてその人たちに返しました。
そんな風のように爽快で涼しげな貴方の隣にいれたらなんて夢を厚かましく抱いてしまうのです。
貴方は何とも表せないほどの独特性があって、ある時それが理解されず、突っかかられてしまう場面もクラス内でありましたね。そんな時でも貴方は冷静で淡々としていました。自分の軸や芯を曲げたり変えたりすることなく貫き通す姿勢は、どんな誰よりも凛としていましたよ。
貴方の独特は、変わっているからと言って誰かを傷つけたり迷惑をかけるようなことしません。一人自由に振る舞っています。貴方をこれからも大切にしてほしいなと思いました。
恋は盲目と云いますが、それは真ですね。貴方の魅力にはなんて罪な人なんだと思い知らされます。
貴方はあの日を覚えているでしょうか。
あれは心地良い木漏れ日の土曜日のことでした。私はいつもの土曜日課のように、近くの森林公園で読書をしようと公園に向かっていた時でした。歩きながら、空を見上げて肺を空気でいっぱいにしていると、どこからか聴き覚えのある貴方の声が聞こえてきました。考える間もなく足が先に声の方へと向かっていました。曲がり角の先から聴こえてきました。
尻込みながらも、勇気を振り絞って一思いに曲がってみました。するとそこには、ほんの数メートル先に野良猫と戯れる貴方の姿を見つけました。そんな貴方は、一段と楽しそうで、柔らかくほころんだ、どこか優しい笑みを浮かべていました。そんな姿をそのままずっと傍観していたくもあり、目の前に居る貴方に私を見て欲しくもあり、胸が絞られるように熱くなりました。
すると貴方の白くて大きくて細い手の平に、すっぽりと頭を預けながら、猫が私を横目で見て、「にゃ〜ん」と愛らしい声をかけてきました。そして貴方が私を見ました。
急に目が合って、驚いて咄嗟に隠れてしまいました。
私の心臓の痛い程早く強い鼓動も知らずに「なんで隠れるの」なんて言いながら軽く首を傾げて、耳から落ちた髪の毛がサラサラで、その一瞬は貴方しか見えなくなりました。太陽すらも貴方を照らしていて、より輝かしさが増して、目眩がしました。遂に心臓が止まってしまうかと思いました。
それからなんやかんや声が上擦りながらも貴方と会話をしているうちに、とんでもないことにせっかくだから一緒に遊びに行こうなんてことになって、とりあえずお茶でもしないかなんて言って、数分でつくからと貴方の家に行くことになりました。
『部屋で待ってて』なんて言われて、心の準備もままならず気づいたら貴方の家についていて、貴方の部屋という聖地に放りやられました。咄嗟に正座になって硬直しました。
自分を落ち着けるために深呼吸をしようとしましたが、貴方の匂いをたくさん吸い込んで余計悪化。心臓が嬉しさと緊張とで悲鳴をあげていて意識が飛びそうな程でした。
そのまま貴方の部屋をそっと見渡しました。
シンプルで落ち着いた、
ビターカラー木材の家具で統一されてる。
壁には絵画が飾られている。
脱ぎっぱなしの服が、
床に落ちていたり椅子にかけられている。
物があまりにも少ない。
ベットシーツはぐしゃぐしゃで、
枕は頭の位置にありません。
特に強いこだわりは感じない、
お下がりだとか貰い物とかの思春期は嫌がりそうな子供っぽいデザインのものも普通に使っているところとか
そのまんま貴方の部屋。
この後ことはもう語り出したら四時間、綴り出したら六時間はかかるので、大人しく黙りますね。
地頭が良くて要領が良い貴方は普通にかっこよくて。何だか近寄りがたいです。私も貴方にはなかなか声をかけられなくて、気持ち悪いと言われても仕方がないような、貴方をこっそり見つめ続けることしか…笑
実は結構貴方は多くの人から人気なこと、きっと知らないと思います。
聡い貴方へ。
私の勝手な考えによるものですが、貴方に伝えたいことがあります。
貴方は太陽じゃない。
輝かなくて、
目立たなくて、
熱くなくて、
明るくなくて、
全然いい。
繊細な風、私は好きです。
堂々としていて下さい。
私にとって貴方の全てが美であり、光であり、糧であり、憧れであり、私に最大限の好きを与えてくれる存在です。
貴方の持つ卑屈だったりマイナスな考えや感情、きっとある。それを含め私は貴方のことを愛しています。愛していますなんて重いだろうけど、一回だけ言わせて下さい。
貴方のことを、私は心から愛しています。
貴方が学校に来ない日は楽しくないです。
貴方の姿が見えないだけでこんなにも寂しい気持ちになるなんて。
明日は来るかな、なんて希望を持つ毎日です。
自分が休むのも嫌になりました。貴方に会いたい。いつか会える日が来ると信じて、貴方がいる時、私もいれるように。
周りより少し高い背丈
気取らない
自分の非を受け入れられる
自由で柔軟性のある考え
独特な世界
器用さ
もっっっっと、もっっっっっといっぱい貴方のいいところがあって、好きなところも語り切れない!!無限大です!!!
手紙を読み終わってからしばらく瞬きを繰り返した。
「…………——ふはっ」
「めちゃくちゃ愛されてんじゃん、私」
通り雨
教室の窓に触れる雨。
愛想笑いと退屈のハーモニーはあまりに息が詰まる。
宇宙は霧に覆われた
声に出そうとしてつっかえた言葉は、宙に浮いて雲になり、やがて雨になる。
細くて弱々しい猫を見つけた。そいつは重い瞬きを一つしてから、じっ…と静かにこちらを見つめてきた。
そんな静けさとは裏腹に眼から湧き出るオーラはゾクゾクした。
二度と会うことはなかった。
湿った土の匂いからは、なんとも言えない虫の味覚。
雨の囁き声から、窓を叩きつけるようになった雨粒は怒鳴り声となり俺を不快にさせた。
正門を出てすぐ、
ガキが水溜まりに飛び込んで跳ねた泥水が、斬るように頬に飛び込んできた。それは怒りと共にもったりと垂れてきたので、傘をなぶり続けると同時にものすごい速度で堕ちゆく怒声と共に流した。
雨で濁った川に餓鬼共がガキのランドセルを投げ入れた。
餓鬼共はひっくり返るような甲高い声を上げ、走り去っていった。それは上の橋にいる俺の耳を刺した。
ゆらゆらと流れるランドセルをガキはただただ観ている。
餓鬼共の声が聞こえなくなった頃、ランドセルはもうすぐ見えなくなる。
ガキは靴を脱ぎ、揃えて置いた。
沸々と、気持ちの悪い線香花火を炊いた香りがした。
ガキは川にそっと入り、どんどん歩く
水深腹あたりまで来た
とまる様子はない
置いてけぼりの傘と息を忘れて走る俺。
むせ返るような息遣いで首まで川水に浸かったガキのフードを掴んで川から出した。
抵抗も反応も何も無い
そいつをおぶって橋まで歩いた
直に当たる酷い怒声は俺を萎縮させようとするが、背中にある生ぬるい氷のような感触だけが俺を支配した。
下ろすとそいつは、静かに、もうランドセルは見えない川をじっ…と見つめた。
俺も川に目線に移してからまたそいつに戻した時にはこちらを見ていた。
怒声がよく聞こえるな
そいつはどこから持ってきたか分からない傘を俺に差し出した。
逃されないそいつの眼を見つめたから、
受け取った
怒声が通り過ぎて
急に晴れが顔を覗かせた。真っ白な強い日差しで宇宙が覆われた
「お兄さん、晴れましたよ。」
そいつはその一言残してどこかへいった
「あの眼に似てたな」
椿咲いてツバキ散る。
僕の名前は咲幸。1人の家族がいる。現在38歳だ。
10歳の年、暖かく心地良い風が吹き、花々が満開に咲いていた春の日。闘病中の母は持病により、人生の幕を閉じた。そして父は、最愛の妻を失ったショックに耐えきれず、妻が死んだその日に、自らに手に加え自分も妻の元へと旅立った。
たった1人の息子の僕を残して。
母さんと父さんの葬式中、僕の身元引き受け先について親戚たちは大騒ぎしていた。
僕は両親に置いてかれた無力感に苛まれた。抜け殻のような生き物となってしまった。そのせいで僕は「気持ち悪い、うちから出て行け」などと言われ、親戚中をたらい回しにされた挙句、結局児童養護施設へ送られた。当時12歳だった。
児童養護施設に来た日は、冷たい風が頬を切るようにして吹いていた。雪が足元を掬おうとしてくる。
それでも一生真冬でいいのにと思った。春なんて来なければいい—。
児童養護施設に入ってから、専門家による心のケアだとか色々されたけれど、僕は相も変わらず抜け殻状態だった。
そんな中、元気のいい1人の男の子に出会った。
男の子
「俺、ツバキ!花の”椿”って漢字でツバキ!お前は?」
咲幸
「……」
ツバキ
「なんだ、だんまりかよー。無視はあんまりじゃねえか?」
咲幸
「……」
ツバキ
「まあいいよ、話したくないなら話したくなるまで話しかけ続けるまでだからな!」
咲幸
「……」
特に相手にしていなかった。どうせすぐ飽きるだろうと。
でも—そいつは飽きるどころか毎日毎日僕に会いにきては、僕に相手にもされてなくとも、1人でペラペラとずっと喋る。1時間ほど経つと、気が済んだのだろうか、「じゃあまた明日な!」と太陽みたいな笑顔で僕に手を振って、走って帰って行く。
そんな彼に、僕は無意識のうちに心を開き始めていた。
ツバキ
「やっほー名前教えてくれない奴!今日も来たぞ!」
咲幸
「…こんにちは?」
ツバキ
「…!!!!やっっと話したくなったか!4ヶ月毎日顔合わせといて初めて声聞いたわ!」
咲幸
「しつこかったんだよ…」
ツバキ
「それが俺の長所でもあり短所でもある!」
咲幸
「…そう」
ツバキ
「じゃあ自己紹介しようぜ!前も言ったけど俺はツバキ!花の”椿”って書いてツバキだ!12歳!4月生まれ!!好きなもんはピアノで嫌いなもんはガラスだ!」
咲幸
「…僕はさゆき。咲く幸せで咲幸。僕も12。」
ツバキ
「咲幸。咲幸か!縁起のいい名前だな!」
咲幸
「…名前だけはね。」
ツバキ
「へぇー。」
咲幸
「ツバキって変わってるよね。僕みたいな奴によく飽きもせず声かけ続けるよね。」
ツバキ
「なーんかしんみりしたオーラ出す幽霊みたいな奴だからさあ。笑ってくれねえかなって思って話しかけてみた!」
太陽みたいな笑顔に太陽みたいな性格…。。
ここにくる子達は辛い想いをした子ばかりだと思っていたけど—。
咲幸
「ふーん……ねえ、ツバキは。。どうしてここにいるの?」
ツバキ
「聞いちゃう?」
咲幸
「ごめん。無神経だった。」
ツバキ
「いや、いいんだけどさ、しんみりしたりすんなよ。」
咲幸
「分かった…」
ツバキ
「俺の父ちゃんは今檻ん中。母ちゃんは精神病んで病院。
俺が小1に上がったくらいだったかなー。
父ちゃんが母ちゃんを殴るようになったんだよ。
父ちゃんを止めよう、母ちゃんを守ろう、とは思った。けど成人男性に抗えるほどの力が自分にないことを知ってる。
俺は妹を第一に守るべきだと判断した。あ、俺2つ下の妹が1人いんだ。
んでまぁ父親だとしても頭が狂った奴だ、下手に出たら俺まで殴られる可能性も充分有り得る。
だから俺は精々毎回散々に殴られ蹴られ倒れてる母ちゃんに手当てするぐらいしかできなかった。
一応致命傷は与えないようにはしてるらしくてさ、母ちゃんが父ちゃんの暴行から死にそうになることはなかった。
けど父ちゃんは必ず毎日母ちゃんを殴り続けた。
それから2〜3年間、そんなこんなな日常で、父ちゃんとは顔すらろくに合わせることもなかったけど、家事は全部しっかりやってくれてた。学校にも普通に通ってた。妹の小学校入学式の日には、新品のランドセルが部屋に置いてあって、中身には学校に必要なものが全部揃ってた。
当たり前だけど一方母ちゃんは、毎日殴られ精神病んでまともに日常生活ができないまでの状態になった。だから俺がずっと介護してた。
常に妹と一緒に行動した。
殴られてるところなんてのをまともに見てたら俺も妹も父ちゃんみたく頭が狂うって思ったから、母ちゃんが殴られ始めたらさっさか妹連れて公園で行って、数時間したら帰るってサイクルだった。
警察にさっさと行けばよかったんだけどなぁ
元の優しくて面白い父ちゃんに戻ってくれるって信じて疑いたくなかったんだよ。
そんで、ある日妹が母ちゃんを殴ってる父ちゃんの様を目の当たりにして“父ちゃん、もうやめてよ”って震えながら言ったんだよ。
俺はその状況に混乱してた。
なんで急にそんなことを?どういうつもりなんだ?なぜお前が単体で行動してんだ?父ちゃんはどうするつもりだ?
そんな中父ちゃんが、のっそりと妹に向かって近づいて行ったんだ。妹が危機に直面してやっと、警察にすぐに行かなかったことを後悔した。この事態がどういうものなのかやっと理解できたって感じだったな。
妹の腕を引っ張ってそのまま担いで全速力で家から飛び出して逃げた。すぐに警察に行った。
そのまま父ちゃんは逮捕、母ちゃんは病院へと搬送された。
俺たちに駆け寄ってきた、知らない親戚の人に”もう大丈夫だからね。安心していいよ。”って抱きしめられた。
妹は泣きじゃくり出してから抱き締め返して、”怖かった、すごく怖かった”って。多分こいつなら上手くやれる。親戚に引き取られた場所で。
んで俺は、俺は〜…。。
何も感じなかったんだ。ああ全て終わったとか、怖かったとかよかったとか、全く思うことなくて、ただただ無だったな。
それからその親戚の人が、俺ら2人を引き取るって言った。
でも俺、妹のためにも、俺のためにも、お互い離れて暮らした方がいいと思ったんだよ。どうしてかはうまく言葉にできないけど。
妹には今まで子供らしく居られなかった分、幸せになれるといいなと思った。父ちゃん母ちゃんのことも、俺のことも、全て無かったことにして、幸せになって欲しかった。
んでまあ結局俺は自分の意思でここ、児童養護施設に行かせてもらうことになった。
きっとこっちの方が俺にとっての幸せだ。
うん。これで全部だ!」
咲幸
「…ツバキって随分とオープンな性格だね。」
ツバキ
「まあ俺的には特に隠すようなもんでもないしな。それでも誰彼構わず言ってるってわけではないぞ!」
咲幸
「あーはいはい。分かってるよ。」
ツバキ
「んでお前は?まあ聞き逃げしてくれてもいいけど。」
咲幸
「そんなつもりはないよ。僕は…母さんが持病で死んだ日に父さんが自殺した。親戚宅に引き取られることになったんだけど、ツバキも見たような抜け殻みたいな僕をみんな気味悪がって追い出して他の宅に押し付けてを繰り返されて、たらい回しにされた挙句、ここに送られた。」
ツバキ
「ふーん。シンプルな解説だな。俺が喋りすぎなのか?」
咲幸
「…ふーんて、それだけかよ。」
ツバキ
「これ以上に何かあるか?これそもそもが難しい話題だし何とも言えねえってのが本音だ。」
僕はまともに人と話したのは2年ぶりだ。
それなのに思ったよりもスラスラと喋れたのはきっと、相手がツバキだったからだと思う。
ツバキの家庭の話を聞いた直後、平静を保ったような一言を放ったが、だいぶ戸惑っていた。それだけ壮絶な過去がありながらもそんなにも明るくあれるツバキが正直よく分からなかった。なんなら僕よりツバキの過去の方が辛いものかもしれない。それなのに抜け殻のようになった僕とは大違いだ。
咲幸
「………。」
ツバキ
「どした?」
咲幸
「ツバキに比べたら僕のことなんてちっぽけなものかもしれないなとか思って…それなのに僕の方が抜け殻みたいにだなんて…」
僕らしくない。思ったとしても「どうした?」なんて言われて素直に口に出すようなこと、僕はしない奴だ。
ツバキ…恐るべしだな。。
ツバキ
「人の苦痛は比べるものじゃないぞ。なんてったって測りきれるものじゃねえんだからさ。辛いことがあったから辛いって想うんだろ?咲幸が憎いだとか悲しいだとか負の感情抱いたんなら、理由はそれで充分だろ。」
咲幸
「…うん…」
ツバキ
「…何があったかよりも何を想ったかだろ。」
咲幸
「…それは違くない?」
ツバキ
「あ?なんだとコノヤロウ」
咲幸
「ははははw」
笑ったのはいつぶりだろうかな。
—数日後
ツバキ
「だぁから!!ガラスのコップは割れちまうかもしれないからだめなんだって!」
咲幸
「いやプラスチックのコップは幼児用しかないから。」
ツバキ
「俺は幼児用コップ使うから咲幸は俺の分の飲み物まで持ってこなくていい」
咲幸
「何でそんなにガラスを警戒してるんだよ。いつも割れるなら、それはお前のモノの扱いが雑なだけなんじゃないのか?」
ツバキ
「違うしそんなことねえって!!窓ガラスを割った小3の時の担任の、元々ヤバい顔してんのにも関わらず、過去一怖かったあの時の顔を思い出しちまうんだよなあ。…冷や汗止まんねー」
咲幸
「なんだ、それトラウマじゃん。ツバキがトラウマになるような顔ってどんな顔なんだろう。」
ツバキ
「想像もつかない顔だよ。見たらきっと後悔するぞ。あれはもはや人間の顔じゃ無かった…」
咲幸
「それはもう人間じゃなかったんじゃない?なにか別の…」
ツバキ
「おいやめろよ!!俺が怪奇系無理なの知っててやってるだろ!!」
咲幸
「あバレた?笑」
ツバキ
「咲幸ィーーー!!!逃げんなあああ!!」
—数週間後
咲幸
「ツバキにピアノって意外だよね」
ツバキ
「何が言いたいんだよ。弾けることが?好きなことが?」
咲幸
「どっちも。どちらかというとサッカーとかの方が好きそうな感じ。」
ツバキ
「完全偏見じゃねえか。意外とか言うなら俺の演奏お手並み拝見してみるか?」
咲幸
「望むところだよ」
ツバキはピアノ椅子に座り、そっと鍵盤に触れた。軽く、力強い音が一つ、響き渡った。と思ったら、
重く痺れる音を響かせ、異なる音を組み合わせて一つの音になっている。確かにそう聴こえるが、それぞれの音も聞こえてくる。きめ細やかな音を刻みながら、それぞれの音を際立たせる。
かと思ったら次は際立たせるのではなく異なる音がまるで元々一つで連なっているかのように滑らかに、軽やかでありつつ芯が重く質の良い音が鳴り響く。
音程も何もかもが完璧で、胸が高鳴り目が輝きながらも、とても心地よかった。
なんだこれ…見える…ピアノの演奏に合わせ、この日のために猛練習したダンスを気高く、会場の皆が同じ足音をならし踊っている貴族達が、煌びやかでありつつ気品のある装飾に包まれた城内が、見える。
ツバキの指ってこんなに細長かったんだな。
一本一本の指が自我があるかのように鍵盤の上を踊る。一本の指が1人のバレリーナみたいだ。
僕も鍵盤を押し、音を出してみたが、ツバキのようにはならなかった。
想像以上だった。いや、そんなものじゃない。ツバキには確実に才能がある。
—数ヶ月後
ツバキ
「おい言ったなお前!!」
咲幸
「あはははw」
幼児1
「おいツバキー!!おれとトラックで遊んでええー!」
ツバキ
「おーおー分かったから服引っ張っるな。あと顔擦り付けんな。ハナタレ小僧め、鼻水が付くのは御免だぞ。ほらちーん」
幼児1
「ちーん!」
ツバキ
「よくできましたー」
幼児2
「ねえねえツバキ!お父さん役やってえー」
ツバキ
「ほいほい順番こなー」
ツバキは割と面倒見が良く、人からも好かれやすい。ヤンチャながらも良し悪しの分別はしっかりとできる、周りからの人望も厚く、人懐っこい奴だ。
ツバキと僕は四六時中、毎日一緒に居た。ツバキはあまりにもうるさいから、一緒に居るとどうしてもツバキに気が行って、他のこと。…両親のことを、考える時間が無かった。
今思えばそんなツバキにとても救われていたなと思う。
—n年後
咲幸
「なあツバキ。俺らもう大学合格したし…それより成人するだろ。ツバキはこれからどうするつもり?」
ツバキ
「おう。なんだ?俺がここから出て行くと思うと寂しくなったのか?」
咲幸
「黙れ笑」
ツバキ
「そうだなー実は結構考えててさ、大学からも遠くないし、その他もいい条件のアパート見つけててな。」
だよな。ツバキのことならそうだろうと思った。何年もずっと一緒に過ごしてきた俺たちにもこういう時は来るよな…
咲幸
「ツバキ、あのさ。」
ツバキ
「なんだー?」
咲幸
「僕来週でここから出てくよ。」
ツバキ
「えっ?急だな。」
咲幸
「実は僕、もう亡くなってるおばあちゃんなんだけど、自分が過ごしてた思い出の家を僕にあげたいとのことで権利書をもらってたんだ。」
ツバキ
「そうだったのか…すげえいいじゃん!一軒家かよ、かっけえじゃん。」
咲幸
「どうも。それでなんだけど、ツバキさえよかったら、そこで僕と一緒に暮らさない?」
ツバキ
「本気か?お前はほんとに寂しがり屋だな…まあ俺今すげえテンション上がってるんだけどな!!ははは!そう言ってもらえるんなら喜んで住まわせてもらうぞ!」
咲幸
「ツバキならそう言うと思ったよ。家賃は無くとも家事は分担だからな。」
ツバキ
「あったぼうよー!」
咲幸
「…それと言っておくと、、上質なピアノもある」
ツバキ
「…!?すっげえ心躍ってキタァ!!!」
—一週間後:元おばあちゃん家の庭にて。
ツバキ
「うおっ、縁側ある!というか家自体もでかいけど庭もデカッ!?立派な桜の木もあんじゃん!?花きれーだなあ。春最高だな!」
咲幸
「この際言うと実は僕春嫌いなんだよね。」
ツバキ
「なんだよ、俺の生まれた季節なのに!咲幸って花粉症あったっけ?」
咲幸
「いや、母さんと父さんが死んだ日もこんな日だった。両親を1日にして失った。それでも世界はそんなの関係なく花々を咲き誇らせて今日も今日としてただ終わろうとしてる。嫌な現実突きつけられてるみたいだろ。」
ツバキ
「ふーん?現実突きつけてるんじゃなくて慰めてくれてんだよ。今日は自立した俺たちを祝福してくれてるんだろ。」
咲幸
「なっ、そんな無理くりな」
ツバキ
「いいんだよそれで。全てを咲幸のもんにしちまえ。”俺ら”のもんにしてくれてもいいけど?」
咲幸
「ツバキ、ちゃっかりしちゃってんなお前って奴はほんとにいつも…笑」
—n年後:今
ツバキ
「おい見ろよ!花買って来たんだよ!」
咲幸
「あんま無茶して出歩くなよ」
ツバキ
「分かってらー」
咲幸
「って、げっ!黒色の花?」
ツバキ
「綺麗だろーこれ椿の花なんだぞ」
咲幸
「…俺様だァ⭐︎って顔に書いてあるぞ。」
ツバキ
「ははははw黒い椿の花言葉は気取らない優雅さだってよ!俺にピッタリだろ!」
咲幸
「バカ言えw」
ツバキ
「なんだとコノヤロウ。咲幸からのお供えの花はこれにしてくれよな。」
咲幸
「了解。」
椿は32歳の時難病を患った。治療法は存在しない。死を待つしかできない。幸いなことにと言うべきか、特にどこかが痛むわけでも不自由になることもなく、この難病を患ってからは、5〜10年ほどで突如として眠るようにして寿命が尽きるというものだ。ツバキはもう末期だ。
ツバキ
「世界に名を残した天才ピアニストの人生もここまでかあー」
咲幸
「天才は早死にするもんなんだよ。潔く運命を受け入れろ。」
ツバキ
「おいおい照れるじゃねえか!珍しく褒めてくれんじゃん。そんな咲幸くんには特別に、そんな天才ピアニストの演奏をご清聴いただこうではないか。」
咲幸
「そりゃ光栄だ、世界の天才ピアニストの椿さん。」
ツバキ
「あったぼうよー!」
初めてツバキのピアノを聴いたあの日と全く同じだ。
懐かしい。
—ああ優雅だ。
ツバキ
「ご静聴ありがとうございました!」
咲幸
「こちらこそ。」
ツバキ
「なんだ咲幸ィw泣いてんのかよ!……自分の死を泣いてくれる人がいるのはシンプルにすげえことだし、心の友と生涯一緒にいられたのは嬉しいなあ。ま、婚期は逃したが笑」
咲幸
「僕の生涯も一緒にいろよ…」
ツバキ
「おう。ご希望であれば取り憑いてやらあw」
2人は涙を流し、背中をバシバシと叩き合いながら、最期の熱いハグをした。
ツバキ
「椿の花瓶はプラスチック製のを使ってくれよな。」
咲幸
「見栄えが悪いだろ。」
ツバキ
「ええっ〜…………心の友よ。首を長〜〜〜〜〜くして上で待っててやるから、精々長生きしやがれよ。」
咲幸
「当たり前だ。次にツバキに会う時には、お前はろくろっ首になってるだろうな。」
ツバキ
「なんか怖いからやめろよな…」
咲幸
「言い出したのはツバキだろうがw」
ツバキ
「…今までほんっっっとうにありがとう!じゃあまたな、兄弟。」
咲幸
「ああ。僕も、本当にありがとう。またな。親愛なる我が兄弟。」
ツバキ
「…………——————。」
ああ、少し前までの僕は、あんなにうるさいツバキがこんなに静かになる時が来るなんて思いもしなかっただろうな。そしてこんなに冷たくなるなんて…—。
ありがとう。ありがとうツバキ。
やはり春は僕から全てを奪って行く。そのくせ綺麗に花々を咲き誇らせ非情な現実を突きつけてくる。
ツバキをこの世に咲かせたのも、奪ったのも、春、お前か。
まあでも、僕の心で咲き誇るツバキは、慰めてくれてんだよとかなんとか言ってるから、そう思って僕らのものにしておこう。
インテリア担当と料理担当じゃないツバキ、いや、キッチン出禁のツバキは知らなかったかもしれないが、うちにはプラスチック製のものしかないんだ。安心しろよな。
咲幸
「…でもやっぱりプラスチック製の花瓶は見栄え悪いって。」
ツバキが買ってきた一輪の椿。漆黒だ。けれど、窓からの強い日差しに当たり、溌剌とした輝きをしている。笑っているような気がする。ある意味ツバキとそっくりかもな笑
“黒い椿の花言葉は気取らない優雅さだってよ!俺にピッタリだろ!”
優雅か…ははっw
一見優雅とはかけ離れた奴に見えるが、ツバキはどんな誰よりも優雅な奴だよ。はは笑…
咲幸
「…椿って意外と可愛い花だったんだな。—こんなに柔らかで繊細な花とは思わなかったよ。」
ツバキの顔を見る。
—散ってなんかいなかった。ツバキの顔には、いつもの太陽みたいな笑顔はなかったが、ツバキらしくなく、穏やかで、ツバキらしく、満足気で強気な笑顔だった。
春、つばきを咲かせてくれて、ありがとう。
椿咲いてツバキ笑った。
【花咲いて】