【奇跡をもう一度】
常識では思いがけない不思議なできごと。
別にそんなものを求めているわけじゃ無いけど。
まぁそんな奇跡は何かしらの行動をしなければ作り得ない
だから俺は今日、手始めに外に出た。
随分久しぶりに浴びる日光。ブルーライトとは違い、燦々とした日差しに目が開かない。
壮大な広い視野と、家の中とは全くどこか違う空気に足がすくみながらも、一歩ずつぽそりと歩いた。
目の前から来る人に不意にビクついた。
空を見上げて深呼吸する
まっすぐ、堂々と歩いた
通りかかった人が見えなくなった時、腰が抜けその場で地面へ崩れ落ちた。
「はぁ…外、怖すぎるだろ……」
外への恐怖、自分の情けなさ、うんざりしてため息をつくと、唐突に辺が暗くなった。
「へっ?な、んだ…!?」
空を見上げると、何もかもを吸収してしまいそうな真っ暗な夜空に、ぽっかりと月が浮かんでいる。
月明かりがほんのりと俺の顔を照らす。
まるで突如として太陽と月がひっくり返ったみたいだ。
「どういうことだ…って、え?これは…?」
キョロキョロと周囲を見渡していると、自身の服装まで変わっていることに気づく。
「上質な…着物だな」
明らかに俺には奢侈な、やけに肌触りがいい羽織りを羽織っていた。
「え…ん?なんだ?なんなんだ?」
こんな状況を理解できるはずもなくただ狼狽えていると、突如としてどこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。
「にゃぉおーん」
「猫…?」
鳴き声に振り向けば、終わりが見えないほどの数の猫の行列がこちらへ向かってきていた。
「……は?」
俺の頭や眼のどこかしらがイカれてしまったわけではなければ、おそらくその猫たちは二足歩行で整列を成している。衣服まで着ていて、それぞれ繊細な刺繍が施された着物を身に纏う。視線や手先から足先まで品性のある所作が滲み出る。
「家臣…猫?いや、なんだそれ」
まるで名家なんかの奉公人みたいじゃないか。しかも、猫。ファンタジックにも程がある。
夢でも見ているのか?
頭がおかしくなりそうだ。いや、既におかしいのだろうか?自分で自分の状態を疑わずにはいられない。
「さあ若様、今夜の夜風は一段と冷えます。お身体に触ることのないよう、早く屋敷にお戻りください」
先頭に居た、大半の猫らが着ている着物とはまた別の装い。し、提灯を持つ黒猫が俺の目をまっすぐ見てそう言った。
その眼は綺麗な大きいビー玉みたいな、正真正銘の猫の眼だ。
なんだか…この、心臓がひっくり返りそうな気分はなんだろう。
気分が悪い。
こんな変な光景を目の当たりにしてるからか?
「若様?」
「嫌だ。あんな屋敷に戻りたくなど無い」
!?
なんだ、勝手に言葉が……———
「——はし…おい!倉橋!!」
「……へぁっ!?!?」
「授業中に居眠りをするな!」
「え…?」
嘘だろ?どういうことだ?だって俺は不登校で、引きこもりで、ついさっき外に久しぶりに出て…
「全く…」
男は呆れたように鼻をフンと鳴らして踵を返し、教壇へと向かう。
「倉橋くん、居眠りなんて珍しいね。疲れてるの?」
隣の席にいる女の子に声をかけられる。
「え、っと」
誰だ?なんだ?
………
あ、この子は…隣の席の…
ここは教室で…
あの男の人は…社会科の先生で、俺は今授業中だ。
「倉橋くん?」
「あ、はは…そうかも。疲れてるのかな」
「そっか、あんまり無理しすぎないようにね」
「うん。ありがとう」
なんで、忘れてたんだ。覚えていることをじんわり思い出していく感覚が、すごく恐ろしい。
夢の錯覚で現実との感覚が曖昧になってるなんて。
あれ…本当に夢なのか?
この感覚はなんなんだ?
忘れていたような
消えていたような。
放課後、家に帰ってからもそんな不思議な気持ちで過ごした。
「散歩でも…するかな」
夢で歩いた道は実際にある、家の目の前のこの道だ。
普通に歩いてみる。
……
辺を見渡してみると、別にどうということもなく、なんでもない。
よく分からないまま、なんだかなと思いつつ同時にバカらしく思えてきて、そのまま家へと踵を返すと、
「若様?」
力強く振り向いた。
すぐ横で話しかけられたような、確かに聞こえたその声。
耳をおさえた。
その耳は熱を帯びていた。
「な、なんなんだよぉ…」
【たそがれ】
何度でも書いた
一心になって書いた
時間を削って書いた
そんな文字は一つのタップ一瞬で全て消えるもの
何だか勝手に、お前が熱意を込めてあくせく書いたものは所詮はこれほどの価値なんだと笑われてるような気持ちになる
きっと多分、嫌な空気のせいだ
換気をしよう。
ああだめだ…今日は本降りだな。
もうここまできたら沈むだけ沈むしか無い。
今日は何もしないようにしよう。
部屋に行こう
ベットに横になって寝よう
私の部屋が、遠い
無駄に広くて長い廊下には、隅々にシンプルながらも全てにしっとりとした高級感が漂っていて、重い。
気づけばすぐに子供の頃の自分と光景が出てきて、
私の目の前でうろちょろするんだ
見るな 話しかけるな だめだ
そいつの首根っこを引っ張り上げてただただ目の前の光景から目を離して
強く目を瞑る
———戻れた
「まただ…今回の薬もだめか…」
ああここまで来てしまった
普段は深く息を吸って、呼吸を止めてから通るのに…
ふらふらと覚束無い足取りのまま進んでしまった。
嫌なものを見たせいで調子が狂う。
この廊下は通りたく無い
ピアノに何度も見た肖像画
煩い音が聞こえてくる
思い出のピアノなんて言うには相応しくない。ただの廃れたピアノが視界に映るたび、どうやったってどうにもできない心のわだかまりが呼び覚まされる気がして早足になる。
忘れ去られた豪邸には私ひとり。
こんなにも大きいのに誰にも知られず気に留められず
惨めなもんだよな。
こんな豪邸から出られず終いなところ、逃げられない無力さを強く感じる
私は何がしたいか
何が好きなのか
わからず有耶無耶にして生きてきた
私はだいぶな白黒人間だが、自分に対してはいつも目を逸らしてグレーにもせず見殺しにする。
そうだな、卑怯だよ。
もういい、このままベットへ辿り着けても眠れそうに無い。寝れたとしても悪夢にうなされるだけだろう。そんなのごめんだ。テラスで雨をぼんやり観ながらカプチーノでも飲もうか…
〔ザーーーーー…〕
何だかこんな雨は俺の記憶と一緒に何もかも全部を流してくれそうだな
でも、なんだか、確かに目の前にあるはずのこの雨が遠いものに感じる。一線が引かれていて、俺はその線から更に何歩も下がって傍観している気分だ。
やがて俺だけ此処に置いてけぼりにされそうだ。
この雨雲も通り過ぎて、いなくなる。
俺だけ動くことはなく、時は当然のように過ぎ去るから。そして、時が過ぎ去っても、記憶は残り続けるものだから。
…
そういえば庭にくるのも久々だな。
反対の西庭の方にはデカい噴水があったっけかな…
あの噴水ではあいつとよく遊んだな
俺が周りから色々言われているのをいいことに、下心を隠そうともせず媚び売りしにくる奴等が蔓延る中、あいつだけは…必死に俺の力になろうと空回ったことばかりしていたな。
俺のことを自分のことのように腹を立てていたな。
俺の代わりに怒って、泣いて、喜んで…
「君のことを知りもしないから奴等は好き勝手言えるんだ! 知らないくせにつべこべ言う権利無い!! 君も言い返さないの!?」
「俺は…いや、私はいいんだ。」
「どうしてよ!いいわけないでしょうに…!!」
「知らないくせにつべこべ言う権利は無いのなら、それはこちらにも言えることなんじゃないか? 何か言い返したことでもし大事になればどうする? これ以上悪目立ちしたところで余計に私の悪評が立つだけだ。好きに言わせておけばいい」
「でも…」
「なぁ、俺は間違った言動をしちゃいけない立場にいる人間だ。……私の言いたいことは分かるだろう? もうこの話はこれで終わりにさせてくれ」
「……」
ああ、思えばあいつとはあれが最後だったな。
唯一の楽しかった気がする思い出さえ、綺麗なかたちで残ることができないなんて。
「ハハっ、我ながら全てが最悪だな……」
親の期待に応えるべく、家の名誉を重んじて、この名前を背負う者として、なんて思ってるうちにいつのまにかそこに俺はいなかったんだな。
惨めだ。
どうしても、惨めだ。
〔ザーーーーーーー————……
通り雨
教室の窓に触れる雨。
愛想笑いと退屈のハーモニーはあまりに息が詰まる。
宇宙は霧に覆われた
声に出そうとしてつっかえた言葉は、宙に浮いて雲になり、やがて雨になる。
細くて弱々しい猫を見つけた。そいつは重い瞬きを一つしてから、じっ…と静かにこちらを見つめてきた。
そんな静けさとは裏腹に眼から湧き出るオーラにはゾクゾクした。
二度と会うことはなかった。
湿った土の匂いからは、なんとも言えない虫の味覚。
雨の囁き声から、窓を叩きつけるようになった雨粒は怒声となり俺を不快にさせた。
正門を出てすぐ、
ガキが水溜まりに飛び込んで跳ねた泥水が、斬るように頬に飛び込んできた。それは怒りと共にもったりと垂れてきたので、傘をなぶり続けると同時にものすごい速度で堕ちゆく怒声と共に流した。
雨で濁った川に餓鬼共がガキのランドセルを投げ入れた。
餓鬼共はひっくり返るような甲高い声を上げ、走り去っていった。それは上の橋にいる俺の耳を刺した。
ゆらゆらと流れるランドセルをガキはただただ観ている。
餓鬼共の声が聞こえなくなった頃、ランドセルはもうすぐ見えなくなる。
ガキは靴を脱ぎ、揃えて置いた。
沸々と、気持ちの悪い線香花火を炊いた香りがした。
ガキは川にそっと入り、どんどん歩く
水深腹あたりまで来た
とまる様子はない
置いてけぼりの傘と息を忘れて走る俺。
むせ返るような息遣いで首まで川水に浸かったガキのフードを掴んで川から出した。
抵抗も反応も何も無い
そいつをおぶって橋まで歩いた
直に当たる酷い怒声は俺を萎縮させようとするが、背中にある生ぬるい氷のような感触だけが俺を支配した。
下ろすとそいつは、静かに、もうランドセルは見えない川をじっ…と見つめた。
俺も川に目線に移してからまたそいつに戻した時にはこちらを見ていた。
怒声がよく聞こえるな
そいつはどこから持ってきたか分からない傘を俺に差し出した。
逃されないそいつの眼を見つめたから、
受け取った
怒声が通り過ぎて
急に晴れが顔を覗かせた。真っ白な強い日差しで宇宙が覆われた
「お兄さん、晴れましたよ。」
そいつはその一言残してどこかへいった
「あの眼に似てたな」
椿咲いてツバキ散る。
僕の名前は咲幸。1人の家族がいる。現在38歳だ。
10歳の年、暖かく心地良い風が吹き、花々が満開に咲いていた春の日。闘病中の母は持病により、人生の幕を閉じた。そして父は、最愛の妻を失ったショックに耐えきれず、妻が死んだその日に、自らに手に加え自分も妻の元へと旅立った。
たった1人の息子の僕を残して。
母さんと父さんの葬式中、僕の身元引き受け先について親戚たちは大騒ぎしていた。
僕は両親に置いてかれた無力感に苛まれた。抜け殻のような生き物となってしまった。そのせいか僕は「あの子は気味が悪い」なんて言葉を幾度となく聞くことになる。親戚中をたらい回しにされる形になり、結局児童養護施設へ送られた。当時12歳だった。
児童養護施設に来た日は、冷たい風が薄い頬の皮膚を切るように鋭く吹いていた。雪が足元を掬おうとしてくる。
それでも一生真冬でいいのにと思った。
春なんて来なければいいのに……
児童養護施設に入ってから、専門家による心のケアだとかで、腰を低くして僕に話しかけ続ける人が、何度も僕に会いに来た。それはいつのまにか違う人に変わっていて、また変わる。チェンジが行われていたようだが、僕は相も変わらず抜け殻状態だった。
そんな中、元気のいい1人の男の子に出会った。
男の子
「俺、ツバキ!花の”椿”って漢字でツバキ!お前は?」
咲幸
「……」
ツバキ
「なんだ、だんまりかよー。無視はあんまりじゃねえか?」
咲幸
「……」
ツバキ
「まあいいよ、話したくないなら話したくなるまで話しかけ続けるまでだからな!」
咲幸
「……」
特に相手にしていなかった。どうせすぐ飽きるだろうと。
でも—そいつは飽きるどころか毎日毎日僕に会いにきては、僕に相手にもされてなくとも、1人でペラペラとずっと喋る。1時間ほど経つと、気が済んだのだろうか、「じゃあまた明日な!」と太陽みたいな笑顔で僕に手を振って、走って帰って行く。
そんな彼に、僕は無意識のうちに心を開き始めていた。
ツバキ
「やっほー名前教えてくれない奴!今日も来たぞ!」
咲幸
「…こんにちは?」
ツバキ
「…!!!!やっっと話したくなったか!4ヶ月毎日顔合わせといて初めて声聞いたわ!」
咲幸
「しつこかったんだよ…」
ツバキ
「それが俺の長所でもあり短所でもある!」
咲幸
「…そう」
ツバキ
「じゃあ自己紹介しようぜ!前も言ったけど俺はツバキ!花の”椿”って書いてツバキだ!12歳!4月生まれ!!好きなもんはピアノで嫌いなもんはガラスだ!」
咲幸
「…僕はさゆき。咲く幸せで咲幸。僕も12。」
ツバキ
「咲幸。咲幸か!縁起のいい名前だな!」
咲幸
「…名前だけはね。」
ツバキ
「へぇー。」
咲幸
「ツバキって変わってるよね。僕みたいな奴によく飽きもせず声かけ続けるよね。」
ツバキ
「なーんかしんみりしたオーラ出す幽霊みたいな奴だからさあ。笑ってくれねえかなって思って話しかけてみた!」
太陽みたいな笑顔に太陽みたいな性格…。。
ここにくる子達は辛い想いをした子ばかりだと思っていたけど—。
咲幸
「ふーん……ねえ、ツバキは。。どうしてここにいるの?」
ツバキ
「聞いちゃう?」
咲幸
「ごめん。無神経だった。」
ツバキ
「いや、いいんだけどさ、しんみりしたりすんなよ。」
咲幸
「分かった…」
ツバキ
「俺の父ちゃんは今檻ん中。母ちゃんは精神病んで病院。
俺が小1に上がったくらいだったかなー。
父ちゃんが母ちゃんを殴るようになったんだよ。
父ちゃんを止めよう、母ちゃんを守ろう、とは思った。けど成人男性に抗えるほどの力が自分にないことを知ってる。
俺は妹を第一に守るべきだと判断した。あ、俺2つ下の妹が1人いんだ。
んでまぁ父親だとしても頭が狂った奴だ、下手に出たら俺まで殴られる可能性も充分有り得る。
だから俺は精々毎回散々に殴られ蹴られ倒れてる母ちゃんに手当てするぐらいしかできなかった。
一応致命傷は与えないようにはしてるらしくてさ、母ちゃんが父ちゃんの暴行から死にそうになることはなかった。
けど父ちゃんは必ず毎日母ちゃんを殴り続けた。
それから2〜3年間、そんなこんなな日常で、父ちゃんとは顔すらろくに合わせることもなかったけど、家事は全部しっかりやってくれてた。学校にも普通に通ってた。妹の小学校入学式の日には、新品のランドセルが部屋に置いてあって、中身には学校に必要なものが全部揃ってた。
当たり前だけど一方母ちゃんは、毎日殴られ精神病んでまともに日常生活ができないまでの状態になった。だから俺がずっと介護してた。
常に妹と一緒に行動した。
殴られてるところなんてのをまともに見てたら俺も妹も父ちゃんみたく頭が狂うって思ったから、母ちゃんが殴られ始めたらさっさか妹連れて公園で行って、数時間したら帰るってサイクルだった。
警察にさっさと行けばよかったんだけどなぁ
元の優しくて面白い父ちゃんに戻ってくれるって信じて疑いたくなかったんだよ。
そんで、ある日妹が母ちゃんを殴ってる父ちゃんの様を目の当たりにして“父ちゃん、もうやめてよ”って震えながら言ったんだよ。
俺はその状況に混乱してた。
なんで急にそんなことを?どういうつもりなんだ?なぜお前が単体で行動してんだ?父ちゃんはどうするつもりだ?
そんな中父ちゃんが、のっそりと妹に向かって近づいて行ったんだ。妹が危機に直面してやっと、警察にすぐに行かなかったことを後悔した。この事態がどういうものなのかやっと理解できたって感じだったな。
妹の腕を引っ張ってそのまま担いで全速力で家から飛び出して逃げた。すぐに警察に行った。
そのまま父ちゃんは逮捕、母ちゃんは病院へと搬送された。
俺たちに駆け寄ってきた、知らない親戚の人に”もう大丈夫だからね。安心していいよ。”って抱きしめられた。
妹は泣きじゃくり出してから抱き締め返して、”怖かった、すごく怖かった”って。多分こいつなら上手くやれる。親戚に引き取られた場所で。
んで俺は、俺は〜…。。
何も感じなかったんだ。ああ全て終わったとか、怖かったとかよかったとか、全く思うことなくて、ただただ無だったな。
それからその親戚の人が、俺ら2人を引き取るって言った。
でも俺、妹のためにも、俺のためにも、お互い離れて暮らした方がいいと思ったんだよ。どうしてかはうまく言葉にできないけど。
妹には今まで子供らしく居られなかった分、幸せになれるといいなと思った。父ちゃん母ちゃんのことも、俺のことも、全て無かったことにして、幸せになって欲しかった。
んでまあ結局俺は自分の意思でここ、児童養護施設に行かせてもらうことになった。
きっとこっちの方が俺にとっての幸せだ。
うん。これで全部だ!」
咲幸
「…ツバキって随分とオープンな性格だね。」
ツバキ
「まあ俺的には特に隠すようなもんでもないしな。それでも誰彼構わず言ってるってわけではないぞ!」
咲幸
「あーはいはい。分かってるよ。」
ツバキ
「んでお前は?まあ聞き逃げしてくれてもいいけど。」
咲幸
「そんなつもりはないよ。僕は…母さんが持病で死んだ日に父さんが自殺した。親戚宅に引き取られることになったんだけど、ツバキも見たような抜け殻みたいな僕をみんな気味悪がって追い出して他の宅に押し付けてを繰り返されて、たらい回しにされた挙句、ここに送られた。」
ツバキ
「ふーん。シンプルな解説だな。俺が喋りすぎなのか?」
咲幸
「…ふーんて、それだけかよ。」
ツバキ
「これ以上に何かあるか?これそもそもが難しい話題だし何とも言えねえってのが本音だ。」
僕はまともに人と話したのは2年ぶりだ。
それなのに思ったよりもスラスラと喋れたのはきっと、相手がツバキだったからだと思う。
ツバキの家庭の話を聞いた直後、平静を保ったような一言を放ったが、だいぶ戸惑っていた。それだけ壮絶な過去がありながらもそんなにも明るくあれるツバキが正直よく分からなかった。なんなら僕よりツバキの過去の方が辛いものかもしれない。それなのに抜け殻のようになった僕とは大違いだ。
咲幸
「………。」
ツバキ
「どした?」
咲幸
「ツバキに比べたら僕のことなんてちっぽけなものかもしれないなとか思って…それなのに僕の方が抜け殻みたいにだなんて…」
僕らしくない。思ったとしても「どうした?」なんて言われて素直に口に出すようなこと、僕はしない奴だ。
ツバキ…恐るべしだな。。
ツバキ
「人の苦痛は比べるものじゃないぞ。なんてったって測りきれるものじゃねえんだからさ。辛いことがあったから辛いって想うんだろ?咲幸が憎いだとか悲しいだとか負の感情抱いたんなら、理由はそれで充分だろ。」
咲幸
「…うん…」
ツバキ
「…何があったかよりも何を想ったかだろ。」
咲幸
「…それは違くない?」
ツバキ
「あ?なんだとコノヤロウ」
咲幸
「ははははw」
笑ったのはいつぶりだろうかな。
—数日後
ツバキ
「だぁから!!ガラスのコップは割れちまうかもしれないからだめなんだって!」
咲幸
「いやプラスチックのコップは幼児用しかないから。」
ツバキ
「俺は幼児用コップ使うから咲幸は俺の分の飲み物まで持ってこなくていい」
咲幸
「何でそんなにガラスを警戒してるんだよ。いつも割れるなら、それはお前のモノの扱いが雑なだけなんじゃないのか?」
ツバキ
「違うしそんなことねえって!!窓ガラスを割った小3の時の担任の、元々ヤバい顔してんのにも関わらず、過去一怖かったあの時の顔を思い出しちまうんだよなあ。…冷や汗止まんねー」
咲幸
「なんだ、それトラウマじゃん。ツバキがトラウマになるような顔ってどんな顔なんだろう。」
ツバキ
「想像もつかない顔だよ。見たらきっと後悔するぞ。あれはもはや人間の顔じゃ無かった…」
咲幸
「それはもう人間じゃなかったんじゃない?なにか別の…」
ツバキ
「おいやめろよ!!俺が怪奇系無理なの知っててやってるだろ!!」
咲幸
「あバレた?笑」
ツバキ
「咲幸ィーーー!!!逃げんなあああ!!」
—数週間後
咲幸
「ツバキにピアノって意外だよね」
ツバキ
「何が言いたいんだよ。弾けることが?好きなことが?」
咲幸
「どっちも。どちらかというとサッカーとかの方が好きそうな感じ。」
ツバキ
「完全偏見じゃねえか。意外とか言うなら俺の演奏お手並み拝見してみるか?」
咲幸
「望むところだよ」
ツバキはピアノ椅子に座り、そっと鍵盤に触れた。軽く、力強い音が一つ、響き渡った。と思ったら、
重く痺れる音を響かせ、異なる音を組み合わせて一つの音になっている。確かにそう聴こえるが、それぞれの音も聞こえてくる。きめ細やかな音を刻みながら、それぞれの音を際立たせる。
かと思ったら次は際立たせるのではなく異なる音がまるで元々一つで連なっているかのように滑らかに、軽やかでありつつ芯が重く質の良い音が鳴り響く。
音程も何もかもが完璧で、胸が高鳴り目が輝きながらも、とても心地よかった。
なんだこれ…見える…ピアノの演奏に合わせ、この日のために猛練習したダンスを気高く、会場の皆が同じ足音をならし踊っている貴族達が、煌びやかでありつつ気品のある装飾に包まれた城内が、見える。
ツバキの指ってこんなに細長かったんだな。
一本一本の指が自我があるかのように鍵盤の上を踊る。一本の指が1人のバレリーナみたいだ。
僕も鍵盤を押し、音を出してみたが、ツバキのようにはならなかった。
想像以上だった。いや、そんなものじゃない。ツバキには確実に才能がある。
—数ヶ月後
ツバキ
「おい言ったなお前!!」
咲幸
「あはははw」
幼児1
「おいツバキー!!おれとトラックで遊んでええー!」
ツバキ
「おーおー分かったから服引っ張っるな。あと顔擦り付けんな。ハナタレ小僧め、鼻水が付くのは御免だぞ。ほらちーん」
幼児1
「ちーん!」
ツバキ
「よくできましたー」
幼児2
「ねえねえツバキ!お父さん役やってえー」
ツバキ
「ほいほい順番こなー」
ツバキは割と面倒見が良く、人からも好かれやすい。ヤンチャながらも良し悪しの分別はしっかりとできる、周りからの人望も厚く、人懐っこい奴だ。
ツバキと僕は四六時中、毎日一緒に居た。ツバキはあまりにもうるさいから、一緒に居るとどうしてもツバキに気が行って、他のこと。…両親のことを、考える時間が無かった。
今思えばそんなツバキにとても救われていたなと思う。
—n年後
咲幸
「なあツバキ。俺らもう大学合格したし…それより成人するだろ。ツバキはこれからどうするつもり?」
ツバキ
「おう。なんだ?俺がここから出て行くと思うと寂しくなったのか?」
咲幸
「黙れ笑」
ツバキ
「そうだなー実は結構考えててさ、大学からも遠くないし、その他もいい条件のアパート見つけててな。」
だよな。ツバキのことならそうだろうと思った。何年もずっと一緒に過ごしてきた俺たちにもこういう時は来るよな…
咲幸
「ツバキ、あのさ。」
ツバキ
「なんだー?」
咲幸
「僕来週でここから出てくよ。」
ツバキ
「えっ?急だな。」
咲幸
「実は僕、もう亡くなってるおばあちゃんなんだけど、自分が過ごしてた思い出の家を僕にあげたいとのことで権利書をもらってたんだ。」
ツバキ
「そうだったのか…すげえいいじゃん!一軒家かよ、かっけえじゃん。」
咲幸
「どうも。それでなんだけど、ツバキさえよかったら、そこで僕と一緒に暮らさない?」
ツバキ
「本気か?お前はほんとに寂しがり屋だな…まあ俺今すげえテンション上がってるんだけどな!!ははは!そう言ってもらえるんなら喜んで住まわせてもらうぞ!」
咲幸
「ツバキならそう言うと思ったよ。家賃は無くとも家事は分担だからな。」
ツバキ
「あったぼうよー!」
咲幸
「…それと言っておくと、、上質なピアノもある」
ツバキ
「…!?すっげえ心躍ってキタァ!!!」
—一週間後:元おばあちゃん家の庭にて。
ツバキ
「うおっ、縁側ある!というか家自体もでかいけど庭もデカッ!?立派な桜の木もあんじゃん!?花きれーだなあ。春最高だな!」
咲幸
「この際言うと実は僕春嫌いなんだよね。」
ツバキ
「なんだよ、俺の生まれた季節なのに!咲幸って花粉症あったっけ?」
咲幸
「いや、母さんと父さんが死んだ日もこんな日だった。両親を1日にして失った。それでも世界はそんなの関係なく花々を咲き誇らせて今日も今日としてただ終わろうとしてる。嫌な現実突きつけられてるみたいだろ。」
ツバキ
「ふーん?現実突きつけてるんじゃなくて慰めてくれてんだよ。今日は自立した俺たちを祝福してくれてるんだろ。」
咲幸
「なっ、そんな無理くりな」
ツバキ
「いいんだよそれで。全てを咲幸のもんにしちまえ。”俺ら”のもんにしてくれてもいいけど?」
咲幸
「ツバキ、ちゃっかりしちゃってんなお前って奴はほんとにいつも…笑」
—n年後:今
ツバキ
「おい見ろよ!花買って来たんだよ!」
咲幸
「あんま無茶して出歩くなよ」
ツバキ
「分かってらー」
咲幸
「って、げっ!黒色の花?」
ツバキ
「綺麗だろーこれ椿の花なんだぞ」
咲幸
「…俺様だァ⭐︎って顔に書いてあるぞ。」
ツバキ
「ははははw黒い椿の花言葉は気取らない優雅さだってよ!俺にピッタリだろ!」
咲幸
「バカ言えw」
ツバキ
「なんだとコノヤロウ。咲幸からのお供えの花はこれにしてくれよな。」
咲幸
「了解。」
椿は32歳の時難病を患った。治療法は存在しない。死を待つしかできない。幸いなことにと言うべきか、特にどこかが痛むわけでも不自由になることもなく、この難病を患ってからは、5〜10年ほどで突如として眠るようにして寿命が尽きるというものだ。ツバキはもう末期だ。
ツバキ
「世界に名を残した天才ピアニストの人生もここまでかあー」
咲幸
「天才は早死にするもんなんだよ。潔く運命を受け入れろ。」
ツバキ
「おいおい照れるじゃねえか!珍しく褒めてくれんじゃん。そんな咲幸くんには特別に、そんな天才ピアニストの演奏をご清聴いただこうではないか。」
咲幸
「そりゃ光栄だ、世界の天才ピアニストの椿さん。」
ツバキ
「あったぼうよー!」
初めてツバキのピアノを聴いたあの日と全く同じだ。
懐かしい。
—ああ優雅だ。
ツバキ
「ご静聴ありがとうございました!」
咲幸
「こちらこそ。」
ツバキ
「なんだ咲幸ィw泣いてんのかよ!……自分の死を泣いてくれる人がいるのはシンプルにすげえことだし、心の友と生涯一緒にいられたのは嬉しいなあ。ま、婚期は逃したが笑」
咲幸
「僕の生涯も一緒にいろよ…」
ツバキ
「おう。ご希望であれば取り憑いてやらあw」
2人は涙を流し、背中をバシバシと叩き合いながら、最期の熱いハグをした。
ツバキ
「椿の花瓶はプラスチック製のを使ってくれよな。」
咲幸
「見栄えが悪いだろ。」
ツバキ
「ええっ〜…………心の友よ。首を長〜〜〜〜〜くして上で待っててやるから、精々長生きしやがれよ。」
咲幸
「当たり前だ。次にツバキに会う時には、お前はろくろっ首になってるだろうな。」
ツバキ
「なんか怖いからやめろよな…」
咲幸
「言い出したのはツバキだろうがw」
ツバキ
「…今までほんっっっとうにありがとう!じゃあまたな、兄弟。」
咲幸
「ああ。僕も、本当にありがとう。またな。親愛なる我が兄弟。」
ツバキ
「…………——————。」
ああ、少し前までの僕は、あんなにうるさいツバキがこんなに静かになる時が来るなんて思いもしなかっただろうな。そしてこんなに冷たくなるなんて…—。
ありがとう。ありがとうツバキ。
やはり春は僕から全てを奪って行く。そのくせ綺麗に花々を咲き誇らせ非情な現実を突きつけてくる。
ツバキをこの世に咲かせたのも、奪ったのも、春、お前か。
まあでも、僕の心で咲き誇るツバキは、慰めてくれてんだよとかなんとか言ってるから、そう思って僕らのものにしておこう。
インテリア担当と料理担当じゃないツバキ、いや、キッチン出禁のツバキは知らなかったかもしれないが、うちにはプラスチック製のものしかないんだ。安心しろよな。
咲幸
「…でもやっぱりプラスチック製の花瓶は見栄え悪いって。」
ツバキが買ってきた一輪の椿。漆黒だ。けれど、窓からの強い日差しに当たり、溌剌とした輝きをしている。笑っているような気がする。ある意味ツバキとそっくりかもな笑
“黒い椿の花言葉は気取らない優雅さだってよ!俺にピッタリだろ!”
優雅か…ははっw
一見優雅とはかけ離れた奴に見えるが、ツバキはどんな誰よりも優雅な奴だよ。はは笑…
咲幸
「…椿って意外と可愛い花だったんだな。—こんなに柔らかで繊細な花とは思わなかったよ。」
ツバキの顔を見る。
—散ってなんかいなかった。ツバキの顔には、いつもの太陽みたいな笑顔はなかったが、ツバキらしくなく、穏やかで、ツバキらしく、満足気で強気な笑顔だった。
春、つばきを咲かせてくれて、ありがとう。
椿咲いてツバキ笑った。
【花咲いて】
【遠い日の記憶】
クローバーでいっぱいの細道を抜けると沢山の立派な紅葉の木に、柿色の葉が満開に広がる校庭。
気づけば心地よく風を切って走っていた。
肌に触れる風は涼しげでありながら、心の中はとても温かだった。
脚が前へ前へと先陣を切る。
不意にハッとして、人目を気にした。
でもあたりには誰もいない誰も見ていない。そう思った。いや、そう思うことにした。と言った方がいいのだろうか。
とても軽く、早く、走れる。
自分の体じゃ無いみたいだ。
体が動く動く。とても、とても。
息も乱れず、楽しく走る。
自然と顔に満開の笑顔が出来上がる。
咲き誇る暖色の紅葉が目に優しく、なんだか私を歓迎してくれているようで、居心地が良い。
走る先には、太陽がいた。紅葉の木から日差しがちらちら覗いている、木漏れ日だ。
真っ直ぐ行けば花壇にぶつかる。でも止まりたくない。—止まるわけないっしょ!!
心地よく走り続け、花壇をひょいっと一っ飛びで飛び越え、日に包み込まれた—
目が覚めた。
珍しく何年振りかにいい夢を見た。
悪夢をみない日なんて、ごく稀で。
いい夢なんて奇跡に値するもので。
リアルな感覚だった。気持ちが良かった。人生で一番心地良い瞬間だったと言えるだろう。