sairo

Open App
2/9/2026, 10:32:58 AM

蔵の外では、まだ足音が聞こえていた。
近づき、遠くなる。何かを探しているようなその足音は、けれども蔵の中に入ってくる様子はない。

「いなくならないね」

足音が遠ざかっていくのを聞きながら、睦月《むつき》はぽつりと呟いた。それに楓《かえで》は答えることはなかったが、ややあって小さく息を吐く。

「楓ねぇ?」
「燈里《あかり》たちがこっちに向かってきている。後他にも何人か集まってきているね……まったく、無理はしてほしくないんだけどな」
「ごめんね。楓ねぇ」

そう言って、睦月は悲しげに俯いた。
自分が見た夢に、燈里や楓を巻き込んでしまったと思っているのだろう。だが実際の所は定かではない。
外の足音――堕ちた神との縁であれば、睦月よりも冬玄《かずとら》との繋がりが深い燈里の方が強い。最初に方相氏の夢を見たのは睦月ではあるものの、それすら一緒に暮らしていたが故に、冬玄の影響を受けてしまったのだと楓は考えていた。

「睦月よりもあの馬鹿の方が重罪だよ。だから落ち込むより、帰った後に馬鹿をどうしてやるかを考えた方がいい」
「それって全員で?」
「もちろん、全員に決まってる。あれの同胞のせいで面倒なことになってるんだから」

小さく息を吐き、楓はそれにしても、と横目で蔵の入口に視線を向ける。
緊迫した状況の中でもこうして取り留めのない話ができる理由を見つめ、安堵のような、呆れのような笑みを無意識に浮かべた。

「これ、正直僕がいなくても大丈夫だよね」

入口に佇む黒い影に、思わず本音が漏れる。楓の言葉にしゃん、と錫杖を鳴らし、黒い影――ヒガタと呼ばれた地蔵菩薩は答えた。
睦月と共にこの蔵に逃げ込んだ瞬間、ヒガタが入口に現れたおかげで外からはこの蔵が認識できなくなった。
元々地蔵菩薩は辻や山の麓などの境界で、害あるものから守護する役目を負う。一時は来訪神と習合していたことはあったが、地蔵本来の役割は難なく果たせるのだろう。
笑みを引き攣らせ、楓は辺りを彷徨う足音に耳を澄ませる。ある程度近づくものの、やはりこの蔵に来る気配はない。

「こうやって自由に動けるなら、無理に来訪神と習合しなくてもよかったんじゃ」
「何言ってるの、楓ねぇ。ヒガタだからこうやって来てくれたんだよ。地蔵様だったら動けないじゃない」
「あぁ……まあ、そうか……」

不思議そうな睦月に、楓の笑みが更に引き攣る。結局それ以上何も言えずに、楓は密かに溜息を吐いた。



「燈里、そんなに急ぐな。俺か南から離れないという約束だろう」

先を急ぐ燈里に、冬玄は静かに声を掛ける。
そこで自分が先に進んでいることに気づいたらしい。小さく肩を震わせ後ろを振り返る燈里は、気まずげな、それでいて落ち着かない表情をしながらも冬玄の側に戻る。
先ほどから何度か繰り返したやり取りだ。それだけ燈里に余裕はないのだろう。
だが取り乱す程ではないのは、睦月の側に楓がいてくれるという強い信頼があるからだ。

「焦るな。楓を信じてるんだろう」
「分かってる。ごめんなさい」

素直に謝る燈里に、冬玄は笑って彼女の頭を撫でる。乱れた髪を直しながら冬玄に寄り添って歩き出すのも、何度か見た光景だった。

「あれは本当に北なのかしら。偽物ではないの」

そんな二人のやり取りを見て、宙に浮かぶ翁の面が訝しげな声を上げる。
かつての同胞の変化がまだ信じられないのだろう。少し離れて歩く夏煉《かれん》の側を漂いながら、しきりに偽物ではないかと呟いていた。

「まあ、信じられんが、あれは間違いなく北だ。宮代《みやしろ》と出会ったことで変わったのだろう」

面とは異なり、夏煉は冬玄の変化を特に気にする様子はない。冬玄と燈里の関係は壊れてしまう前の自分たちと同じだと、夏煉は痛い程に理解していた。
それに気づいたのか、翁の面はそれ以上何も言わずに夏煉の側につき進む。寄り添いながら歩き、時折目を合わせて何かを話しては柔らかく微笑む冬玄と燈里の姿に、羨望とも悲哀ともつかぬ吐息を溢した。



古びた鳥居をくぐり抜けた瞬間、空気が変わった。
神域だというのに、澱み粘ついた風が頬を撫でる。ぞわりとした悪寒に体を震わる燈里を抱き寄せ、冬玄は険しい目で辺りを見回した。
懐かしくも悍ましい気配に視線が鋭さを増す。曖昧にしか感じられぬ睦月と楓の気配に警戒を強め、一歩足を踏み出そうとした。

「いるわ。鬼がいる。ようやく西を見つけたわ」

しかし踏み出した足が地に就く前に、吹き抜ける春の嵐のような激しさで、翁の面が冬玄の脇を通り過ぎる。
瞬く間にその姿は奥へと消え、冬玄は思わず舌打ちをした。

「あの馬鹿……!」
「そう怒るな。東は子供たちとの約束を守ることで自身を留めているんだ」

冬玄の隣に並び、夏煉は静かに告げる。目を細め、それに、と穏やかな声で付け加えた。

「西に関しては、私たちが対処すべきものだ。宮代たちは探すべき人間がいるのだろう?」

燈里を見つめ、夏煉は優しく微笑む。何も言えない彼女の頭を撫で、面の後に続くように奥へと消えていった。



「――冬玄」

燈里に呼ばれ、冬玄は僅かに眉を寄せた。
落ち着いた声音。以前の燈里ならば間違いなく自身の無力さに嘆いていただろうに、それが欠片も感じられない。

「どうした、燈里」

それでも感じた戸惑いを態度には出さず、冬玄は答えた。
腕の中で向きを変え、燈里は冬玄の目を見据える。澄んだ眼差しが、冬玄の目を捕えたままふわりと微笑んだ。

「私たちも奥に行くよ」
「燈里」
「奥にいる。隠れたのはいいけど、そのまま出られなくなっているから迎えに行かないと」

手を繋ぐ。指を絡め、互いの薬指に嵌るリングを重ね合わせた。

「大事なことは睦月たちを助けに行くことだってちゃんと分かってる。でも我慢できなくて手を伸ばしそうになったら、止めてくれる?それで、もし冬玄がいいよって思えたら、少しだけ南方《みなかた》編集長に手を貸してあげてほしいの」

一瞬、何を願われたのか冬玄は分からなかった。一呼吸の後にじわじわと燈里の思惑を理解して、冬玄の顔に呆れたような笑みが浮かぶ。

「ずるいな、燈里は」
「ごめんね。でも、部外者の私と違って、冬玄は関わった方がいいと思ったから」

ふふ、と燈里は楽しげに笑う。
その笑顔に文句を言う代わりに額に軽く唇を触れさせて。

「行くぞ」

繋いだ手を握り、冬玄は燈里と共に奥へと向かい歩き始めた。



20260208 『スマイル』

2/8/2026, 2:45:38 PM

パソコンの前で、燈里《あかり》は溜息を吐いた。
画面には一文字も打ち込まれていない。彼此一時間が経つものの、増えるのは文字ではなく溜息だけだった。

「燈里」

見かねて冬玄《かずとら》が声をかける。肩に手を置けば燈里はのろのろと顔を上げ、冬玄を見上げた。

「そろそろ休憩した方がいい。気分転換でもすればすぐに書き出せるだろう」
「――違うの」

ゆるゆると頭を振り、燈里は違うのだと否定する。パソコンの画面を一瞥し、ここ数日起きたことを思い返す。
睦月《むつき》の見た夢から始まった、方相氏と鬼の話。夏煉《かれん》から記事にしてしまえと許可が出ていたが、本当に書いてしまっていいのかを燈里は悩んでいた。
今まで燈里が書いてきたものとは違う。時代と共に人が絶え、集落がなくなったことで途絶えた風習でも、実際に体験し、見届けてきた祀りとも異なる儀式。追儺の形を取ってはいるが、実際は堕ちた神を封じるための措置だった。

「書いてはいけない気がするの。安易に言葉にして、それでさらに歪めてしまったらどうしようって思うと、どうしても書けない」
「相変わらず真面目だな」

呆れたように息を吐きながらも、燈里の頭を撫でる冬玄の手はどこまでも優しい。

「燈里なら悪いようには書かないだろう。それを知ってるからこそ、南も書けと言ったのだろうに」

人の噂によって認識が歪んだ結果を燈里も冬玄も知っている。ある一部の事実を誇張し、娯楽のための嘘を交えて語られた物語によって楓《かえで》が存在したことを覚えていた。
だからこそ、燈里ならば大丈夫だという確信が冬玄にはあった。経験と燈里本人の気質が正しく事実を伝えられると、そう信じている。

「うん……でも、やっぱり書くのは止めとこうかな。明日、編集長に連絡する……書くならちゃんと見届けないといけない気がするから」

苦笑する燈里の言葉に、冬玄は眉を顰めた。見届けるということは、つまり行方のしれない堕ち神と接触する可能性がある。
危険が伴うことだと燈里も十分に承知しているのだろう。話はこれで終わりとばかりにパソコンの電源を落とし、立ち上がる。

「なんだかお腹が空いてきちゃった。夜食でも作ろうかな」
「簡単なものなら作ってある。元々休憩に誘うつもりだったからな」
「さすが冬玄!ありがとう」

笑顔で喜びを露にする燈里に、冬玄も微笑む。
どこか張りつめた空気が消えたことに安堵して、燈里の肩を抱き居間へと向かった。



夜。
か細くすすり泣く声に、夏煉はコーヒーを飲みながら息を吐いた。

「自業自得だ。私は言ったはずだぞ。宮代《みやしろ》には手を出すなと」
「だって、だって……」

暗闇の中、何かが宙を漂っている。仄かな月明かりに浮かぶそれは、凍り付いた翁の面だった。
泣く声が響く度、剥がれ落ちた氷の結晶が地に落ちる。溶けない氷が床を覆いつくしていくのを見て、夏煉はコーヒーを飲みながら僅かに眉を顰めた。

「東」
「だって西を止められないんですもの。どんなに探しても、全然見つからないのよ。もう、北を頼るしかないじゃない」
「だからといって宮代に手を出すのはやめろ。次は北だけでなく私も容赦はしない」

コーヒーを飲み干し、夏煉は立ち上がる。新しいコーヒーを淹れるために、泣く面の横を通り過ぎた。
夏煉の足跡から小さな金の焔が上がり、床の氷を溶かしていく。焔が消えた後には、水一滴すら残ってはいない。

「どうして北も南も、あの人間を気にかけるのかしら。どうして誰も、子供たちのことを気にかけてくれないのかしら」
「気にかけてはいる。子供たちを忘れたことは一時もないよ」

恨みごとのような東の言葉に、コーヒーを淹れる手を止めず夏煉は告げる。
それに、と言葉を続け、手を止める。窓の外に視線を向け、一瞬だけ悲痛に顔を歪めた。

「宮代は気にするだろう。あの子は私たちなどよりも子供たちに心を砕き、自身にできることを模索し始めるのかもしれない」
「何故そう言い切れるの?縁もゆかりもない人間じゃない」

分からないと言いたげに、面が夏煉の周囲を漂い出す。それを片手で払いのけ、コーヒーを片手に夏煉はソファに座り直した。
そっと笑みを浮かべる。それはどこか悲しげで、それでいて愛しさが混じり合った、そんな笑みだった。

「それが宮代だからだ。冬のようにすべてを受け入れ包み込む。どんなものにも手を差し伸べる、真っすぐな子だからだよ」

面の動きが止まる。訝しげに、困惑するかのような気配が伝わる。
それに何も言わず、夏煉はコーヒーに口を付けた。

「おかしな人間。でも、話してみたいわ……謝ったら許してくれるかしら」
「北は許すとは思えないが、宮代ならきっと笑って気にしていないというだろうな」

くすりと笑う声を最後に、沈黙が落ちる。
とても静かだった。外の喧騒も室内までは届かない。
ゆらり、と宙を漂う面が揺らいだ。暗がりに解けるように、その姿は次第に薄くなっていく。
だがその姿が完全に消える前に、電話のコール音が鳴り響いた。

「どうした、宮代。珍しいこともあるものだ」

着信画面を一瞥し、夏煉は迷いなく電話に出る。
宮代の名に面が輪郭を濃くし、興味深げに夏煉の側に近寄った。

「北か?何故宮代の電話に……村の場所?教えるのは構わないが……どういうことだ?」

次第に夏煉の表情が険しさを増す。端的に村の場所を伝え電話を切ると、息を吐いた。

「東。村に戻るぞ」
「どうしたの、急に。電話が関係あるのかしら」

コーヒーを飲み干し立ち上がる夏煉に、面は問う。影を揺らめかせ、固い声音で夏煉は答えた。

「宮代の家に居候している娘と妖が消えたらしい。宮代が見た夢で、日本人形らしき何かを抱いた金の髪の男から逃げる時にはぐれたようだ……間違いなく西だろうな」
「それは……でもどうして村に」
「三方を柊で囲われた社。逃げ込んだ社務所の奥で、方相氏の面と黒く塗りつぶされた木札を見たと宮代が言っている」
「方相氏と成るために子供たちの名を塗りつぶした木札ね、きっと」
「急ぐぞ」

呟くと同時に、夏煉の体が自身の影に飲み込まれていく。面もまた、姿を暗がりに解かしていく。
夏煉を飲み込んだ影が周囲に散った。そこには夏煉の姿はない。
面も消え、部屋には最初から誰もいなかったように静寂が満ちていた。



20260207 『どこにも書けないこと』

2/7/2026, 10:18:41 AM

かち、かち、と、無機質で規則正しい音が響く。
居間には睦月《むつき》と楓《かえで》が二人だけ。お互い何も話さず、ゆっくりと時間が流れていく。

かち、かち、かち。
普段は気にもならない時計の針の音が、やけに大きく聞こえる気がして、睦月は壁掛けの時計に視線を向けた。いつもと変わらぬ一定の速度で針が進んでいくのを長めながら、ふと気になっていた疑問を口にする。

「おじさんは、何を怖がっているの?」

唐突な睦月の言葉に、楓はきょとりと目を瞬き首を傾げた。問われた言葉を思い返し、おじさんと呼ばれた冬玄《かずとら》の姿を浮かべ、苦笑する。

「燈里《あかり》が離れていってしまうこと、かな。少し前までは、燈里が唯一になることが一番怖かったみたいだけど」
「唯一って一番大切ってこと?どうしてそれが怖いことになるの?」

今度は睦月が首を傾げる。
睦月の目には、冬玄は誰よりも燈里を大切にしているように見えた。それは幸せそうで、切なげで、けれどもそれは恐怖ではなかったはずだった。

「怖いさ。僕だって燈里と近すぎることが時々怖くなることがあるよ」
「楓ねぇも怖いの?思いが通じ合うって、とても素敵なことだと思うけど」

睦月はまだ誰かをそこまで深く思ったことはない。けれど物語の中や大人たちの様子から、好きな人、大切な人と互いに思い合うことはとても素敵なことだと感じていた。
テレビで見た手を繋ぎ微笑みあう恋人たち。見ることは叶わなかったが、今朝の冬玄と燈里も同じような表情をしていたのだろうか。それを想像するだけで睦月はどこかむず痒い気持ちに襲われるものの、嫌な気はしない。
恋に恋をする無垢な睦月に、楓は妖についてどこまで伝えるのかを逡巡する。
知らないのであれば、知らない方が心穏やかに暮らせるだろう。だがこの家に住む上で、必要となることでもあった。

「睦月はさ、妖とか守り神とか……人間ではない存在についてどこまで知っているんだい?」

楓の問いに睦月は眉を寄せ、宙に視線を彷徨わせる。燈里から教えられた話。村で聞いていた先祖の話。そして、来訪神と地蔵の話。
見たもの聞いたものが、どこまでに当たるのかは分からない。分からないからこそ、聞いたま
まを言葉にしていく。

「人に寄り添ってくれる存在。人を好きだっていう気持ちを奇跡っていう形で表してくれる、優しい存在」
「燈里よりも偏屈な答えだね。妖ってのは、そんな砂糖菓子のように甘ったるい存在なんかじゃないよ」

思わず吐いた溜息に、睦月は不思議そうに首を傾げた。
本気で信じているのだろう。もう一度溜息を吐き、楓は訂正するために口を開きかけた。

「甘ったるくはないけど、人には優しいでしょ?人が願ったことをある程度は見返りを求めないで応えてくれるんだから。それに、同じ人よりも正直だよ」

しかしそれが言葉になるより早く、睦月は感じたままを口にする。それは夢見がちな見当はずれの言葉ではない。睦月なりに真剣に考え見てきたものの答えに、楓は呆れながらも柔らかく笑った。

「楓ねぇ?」
「面白い考え方だと思ってさ……確かに、正直ではあるかな。求められるから応えるってのが妖の本質だからね」

くすりと笑いながら楓は立ち上がり、睦月の頭を雑に撫でて台所へと向かう。
しばらくしてお茶と菓子をいくつか乗せた盆を持ち戻ってくると、睦月の前にお茶と歌詞を置いて元の席へと戻った。

「求めたものに応えることが妖にとって重要なんだ。求めたのが誰かなんて大したことじゃない。だから一人だけを想うってことは、とてもリスクのあることなんだ」
「リスク?」
「誰の求めでも、どんなことでも応えられればそれでよかったのがただ一人だけってなったら、その子がいなくなったら本質から崩れてしまうだろう?……まあ、それは建前で、その子が大切過ぎて失うことが耐えられないっていうのが正直な所だけど」

失った瞬間に変質し、堕ちるのだろう。
こともなく告げる楓を見て、睦月は小さくそうか、と呟いた。
楓の目を見据える。すべてを見通すような目をして、睦月は静かに呟いた。

「妖って、削がれていることを理解しているんだね」

悲しみが深過ぎて泣けない。感情が削がれて、まだ生きているのに生きていけない。
以前楓が分からない感覚だと切り捨てたものだった。それを突きつけられ、楓は息を呑む。

かち、かち。
時計の針が、居間に響く。睦月も楓も、何かを話す気配はない。

かち、かち、かち。
動き続ける時計に、二人はそれぞれ視線を向ける。
燈里が戻るのはまだ先だ。冬玄の件があるから、いつもよりも遅くなるのかもしれない。
はぁ、と楓は息を吐いた。のろのろと湯呑みに手を伸ばし、口をつける。それを合図にしたかのように、睦月も湯呑みを取り、口をつけた。





微かに泣く声が聞こえた気がした。

目を開ける。だが辺りは暗く、誰の姿も見えない。

――鬼は……。

聞こえた声に視線を向ける。
暗がりにぼんやりと何かが漂っている。何かを探しているようにも、ただ風に流されているようにも見えるそれ。
気になって、一歩足を踏み出した。

「駄目だよ。燈里ねぇ」

手を繋がれ、立ち止まる。振り返れば、暗闇の中でもはっきりと睦月の姿が見えた。

「駄目だよ。あれは違う。分からないけど、そんな気がする」

首を振り、睦月は駄目だと繰り返す。それを不思議に思いながらも、もう一度何かへと視線を向けた。
その正体を見極めようとするかのように、目を凝らす。暗闇に慣れてきた目が漂う何かの輪郭を捉え、その正体に目を見張る。

――鬼はどこ。

それは、所々が欠けた翁の面だった。只管に鬼を探してふらふらと彷徨っている。

――鬼はどこ。わたしの可愛い子供たちに酷いことをする、鬼に成った西は何処にいるの。

虚ろな声音。西という言葉に理解した。
脳裏に浮かぶのは、昔見た夢。過去の記憶。
社の中心で蹲る小さな影を飲み込む翁の面。
無感情に告げられた、豊穣の約束を果たすため西が頂くという言葉。

「燈里ねぇ?」

不安げな睦月の声に答える代わりに、繋いだ手に力を込める。
視線は翁の面に注がれたまま。何も言えずに立ち尽くしていた。

――北。

不意に面の動きが止まる。

――北がいれば、西は変わるかしら。北に叱られれば、たくさん折檻されれば、西も反省してくれるかしら。

面がこちらを見つめた。
ふらつくように宙を漂いながらも、ゆっくりと近づいてくる。小さな悲鳴と共に手を引かれる感覚はあったが、足は根を張ったように一歩も動かない。

――北。北の愛し子。

面が呼びかける。願いに似た響きで、語られる。

――貴女を連れていけば、北は戻ってきてくれるかしら。

面が近づく。
夢で見た影が伸びてくるのを感じる。

「燈里ねぇ!」

睦月の叫ぶ声がする。

――あの子たちのために。

影に囚われる、その瞬間。
吹き抜ける風と共に舞う白が視界を覆い、意識が暗転する。



「燈里」

呼ばれて、燈里は目を開けた。
静かにこちらを見つめる冬玄の姿に目を瞬く。

「冬玄?」

辺りに視線を巡らせれば、そこは見慣れた職場の一室。かちかちと音を立てる時計に目を向ければ、冬玄を待ってから三十分も経っていなかった。

「冬玄、私……」
「帰るぞ。あいつらが待ってる」

優しいながらも有無を言わさぬ冬玄に、燈里はただ頷いた。
差し出される手を取り、立ち上がる。
かちかちと、何故か強く感じる時計の針の音を背に、無言のまま家路に就いた。



20260206 『時計の針』

2/6/2026, 9:50:01 AM

呼び声に応え、目を開けた。

見知らぬ社の中。最初に見たものは無心で祝詞を奏上する、見たことのない宮司だった。
その宮司には二人の子供がいた。幼い年子の姉妹。好奇心旺盛で、活発で、自分たちの姿を見ることができる稀有な子供たち。
新しく祀られた社は居心地がよかった。宮司だけでなく村の人間はすべて優しく、祝詞の分だけ応えた恵みを心から喜ぶ謙虚さも持ち合わせていた。
何より純粋に自分たちを慕う子供たちの温もりを愛おしいと感じていた。自分だけではなく、東西も同じなのだろう。陽が暮れるまで東は子供たちと遊び回り、帰宅して西の説教を受けることが、いつの間にか日常と化す程だ。
心穏やかな日々が続いていくのだと、自分を含めて誰もが思っていた。子供たちが大人の手伝いで共に麓の町へと行ったきり、帰らなかった時までは。

夕刻になっても戻る者は誰一人いなかった。残った皆が村の周囲や麓までの道も探したが、見つかることはなかった。
帰ってきたのは一晩過ぎ、陽が昇り始めてからだ。
誰もが傷つき、無言だった。何があったのか、話すことすらできない。

そこに姉妹はいなかった。


それから七日が過ぎ、麓への道の途中で姉が倒れているのを東が見つけた。
東に抱きかかえられ、村に戻った姉の姿は、先に戻ってきていた者たちよりも酷いものだった。辛うじて生きていたが、目を覚まさない。
あのまま目を覚まさなければ、東は確実に堕ちていたのだろう。それほど気配が変質しかけていた。姉の生が東を神として留めていた。
その頃になって、断片的ではあるが大人たちから話を聞けるようになっていた。
帰ろうと町を出た瞬間に、薄暗いどこかの屋敷にいたらしい。
鬼がいたと言った。人間の姿をしているが、在り方は鬼だったと。
その鬼に襲われたが、姉妹が身を挺して助けてくれたと話していた。

姉は目を覚まさず、妹の行方は分からないまま。
一月が過ぎ、二月が過ぎて。一つの季節が過ぎた時、妹を探していた西が戻らなくなった。
東は何も言わなかったが、お互いに西の異変を察していた。
感じる根本的な何かが変わっている。それに混じり伝わる悲しみと怒りに、最悪が起きたのだと理解した。



「私たちが堕ちた末路が災厄になるなど、あの時までは気づこうともしなかった。草木が枯れ、人間たちは苦しみ倒れ伏す……本当に酷いものだ。だが、私はそれよりも西の腕に抱かれた妹の姿に痛みを覚えたよ」

穏やかに夏煉《かれん》は微笑んだ。
その目に浮かぶ後悔が、何に対するものなのか。冬玄《かずとら》には分からない。ただ一人だけを案じてしまったことか。それとも、大切な者を守れなかったことなのか。
分かる必要もないと、冬玄は表情一つ変えず、無言で夏煉の話の続きを待つ。
彼にとって大切なのは、燈里《あかり》ただ一人だけだった。

「昔話が長くなってしまったな」

そんな冬玄の姿に夏煉は苦笑し、静かに息を吐く。過去に浸る思考を切り替え、冬玄の目を見据え告げた。

「西は堕ち、災厄を振りまく形に変わった。宮司は西を封じ込めるため追儺の形で、儀を執り行った」
「その方相氏として名乗り出たのが姉か。残りの三人は何だ?」
「あぁ、知ってたのか」

夏煉は僅かに目を見張り、しかしすぐにそれは穏やかな笑みに変わる。小正月に送り出した燈里が連れ帰ってきた睦月《むつき》という少女は過去や未来を夢で見ると、話しに聞いていた。

「あの子供たちは巻き込まれ、姉妹に助けられた子だよ。目覚めたばかりで歩くのも覚束ないというのに、一人で事を成そうとしている姉を言い含めたんだ」
「止めなかったのか?」
「もちろん私も東も止めたさ。だが止められなかった。だから私たちも巻き込まれることにした」

冬玄の気配がほんの僅か鋭くなった。影が揺れるのを一瞥し、夏煉は冬玄の目を見据えて告げる。

「東が西を繋ぎとめる鎖になり、子供たちが四方を囲い封じ込めた。そして私は西を戻すための方法を調べるためにここにいる。あれを戻さなければ、子供たちはずっと解放されることはないからな」

暗に害にはならないと伝えるものの、冬玄の警戒が緩む様子はない。かつての共に在った時とはまるで異なる彼の姿に、夏煉は驚きと共にその変化をどこか嬉しく思った。
ふふ、と堪えきれず笑みを溢し、次の瞬間には真摯に冬玄に向き直る。表情を改めて夏煉は低く告げた。

「子供たちに危害を加えない限り、私は北と敵対するつもりはない。子供たちも西ではないと気づいたのだから関わることもないだろう……だが西は分からない。あれがまだ意思を持っているのかさえ、封じる前から判断できなかった」
「今になって外に出た理由は何だ?」

冬玄の問いに、夏煉は机の上に置かれたファイルを手に取った。
付箋がされているページをめくる。そこには、とある地域の開発事業の計画書が記されていた。

「最近、山が切り開かれてな。子供たちが立てた柊が崩れてしまったんだ。どこにいるのか、子供たちが探しているが、まだ見つからないようだ」

冬玄に向けて開かれたページには、大きな公園の写真がいくつか載っている。無人のブランコの写真を一瞥して、冬玄は何も言わずに踵を返した。
だが扉の前で立ち止まり、振り返ることなく静かに問いかける。

「西にとって……お前たちにとって、その宮司の姉妹はどんな存在だ?」

問われて夏煉は虚を突かれたように目を瞬いた。次いで柔らかく微笑み、窓の外へと視線を向ける。

「そうだな。北にとっての宮代が、私にとっての子供たちだった。敢えて聞きはしなかったが、東も西も同じだっただろう……特に、西は口や態度には出さないだけで、一等二人を大切にしていたよ」

自身の在り方すら歪ませるほどに、姉妹を想っていた。
失ったことを悲しみ、自身の無力さを嘆き、そして奪った相手を激しく憎んだ。
その溢れ出した気持ちが厄となり、全てを苦しませてしまうほど、西は姉妹を愛していたのだろう。

「西と同じ末路は辿ってくれるなよ、北。私は宮代のことも大切なんだ」
「言われずとも分かっている。燈里の手を離すつもりはない。手を離す時が来たとしても、無理に繋ぎ留めることもない……燈里を泣かせるつもりはないからな」

扉を開け、挨拶もなく冬玄は部屋を出ていく。
一人残った夏煉は、ファイルを仕舞いながら淡く微笑んだ。

「言葉にしたからには守ってくれ」

どうか、と呟く言葉は祈りのようだ。

かつて愛した子供たちの姿を浮かべながら、夏煉はそっと目を伏せた。



20260205 『溢れる気持ち』

2/5/2026, 12:11:47 PM

あれから数日が過ぎた。
燈里《あかり》も睦月《むつき》も、あれきり方相氏に関しての夢を見てはいない。数日程は誰もが落ち着かずどこか張りつめた空気が流れていたが、穏やかな日々にようやく以前の日常を取り戻し始めていた。

「結局、あれは何だったんだろう?」

台所で拭いた食器を棚に戻しながら、睦月はぽつりと呟いた。
皿を洗っていた燈里はその疑問に手を止める。詳しく話さずとも、睦月が何を疑問に思っているのかはすぐに理解できた。

「合っているかは分からないけれど」

そう前置きをして、燈里は何かを思い出すように宙を見つめる。僅かに眉を顰め、静かに語り出した。

「冬玄《かずとら》のことについて、前に話したことを覚えてる?」
「トウゲン様っていう、守り神だったって話?覚えているし、村にいた時から夢で燈里ねぇのことを見たから分かるよ」

神さまらしくはないけれど。そう心の中で付け足した睦月の思考を察して、燈里は思わず苦笑しながら話を続けた。

「前にね、私のことで冬玄が堕ちかけたことがあるの。今はもう大丈夫だと思うけどその時の何かが彼に残っていて、それを方相氏たちが感じ取ったのかもしれない」
「つまり、方相氏がおじさんを鬼だって勘違いしたってこと?それで勘違いだって気づいたから、もう夢に出なくなったのかな?」
「おそらくはね」

首を傾げる睦月に、燈里は僅かに目を細めた。
方相氏がこの先、燈里たちの元へ訪れることはないだろう。方相氏たちの言動から燈里はそう考えている。
だが睦月に対して、もう大丈夫の一言が告げられなかった。
不安という形にならない程度の、微かな違和感が燈里の中から消えてなくならない。方相氏はもう現れないと口にしても、続く言葉はかもしれないという曖昧な言葉だ。
無意識に右手の薬指に触れる。硬く滑らかな感覚に縋るように、指ごと指輪を握り込んだ。

「あの子たちはきっと長い間、厄を鬼ごと村の外に追い出して封じ込めていた。それが何か理由があって、封じていた鬼が外へと出てしまったから追いかけているんだと思う……そしてその鬼は、元々村の守り神として祀られていた」
「何があったんだろう?外に出ちゃった原因もそうだけど、何があって神さまが鬼になっちゃったのかな?」
「何でだろうね。神様にとって堕ちるほど強い何かがあったのは確かだと思うけど」

小さく息を吐いて、燈里は後片付けを再開する。それを見て睦月も拭き終わった皿を手に、片付け始めた。



「燈里。ちょっといいか」

片付けが終わり、燈里と睦月が台所を出ようとしたタイミングで、冬玄《かずとら》が声をかけた。

「どうしたの?」

何かを悩んでいるような冬玄の様子に、燈里は訳もなく不安を覚える。それを感じ取り、冬玄は燈里の頭を撫で、安心させるように微笑んだ。

「これから仕事だろう?帰る時に迎えに行ってもいいか、聞こうと思ってな」
「え?」

冬玄の言葉に目を丸くし驚いたような声を上げたのは睦月だった。燈里は何度か目を瞬き、何も言わずに俯く。その耳がじわじわと赤くなっていくのに睦月は意地悪く笑い揶揄おうと口を開きかけるが、その前に冬玄は話を続けた。

「編集長っていう奴に会いたいんだ」
「は?」

睦月の笑みが、一瞬で訝しげなものに変わる。顔を上げた燈里の横顔に翳りが見え、眉を寄せて一歩前に出る。
睦月の行動に今度は冬玄が眉を顰めた。だが燈里の表情に、自身の言葉の足りなさに気づき焦りを浮かべながら首を振る。

「別にやましいことじゃないんだ。ただ少し確認したいことがあってだな……」
「燈里が気落ちしているのはそこじゃないよ。馬鹿」

不意に冬玄の後ろから声がした。後ろで様子を伺っていた楓《かえで》が、我慢できずに呆れながら冬玄の背を叩く。

「痛っ」
「本当にどうしようもないな……燈里。悪いんだけど、こいつに繋ぎを取ってくれないかい?たしか、南方《みなかた》とかいったっけ」
「いいけど……どうして?」

両手を握りしめ、不安げな表情をする燈里に、楓は肩を竦めてみせる。冬玄を一瞥し、小さく息を吐きながら答えた。

「前から同族の気配を感じていたらしい。馬鹿なことは起きないし、なんだったら監視をするから頼まれてくれる?」

同族、ということは、南方も人ではないということだ。
驚くと同時に、彼女の纏う不思議な空気の意味を理解した。
何故今になって冬玄が南方に会いたいのかは分からない。何を話すのか、彼女と会ったことでこの関係は変わってしまうのか。
分からないこと、不安なことだらけだ。

「無理にとは言わない。俺も方相氏の件がなかったら会うつもりもなかった」
「方相氏が追っているのが、南方編集長だってこと?」

普段の南方を思い浮かべ、燈里は困惑する。
色々と気にかけてくれる彼女が、厄を振り撒く鬼だとは思えなかった。
疑問を口にすれば、冬玄は違うと首を振る。一瞬言葉にするのを躊躇う素振りをみせ、ゆっくりと口を開いた。

「堕ちた気配は感じない。それにあれが堕ちるはずもない」
「冬玄?」
「南方という奴の気配は俺と同じだ。同じでありながら、正反対の質を持つあれは……南方は、シキの南だろう」

冬玄の言葉に、燈里は息を呑んだ。
シキ。それは冬玄が宮代の守り神となる前の、とある村での呼び名だった。社の東西南北に飾られた翁の面。年に一度行われる、祭りの形をした人身御供を、燈里は忘れられない。

「村が絶え、俺以外のシキは消えたのだと思っていたが別の場所で祀り直されたのだろうな。そして南がいるとなると、東西の面も在るはずだ」
「東西の、面……」
「方相氏から僅かだか馴染みのある気配を感じた。気のせいだと思っているが、どうしても違和感が拭えない。それを確かめるために、南に話を聞きたいんだ」

真剣な眼差しに、燈里は何も言えなかった。
冬玄は何も言わないが、東西の面のどちらかが堕ちたのだと思っているのだろう。その真偽を確かめ、どちらかの面が堕ちたと知った後はどうするのか。
込み上げる不安を鎮めるように、指輪に触れる燈里の肩を、冬玄は何も言わずに抱き寄せる。目を合わせて、真摯に告げる。

「話を聞くだけだ。堕ちて鬼になった面に、接触しようとは思わない。ただ燈里にとって危険かどうかを判断したいんだ」

燈里を守るため。宮代の守り神としてではなく、燈里の婚約者としての言葉に、燈里は頬を染め俯いた。
冬玄は柔らかく微笑み、燈里の額に口付ける。突然のことに燈里は驚いて顔を上げた。

「そんなに時間をかけるつもりもない。すぐに終わらせるから、一緒に帰ろう」

囁いて燈里の右手を取り、今度は薬指の指輪に口付ける。
声にならない悲鳴を上げて固まってしまった燈里に、今まで様子を見ていた楓が睦月の目を塞ぎながら呆れたように溜息を吐いた。

「そういう所だけ大胆なのはなんなんだろうね」
「楓ねぇ。いいとこなのに、隠さないでよ」
「子供にはまだ早い。というか、燈里が見られたことを知ったら泣くだろうから我慢しなさい」

燈里のためだと言われ、睦月は膨れながらも大人しくなる。
素直な睦月にいい子と呟いて、楓は動かない二人に視線を向ける。
愛しげに目を細めて燈里を見つめる冬玄に、疲れたような溜息がまた溢れ落ちた。





楽しげな子供たちの声が近づいてくる。
また泥だらけになって帰ってきたのだろうか。そんなことを思いながら、出迎えるために玄関へと向かう。
扉が開き、笑い声が玄関に響く。眩いばかりの笑顔を浮かべた子供たちが飛び込んでくる。
小さな泥だらけの体を抱き留めながら、子供たちに続いて入ってきた東に視線を向けた。
子供たちに負けず劣らず、その体は泥だらけだ。楽しげな笑みを浮かべているが、すぐに焦り泣きそうな顔に変わるのだろう。
あと何度、西の説教を受ければ落ち着くのだろうか。次第に強張っていく東の顔を見ながら思う。
変わらないのかもしれない。だが、それも悪いことではないのだろう。
子供たちが喜んでくれる。神を見て声を聞く子供たちが喜んでくれるのならば、全ては些事でしかない。
東も西も、それは強く思っているのだろう。特に西は表にこそ出さないが、子供たちを誰よりも大切に思っているのだろうから。
左右の頬にそれぞれ子供たちの口付けを受けながら、東西の強い視線を感じ、堪えきれずに声を上げ笑った。



ノックの音に、ぼんやりと過去に浸っていた南方夏煉《かれん》は扉に視線を向けた。

「入っていいぞ」

告げればゆっくりと扉が開き、冬玄が静かに入ってくる。懐かしい同胞の姿に、夏煉は目を細めて笑った。

「久しぶりだな、北。元気そうで何よりだ」
「前振りはいい。お前も、回りくどいのは嫌いだろう」

夏煉とは対照的に、冬玄は表情なく告げる。燈里には決して見せない態度に、だが夏煉は気にする様子もない。

「そうだな。宮代を待たせては可哀想だ……聞きたいのは、子供たちが追う鬼のことだろう?どこまで話せばいいだろうか」
「鬼がどちらか。そして燈里に害はあるのか。それだけでいい」
「そうか。けどある程度は話しておこうか。宮代はきっと気にする」

そう言って、夏煉はどこか悲しい目をして語り出した。



20260204 『Kiss』

Next