ふっと吐息を溢せば、途端にそれは白い氷の結晶となって地に降り注ぐ。
「綺麗だね……」
惚けたような声に、肩が跳ねた。じわじわと熱が顔に集まって、堪らず彼に背を向ける。
恥ずかしい。今まで当たり前だと思っていた行為を褒められるなど、初めてだ。どう反応すればいいのか分からなくて、落ち着かない。
「ごめん。嫌だった?」
咄嗟に首を振る。
嫌ではない。それを伝えなければと思うのに、震える唇からは何も言葉が出てこない。
ほぅ、と溜息が溢れる。
「あ……」
いつもならばすぐに凍ってしまうだろう息は、けれども凍らずに空気を白く染めて消えていった。
その屋敷の灯りは絶えないのだという。
電気が通っている様子はない。玄関先の提灯の灯りや、障子越しに見える灯りはゆらゆらと影を揺らめかしてしる。
不思議なことに、灯りが揺らめく屋敷の中で、人の気配はなかった。
人の話し声も、物音もない。時折微かに、蝋燭の芯が燃える音がするだけだった。
きらきらと、煌めく街並みを見下ろしながら、手にした缶コーヒーに口をつける。
「苦っ……」
缶に視線を向ければ、無糖の文字。あまり深く考えずに買ってしまったことを少しばかり後悔する。
今日は朝からついていない気がする。朝食の少し焦げたパン。目の前で赤に切り替わる信号。缶コーヒー。
そして、待ちぼうけ。
小さく溜息を吐く。街の明かりが煌びやかであるのと対照的に、気分は重く沈んでいる。
連絡はない。自分から連絡してみるべきかとも思うが、何となくそれも億劫だった。
「まぁ、イルミネーションは綺麗だしな」
自分に言い聞かせるように呟いて、街の明かりを見下ろした。
「あれ……?」
ポストに入っていた白い封筒を取り出し、首を傾げた。
切手を貼っておらず、直接投函されたことが分かる封筒。裏を見ても何も書いてはいない。
ただ自分の名前だけが書いてある封筒に、どうするべきかを悩む。
見ない振りをするべきだろうか。けれど中に入っているものが気になった。
光にかざせば、便箋が入っているのが見える。厚さからして一枚だけだろう。何が書かれているのか、誰が書いたのかが、気になってしかたがなかった。
そっと封を破り、中の便箋を取り出す。
震える指で、便箋を開いた。
さく、さく、さくり。
音を立てて霜柱を踏みつけ遊ぶ弟を見ながら、そっと手に息を吹きかけた。
冷たい木枯らしが吹き抜け、体を震わせる。少し前までの暖かさなど欠片も抱かない風と遠い陽に、眉を下げ空を見上げた。
さく。さくり。
小さな足音。落ち葉の道を歩いた時のような、けれども少し違う音に季節が過ぎていることを感じる。
秋は過ぎてしまった。今、ここに在るのは冬なのだと、風や大地が教えてくれていた。