sairo

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1/3/2026, 1:00:21 AM

今年の抱負は何ですか。
そう言われて、何も言えずに視線を逸らした。
抱負。やりたいこと。やらなければならないこと。
何があるだろうか。やりたいことも、やらなければならないことも、いくつかはすぐに思いつく。
けれどそのどれもが、抱負とは違う気がした。



「なぁ、今年の抱負は決めたか?」

窓の外を見ながら抱負について考えていれば、友人に声をかけられた。
先程階下で母と誰かが話しているのが聞こえたが、どうやら友人が遊びに来たらしい。
視線を向ければ、友人の手には一冊の本。普段本を読まない友人の珍しい様子に、思わず友人と本を交互に見てしまう。

「何だよ。流石にそれは傷つくぞ」
「いや、だって……お前、教科書すらまともに読まないだろ」

正直な感想を言えば、友人はあからさまに肩を落として落ち込んだ。僅かばかり心が痛むが、すぐに仕方がないことだと思い直す。

「まぁ、確かにな。自分でも本を読むなんてとは思うけどよ」

言い訳のようにぶつぶつと呟き、友人は本の表紙を撫でる。その手つきと眼差しの穏やかさに、軽く目を見張った。
今日の友人はどこかおかしい。そう思ってしまうほどには、彼の行動は意外だった。
普段読まない本を抱え、その本を大切に扱う。
その理由を考え、眉を寄せる。

「――女か?」
「違ぇよっ!抱負だからだっつぅの!」

抱負。未だ決まらないそれを思い、眉が寄る。
説明不足だと思ったのだろう。友人は慌てたように口を開く。

「俺、今年の抱負をさ、賢くなるってことに決めたんだ。本を読めばいろんなことが分かるだろ?そんで賢くなったら、もう少し夢の中の誰かとの会話が弾むかなって思って」
「つまり、女か」
「だから違ぇって」

頬を膨らませながら友人は反論する。溜息を吐き、言葉を探すように宙に視線を彷徨わせた。

「なんていうか、女とか男とかってのじゃなくて、こう……神様?みたいな感じ」
「なんだ、それ?」
「いや、俺もよく分かってないんだけど、なんとなく人じゃないんだろうなって」

意味が分からない。そう言いかけ、口を噤む。
理屈ではなく感覚で、友人の言っていることが理解できた気がした。

「俺のことはもういいだろ。それよりお前だよ。お前は今年の抱負を決めたのか?」

急に話題を変えられ、口籠る。
決められない抱負を思い出してしまった。
どんな理由があれ、友人は抱負を決めた。それに対し、自分は何も決められない。
小さく息を吐く。それだけで友人は察したのだろう。こちらを見る目が微かに陰る。

「聞かない方がいいやつなら聞かないけど。話すことで整理がつくなら聞けるぞ」

相変わらず、友人は優しい。いつもの定位置に座る姿を見て、目を細めた。

「やりたいこと、やらなきゃならないことはある。でもそれが抱負とは結び付かない」

簡潔に告げれば、友人は不思議そうに首を傾げた。おそらく彼の中では、やりたいことこそが抱負になるのだろう。
小さく笑みを溢し、思いつく限りのことを頭に浮かべてみる。それに付随する理由を考え、それがすべて去年に取り溢したもの、忘れかけていたものだと気づく。去年と続く想いの理由に、思わず眉が寄った。

「どうした?」
「やりたいことも、やらなきゃならないことも、全部去年から引き摺ってきたことに気づいた。去年の後悔が抱負になる訳がないな」
「そういうもん?」
「俺にとってはそういうものだ。ネガティブな感情をポジティブに変えられないってだけのことさ」

気づいてしまえば、後は簡単だ。去年を引き摺らない抱負を探せばいい。
さて、何があるだろうか。窓の外を見ながら、考える。

「相変わらず、難しいことばっか考えてんのな。俺も賢くなったら、もう少し分かるもんかな」

ぱらぱらと音がして、視線を向ける。手にした本のページを捲りながら愚痴る友人の姿に笑いが込み上げ、耐えきれずに噴き出した。
きっと睨みつけられ、肩を竦め軽く謝罪する。だが不機嫌さを隠しきれない友人は、とあるページをこちらに突き付けた。

「お前、今年の抱負は愛想を良くするにしとけ。いつも仏頂面してるから、誰も寄って来ないんだよ」
「愛想……愛想、ね」

突き付けられたページには『モテる男の条件』なるものが書かれていた。
小難しい本かと思っていたが、そうではなさそうだ。妙な安堵感を覚え、小さく息を吐く。
本を一瞥し、膨れた顔の友人を見る。抱負とは、これくらい軽く考えてもいい気がしてきた。

「分かった。それにしよう。夢に神が出てくるお前の言葉だ。お告げのようなものだろう」
「いや、そこまで大層なもんじゃねぇし……え、本当に愛想を良くするにする訳?」

慌てる友人を気にかけず、立ち上がり外に出るためにスマホや財布をポケットにねじ込んだ。そのまま外に向かえば、背後から友人がばたばたと足音を立て追いかけてくる音がした。

「本当にそれでいいのかよ?」
「何だ。不都合でもあるのか?」
「違ぇし!さっきまであんなに悩んでたのに、そんな簡単に決めていいのかってこと!」

本気で心配しているのだろう。隣に並ぶ友人の肩を叩き、大丈夫だと告げる。
悪い気はしなかった。お告げなど冗談で信じてはいなかったが、案外本当に宣託だったのかもしれない。

「陽が暮れる前に神社に行くぞ。さっさと今年の抱負を告げて、帰りに美味いものでも食いに行こう」
「勝手な奴め!もちろんお前のおごりだろうな」
「当然だ」

頷けば、途端に友人は笑顔になる。鼻歌交じりで先を行くその背に苦笑しながら、浮足立つ街の騒めきに目を細めた。
新しい年の始まりだ。去年から続き、去年とは違う年になるのだろう。

「早く行こうぜ。ちゃっちゃとお参りを終わらせて、そしたら出店で好きなもん食おう!」

待ちきれないとばかりに友人が振り返る。それに片手を上げて答え、込み上げる未来の期待に笑顔で駆け出した。



20260101 『今年の抱負』

1/2/2026, 11:17:20 AM

気が付けば、空が白み始めていた。
朝が来たのだ。古い一年が終わりを迎え、新しい一年が始まった。
ぼんやりと空を見上げ、そして部屋の中を見回した。
昨日と同じ景色。
昨日と同じ色と匂い。

何かが変わった様子はない。

そっと部屋を抜け出し、リビングに出る。
しんと静まり返ったリビングは、まったく違うようにも見えるが、よくよく見れば昨日と変わらない。テーブルや椅子の位置も変わらず、カーテンや絨毯の色も明るくなれば同じに見えるのだろう。
違いはない。けれども年が明けた。では何が違うのだろう。

ふと外で音がした。
カーテンの間から、こっそりと外を眺める。

「――あ」

思わず漏れ出た声に、外にいた誰かと何かは同時に反応する。
二対の目がこちらを見つめ、ひゅっと喉が鳴る。逃げることもできずに立ち竦んでいれば、庭へと続くテラス窓が音もなく開いていった。
自分の意思とは無関係に体が動き、開いた窓から外へと出る。サンダルを履き、こちらを見ている一人と一頭へと近づいた。

「明けましておめでとう。早起きなのね」

赤い着物を着た女性が、柔らかく微笑んだ。

「おめでとう。こんな目出度き日に、何を浮かない顔をしているのだ」

女性に寄り添う栗毛の馬が、不思議そうに問いかける。

「年が明けたのに、昨日と何も変わらない。変わった所はどこなの?」

気づけばそう口にしていた。
聞きたいことはたくさんあるはずなのに、それ以外は何も出てこない。一人と一頭はそれぞれ驚いた顔をして、けれどもすぐに穏やかな顔になり近づいてきた。

「目だけで見ようとすると、何も変わらないわ。匂いも音も、同じに感じてしまうはず」
「五感のすべてで感じるといい。時は昨日と地続きになっているが、確かに年は明けたのだ。我らに気づいた君ならば、気づくことができる」
「本当に?分かるかな」

不安を口に出せば、優しく頭を撫でられる。馬の鼻先が頬を擽り、こそばゆさに肩が跳ねた。

「怖くはないわ。分かるでしょう?」

女性に言われ、頷いた。
怖くはない。ただ畏ろしさを感じている。
動けない自分の手を取って、女性はそっと馬の首に触れさせた。そっと撫でると、馬は心地良さそうに擦り寄ってくる。
艶やかな毛並み。しなやかな鬣。そっと抱き着き、目を閉じる。

聞こえるのは、風の音。草木の香り。昨日とは、去年とは異なる、どこか厳かな感覚。

「――年が、明けたんだ」

昨日の続きだけれど、新しい始まり。
ようやく感じられた。首に抱き着いたまま、笑みが浮かぶ。

「明けましておめでとうございます……いつもありがとう。今年もまたよろしくお願いします」
「えぇ、貴女が健やかに過ごせるように見守っているわ」
「身体に気をつけろ。君はすぐに無理をする。周りのことばかり考えず、まずは自分を大切にするんだ」

穏やかな声音で諭されて、気恥ずかしくなった。
答える代わりに小さく頷く。顔を見ないのは失礼だとは思うものの、抱きついた腕は離れなかった。

「さぁ、そろそろ行かないと。新年は色々と忙しくなるからね」

女性の言葉に、後ろ髪を引かれながらも腕を離す。優しい目に笑顔を返し、数歩後ろに下がった。
いつの間にか陽は上がり、辺りは明るくなっている。
どこか浮き足立った空気を感じながら、一人と一頭に向けて、深く礼をした。

「今年もいい一年になるはずよ。だから私たちと、ちゃんと遊ばせてね」

女性の声が遠く聞こえる。
顔を上げるが、目の前にはもう誰もいない。辺りを見渡しても、自分の他には誰もいなかった。
急に強い風が吹き抜けた。咄嗟に目を閉じるが、風の勢いに体がふらついた。
足に力が入らない。感覚が曖昧になり、立っているのか倒れているのかも分からない。
ごぉっと耳の横を風が通り過ぎていく。駆け抜ける勢いで音が遠くなり。

次に目を開けた時には、庭ではなく自室のベッドの上にいた。





「明けましておめでとう」

目覚めてから何度も聞き、そして口にした言葉を繰り返す。
父や親戚たちは、笑顔で食卓を囲んでいる。祖父母の家の二間続きの座敷は広いものの、親戚一同が揃うと流石に狭さを感じてしまう。
母たちは忙しなく台所と座敷を往復している。少しは休めばいいと思うものの、酒臭い座敷よりも台所で女性だけでいる方が気楽なようだ。

「お疲れ様。お手伝いありがとう」
「はいこれ。お年玉とは別のお駄賃よ。ここだけの秘密ね」
「ありがとうございます」

また一つ増えたポチ袋を手にはにかんだ。忙しさはあるものの、こうして見返りがあるのはありがたい。
鞄の中に袋を入れていれば、ふと奥の間で蹄の音が聞こえた気がした。不思議に思い廊下に顔を出すが、聞こえるのは座敷にいる酔っ払いたちの声だけだ。

「どうしたの?」
「あの、蹄の音が聞こえた気がして。気のせいだったみたいですけど」

肩を竦めて笑う。だが母たちは皆、何かを納得したように頷き微笑んだ。

「きっと守り神さまね。今年も遊ばせてくれるのを待っているのよ」
「特に今年は午年だもの。張り切っているのかもしれないわ」

叔母たちの言葉に首を傾げる。
母を見れば、少女のような笑みを浮かべて奥の間の方へと視線を向けた。

「私の娘を一等気にかけてくださっているからね。今年も来るでしょう?」

そう言われて、あぁ、と思い出す。
祖父母の家で祀られている二柱の神のことを。

「新年、だからか」

優しい神様たちを思い浮かべ、笑みが浮かぶ。

今年もいい年になりそうだ。
そんな予感に、胸が高鳴った。



20260101 『新年』

1/1/2026, 7:38:32 AM

「なんでオマエがここにいる」

眉を顰めた父を見て、不安が込み上げ隣で座る彼女を見た。

「やぁ、刑部。お邪魔しているよ」

けれど彼女はいつもと何も変わらず。穏やかに微笑んで、お茶を啜る。
その後ろでは、弟妹たちが彼女の四本の尾にじゃれ合い遊んでいた。

「ねぇねも一緒に遊ぼうよ」

誘われるものの、曖昧に笑って首を振る。
彼女はわたしの大切な友達ではあるが、神使であることに変わりはない。彼女の尾で遊ぶなど罰当たりすぎて、こうして見ているだけでも口元が引きつってしまう。

「何しにきた。用がないならさっさと帰れ」
「友達の家に遊びに来ているんだ。すぐにかっとなるのは悪い癖だよ、刑部」
「うるせぇ。オレの仔をたぶらかしやがって」

不機嫌さを隠そうともしない父を強く睨みつけた。それだけで口籠る父を一瞥し、小さく息を吐いてから彼女を見る。
父とは違い、彼女はとても楽しそうだ。弟妹たちをあやす尾は止めず、こちらを向いて優しく笑う。
頭を撫でられれば、それだけで不安や畏れはすぐに消えてしまう。

「大事にされているね。子煩悩な刑部を見るのは意外でとてもいい」
「そうなの?ととさまはずっとこんな感じだけど、前は違ったの?」
「おい。余計なことは言うなよ」

横から口をはさむ父に視線を向けて、彼女は肩を竦めた。頭を撫でる手は止めないまま、どこか懐かしむように目を細めて口を開く。

「一言で表すとしたら、傲慢。あるいは尊大。矜持が高くて、でも一族を守り通す責任と度量はある……完全無欠な孤高の王様って所かな」

目を瞬き、父を見た。弟妹たちも遊ぶのを止めて父を見ている。
確かに父は、何でも知っていてとても強い狸だ。王様という表現も間違ってはいない。
けれどわたしが知る父は優しくて暖かくて、少しだけ情けない。彼女の言葉が想像できなくて、穴が開くほどに父を見つめた。

「やめろ。そんな目で父様を見るんじゃない」
「だって」
「ねぇ……?」
「ととさまが孤高……意地悪だから?」

弟妹たちの言葉に項垂れる父が、何だか可哀そうに見えてくる。彼女を見つめれば、小さく笑いそっと背を押された。
促されて立ち上がり、父の側に寄る。背を撫でながら、落ち込む父を慰めた。

「大丈夫だよ、ととさま。今のととさまは、ちゃんと優しいから。昔、というか若い頃は誰しもやんちゃしたくなるって、前に読んだ本に書いてあったし。ととさまは成長できてるんだから、もっと自信持って!」
「常盤《ときわ》。慰めようとしてくれるのは理解できるが、それは父様に止めを刺す言葉だ」

さらに項垂れる父を見て、背を撫でる手を止める。途方に暮れて彼女を見ればどこか生温かい目で見つめられ、耐えきれずに狸の姿に戻るとその場をぐるぐると回り出す。

「神使め……常盤に変なことばかり教えやがって」
「それは違う。学校というのは学ぶ所だ。特に図書室という所は、人間の書いた様々な本が収まっているからね……それに人間として学校に通わせた時点で、人間らしさが身につくことは覚悟していたのだろう?」

落ち着いている彼女とは違い、父は怒ったり落ち込んだりと忙しい。どうすればいいのか分からず視線を彷徨わせていれば、部屋の外でこちらを伺う母と目が合った。

「かかさま」

小さく呼べば、弾かれたように父が振り返る。しかし母と目が合い、途端に顔を赤くして視線を逸らした。

「お蕎麦、茹で上がったけど」
「あぁ、そうだな……ここで、皆で食うか」
「分かった。持ってくるね……常盤のお友達も、ぜひ食べていってください」
「お言葉に甘えよう。感謝するよ」

彼女の言葉に母は柔らかく微笑んで、台所の方へと去っていく。父も母について部屋を出ていき、ようやく落ち着くことができた。

「常盤」

呼ばれて彼女の側に寄る。尾を振り首を傾げれば膝の上に乗せられて、優しく背を撫でられた。

「刑部はよき番を娶ったようだ。己自身をも傷つける険しさが消えて、本当の意味での守ることを覚えたようだね」
「どういうこと?」
「皆幸せだという意味だよ」

目を細めて彼女は笑う。よくは分からないけれど、彼女も後ろで遊ぶ弟妹たちも笑っている。
何だかそれが嬉しくて、甘えるように彼女に擦り寄った。



「どうぞ。海老天か、かき揚げか。好きなのを選んで」

母に言われ、迷わずに海老天を取る。蕎麦に乗せて香りを堪能していると、ふと彼女はどちらを選ぶのかが気になった。

「え?それって、油揚げ……」
「そうだよ。うどんでも蕎麦でも、お揚げは大事だからね」

何処からか取り出した油揚げを蕎麦に乗せる彼女を見て、目を瞬く。弟妹たちも興味深そうに彼女の蕎麦を覗き込み、父は眉を顰めて嫌そうな顔をした。

「これだから狐ってやつは……」
「でも美味しそうかも」
「お蕎麦に油揚げって初めて見た」
「油揚げはうどんじゃない?蕎麦にはかき揚げの方がいいよ」

彼女は周りの反応の一切を気にせず、母に礼を言って微笑んだ。母はそんな彼女を見てもあまり反応は見せず、ただほんの僅かに眉を下げて、油揚げの乗った蕎麦に視線を向けた。

「一応、おつゆはかつおだしにしているけど……合わなかったらごめんなさい」

母の謝罪に、彼女は驚いたような顔をする。けれどすぐに優しく目を細めて笑った。

「大丈夫。お揚げは何にでも合うから、問題はない。気にかけてくれてありがとう」

自信たっぷりな彼女に、母は表情を和らげる。
全員の準備ができた所で、父は彼女を一瞥して手を合わせた。

「それじゃあ……頂きます」

父の言葉にそれぞれが頂きますと手を合わせる。箸を手に、皆思い思いに蕎麦を堪能する。
海老天やかき揚げに噛り付く弟妹たちを横目に、海老天を避けて蕎麦を啜る。隣にいる彼女も油揚げを避けて蕎麦を啜っているのを見て、何だか嬉しくなった。

「欲しいの?なら、半分こしようか」
「いいの?じゃあ、わたしの海老天も半分あげる」
「おい、ちょっと待て。さりげなく共食させようとするんじゃねぇよ。オレの娘に手を出すな」

父の不機嫌の理由が分からず、首を傾げる。
半分こはさすがに卑しかっただろうか。眉を下げ彼女を見るが、肩を竦めて笑うだけで何も言わず、益々分からなくなる。

「神人共食を気にしてるんだろうけど。そもそもお蕎麦を食べてる時点で、ここにいる皆共食してるのに何言ってるの。それに私みたいな人と神使じゃなくて、狐と狸なんだからあまり変わらないでしょ」
「だけどよ。ただでさえ距離が近いってのに……」
「まったく。仕方ないね」

拗ねてしまった父を見て母は呆れたように笑うと、自分のかき揚げを半分にして父の蕎麦に入れる。目を見張り半分のかき揚げと母を交互に見て、父は頬や耳を真っ赤にして何も言えずに蕎麦を啜り出した。

「なるほど。刑部が惚れるわけだ」

くすくす笑いながら、彼女はいつの間にか半分にしていた油揚げをわたしの蕎麦へと入れてくれる。それに慌てて海老天を半分にして、大きい方を彼女の蕎麦へと入れた。

「ありがとう。しっぽの方でよかったのに」
「わたしがあげたかったからいいの!あと、油揚げありがとう」
「あ、ねぇねずるい」

弟妹たちが気づいて文句を言うが、それを気にせず蕎麦を啜る。
温かい。部屋の暖かさと、蕎麦の温かさ。そして彼女の優しい温もりに心の中まで温かくなってくる。

ふと、遠くで除夜の鐘が鳴り出した。一年が終わり、また新しい一年が始まろうとしている。
油揚げを齧りながら、彼女を見た。彼女も海老天を食べながらこちらを向いて、どちらからともなく笑い合う。

「よいお年を」
「うん。よいお年を」

今年も来年も。きっとその先も、大切な親友の側にいる。
そんなことを思いながら噛り付いた油揚げはかつおだしが染み込んで、じゅわっと甘い幸せの味がした。



20251231 『良いお年を』

12/31/2025, 11:32:07 AM

夕暮れの空に、星を見つけた。
見つけた瞬間に、思わず駆け出していた。
捕まえたかったわけではない。追いかけたかったわけでもない。
ただ何もかもを星のせいにして、逃げたかった。

息が切れるのも構わず、星だけを見て走る。
辺りはすっかり暗くなり、自分が今どこを走っているのかも分からない。
遠い星に手を伸ばす。届かないと知っている。知っていて、求めている。
息苦しさに足元がふらついた。疲れた体は、そのまま前のめりになり、咄嗟に目を閉じた。
倒れる痛みを覚悟する。けれどもそれは訪れることはなく。

「なんだい、危ねぇな。気ぃつけんと、倒れるとこだったべな」

恐る恐る目を開ければ、目の前には星のように煌めく目をした誰か。
自分を抱き留め、呆れたように笑っていた。

12/30/2025, 9:48:56 AM

海の底に沈んでいくような、そんな静かな終わり。
手の中の宝物は粉々に砕け、もう元には戻せない。

小さく溜息を溢した。
誰もいない。ひとりぼっちの秘密基地。
結局、みんな忘れてしまったのだ。自分だけが子供で、みんなは大人になってしまったのだろう。

「仕方ない。大人になったんだから、仕方ない」

言い聞かせるように繰り返す。込み上げる涙を乱暴に拭い、歩き出す。
終わりなんてこんなものだと、無理矢理に笑ってみせた。

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