霧が深い朝だった。
数歩先の景色すら曖昧に溶けて、どこまでが道で、どこからが空なのかも分からない。
それでも歩かなければ、と胸の奥で何かが囁く。
昨日までのことなら分かる。
今日すべきことも知っている。
けれど、この先だけはどうしても見えない。目を凝らしても、耳を澄ましても、未来の気配はまったく掴めなかった。
「……どうなるんだろうね、これから」
独りごとが霧に滲む。
怖くもある。でも、その怖さの奥に、微かに灯る熱のようなものがあった。
誰の声でもない、自分の底に沈んでいた小さな願い。
――見えない未来へ、行きたい。
足を一歩、霧へと進めた。
音もなく、景色がほどける。
けれど不思議と、背中を押す手の温度だけははっきり感じられた。
そっと風が吹き抜けた。
顔を上げて空を睨む。落ち葉を舞上げ去っていく風を、ただ目で追いかけた。
「馬鹿」
そっと呟く声は、誰にも届くことはない。
祈りも希望も、風はすり抜け掻き消していく。
軽く頭を振って視線を戻し、歩き出す。
吹き抜ける風に、もう足は止めない。前だけを見据え、進んでいく。
頬を冷たい何かが伝い落ちるのは、気のせいなんだと言い聞かせた。
ランタンを手に、暗い夜道を歩いていく。
中の炎は時折揺らめくが、消えることはない。消えればいいのにと思いながらも、無言で社まで歩いていく。
この古ぼけたランタンは、人の記憶を糧に光を灯すらしい。
そしてその炎は、社に納めることでなかったことにもできると言い伝えられてきた。
そんなことはただの迷信だ。そう思いながらも、興味本位で友人たちと試している。
小さく息を吐いた。友人は皆、学校や家での些細な記憶を糧に火を灯し、社に納めてないことにしてしまった。
最後は自分だ。
皆と同じようにランタンを灯し、社に向かって歩いていく。灯りの糧に選んだのは、自分の中で一番古い記憶だった。
かたん、かたん、と電車が揺れる。
窓から見える景色は、うっすらと雪の白が混じっていた。
「寒くないか?」
問われて首を振る。
「全然。コタツ、あったかいもの」
そう笑えば、彼も淡く微笑んでくれる。
暖かい。外は冬に向けて季節が移っていくのに、列車の中は少し暑いくらいだ。
ふと、思い立って彼の肩に凭れてみる。驚いたように小さく息を呑んだ彼は、次の瞬間には嬉しそうに笑った。
「どうした?」
「なんでもない。コタツ列車って初めて乗ったけど、なんかいいなぁって」
「気に入ってもらえてよかった」
頭を撫でられて、心地よさに段々と眠くなってくる。
冬も悪くない。
堂々と触れ合える季節に向かう列車の中、一人幸せに笑っていた。
白い月が浮かぶ夜。
少女は一人、月明かりを浴びて踊っていた。
くるりと回り、高く飛び上がる。
広がるスカートが、まるで羽根のように見えていた。
夜は少女のためだけの舞台。月明かりというスポットライトを浴びて微笑む少女は、誰よりも何よりも美しかった。