糸を紡ぐ。
からからと、くるくると、見えない糸が紡がれる。
手を止めて、紡いだ糸の先を見た。宙に揺れる見えない糸は、次第に色づき、先を誰かの右手に巻き付け繋いだ。
目を凝らす。遠く見える誰かが繋がれた手に視線を向ける、こちらを振り向いた。
思わず息を呑む。
紡いだ糸が繋ぐ先は、自分自身だった。
赤や茶色が敷き詰められた道を歩いていく。さくり、さくりと歩くたびに乾いた音が鳴る。見上げる木々は寒々としているのに、足下はとても鮮やかだ。
悪戯な風が辺りに赤や茶色を舞上げ、視界を覆う。思わず立ち止まる体に、かさりと落ち葉が降り積もった。
「鍵はこの家のどこかにあるよ。頑張って探してね」
そう言って笑いながら消えた彼女を思い出し、何度目かの溜息を吐く。
探し始めて何時間が経過したのだろうか。広い屋敷の中から、小さな鍵を見つける。途方もない行為に無理だと察してはいたが、やはり手がかりひとつ見つからない。
近くの椅子に腰掛け、眉間に刻んだ皺を伸ばす。
もう、諦めてしまおうか。
何度も込み上げた気持ちを、何度も同じように否定する。
諦める訳にはいかない。
鍵がなくとも、生きることに支障はない。だが鍵がなくては生きる意味がないのだから。
その懐中時計は壊れていた。
ガラスはひび割れ、黒の針は沈黙を続けている。耳を澄ませても、僅かにも音は聞こえない。
「どうして、壊れた時計を持っているの?」
幼子の問いかけに、青年は微笑み答えた。
「いつか、必要になる時が来るからだよ」
首を傾げる幼子の頭を優しく撫でながら、時を止めた懐中時計に視線を落とす。
「僕の時間を必要とする誰かが現れた時、時計はまた動いてくれるんだ」
穏やかに、残酷に。
青年は幼子に向けて語る。
その微笑みは慈しみに満ちて、幼子の目には何故か泣いているように見えていた。
ぽとりと紅の花が落ちた。
美しかった花は落ちた瞬間に腐り、褪せた花びらを地面に散らしていく。
酷く醜い。咲き誇っていた花を愛でていたことも忘れて、顔を顰めた。
目を逸らして、咲き始めの花に視線を向ける。
これから美しく咲くであろう花。だがやがては地に落ちて、腐っていくのだろう。
また一つ花が落ちる。
咄嗟に手を伸ばした。手の中で花びらを散らすが、腐る様子はない。
地に視線を落としても、そこに落ちた花は一輪もなかった。
「どうして」
何故かそれが悲しくて、寂しくて、胸が苦しくなる。
思わず膝をつきかけた瞬間。
「何してんだ?」
訝しげな声と、肩に触れた熱。
感じた苦しさなど千々に消え、気づけば道の真ん中で立ち尽くしていた。