sairo

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鮮やかな青と白のコントラスト。
煩いくらいの蝉の鳴く声。時折混じる、涼やかな風鈴の音。
縁側で寝そべりながら、ぼんやりと空を見上げていた。
手探りでラムネの瓶を探る。
指先が濡れた瓶に触れ、その感覚に思わず眉が寄る。
いつの間にか随分と時間が経ってしまったらしい。手に取った瓶は、すっかりぬるくなってしまっていた。
小さく溜息を吐いて、のそのそと起き上がる。口をつけた瓶の中身はやはりぬるく、すっかり炭酸が抜けてベタつく甘ったるさしか感じられなかった。
ラムネだったものを飲みながら、ちらりと視線を隣に向ける。
細く青白い二本の足が見えて、どうしたものかとまた頭を悩ませた。



足が見え始めたのは、数日前の病院からの帰り道だったように思う。
日頃の不摂生が祟り、連日の暑さもあって気づけば病院に運ばれていた。
点滴を打たれた帰り道、背後からひたひたと裸足の足音がついてくるのに気づいた。
足を速めれば後ろの足音も速くなり、立ち止まれば足音も止まる。
意を決して振り返れば、すぐ後ろに足がいた。
子供の細い足。どこへ行っても追いかけてくる。
初めこそは怖がっていたが、ただついてくるだけの足に、いつからか興味の方が強くなった。
誰の足なのか。何故ついてくるのか。
側にいるだけで、何かを訴える様子もない。
監視するかのように側を離れない足との意思疎通を、本気で悩んでいた。



瓶の中身を飲み干して、再び横になる。
夏の陽射しは容赦なく周囲の温度を上げていくが、家の中に戻るのは億劫だった。
幸い、見上げた空に浮かぶ陽は傾き始めている。あと数時間後くらいには、陽は陰ってくれることだろう。
そんな楽天的な考えで空を見上げていれば、視界の端で隣にいたはずの足が寝転ぶ頭の上に移動するのが見えた。
相変わらず、細くて白い足だ。膝から上はどんなに目を細めても見えない。
どうすれば、側から離れない足の意図を知れるだろうか。

「――ねえ……っ!?」

無駄だと知りながら声をかけようとして、不意に額に感じた冷たい感覚に息を呑んだ。
熱を奪う冷たい何か。それが小さな手だと知って、途端に動けなくなる。
ぺたぺたと顔面を触られる。小さな手に頬を包まれ、首筋に触れられ。
そして最後に、頭を叩かれた。

「痛っ!?」

意味が分からず目を瞬いていれば、置いた瓶が倒れ、ごろりとひとりでに転がった。庭に落ちるのではなく、家の中へと転がる瓶を体を起こしてただ見つめ。
唐突に、すべてを理解した。

「――マジか」

思わず苦笑する。
ふらつきながらも立ち上がり、転がる瓶を追って家の中へと歩き出す。
向かう先は台所だろう。足早に瓶に追いついて回収し、そのまま台所へ向かった。



台所に入り、冷蔵庫を開ける。
中から作り置きの麦茶を取り出して、コップを出し注いだ。
一気に飲み干せば、体の内に籠もる熱が冷えていくような気がした。残っていた熱を吐き出すように息を吐いて、もう一杯、麦茶を注ぐ。
かたん、と不意に音がした。
振り向くと、テーブルの椅子が引かれている。椅子に座る幼い少女の下半身を見て、小さく笑った。
麦茶のボトルを冷蔵庫に戻し、代わりにラムネの瓶を取り出した。
テーブルに麦茶のコップと瓶を置いて、瓶の栓代わりのビー玉を落として蓋を開ける。
無言でこちらを見つめる半透明の少女の前に瓶を置き、その正面の椅子を引いて自分も座った。

「なんていうかさ……その……」

気恥ずかしさに、上手く言葉が出てこない。
誤魔化すように笑ってみせれば、瓶に口をつけた少女がじとり、とこちらを睨み付けた。
その目の強さに口籠もり、おとなしく黙って麦茶を飲んだ。
無言。だがその空間に少しも気まずさを感じないのは、少女の優しさを知っているからだ。
お節介だなとは思うが、それが自分の自堕落さ故のことだと思うと、申し訳なさが勝る。
こうして成長しても世話を焼かせている自分に呆れて、自然と言葉が出た。

「いっつも迷惑かけてごめん……でもありがとう、お姉ちゃん」

呆れた溜息。
かたん、と椅子を鳴らして立ち上がり、姉はこちらに近づくと容赦なく足を叩いた。

「痛っ!」

痛がる自分を見上げて笑い、姉は静かに消えていく。
残ったのは、半分残ったラムネの瓶。

「少しくらい手加減してくれてもいいのに」

ぼやきながら、瓶を手に取る。残ったラムネを口にして、口の中で弾ける感覚に笑みが溢れた。
縁側で飲んだぬるさはない。
きんと冷えた、少しだけ炭酸の抜けたラムネに、姉の優しさを感じてほんの少しだけ視界が滲む。
炭酸が苦手で、それでも興味のあった幼い頃。こうして姉が半分残してくれたラムネだけは、残さず飲み干せたのを思い出す。
思えば調子が悪いことに、いつも最初に気づくのは姉だった。寝込んでいる自分の世話を焼くのも、両親よりも姉の方が多かった。

「しっかりしないと」

何度目かの決意をしながら、ラムネを飲み干した。
からん、と中のビー玉が音を立てる。

今年の夏は暑くなるらしい。
空になった瓶とコップを片付けながら、縁側で見上げた青い空と強い陽射しを思い出す。
夏が来たのだと、今更ながらに実感した。



20250803 『ぬるい炭酸と無口な君』

8/5/2025, 6:43:30 AM