sairo

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8/19/2025, 6:59:15 AM

「いらっしゃい」

祖母の温かな声に出迎えられて、家の中へと招かれる。

「久しぶり。大きくなったなぁ」

祖父が笑う。
それに会釈をして、靴を脱ぎ玄関を上がった。

夏休みの後半は、いつも祖父母の家に一週間滞在する。
毎年同じ台詞を繰り返す祖父母は変わらない。ここに来るまで見てきた村の様子も、おそらくは家の中も変わらないのだろう。

「お邪魔します」

小さく呟いて、いつものように部屋へと向かう。
祖父母の家に訪れる度毎年利用する部屋は、やはり祖父母と同じく変わりはなかった。
部屋に入り、横になる。自分の家では嗅ぐことのないい草の匂いがして、深く息を吸い込んだ。
夕飯までは時間がある。
さてどうしようかと横を向いた時、目に入った古いラジオが気になった。
体を起こし、手に取って電源を入れる。つまみを回すが、どの番組も僅かに音が聞こえるのみだ。
諦めて電源を落とそうとした時、ノイズが途切れた。耳を澄ますと、微かに古い歌が聞こえてくる。

「――聞こえていますか」

歌の合間に、はっきりとした女の声が囁いた。それきり、声も歌も聞こえなくなり、溜息を吐いてラジオの電源を落とす。
ラジオを戻し、窓へと近づいた。
窓を開ければ、涼しげな風が吹き込んでくる。
目を細めて空を見上げ、澄んだ空気を吸い込んだ。
心地の良い風に吹かれながら、庭先へと視線を落とす。
広い庭。祖父が手入れを行っているだろう松などの木々を眺め、その近くの畑を眺める。
トマトやナス、キュウリ。トウモロコシやカボチャなど、様々な野菜を視界に入れて控えめに腹が鳴る。
苦笑して、その側に咲くひまわりの花へと視線を移した。十本ほどのひまわりが大輪の花を咲かせている。だがその違和感に、眉を潜めた。
太陽とは真逆を向いている。皆一様に、太陽ではない方向に向けて咲いていた。

ひまわりが、こちらを見て咲いていた。

緩く頭を振って、窓を閉める。
きっとそれは自分の気のせいだろう。



数日が過ぎた。
今年も同じように、祖父母の家で過ごしている。
縁側でスイカを食べ、畑を手伝い、暇になれば周囲を散策する。
いつもと変わらない。

「明日はお祭りだからね。浴衣を出しておこうか」
「今日じゃないの?昨日、同じことを言っていたけど」

首を傾げて聞き返す。
祖母は昨日、全く同じ言葉を告げていなかっただろうか。
しかし祖母は穏やかに笑うだけで、何も言わない。

「去年よりもまた大きくなったからな。お前の父ちゃんの浴衣が入ればいいんだがな」

居間でテレビを見ていた祖父が、昨日と同じ台詞を繰り返す。

「大丈夫ですよ。あの子には大きかった浴衣を残してありますから。それを出しましょうね」

同じ台詞。同じ口調。笑い方さえ同じ調子で、二人の会話が続いていく。
その違和感に耐えられず、適当に誤魔化し部屋に戻った。


一人になって、溜息を吐く。
祖父母の様子を思い出しながら、手慰みにラジオの電源を入れる。
つまみを回しても、何も聞こえない。砂のようなノイズを聞きながら、気持ちを落ち着かせていく。
不意に、ノイズが途切れた。微かに古い歌が流れて、静かに誰かの吐息が混じる。

「――どこにいるのですか」

女の声。それきり沈黙し、やがて歌もノイズに掻き消される。
電源を落としてラジオを戻す。
そう言えば、今日見たテレビの内容は昨日とまったく同じだったことを、今更ながらに気づいた。
気分を変えるために、窓を開けた。吹き込んだ風の冷たさに、ほぅと吐息を溢し何気なく庭に視線を向ける。
目に入ったそれに硬直する。
大輪のひまわり。背が伸び、数を増やして咲いていた。

その花の向きは、やはりすべてこちらを向いていた。



「明日はお祭りだからね。浴衣を出しておこうか」

あれから何日が過ぎたのだろう。
同じ台詞。変わらない番組。いくら繰り返しても、次の日は訪れない。

「去年よりもまた大きくなったからな。お前の父ちゃんの浴衣が入ればいいんだがな」

そっと居間を出た。
きっと二人は気づかない。同じ台詞を繰り返し続けている。

部屋に戻る気にもなれず、外へと出た。
強い陽射しと、冷えた風。
誰もいない小道を抜けて、当てもなく歩いていく。
しかしすぐに、その足は止まった。

一面のひまわり畑。
昨日までは田んぼだったはずのその場所に、ひまわりの花が無数に咲いている。
風に花が揺れている。自分と同じ背丈の花が、ゆらゆらと。
その花はすべて、太陽ではなくこちらを向いていた。
息を呑み見つめるひまわり畑の奥。小さな人影が見えた。
夏着物を着た女。髪を上げ、俯いている。
女がゆっくりと顔を上げる。はらりと一筋髪が流れ落ち、女の顔が見えてくる。
咄嗟に目を閉じた。深呼吸をして、そっと目を開ける。
女の姿はどこにもない。無数に咲き乱れるひまわりも消え、青々と茂る稲穂が風に揺れているだけだった。

踵を返して、家へと駆け出した。
乱暴に玄関扉を開け、転がるように中へと入る。
ぴしゃりと扉を閉め、靴を脱ぎ散らかしながら部屋へと駆け込んだ。
畳みに倒れ込む。荒い呼吸を落ち着かせて、仰向けに寝転んだ。
不意に、触ってもいないラジオがついた。
しばらくノイズを吐き出して、何回か聞いた古い歌を流し出す。
そして、歌が止む。躊躇うような誰かの吐息が溢れ、息を呑む音がした。

「――いつまでも、お待ちしております」

女の声でそう告げて、沈黙する。
ラジオの電源が落ちて、ざわりと風が吹き込んだ。
視線を向ければ、窓が開いていた。
その窓の端で黄色が揺れている。
吹き込んだ風が、花弁を運ぶ。黄色い花弁。窓から視線を逸らせない自分の上に降り注ぐ。

窓の外で、いくつものひまわりの花がこちらを見て咲いていた。



同じ朝。同じ台詞。同じ番組。
繰り返す同じ日から、逃げ出すように外へ出た。
家の外はひまわりに囲まれている。
田んぼや畑。隣家さえ、ひまわり畑に変わっていた。
ざわざわとひまわりが揺れる。見下ろす目線で、こちらを向いて咲いている。
僅かな隙間を見つけ、駆け出した。
どこまで行っても変わらない。視界を埋める黄色が、離れない。
息が切れ、足が縺れる。ふらつく自分をひまわりが見下ろしている。そう思うと、立ち止まることができず、苦しさを誤魔化し必死に走る。

不意に、開けた場所に出た。
思わず立ち止まる。吹き出す汗と涙で滲む視界を拭い、前を見る。

中心に、いつか見た女が立っていた。
夏着物。薄い色。帯は落ち着いた紺。
顔を上げ、女は真っ直ぐにこちらを見つめている。
その綺麗な唇から、静かに言葉が紡がれた。

「いつまでも、おかえりをお待ちしております」

ラジオを同じ声。美しい、愛おしい声音。

違う、と咄嗟に否定する。
彼女が待っているのは自分ではない。
違うのだと否定しても、じわりと広がる何かが、胸の奥で肯く。
ようやく帰って来れた。長いこと一人にさせてしまったのだと、自分の中の何かが悔やむ。
自分の意思に反して、ふらつく足が前に出た。土を踏み締め、一歩ずつ近づいていく。
ひまわりがこちらを見ている。自分と彼女の再会を見届けている。

「おかえりなさいませ」

彼女が微笑む。
その瞬間に、彼女を否定する思いが砕けて消えた。

「あぁ、ずっとここで待っていてくれたのか」

言葉が溢れ落ちる。
彼女の華奢な肩を引き寄せ、強く抱きしめた。
懐かしい香り。陽と水と、土の匂いを吸い込む。

足下で、根が絡む音がした。





「いらっしゃい」

温かな声に出迎えられ、荷物を抱えた若者が家の中へと入っていく。

「久しぶり。大きくなったなぁ」

笑顔で告げられた言葉に、恥ずかしげに笑う。靴を脱ぎ会釈をして、促されるままに奥へと向かう。
その背を追い、庭のひまわりが一斉に顔を向けた。

蝉時雨が響く。
テレビは同じ番組を流し、人々は何も気づかず同じ台詞を繰り返す。
ラジオから古い歌が流れてくる。ノイズ混じりに、かつての日々を何度も歌い上げる。

枯れないひまわりが、ただ一人を向いて咲く。
夏は終わらない。

何度でも、繰り返す。



20250817 『終わらない夏』

8/18/2025, 9:47:26 AM

蝉時雨が離れない。

どれだけ歩き続けただろうか。
焼けたアスファルト。舗装されていない細道。田んぼの畦道。
雑木林を抜け、遮るもののない田畑を過ぎても蝉の声が付き纏う。
見上げる空は、陰ることのなく高く昇ったままの陽が煌めいている。遠く見えた入道雲は凍ったように動こうとはしない。

あれからどれだけ時間が経ったのだろう。
墓参りの帰り。
いつもより、蝉の声が大きく聞こえた。耳を塞いでも聞こえてくる。
鼓膜を震わせ、脳を揺すり、次第に鳴き声が泣き声に変わるように感じられ。
気づけば無心で駆け出していた。

蝉時雨はどこまでもついてくる。
家路へとついていたはずが、知らない道を歩いていた。
誰もいない田舎道。強い陽射しは、けれども暑さを感じない。
遠く朧気に逃げ水が見え、その揺らぎに一瞬、誰かの姿を見た気がした。
蝉の鳴き声が響く。
立ち止まりかけた足に力を込め、歩き続ける。
立ち止まる訳にはいかない。立ち止まってしまえば、また蝉が空から落ちてくるのだから。
その時の光景を思い出し、肩がふるりと震えた。

ぼとり、と落ちた蝉。仰向けで、時折力なく足を動かして、踠いていた。
ぼとり、ぼたりと蝉が落ち、地面を黒く埋めていく。
そして、一斉に泣き出すのだ。
辺りに響く蝉時雨と、落ちた蝉の鳴き声。
反響し、広がって。それは人の呻き声に成り代わっていく。耐えきれず、必死で逃げ出した。落ちた蝉を踏み潰すことすら厭わぬほどに、怖ろしくてたまらなかった。

どこへ行けばいいのかも分からず、ただ歩き続ける。
土の道を辿り、陰らぬ陽と蝉時雨を連れて進んでいく。
進む先に、何かの煌めきが見えた。
逃げ水とは違う。近づく度に煌めきは輪郭を持ち、それは我が家へと形作っていく。
懐かしさすら感じられる我が家。あと少しだと、疲れた体をむち打って、重い足を引きずり歩く。

ぼとり。
行く道の前に蝉が落ちる。
ぼとり、ぼたり。
蝉が空から落ちてくる。頭に、肩に降り積もり、払われて地を埋めていく。
耳元で蝉が鳴く。誰かの呻きが脳を揺らす。
耳を塞いでも消えない。声が、呻きが聞こえてくる。

――おい。
――おぉい。

声が呼ぶ。
降り積もる蝉の重さに思わず膝をついた。
固いはずの地面は柔らかく、ずぶりと体を沈めていく。
逃げだそうと土を掻いても、端から崩れ落ちていく。疲れた体では、沈む体を引き上げることなどできなかった。
沈んでいく。地の中に。だが暗いはずの地の底は明るく、焼けた朱が広がっていた。
目を見開いた。沈み続ける体を動かして、空を見上げる。
陰らぬ陽。青い空と白い雲。

誰かの目。

ひっと掠れた悲鳴が漏れる。
巨大な目がひとつ、空に浮かんでいた。
見下ろす目が瞬く度に、目尻から黒が落ちてくる。
まるで涙のように、目から零れ落ちた蝉が降る。

――あぁ。

誰かの嘆きが聞こえる。口のない目の代わりに、蝉が一斉に鳴き出す。
目を逸らすこともできず、体は沈む。
蝉時雨を、誰かの声を聞きながら、朱い地の底へと落ちていく。

――違う。

誰かが囁いた。
地の底ではないと。空へ落ちていくのだと、蝉が鳴く。

――あぁ、そうか。

泣きながら、土を掻く指を離した。
目を閉じる。何もかもを諦めて、体を沈めていく。
朱い色。どこか遠くの空へ、落ちていくのだろう。

――かえりたい。
――かえりたい。かえらせて。

誰かが泣く。
それともそれは、蜩の声だろうか。
ふと、帰れなかった家を思う。
誰もいない家。とても大切な、自分の居場所。

帰りたいと、呟いた。
けれども、それは。

蝉の声となって、夕暮れの空に空しく響いた。





夕暮れの帰り道を、子供たちが笑いながら駆けていく。
不意に一人が立ち止まる。皆立ち止まり、道の先に落ちているそれに視線を落とした。
腹を見せ、力なく地面に転がる一匹の蝉。
子供たちが見つめる中で、じりじりと鳴き出した。

「うわっ。死んでんのかと思ったら、鳴き出したぞ」
「セミ爆弾ってやつだろ。聞いたことあるぜ」
「じゃあこいつ、そろそろ死ぬんだ。あっけないな」

遠巻きに蝉を眺め、子供たちは笑う。
陽が陰り、空が朱から紺に色を変え始める。空を見上げる子供たちの記憶には、目の前の蝉など欠片も残らない。

「早く帰ろうぜ」
「俺んち、ばあちゃんが送り火を焚いてくれてるからさ。その火で花火をしないか?」
「いいな、それ!じゃあ、帰ったらお前ん家に集合な}
「よっしゃあ!俺、この前使った花火の残り、全部持ってくから!すっげえでっかいの、まだ取ってあるんだ」
「俺も、俺も!やっぱとっておきは、送り火の時にやるのが一番だよな」

はしゃぐ声。じゃあな、と互いに声をかけて家へと帰っていく。

じりじりと、蝉が鳴く。かなかなと、蜩の声が響く。
日が暮れる。家々や街灯に明かりが灯り始める。
蜩の声は消え、虫が鳴き始める。
地に落ちた蝉は動かない。微かな鳴き声を上げ続け、やがてその声すら途絶えていく。

夜が訪れる。
あちらこちらで火が焚かれ、人々は楽しげに談笑する。
送り火。盆の終わり。
花火を手に、子供たちがはしゃぎ遊んでいる。
その火の意味を知らず、楽しげに笑い合う。

蝉は鳴かない。
その終わりを誰も気に留めない。

蝉のように誰にも気づかれず、夏が過ぎていく。
ゆっくりと、静かに、

夏が、終わっていく。



20250816 『遠くの空へ』

8/17/2025, 9:26:08 AM

仏壇に手を合わせ、燈里《あかり》は静かに目を閉じた。
蝋燭の炎が揺れ、線香の煙が燻る。
仏間には燈里以外誰もいない。故人との語らいの妨げにならぬよう、冬玄《かずとら》も楓《かえで》も少し前に席を外していた。
小さく息を吐き、燈里はゆっくりと目を開ける。位牌と、その脇に置かれた透き通る翅と白い石を見つめ、僅かに表情を曇らせた。

少年が眠りについた後、辺りは再び荒れ果てた墓地へと戻っていた。
少年の姿はどこにもない。ただ一枚の翅をその場に残して、少年は常世へと飛び立ったのだろう。
その翅と、寄り添うように置かれた白い三つの石を、燈里は持ち帰った。集落の麓にある供養塔に名が刻まれていない少年とその両親、そして少女を、見える形で供養したかった。

「――これでよかったのかな」

込み上げる不安が、言葉として溢れ落ちる。
縁もゆかりもない燈里の家で形だけの供養をすることが、果たして本当に彼らのためになるのか。偽善的な独りよがりではないのかと、墓地から戻り数日経った今、どうしても考えてしまう。
もっと別の、最良の方法があるのではないか。少年の両親は、元は麓に住んでいたという。調べれば少年の血縁が見つかるかもしれない。
そう思いながらも、燈里は動けないでいる。それすらも偽善的な行為のようで、侭ならない思いにそっと目を伏せた。


「また悩んでるのか」

戻ってきた冬玄が、項垂れる燈里を見て息を吐いた。
燈里の側に歩み寄り腰を下ろすと、力強く燈里の頭を撫でる。

「悩むくらいなら捨てちまえ。お前は巻き込まれた側なんだぞ。本来ならば、縁が切れた時点で手を引いても構わないはずだったんだ」
「それは……そうだけど……」

眉を下げ口籠もる燈里に、冬玄はそれ以上何も言えず、さらに強く頭を撫でる。
気分の良いものではないのだろう。穢れにより苦しんだというのに、その原因に寄り添い心を砕いている。
その優しさが、今は特に憎らしいとさえ感じられ、冬玄は密かに嘆息した。

「燈里は優しい良い子だからね。そんなに嫉妬するんじゃないよ」

遅れて戻ってきた楓が、燈里の頭を撫で続ける手を掴みながら呆れて言う。
乱れた燈里の髪を手櫛で整えながら、仏壇の翅と石を見て、気持ちは分かるけれどと心の内で付け加えた。

「大丈夫。あの墓地から出られた今、ここが嫌ならとっくにどこかへ姿を消しているはずだ。こうしてここに在るってことは、燈里の家が気に入ったんだよ」
「――そうかな。そうだといいけど」

力なく笑い、仏壇に視線を向ける。
蝋燭の炎で煌めく翅を見て、ふと漠然とした疑問が込み上げた。

「どうして、集落の人はあの墓地を怖れたんだろう。死穢を畏れるっていっても、それは余所から墓守を立てて、柵で隔てるほどなのかな」
「そうだねぇ……」

眉を寄せる燈里に、楓は記憶を辿る。
集落で見たものや、墓地で見たもの。供養塔に刻まれた年号。
墓地に漂うモノを思い出し、集落の欠落を指摘する。

「あの墓地は穢れの溜まり場だった。でもそれは多分、集落の人間が何もしなかった結果なんじゃないかな」
「どういうこと?」
「墓地はあっても、寺社はなかった。葬式をした気配もない。死んだら棺に入れて、墓穴に埋めるだけ……そういうことかな」
「あそこの人間には、弔いの感情が欠けていた。供養塔も、集落の人間が建てたというより、話を聞いた外の人間が寺社に通して建てたんだろうな」

死者を祀らない。
それはつまり、御霊を鎮めないということだ。
死者を忌み怖れ、ただ隔離する。
ならば、あの集落の最後は成るべくして成った結末なのだろう。

「それがすべての答えじゃない。所詮は答えのひとつだけどね。それより――」

燈里の髪を整え終えて、楓は立ち上がる。

「そんな湿っぽい話はそろそろ仕舞いにして、ご飯にしようか」
「――そうだね」

楓の後に続くように、燈里も立ち上がろうとして。
不意に、線香の煙が大きく揺らいだ。

「っ、燈里!?」

バランスを崩し傾ぐ燈里の体を、冬玄は咄嗟に受け止める。
だが受け止めきれず、そのまま燈里を抱き込む形で畳の上に倒れ込んだ。

「っ!!?」

蝋梅の香りが、鼻腔を擽る。
唇に、熱が触れた。
それが何かを理解するより先に、燈里は凍り付いたように動きを止めた。

「あ……燈里?」

気遣うような、それでいて上擦った声音で、冬玄は燈里を呼ぶ。
燈里は動かない。じわじわと頬を染め、耳まで赤くしたまま、目を見開いて固まっている。
そっと燈里の腰を抱き、冬玄は起き上がった。表情こそは変わらないが、その耳は燈里のそれと同じように赤い。
気まずい沈黙が流れる。
ぎこちない二人の一部始終を見届けた楓は仏壇を一瞥し、二人を見つめ呟いた。

「つまり……さっさと契ってしまえってことかな」

楓の言葉に重なるように、どこからかくすくすと笑い声がした。
ゆっくりと目を瞬き、燈里は仏壇に視線を向ける。
翅の隣に、白い石は二つ。

「まだ精霊馬もないし、迎え火を焚いていなかったのに……せっかちだねぇ」

燈里の足下に転がる白い石を拾い上げ、仏壇に戻しながら、楓は呆れて笑う。

「契る……私、が……?」
「ちょうど盂蘭盆だし、形だけでも行うかい?」

楓の提案に、燈里が声にならない悲鳴を上げた。咄嗟に縋った腕が冬玄のものだと気づき、耐えきれなくなった思いが滴となって溢れ落ちる。

「燈里、落ち着け……大丈夫だ。本当に契ったりはしないから」

宥めるように優しく背を撫で、冬玄は告げる。
その無慈悲な言葉に、燈里はさらに瞳を揺らし、泣きながら冬玄を睨みつけた。

「――っ、冬玄の馬鹿!最低っ!!」

叫んで、よろめきながらも立ち上がり、仏間を飛び出した。
呆然とその背を見送って、冬玄は眉を下げ楓に視線を向ける。

「これは……俺が悪い、のか?」
「君以外に誰がいるっていうんだい」

頭に手を当て、楓は深く溜息を吐く。
気まずげに視線を逸らし、燈里を追いかけ仏間を出る冬玄の背を見遣り、眉を顰めた。

「なんであんなに面倒くさいんだ。折角背中を押してもらったってのに、気の利いた台詞ひとつ言えやしない」

頭を振りながら、楓は縁側に続く障子戸に手をかけ開いた。
縁側の隅で肩を落としている燈里を招き入れ、閉める。

「よしよし。あれは馬鹿だからね。どうせ何も考えていないんだ。気にする必要はないよ」

燈里の背を撫で、座らせる。
おとなしく座る燈里の髪を、慰めるように風が優しく揺らした。

「落ち着いたら、一緒にご飯を食べようね。それからお風呂に入って、寝よう。今日はもう、あいつと口をきかなくていいから」

小さく頷く燈里の周りを風が舞う。
くるくると回る風に合わせて、線香の煙が揺れるのを見ながら、燈里はようやく微笑んだ。

「うん。そうする」

小さく告げて、揺れる煙を見て目を細める。

「ありがとう。急に背中を押されて驚いたけど、嬉しかった」

煙が揺れる。
円を描いて、縁側へと流れていく。

――またね。

声が聞こえた気がして、燈里は息を呑んだ。
ふわりと微笑み、立ち上がる。縁側に続く障子戸を開き、庭へ続く窓を開け放った。

「またね」

呟く燈里の横を、風が過ぎていく。
くすくすと笑う二人分の声を響かせ、夕暮れの向こう側へと消えていった。



20250814 『!マークでは足りない感情』

8/16/2025, 9:54:09 AM

「名前」

少年を見つめながら、燈里《あかり》は眉を寄せ呟いた。

「名というのは、繋ぎ止めるものだ。人間は生まれ、名を与えられることで現世に正しく認識される」
「どう在るかを示す、短くて一番強い呪い《まじない》だよ。冬玄《かずとら》か、トウゲン様かで在り方が変わる誰かさんがいい例だね」

意地悪く笑う楓《かえで》に、冬玄は顔を顰める。しかし言い返しはせず、代わりに燈里を抱く腕に力を込めた。
燈里は冬玄と楓を見、そして少年に視線を戻して目を細めた。

呪い。在り方。
少年にとっての最良を決めるには、燈里はあまりにも少年を知らなすぎた。
墓地という狭い世界で生きていた少年。燈里が知るのは、少女と遊んだささやかな幸せの記憶と、いくつもの冷たい死の記憶だけだ。

悩む燈里の横を、風が通り過ぎて行く。
髪を揺らし吹く風は、くるりと円を描き、少女の声音を紡ぎ始めた。

「空を飛べたら良いのにね」

届かぬ空に思いを馳せる少女の声に、少年は顔を上げる。
腕の中の髑髏を強く抱きしめ、泣き腫らした澱む目から黒く濁った滴が溢れ落ちていく。

「鳥のように大きくて立派でなくていいの。虫のように小さくて構わない……空を飛んで、ここを抜け出して。意地悪で我が儘な皆のいない所で、二人で幸せに暮らすの」

心から願っているのだろう。静かな声は祈りの言葉にも聞こえ、燈里はそっと目を伏せた。

「空を飛べたらいいのに」

ぽつりと残響を置き、風は吹き抜け去って行く。

「燈里」

冬玄に呼ばれ、燈里はゆっくりと顔を上げた。
覚悟を宿した眼差しで少年を真っ直ぐに見つめ、そして冬玄を見る。

「決めたんだな」

静かに頷く。少年の名を告げようとして、けれどそっと手に触れる温もりに、燈里は目を瞬き視線を移した。

「楓?」

目を閉じ、燈里の手を両手で包み込む楓に声をかける。
やがて目を開けた楓は燈里を見上げ、目を細めて笑ってみせた。

「――いい名前だね」

優しく告げ、楓は手を離す。

「大丈夫。必ず届けるから」

そう言って、楓は数歩下がり視線を落とす。
足下で揺らめく影が形を伴い盛り上がり、楓の前へ翁の面を差し出した。それを取り、楓は躊躇なく面を着ける。

「小春」

冬玄が呼ぶ。楓ではなく、少女の名を。
名を呼ばれ、面を着けた楓の姿が揺らいだ。面を除く全身が影に解け、姿を変えていく。
次に面を着けて立ったその姿は、楓ではなく少女のものだった。

「名付けた後のことは頼んだよ。トウゲン様……いや、シキの北」

少女の声音で戯けて告げられた名に、冬玄は顔を顰めた。

「分かってる。さっさと行け」

感情を押し殺した低い声。小さく笑って、楓は軽い足取りで少年へと近づいた。

「名前を呼びたかった。名前を呼んでほしかった」

歌うような囁きに、少年の目が楓に向けられる。
楓を少女と認識して、ひび割れた唇がこはる、と声なく形作った。

「名前を呼び合えば、もっと近くなれると思ったから。いつかここを抜け出して、一緒にいろんな景色を見て……笑って、泣いて、喧嘩もしたりして。それで最後には、名前を呼んで笑いたいって、ずっと願ってた」

少年の黒に染まった手が伸び、けれども途中で止まって力なく落ちた。

「だから……名前がないというのなら、私があげる」

強く風が吹き抜けた。
ぴしり、と少年の腕の中の髑髏が鳴る。
風の音と、髑髏の音。ふたつが混ざり、楓の言葉に重なって響き合う。
少女の――小春の声音で、少年の名を告げる。

「――蜻蛉《あきつ》」

風が揺らぎ、世界が色を変えた。
月のない夜の紺は、夕陽に焼けた朱へと染め上がる。
虫の声。遠くで烏が鳴いている。
辺りを自由に飛び交うのは、空よりも鮮やかな赤とんぼ。
そこは寂れた墓地ではなく、どこまでも広がる草原だった。

少女がなりたかったもの。少女が最後に見た夕暮れ。
そしておそらく、少年が少女と見たかった景色が、少年に与えられた名と共に広がっていく。

「蜻蛉……蜻蛉」

何度も名を繰り返す少年から、黒が解けて消えていく。
黒に染まっていた四肢も、目も涙も、在りし日の少年の姿へと戻っていく。
ぱりん、と儚い音を立てて髑髏が砕けた。風に乗って欠片が飛んでいく様を、少年は呆然とただ見つめていた。

「認識したな。これなら終わらせることができる……楓、燈里を頼む」

楓の側へと歩み寄った冬玄が、そっと燈里の背を押す。面を外して元の姿に戻った楓は頷き、燈里と手を繋いで後ろへ下がった。
それを見届け、冬玄は少年へと向き直る。影が揺らぎ、現れた楓のそれと似た翁の面を手に取る。
そして一呼吸の後、面を着けた。

「此度の儀はシキとしてではない。だが、終焉の役目は担おう」

少年の周囲を、影が覆う。
地には霜が降り始め、飛んでいた赤とんぼが夕陽の向こうへと去っていく。
音もなく雪が舞い降りた。降り積もる雪は、静かにすべてを眠らせていく。

「蜻蛉――彼の者に眠りを。いずれ来たる、目覚めの春に至るまでの安らぎを」

風が雪を舞い上げ、少年の周りで渦を巻く。少年の手の中へ、透き通る翅を落として消えていく。
緩やかに閉じかけた少年の目が、瞬いた。
眠る前のぼんやりとした目が冬玄に向けられ、そして燈里と楓を見つめて柔らかく笑む。

「ありがとう――おやすみなさい」

小さく呟き、少年はゆっくりと深呼吸をする。
それを最後に目を閉じて、覚めない眠りへと落ちていった。



「蜻蛉っ!」

名を呼ばれ、少年は目を開けた。
夕暮れの下、どこまでも広がる草原の中で一人きり。

「蜻蛉」

風が少年の周りで渦を巻きながら、少女の声音で名を呼んだ。

「――小春?」

落ち着きのない風にそっと囁けば、一際強い風が舞い上がった。
思わず目を閉じる。
くすくす笑う声に再び目を開ければ、少年の目の前には満面の笑みを浮かべた少女が立っていた。

「蜻蛉!」

名を呼びながら、少女は少年へと強く抱きついた。
嬉しくて堪らないのだと、そう思いを込めて少女は繰り返し少年の名を呼び続ける。戸惑うばかりの少年は頬を朱に染めつつ、それでもそっと少女の背に腕を回した。

「小春」

少女のように、名を呼んでみる。益々強く抱きつく少女に、同じ力で抱き返した。
抱き合う二人の周りを、赤とんぼが飛び交う。
それを認めて、少女はようやく抱きつく腕を離して、少年を見た。

「あきつ……素敵な名前。この夕暮れにぴったりね」
「そう、かな」

周りの景色を見ながら、少年は呟いた。
その頬は朱に染まったまま。落ち着きなく、視線を彷徨わせている。

「恥ずかしいの?こんなに綺麗な名前なのに」
「だって……なんだか、もったいない」
「何それ」

可笑しくて堪らないと、少女は声を上げて笑う。
笑いながら少年の名を呼び、くるりと軽やかに回ってみせた。

「ねぇ、ちゃんと見えてる?」

両腕を広げ、少女は空を仰いだ。
夕暮れ。草原。赤とんぼ。
そこにあの墓地はない。逃げ出したくて堪らなかった、あの集落はどこにもないのだ。

「うん、見えてる……君と同じ景色が、ちゃんと見えてるよ」

少年も空を見つめ、微笑んだ。

「よかった……じゃあ、行こうか」

穏やかに呟いて、少女は少年を見つめ、手を差し出す。
少年も少女を見つめ、その手を取って頷いた。
どこへ、とは聞かない。
互いに何も言わず、寄り添いながら歩いて行く。

進む先に人影が見えた。
少年と少女のように寄り添う二つの影を認めて、少年は息を呑む。

「行こう!」

少女は手を引いて、走り出した。
同じように走る少年の視界が、じわりと滲んでいく。

「ねぇ、泣かないで」

少女が囁く。
前を向きながら、願いを口にする。

「あなたが見た景色を見ていたいの。だから、今だけは泣かないでいて」

かつては叶わなかったこと。
墓地と集落と。柵が隔てて、限られた景色しか共有できなかった悲しみを思い出し、少年は滲む目を擦る。

「泣かないよ。僕も、君が見た景色を見ていたい。今だけは同じものを見て、同じものを共有していたいから」

繋ぐ手に力を込めて、少年は笑う。
少女と同じく前を向いて、二人を待つ両親の元へと駆けていく。


夕陽が沈む。
朱から紺へと、空が染まっていく。
影が伸び、寄り添う二人をひとつに重ねて。

はしゃぐ子供の声を置き去りに、永い夜が訪れる。



20250814 『君が見た景色』

8/15/2025, 5:27:21 AM

一歩。燈里《あかり》は、前に出た。
男女の骸もまた、前に出る。少年の元へと近づかせぬように、警戒を露わに立ち塞がる。
それが悲しくて、燈里は口を開いた。だが形にならない思いは何一つ言葉として紡がれない。
ややあって声に出たのは、幼い子供のたった一つの不満だった。

「名前を教えてくれなかったの」

微かな言葉に、男女の骸が反応を見せる。
僅かに後退り、二体の間に隙間ができる。そこから垣間見える少年の目には警戒も拒絶も見えず、ただ呆然と燈里を見つめていた。

「名前を呼んでもくれなかった。寂しかったけど、会いに行くたびに仲良くなれたから我慢してた……いつか名前を呼んでくれる。教えてくれると思ってたから」

少年の肩が、小さく震えた。
震える唇を開き、けれど何も言わずに閉じて。
一瞬だけ、泣くように顔を歪めた。

言葉にならない少年の思いの代わりに、骸が静かに身を退けた。
燈里と少年との間に遮るものはない。
ひとつ息を吐いて、燈里は傍らの冬玄《かずとら》を見上げた。冬玄は言葉の代わりに微笑んで、繋いだ手にそっと力を込める。

「燈里」

楓《かえで》に呼ばれ、視線を向ける。

「返してあげるといいよ。その記憶は、燈里が持っていても意味がないものなのだから」

優しい笑みに、燈里は何も言わずに頷いた。
ゆっくりと足を踏み出す。隣を歩く冬玄の存在を感じながら、少年との距離を縮めていく。
そして穴の手前で立ち止まり、燈里は動かない少年を見つめた。

「行かないと。またね、って約束したんだから、絶対に待ってるはずなの。だから、早く元気になって……あの子の所に行かないと」

燈里の唇から溢れ落ちるいくつもの言葉。少年を思う最後の記憶に、少年は嘆くように小さく吐息を溢した。
燈里と少年を隔てる穴が、音もなく凍っていく。横目で冬玄に視線を向ければ、そっと手を離され背を軽く押された。
一歩、氷の上へと足を踏み出す。厚い氷は僅かにもひび割れず、燈里は少年へと向き直りもう一歩踏み出した。
そして、手を差し出す。

「――っ」

差し出された手に、少年が迷うように瞳を揺らす。
手を伸ばしかけて戸惑い、しかし意を決して燈里の手を取った。

刹那。
声が聞こえた。
怖ず怖ずと、それでも好奇心を隠しきれない少女の声音。

「私、小春《こはる》って言うの。あなたの名前は?」

目を瞬くと、少年の背後で二つの人影が揺れていた。
何も言わずに首を振る影に、もう一人の影は首を傾げ、手を取って軽く引く。

「遊ぼうよ。こんな所に一人でいるより、ずっと楽しいよ!」

手を引く影が薄れていき、次第に少女の姿を取る。
満面の笑みを湛えて、少女は影を誘う。

「行こう!近くに川が流れてるから、そこで水遊びをしようよ。お腹が空いたら木の実を採って、夕暮れまでは一緒に遊ぼう」

ね、と声をかけられて、影は手を引かれるままに歩き出す。
「早く、早く!」

少女に急かされて、影の歩みが速くなる。早足になり、駆け出して、少女と共に墓地の奥へと去って行く。
木々の向こうへ二人が去っていく一瞬。影が少年へと変わり、靄が晴れるように消えていった。

「――ごめんね」

微かな呟きに、はっとして燈里は少年に視線を向けた。
手を離した少年が腕に抱いた少女の頬を撫で、ごめんと繰り返す。

「教えなかったわけじゃないんだよ。君の名前だって、本当は呼びたかった」

俯く少年の表情は見えない。
ただ腕に抱いた少女の頬を、ぽたりと振る滴が濡らしていく。

「ごめん。ちゃんと言えば良かった」

声が震える。
少女の亡骸に向けて、少年は届かない後悔を吐き出した。

「僕には……名前がないんだ」

告げた瞬間に、男女の骸が土になり崩れ落ちた。
少年の腕に抱かれた少女は、髑髏だけを残して砂になり、その変化に燈里は思わず後退る。

「燈里」

冬玄に抱き寄せられ、そのまま少年から距離を取る。

「燈里、どうする?」

問われて、燈里は冬玄へと視線を向けた。
僅かに眉を下げ、真っ直ぐに燈里を見つめて冬玄は囁く。

「このまま帰っても、縁が切れてるから燈里に穢れの影響が現れることは二度とない」

燈里は反射的に首を振った。
視界の端では、墓地が静かに荒れ果てていく。周囲の木々は枯れて、僅かに残っていた供養塔婆さえ、すべて朽ちて黒い乾いた土だけが残る。

「いやだ」

言葉にならない思いが、燈里を苦しめる。
これ以上は関われない。何もできることがないと、燈里の思考は告げる。
同時に、後悔はしないのか、何かできることはないのかと心が問いかけ、帰りたくないと訴える。
それは少年に対する哀れみなのか。それとも少女の記憶の欠片の名残なのか。
自分でも分からない思いに翻弄され、帰りたくはないと燈里は首を振り続けた。

「いやだ、いや」

幼子のように嫌だと繰り返す燈里を、冬玄は窘めるでも宥めるでもなく、優しく見つめ頭を撫でた。
見上げる燈里の濡れた目と視線を合わせ、穏やかに告げる。
「だろうな……なら、選択肢はひとつだ」

ひとつ。
酷く幼い声が、冬玄の言葉を繰り返す。

「燈里、あれに名前を与えろ……そうしたら、後は俺が眠らせてやるから」

冬玄の言葉に、燈里は少年へと視線を向けた。
小さな髑髏を抱き、静かに泣き続けている少年の姿をしばらく見つめ。

「――やる」

燈里は冬玄へと向き直り、はっきりと頷いて見せた。



202508123 『言葉にならないもの』

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