sairo

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7/4/2024, 10:57:58 PM

※ホラー


夏が来れば、お父様が帰ってくる。

約束をした。良い子でいると。素敵なレディになるために、日々努力をすると。
お父様は優しく微笑まれて、次に逢う時を楽しみにしていると、そうお話されたのだから。
だから誰よりも美しくなければ。勉学に励み。交友を深め。礼節を学び。
お父様の自慢の娘であるために。

窓の外を見る。あの道の先で、お父様は大切なお仕事をされている。
夏になれば、あの道を通ってお父様が帰って来て下さる。

それが救いだった。それこそが私の生きる導だった。

けれど、いくら待てども夏が来ない。
柔らかな日差し。一人きりの教室。
同じ時間を繰り返す。

私がまだ弱いから。

机の下。影のようにこびりつく黒に手を伸ばす。
ぐちゃり、と泥を掴むような気持ちの悪い感触。眉を顰めながらも、掴んだものを口にする。
無味。何も感じない。
それでも僅かに、出来る事が増えた。そう感じた。
椅子から立ち上がる。立ち上がれた。歩く事はまだ出来ない。

隣の机の上。黒に手を伸ばし、口にする。
少しだけ、歩けるようになった。
机の上。教卓の下。教室の隅。掃除用具の中。
教室にあるすべての黒を口にする。出来る事が増えていく。

けれど、足りない。
教室から出るにはまだ足りない。
足りない。出られない。足りない。欲しい。

もっと確かなものが、ホシイ。



繰り返しの中。現れたのは、楽しげな様子で校舎を踏み荒らす男女。
肝試しに来たのだと言う。見慣れない機械を、明かりを持ち、歩き回る。笑い、怖がり、ふざけて、教室に入り込む。

礼儀を知らない者に、返す礼はない。
二人に近づき、手を伸ばす。
痙攣し崩れる男。恐怖で泣き叫び、それでも動けない女。
恐怖、悲鳴、絶望。それらすべてが心地良かった。

女の魂も食らった後、残った体を見下ろす。
少し悩んでから、以前に食べた黒を吐き出し、空になった体に押し込んだ。
指が動き、腕が上がり、目を開け、立ち上がる。
机を指差すと、ゆっくりと歩き出し椅子に腰掛けた。

よかった。これで授業が進む。


それから時折現れる『肝試し』に来た人達を喰らい、その体を使って『生徒』を増やした。
教室からも出られ、昇降口まで自由に動けるようになった。

それでも、夏は来ない。
変わらない日差し。変わらない教室。
同じ台詞を繰り返す、人。


ナツがクレバ。あのミチ、ノ、サキ、カ、ラ。


繰り返す。日常を。
『肝試し』に来るニンゲンが少なくなっても。待ち続ける。





「… ?」

サイゴに、聞こえたコトバ。

オモウサマ、おもうさま……御父様。

お父様。


思い出す。
夏を待つのは。道の先から来るのは。


けれど、いくら思っても。
スベテはもう、灰の中。



20240704 『この道の先に』

7/3/2024, 10:04:22 PM

柔らかな朝の光に目を覚ます。
また今日が始まった。


同じ空。同じ場所。同じ人。
いつもと同じように動き、話す。

「おはよう」

にこりと笑みを浮かべる彼女は、今日も同じようにきらきらしている。
教室の隅。手元の本に視線を落としながら、意識は彼女達へと向けて。

同じやり取り。同じ笑顔。
変わらない日常。

他愛のない話に花を咲かせ。きゃらきゃらとした笑い声があがる。

一つ、欠伸を噛み殺し。
白紙の頁を一枚めくった。



柔らかな朝の日差しに目が醒める。
今日をまた繰り返す。

同じ空。同じ場所。同じ人。
何一つ変わらず、同じ時間を繰り返し。
けれど、

「あ。叔父様」

教室にいつもの人はなく。きらきらとした彼女だったものは、黒い男の足元に転がり溶けていく。

「その呼び方は止めろと言ったはずだ」

首を傾げ。暫し考える。
呪の元。同じ力。

「…御父様?」

眉間の皺が濃くなった。どうやらこれも違うらしい。
まあいいか、と視線を外し。崩れていく教室を見遣る。
どんなに手間をかけたとて、終わるのは一瞬だ。

「行くぞ」

視線を戻せば、すでに彼は背を向け歩き出して。
一度ゆるりと頭を振って、その背を追いかけ駆け出した。
教室を出て、階段を降り、昇降口を抜けて。

ぐにゃり、と視線が歪み、世界が反転する。



蝉時雨。刺すような強い日差し。
太陽はどこまでも遠く。留まらず、繰り返す事なく時が流れていく。

追いついて、空いていた右手を握る。振り解かれない事に、小さく笑みが浮かぶ。

「次からは溜め込まず、すぐに持ち帰る事だな」

呟かれた言葉に、頷きを一つ。
肚に溜め込んだ魂魄が音を立てた、気がした。


手を繋ぎ、歩き出す。
彼の左手を横目で見る。澱んで腐った、彼女の成れの果て。迷い子を吸収して大きくなって、呑み込めなかった魂魄。

空を見上げる。澄んだ青と刺すような日差し。
彼女が辿り着きたかったもの。焦がれて恋がれて、創り上げようとしていたもの。


夏が、来ていた。



20240703 『日差し』

7/2/2024, 4:52:24 PM

両の手で、窓を作って覗き込み。


「何をなさっているのです?」
「やっべぇ色になってんなぁ。まんま化生じゃねぇか」

『窓』越しにこちらを見、呵呵と笑う酔漢に、貼り付けた笑みが引くついた。
社務所内の一室。畳に転がる一升瓶と充満する酒気に苛立ちが募る。

「ご用件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

用がなければ疾く帰れ。用があったとしても帰ってもらいたいものだが。
胸中の悪態を出さぬよう必死で笑みを貼り付けるが、それすらも見通すかのように。琥珀の瞳がにたり、と弧を描く。

「神様《兄貴》に会いに来たんだが、出てきてくれなくてなぁ。しばらく待たせてもらってんぜ?」

言外に気にするなと言う事なのだろうが、それならば浴びる程に酒を飲まないでもらいたい。それといい加減にその『窓』を解け。失礼だろうが。
鬱々とした気持ちが伝わったか、それとも興が醒めたのか。酔漢は『窓』を解くと、傍らに置いた瓶を手に取り残っていた中身を一気に煽った。
まだ飲むのか。いい加減にしてもらいたい。

「丸くなったなぁ。前は最初の段階で飛び掛かって来たってのによぉ」
「何十年前の話をしているんです?到頭耄碌なさって下さいましたか。そのままおくたばりあそばせて下さいな」
「ひっでぇなぁ。兄貴もよくこんな口の悪い駄狐を宮司にしてるもんだ」

口が悪いのはお互い様である。

ふと気になって『窓』を作り、覗き込む。
やはり変わらない酔漢の姿。

「化生のものか魔性のものか正体をあらわせ」

呪を唱えても、変化はなく。
狩衣姿の一升瓶を抱えた大男が、そこにいた。

「何やってんだ?馬鹿か?呆けたか?」
「ほぼ人間なのに、百年以上変わらないのは何でです?それこそ化生の類いじゃあないですか」

納得がいかない。
ここの祭神ですら、生前それなりに歳を取っていたというのに。この酔漢は何なのだろう。

「あ?そりゃあ人間の血が濃いとは言え、お袋《妖》の血のせいじゃねぇの?それか一番上《兄貴》が何かしてるかか」

残った酒を煽り適当を言われる。だいぶ酒が回ったらしい。空の瓶を転がし、横になった。

「寝る」

やめろ。部屋に転がった酒瓶を全て片付けてから寝てくれ。酒臭くてたまらない。

いびきをかいて眠る酔漢に、耐えきれず溜息が漏れる。
いっそ寝首でも掻いてやろうか。


出来はしない事を思いつつ。仕方なしに酒瓶を片付け始めた。



20240702 『窓越しに見えるのは』

7/1/2024, 4:12:51 PM

猫は困っていた。

先ず、普段のように俊敏に動く事が出来なくなった。
動けないというのはとても困る。狩も出来ないし、有事の際に子らを守る事も出来やしない。
次いで、食の好みが変わった。
以前は獣を見ても人間を見ても、腹がなっていたというのに。今は何も感じず、子らと同じ穀物を食すようになった。
とは言え猫は妖であるからして、食べずとも在ることは出来るのだが。
最後に、永く子らと離れていると落ち着かなくなった。
オヤとしての意識があるからか。子らの傍に常にあり、望みに応えたくなってしまう。

自由を愛する猫は、行動が制限される事をとても嫌う。
好きな事をして、好きな物を食べ、好きな所へ行く。これが猫が猫として在るべき姿だ。
それなのに、である。

猫は、本当に困っていた。



「すごいですね。ぐるぐるまきです」
「蜘蛛だからかな?すっごい色だねぇ」

きゃらきゃらと笑う鋏と夢は、どうやら猫には見えないものが見えているらしい。

蜘蛛の糸。そう二人は呼んだ。
猫にはやはり見えなかった。

「きってもきっても、おわらない。ぐるぐるぐるぐる、いとをまく」

ぱちん、と鋏が虚空を切る。

「ほら、青色だよ。これは寂しいの感情だね」

切られた何かを夢が掴むと、可視化されたそれは確かに糸、だった。

青、赤、黒、赤、赤、赤。

「随分と赤が多い」
「この赤色は執着だよ。ほら、どろどろしてるでしょ?」
「いったい、どれだけあまやかせば、こんなどろどろができるんですか?」

糸、を切る手は止めず、不思議そうに首を傾げる鋏に、猫もつられて首を傾げた。
特に何かをしたという記憶は、ない。

「猫は普通にオヤをしてた。狩を教えて、添い寝もしたぞ。うなされていたからな」
「大事にしてるねぇ。人であっても妖であっても土蜘蛛はしつこいのに。なんで面倒見てるの?」
「ついてきたから。子はオヤの後をついてくるものだろう?」

猫は仔を産んだ事はないが、それくらいは知っている。
妖に成ったばかりの蜘蛛が、猫の後をついてきたのだ。つまりは猫がオヤという事なのだろう。

「それは、とりのはなしです」
「刷り込み、だねぇ。動物に起こる現象だけど、妖にはまずないものだねぇ」

猫は難しい事は分からない。

「はい。これでさいごですよ」
「うわっ。すっごい、真っ赤っか」

ぱちん、と虚空が切られ。
可視化されたそれは、暗く染まった赤。
朱殷《しゅあん》の太い糸。

「完全に飼い慣らそうとしてたね」
「ねこなんて、かってもめんどうなのに。ものずきですね」

伸びをする。
身体が軽い。いつもの猫になった。

「礼を言う。猫はやはり自由でないと」
「くもはどうするのですか?いっしょにいれば、おなじになりますよ?」
「え?子らとはもう一緒にはいないぞ?」

首を傾げる。
何を不思議そうにしているのだろうか。当たり前の事であるのに。

「子らを育てて、半年過ぎた。もう独り立ちの時期だからな」

半年経てば、子らは立派な大人だ。独り立ちを促すのはオヤとして当然である。

「そこは、ねこなのですね」
「無理だと思うな。最後の糸は、もう呪いだよ?」

もう一度、伸びをする。
さて、これから何処へ行こうか。遠出をするのもいいかもしれない。それならいっそ海に行こう。

「ねこ。かわれるでしょうね」
「だろうね。猫は単純だから飼い慣らすの、結構簡単だろうね」

鋏と夢が何か話している気もするが。猫に声をかけないのならば、特に問題ないだろう。
それよりも今は、海に行きたい。

ゆるりと尾を振って、走り出す。
今日は一日いい日になりそうだ。



20240701 『赤い糸』

6/30/2024, 3:44:30 PM

「おや?ずいぶんと懐かしい。よくあの子らが許したものだね」

奥宮へと続く石段に腰掛け、空を見上げている珍しい子に声をかける。
本当に珍しい。雨に隠されたはずの子が、一人きりで現世に戻っているとは。

「誰?」
「酷いな。藤《私》を忘れてしまうなんて」

確かに最後に会ってから、数多年月が過ぎているが。しかしかつては愛でてくれていたのだから、覚えていないはずはない、と。半ば期待するようにそう告げれば、雨の愛し子は藤《私》を暫く見、納得したように頷き守り藤か、と呟いた。

「雨の愛し子」
「その呼び方は好きじゃない」
「そうか。では娘。こんな所でどうした?迷子か、それとも家出か?」

藤《私》を覚えている事に気分を良くし、問いかける。どちらであっても、少しばかりは力になるつもりだった。

「分かんない。少し考えたくて、気づいたらここにいたんだけど…どうしたらいいか、分からなくなった」

呟いて、膝を抱えて蹲る。
思っていたよりも深刻なその様に、どうするべきかと暫し悩む。
面倒な事は嫌いではあるが、致し方ない。
見上げた空に、遠く成長する白い雲を認め。迎えが来るまでと、雨の愛し子の隣に腰を下ろした。

「何かあった?話したくないなら、無理にとは言わないよ」
「上手く言えないんだけど」
「それでも構わないさ」

苦笑する雨の愛し子に笑みを返し、その頭を撫でれば、顔を上げ僅かに目を見張り泣くような笑みを浮かべる。
意外な反応に思わず手が止まるが、途端に寂しげな顔をされ、それならばと気にする事なく頭を撫で続けた。

「今まで知らなかった、知ろうとさえしなかった事がたくさんあって。どうするのが良かったのか分からなくなって…私のせいで死んでしまった人がいて。私がいたから悲しむ人がいて。それが選択肢を間違えたからだって思っていたのに、本当は生まれた時からどうしようもなかったんだって…色々考えて、何で私なんだろうとか。私が生まれなければって、思って」

知ってしまったのか。
最初から決まっていた結果とその過程で失われたもの。元は人であったこの娘には、それらは重すぎるのだろう。
抱えた膝に顔を埋め、声を殺して泣く姿に憐憫の情が湧く。

「雨の龍が憎い?」

問いかける言葉に返答はない。
だが微かに振られた頭を見て、それ以上は何も言えなくなる。

見上げた空に広がる雷雲は、まだ遠い。
それでも然程時間をかけず、この地に激しい雨と雷を呼ぶのだろう。
雷を纏うとは、よほど怒りが強いのか。その怒りは娘が逃げ出した故の事なのか。逃げ出したその意味を考えてはいないのか。

少しだけ、怒りが湧いた。

「もうすぐ迎えが来るようだね。でもその前に、雨の龍に仕置きをしようと思う」
「…え?」

驚いたように顔を上げた娘の涙を拭い、そのまま抱き上げる。
刹那、雨が降り出し。
雷を伴い激しく降る雨の向こう。人の形を取る雌雄の龍を見て。

「さて、仕置きの時間だよ。童ども」

龍が口を開く前に、大蛇の尾が二匹を打ち据えた。



20240630 『入道雲』

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