sairo

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両の手で、窓を作って覗き込み。


「何をなさっているのです?」
「やっべぇ色になってんなぁ。まんま化生じゃねぇか」

『窓』越しにこちらを見、呵呵と笑う酔漢に、貼り付けた笑みが引くついた。
社務所内の一室。畳に転がる一升瓶と充満する酒気に苛立ちが募る。

「ご用件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

用がなければ疾く帰れ。用があったとしても帰ってもらいたいものだが。
胸中の悪態を出さぬよう必死で笑みを貼り付けるが、それすらも見通すかのように。琥珀の瞳がにたり、と弧を描く。

「神様《兄貴》に会いに来たんだが、出てきてくれなくてなぁ。しばらく待たせてもらってんぜ?」

言外に気にするなと言う事なのだろうが、それならば浴びる程に酒を飲まないでもらいたい。それといい加減にその『窓』を解け。失礼だろうが。
鬱々とした気持ちが伝わったか、それとも興が醒めたのか。酔漢は『窓』を解くと、傍らに置いた瓶を手に取り残っていた中身を一気に煽った。
まだ飲むのか。いい加減にしてもらいたい。

「丸くなったなぁ。前は最初の段階で飛び掛かって来たってのによぉ」
「何十年前の話をしているんです?到頭耄碌なさって下さいましたか。そのままおくたばりあそばせて下さいな」
「ひっでぇなぁ。兄貴もよくこんな口の悪い駄狐を宮司にしてるもんだ」

口が悪いのはお互い様である。

ふと気になって『窓』を作り、覗き込む。
やはり変わらない酔漢の姿。

「化生のものか魔性のものか正体をあらわせ」

呪を唱えても、変化はなく。
狩衣姿の一升瓶を抱えた大男が、そこにいた。

「何やってんだ?馬鹿か?呆けたか?」
「ほぼ人間なのに、百年以上変わらないのは何でです?それこそ化生の類いじゃあないですか」

納得がいかない。
ここの祭神ですら、生前それなりに歳を取っていたというのに。この酔漢は何なのだろう。

「あ?そりゃあ人間の血が濃いとは言え、お袋《妖》の血のせいじゃねぇの?それか一番上《兄貴》が何かしてるかか」

残った酒を煽り適当を言われる。だいぶ酒が回ったらしい。空の瓶を転がし、横になった。

「寝る」

やめろ。部屋に転がった酒瓶を全て片付けてから寝てくれ。酒臭くてたまらない。

いびきをかいて眠る酔漢に、耐えきれず溜息が漏れる。
いっそ寝首でも掻いてやろうか。


出来はしない事を思いつつ。仕方なしに酒瓶を片付け始めた。



20240702 『窓越しに見えるのは』

7/2/2024, 4:52:24 PM