やなまか

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10/31/2023, 2:06:50 PM

黒髪をたぐり、現れた素肌にキスをする。
くすぐったいようで小鳥のような声が上がった。

彼女が珍しくわがままを言い、暖炉の前で抱き合っている。夜明けまでいろいろな話をした。
特に何もしない。
兄弟の話、親の話、友人の話。
他愛のない話の中で彼女がふいに「ほんとに?」と言えば「本当だ」と。昼間より低い声が出て地に落ちていく。滑らかな肌の曲線を確かめて存在を確認する。
可愛い。
「もう一眠りしろよ」
仕事までまだ時間はある。
うん、と鼻に掛かった声。
本当に可愛いな。
信頼してくれたのか、ゆるりと穏やかな寝息に変化していく。少し寂しい。起してしまいたいけど我慢だ。

10/30/2023, 11:17:28 AM

あぐらを掻いた夫が自分の手のひらをじっと見ていた。

ある晴れた午後。子供達も全員公園に遊びに行ってしまった。私はお昼ごはんの片付けの手を止めて夫の側にそっと近寄っていく。

「あんなに小さかったのになぁ…」
優しい慈愛に満ちた独り言に口を挟めない。
「産まれたばっかは、手もこーんな小さくて…泣いてばっかで…色々あったはずなのに」
子供達の赤ちゃんの頃を思い出しているのか、どんぐりのようなサイズを表現してみせる。
「朝まで寝なくて、親子で泣いちゃったりしましたね」
「しょっちゅうだったな。夜中に散歩したりな」
そうでしたね。

いつの間にか大きくなって、手も掛からなくなってきた。
昔に戻って、小さな子供達に会いたくなる。懐かしく思えるほど時が経ったのか、寂しく思えるほど余裕ができたのか…。
遠くから子供達の笑い声が聞こえてきたような気がした。

10/30/2023, 3:02:05 AM


魔王が殺されたのならば。

それ以上に恐ろしい生き物がいるということ。

擁護する国、保護を保証する国、何かあったときの責任を問う国。
(何かあったときって…一体なんだよ、オレ達は珍獣扱いかよ…!!)
各国が、魔王を倒した英雄達の奪い合いと安全性の保証を求め始めた。

確固たる後ろ楯を持つ者は良かった。
だがいつまでも保護しきれることもなくて、かつての仲間達は散り散りになっていった。

占い師の少女は、街の細い路地にまで追い詰められてしまった。先読みの術で自分の運命を読むことは禁じられている。それが今の状況を作っているのに、人間どもはそんな事も分からないのか…。

「私は恥ずべきことは何もしていません」
娘は、逃げることは自分の非を認めることだと言い張るのだ。
追尾型の魔法の網が飛んでくる。
「きゃ!」
身を固くする娘を、オレは固い金属の身体でかばった。ばちっ!と魔力が飛び散る。
「もうこの国を出よう」
「私は! 悪いことはなにもしていません!」
「お前さんの言い分は分かるよ…でもな。 一般の人間にとっちゃ、オレと同じくお前さんは得体の知れない生物でしかないんだ」
オレの発言に少女の顔が蒼白になっていく。ここまでろくに休憩も取って来なかったんだろうな。

「小言は後で聞く」
「小言って……きゃ」
片腕で少女を抱き寄せると、魔物じみた…と揶揄られる跳躍力で路地裏のガラクタを駆け上り、屋根伝いに走り出す。
「待…っ」
「口閉じてしがみついときな! 舌かむぜ!」
娘の身体は、走るにはなんの障害にもならないほど軽い。
こんなひ弱な少女に大の男どもは何を怯えているのかね。
「オレに浚われちゃくれねぇか。なぁ」
人間にやるには惜し過ぎる。
娘からの返事はないー。
揺れる肩口にしがみつきながら、少女は泣いているようだった。


(光に進まなかった方のお話)




国を出て1週間。
そろそろ雨風をしのげる屋根のあるところで休みたい。欲を言えば柔らかなベッドとお風呂と食事にも。

私たちは人の目を避けるように街道を避けて旅を続けていた。
軽い山道で、そろそろ正午を過ぎた頃。
汗をかいた額に山の風は心地良い。少ししたらぐっと気温が下がるのだろう。

「大丈夫か」

どうして今気遣われたのか分からない。
「大丈夫ですよ」
「言い方を変えよう。お前さんは弱音を吐かないもんな」
困ってしまって黙っていると、彼は腕に掴まるように指示してきた。
「寄りかかれ。こんなところで倒れられたら厄介だ」
わざときつい言い方をされた。だめね。気遣われてばかりで情けなくなる。
「私たち……」
「ん?」
一度でも優しくされたら、栓の無いことをこぼしてしまいそうで怯えていたのに。お前さん一人ぐらい守ってやるよと、余裕のある笑顔をしてくれる。それが辛い。
「私たち、どこへいけばいいんでしょう」
「分からんが…どこかにあるはずだ。誰もオレたちを知らない集落がな」
「私たちの関係は、どうしますか」
「お姫様と従者…とか」
「無理がありますよ」
ふふ、と笑ってしまう。彼の優しさが染みる。
「じゃぁ…夫婦…とか。どうだ」
山からきた風が吹く。
ふくらはぎの疲れもやわらいで山道が少しだけ楽になる。
「夫婦…」
「よろしく奥さん」
少し前にいく彼が、いつの間にか外れていた腕を差し出して待っていてくれる。

私は…甘えてもいいのだろうか。思いが溢れそうになりながら必死に付いていった。




10/28/2023, 2:01:41 PM

闇を吸い、青く潤む瞳が美しいと思った。

オレがただ見惚れていると、彼女は小動物のように小首をかしげる。黒髪がさらさらと素肌に落ちていった。
「どうしたんですか。へんですよ、さっきから急に黙ってしまって…」
彼女はまだ男の狂気を知らない。
そのまま何も知らないで居て欲しい理性と、散々に引き裂いてしまいたい葛藤がせめぎ合う。
どうしろって言うんだ…。

恐ろしい激情に耐えきれず息を漏らすと、無垢な指先が額に触れて頬を撫でていく。
「触んな…」
きっと今、オレは肉食獣のような顔をしている。
僅かな光の中、柔らかい肌が白く浮き上がっていた。こちらの牙も知らずに華奢な身体をひねり無防備に仰ぎ見てくる。どんな拷問だよこれは。
お前さんを守らせてくれよ頼むよ。

10/27/2023, 11:15:28 AM

私は彼のキッチンで覚えたての紅茶の入れ方を実践していた。
沸かし立てのお湯を茶葉を開かせるぐらいひたひたに。
ダージリンの濃い水色が出たら葉を取り除いて、熱いうちにはちみつを。
あの人は甘いのが好きだから。
氷で一気に冷やして、洗ったミントをすこしだけ揉んで乗せる。
淡い黄金色のアイスティのできあがり。氷がカラカラと音を立てる。
「できましたよ」
外仕事から帰ってきた彼に差し出すと、ごくっとひとくち。
「おいし」
良かった。
「あとで出掛けようぜ」
「うん」
「ありがとな」
頬に冷たいキスをされた。
「ほっぺだけですか」
私が挑発するように言うと、年上の彼はにやりと笑った。
「言うようになったじゃん」
グラスを置く音がした。
日焼けした大きな手が頬にふれる。
今日は冷たくて甘いキスだった。

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