焦がれ望む背中をひたすら走り。空を跳び山を駆けて、休む時は火を囲む。
食事を渡した時の指先だけは忘れられなくて、寄せた肩の骨は思い出せるのに、振り向いた時の声は遠い。いつか記憶は沈む。忘れたわけじゃない。時が埋もれさせていくのだ。
思い出なんてなければいいなんて。もう思わない。
ささやかな願いを闇が落ちる度に曇天のたびに満る雨水に駆る。祈るほど信仰心厚くはないから、悪霊に魂を売るほど純粋ではないから、ひたすら走るあなたに付いていきたい。
私が2歳の時に、小さな三毛猫が我が家にやってきた。
ちいちゃん。人間の子供がいる家庭でも辛抱強く遊ばれてくれるメス猫だった。
うちのママは「チイ!壁ボロボロじゃないの」と怒って猫を探す。チイは高い所が好き。 彼女はかわいい顔に似合わずいたずら好きだった。
「ちいちゃん、ママもう行ったよ」
って私が言うと「なぉん」って本棚の上から目線を送ってくる。
まるで「ママやっと行ったわね」って言っているような余裕をかましている甘い声。
私が叱られたときは、そばに来てくれて、ふわふわな額を腕にこすりつけてゴロゴロ喉を鳴らしていた。私たち、助け合ってるみたい。これからもずっと一緒よ。って思ってたのにな。
私が社会人になったころに、ちいちゃんはすっかり小さくなって目が見えなくなって歩けなくなって、最後は冷たくなっていってしまった。
お医者さんにも連れて行って「長く生きましたね。一緒に居たかったのでしょう」
家族みんなで代わる代わる看病していたけど、最後は私の腕のなかで旅立ってしまった。愛してる。私の親友。また来てね。
私はその時大人になっちゃってると思うけど、女子同士でまたいっぱいお話ししたいのよ。
雨が降ってきていたのに洗濯物が出たままだった。だからお母さんは仕事から帰ってきて、怒りながらご飯の支度をしている。そしてなんで今更出すのと懇談会の紙を机のうえに叩きつける。時間がない時間がないって、いつも言うから、僕はじっとしている。
僕はお母さんが忙しそうでなかなかいえなかった。
病気になったら仕事を休まないといけないって怒ってて。算数のノートがもうないって言ったら、そんな時間はないって怒ってる。
僕がいけないんだ。ごめんなさい。褒められたくて掃除をしたけど、うまく出来なくてかえっていけないことをしたみたい。こっそりご飯を作ろうとおもったんだけど、余計なことしてって言われちゃった。ごめんなさい。僕は、僕は。前みたいに笑ってお母さんと色々喋りたかっただけなんだ。
妨害者は隠しきれない殺気にすぐさま反応したらしい。
私に向かって威圧の音響と咆哮で領域を削いでえぐってくる。
「やめろ、うごくな!動かないものには危害は加えない!」
男の声がガンガン飛んでくる。
そんなの嘘だね。もうこいつらすでに主サマに威なる者ってパターンが組まれている。人型のアンドロイド2機がしなやかな動きで追ってきた。早い。隠密に動くことに秀でているシャドーブレインと…もう一匹はパワー職。口が硬い脳筋便利職ってのは何百年も前から価値が変わらないね!
「斬!」
振り返って一気にたたっ斬る。勢いは緩む。何度も細かく切り返しどろっとした体液が飛び散る。
「ちょ!」巨体の後ろからシャドーの吹き矢のような毒針が飛んできた。腕に掠る。
「次々新製品作るくせに仕事の細分化しすぎて全部が甘いのよ本当に!!」
いい加減に切れた。
「ああぁぁぁもうっ…!!制御ぐらいしろやぁぁ!!」
私は高音を強いて、天から光を落とす。2機のアンドロイドを致命傷にならない程度でうちぬいた。美麗なインテリアデザインの外壁がボロボロ落ちる。すみに植えられた美しい花も容赦なく飛び散る。
「いろいろ詰め込みすぎて、時代遅れの人形に劣っているよ!最先端のくせに」
型にはまった動きに縛られてまるで反応がおそい。
その時、距離を取りながら遠くのテラス席で、ヤツが解除式を弾いているのが見えた。
「ちょ…今そこでしたら…」
立ち止まってナタを水平にした瞬間だった。圧力が前からくる。内蔵まで押しつぶすかのような。
「っが」
戦闘用隠密用に作られたアンドロイドが暴走をしだす。確実に喉をつかまれた。地面に押し込まれる。その危機を打開すべく体を捻ったのがいけなかった。ナタは弾き飛ばされ、指が1つ宙を舞った。不安定な体勢のまま、地面を滑って首と押さえられたままご貴族様の別荘の豪華プールにずり落とされた。
抵抗した。男の声も曇る水音の遠くで聞こえる。肺に体力の水が入る。痛い。
この程度だったんだ、あの男からの価値は。首を握りつぶしてくる力はまだ緩まない。