高い咆哮が空気を変えるように広がった。
耳の奥がツンと痛くなり、手足の先まで冷えて震える。和樹は短刀を握り込んで身体を硬くする。使い込んだ師の刀身はギシッと鳴りながら掌に馴染んだ。
両隣の重騎士が地面を唸らせ前進したのが見えた。直後、前方から熱風が吹き荒れる。
2人の重騎士が大きな盾で全体を守ったのだ。それでも漏れ出した熱は肌を焦がす。
「熱っっ」
後ろから少年の声が聞こえてくる。
敵の攻撃を正面の陣形で正確に迎え撃てる。和樹は指揮官の強さを噛みしめた。
「行くぞ」
「うん」
自分より10も下の少年が脇をすり抜け飛んでいった。
「ミホ重い」
「カズト、女子に対して失礼だな君は!」
私は彼の自転車の後ろに乗せてもらっておいて叫んだ。
「いやマジで重いって。代われ」
「下り坂になったらね」
「くそが」
とか言いながら、2人分のカバンをかごに入れて、半立ちこぎでゆるい坂をこいでいく。
春から私達、別の高校なんだよ。分かってるの君。
背中もいつの間にかデカくなって、腕の筋肉が盛り上がっててドキドキする。なんだかんだ文句言いながら乗せてくれるんだよね。
ちょっと胸が切ない。でっかくなりやがってこの、なんて。お母さんの心境かなーと思い込むことにした。
小雨の降り出した夕方だった。
昔ながらの民宿で、客は自分ひとり。
女将がメインのメバルの煮付けと小鉢を持ってきて、サービスだとレトロなビール瓶を年季の入った机に置いた。
年季の入った…とはいくらかぼかして表現している。経営状態はあまりいいとは言えそうにない。
傾いた看板。効きの悪いクーラー。換気扇の音が食堂にまで聞こえてくる。
「珍しいっすね」
自分はありがたく頂いた。冷やされたグラスがキンと心地いい。年に何度か釣りのために足を運ぶがこんなサービスは初めてだった。
寂れかけた小島の民宿は自分からみたら風流だが、今は皆、自粛だとか海外だとかで足がどんどん遠のいているらしい。
(潮時かね)
仕事の合間を縫って通うのを気に入ってはいるのだが。
今日は朝からレンタルしたボートで沖に出たが坊主だった。(船舶免許は小型の二級を大学時代にノリで取った)
女将はよく陽に焼けた顔でがははと笑う。
「まぁ長くおいでるとかんがなぁ」
おそらくそんなようなことを言われた。
ほろ酔いで布団に入り、虫の声が一層にぎやかになってきた深夜だった。
夜風にカーテンがふわりと舞う。
「遅くに申し訳ありません。あの時助けて頂いたイソガニでございます」
鈴蘭の水色の着物を着た美人が枕元で正座をしていた。
柔らかな体に触れる。
胸がうずくほどきめが細かくてさらりとした触り心地だった。
細い身体が飛びついてくる。
白い花のような香りがして、その後に甘い。
信じられないほどに心が乱されて、ひどく乱暴に抱き返した。子猫のような悲鳴に似た声が上がったけれど、黙らせるように口を封じる。唇の柔らかさを堪能した。彼女の香りが一層強くなる。待ち震えていたのか、薄い舌先を探り呼吸ごと吸い上げた。
すぐに苦しげに抗議しだして軽く殴ってくるけど、彼女の弱いところを撫でさすると、腕の中で溶けるように大人しくなっていった。
異性への恋ではなく。親へのような情でもなく。
自分は、彼女が居なければ生きてはいけないと思うけれど、かと言って敬愛だけでもない。
過去に囚われ発狂する獣のような彼女が好きだ。
周囲を破壊し自らの両腕さえも血だらけにするけれど、時間が経ち我に返って懺悔する彼女を見ていて心地よい。
崩れ落ちる表情は甘い。乱れた髪から覗く幼子のような縋る瞳にぞくりとする。
「僕が居ますから」
歪んだ性癖だと自覚はしている。
暴れた彼女がつけた傷は痛むけど、何倍も彼女からの執着を感じる。
やっと頷いてから、白くて傷だらけの腕が自分の首に回ってくる。
自分は決して素肌の奥には指を入れずに、華奢な腰をただ寄せた。骨を感じるほどに掻き抱く。鉄の匂いがした。