魔王が殺されたのならば。
それ以上に恐ろしい生き物がいるということ。
擁護する国、保護を保証する国、何かあったときの責任を問う国。
(何かあったときって…一体なんだよ、オレ達は珍獣扱いかよ…!!)
各国が、魔王を倒した英雄達の奪い合いと安全性の保証を求め始めた。
確固たる後ろ楯を持つ者は良かった。
だがいつまでも保護しきれることもなくて、かつての仲間達は散り散りになっていった。
占い師の少女は、街の細い路地にまで追い詰められてしまった。先読みの術で自分の運命を読むことは禁じられている。それが今の状況を作っているのに、人間どもはそんな事も分からないのか…。
「私は恥ずべきことは何もしていません」
娘は、逃げることは自分の非を認めることだと言い張るのだ。
追尾型の魔法の網が飛んでくる。
「きゃ!」
身を固くする娘を、オレは固い金属の身体でかばった。ばちっ!と魔力が飛び散る。
「もうこの国を出よう」
「私は! 悪いことはなにもしていません!」
「お前さんの言い分は分かるよ…でもな。 一般の人間にとっちゃ、オレと同じくお前さんは得体の知れない生物でしかないんだ」
オレの発言に少女の顔が蒼白になっていく。ここまでろくに休憩も取って来なかったんだろうな。
「小言は後で聞く」
「小言って……きゃ」
片腕で少女を抱き寄せると、魔物じみた…と揶揄られる跳躍力で路地裏のガラクタを駆け上り、屋根伝いに走り出す。
「待…っ」
「口閉じてしがみついときな! 舌かむぜ!」
娘の身体は、走るにはなんの障害にもならないほど軽い。
こんなひ弱な少女に大の男どもは何を怯えているのかね。
「オレに浚われちゃくれねぇか。なぁ」
人間にやるには惜し過ぎる。
娘からの返事はないー。
揺れる肩口にしがみつきながら、少女は泣いているようだった。
(光に進まなかった方のお話)
国を出て1週間。
そろそろ雨風をしのげる屋根のあるところで休みたい。欲を言えば柔らかなベッドとお風呂と食事にも。
私たちは人の目を避けるように街道を避けて旅を続けていた。
軽い山道で、そろそろ正午を過ぎた頃。
汗をかいた額に山の風は心地良い。少ししたらぐっと気温が下がるのだろう。
「大丈夫か」
どうして今気遣われたのか分からない。
「大丈夫ですよ」
「言い方を変えよう。お前さんは弱音を吐かないもんな」
困ってしまって黙っていると、彼は腕に掴まるように指示してきた。
「寄りかかれ。こんなところで倒れられたら厄介だ」
わざときつい言い方をされた。だめね。気遣われてばかりで情けなくなる。
「私たち……」
「ん?」
一度でも優しくされたら、栓の無いことをこぼしてしまいそうで怯えていたのに。お前さん一人ぐらい守ってやるよと、余裕のある笑顔をしてくれる。それが辛い。
「私たち、どこへいけばいいんでしょう」
「分からんが…どこかにあるはずだ。誰もオレたちを知らない集落がな」
「私たちの関係は、どうしますか」
「お姫様と従者…とか」
「無理がありますよ」
ふふ、と笑ってしまう。彼の優しさが染みる。
「じゃぁ…夫婦…とか。どうだ」
山からきた風が吹く。
ふくらはぎの疲れもやわらいで山道が少しだけ楽になる。
「夫婦…」
「よろしく奥さん」
少し前にいく彼が、いつの間にか外れていた腕を差し出して待っていてくれる。
私は…甘えてもいいのだろうか。思いが溢れそうになりながら必死に付いていった。
10/30/2023, 3:02:05 AM