木陰

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1/31/2024, 1:05:28 PM

死に場所は、世界の端がいい。

小さい頃から、人が好きだった。色んな場所に行き、色んな人と関わるのが好きだった。それでも最期は、他の誰でもない、自分自身と向き合いたいから。

飛行機から降りた私は、長い長い悪路を歩み続け、ついにただ1人で辿り着いた。そこはテーブルマウンテンと言われる奇妙な山の頂。山頂なのに地面が平らというのは奇妙だ。すぐ下には青く澄んだ海がある。
私は随分長く生きてきた。何十年経ってもこの身は老いず、12歳の体のまま300年が過ぎた。ありとあらゆる場所に赴いて来たが、これ程までに美しい景色を見たことがあっただろうか。

少し冷たい風が、頬を撫でる。私はやっと自然の一部に還れると感じる。どれだけ長く生きても、どれほど多くの知識や教養を得ても、やはり死には逆らえない。たとえ体が老いずとも、自分の死期くらい、なんとなくわかる。
長いようであっという間だった旅路の果てに、この絶景を見られたことに、私はひとり笑みを浮かべ、美しい世界を前に、ゆっくりと目を閉じた。

1/27/2024, 1:18:57 PM

君と街中を歩いている時、横の路地の方で不快な音がした。そちらを見ると、派手な格好の女がガラの悪い男3人に囲まれ、うずくまって震えている。どうやらリンチに遭っているようだ。僕は息をのみ、隣にいる君に
「助けてあげようよ」
と耳打ちする。しかし君の反応は期待にそぐわぬものだった。
「放っておけ。これはあいつら4人の問題だ。私らの出る幕は無い」
言葉遣いこそ冷たいものの根は優しいと思っていた君が、どうしてそんな態度を取るのか、僕には理解できなかった。だって、目の前に困っている人がいるんだ。それなのに手を差し伸べないなんて。
「君ならあの女の人を助けられるだろうに、どうして?そこら辺の男や僕よりも筋肉あるし、何かの武道でだって黒帯持ってるんでしょ?困った人がいたら助ける。それが優しさってもんじゃないの?」
「私には関係のないことだ。行くぞ」
僕の説得には聞く耳も持たず、君はその場を去ろうとする。それでも、僕は諦めきれなかった。
路地裏へと踵を返し、ガラの悪い男たちの側へ近づいていく。君は呼び止めるがその声は無視する。
「なんだ?おまえ。」
男たちがこちらに気づく。僕は少し震えながら息を吸い込み、
「あの、弱い者いじめは良くないと思います」
と、男たちの目を見据えながら言った。
「理解できないな。なぜ無関係な面倒事に自ら首を突っ込む?」
僕を追ってきた君が、後ろから呆れたように言う。
「そうだぞ??坊ちゃんには関係のねぇことだ。そこのねーちゃんの言う通り、大人しくしてりゃ良かったのによぉ」
男たちの1人が僕に近づき、鬼のような形相で睨みつけてくる。しゃがみこんでいる女は、恐怖と不安を帯びた眼差しでこちらを見つめている。
「ほら、助けてあげようよ…!」
僕は後ろにいる君に再度ささやく。しかし君は少しばかり女の方を見た後、ため息をついた後こう言い放つ。
「助けも乞えない能無しに手を差し伸べるメリットなんて無いだろう」
僕は絶句し、男たちは途端に笑い出す。
「だとよ???残念だったな、人を救うヒーローになれなくてwww」
その時、ずっと無言だった女が不意に声を上げた。
「助けてください」と。
君は少し目を見開き、女に問う。
「助けたら何か私に良い事があるのか?」
女は言葉の意味をすぐには噛み砕けず、目を泳がせる。
「助けたらお礼のものくれるのか?と聞いてるんだ」
女はハッとして、指にはめていた指輪を君に見せる。
「これは…高級ブランドので、えっと……ここにルビーが埋め込まれてます」
「助けたらソレをくれるのか?」
「あげます、あげます……だから助けてください……お願いです……」
消え入りそうな声で女は懇願する。その横で僕は唖然としていた。人が困っている時に、助けた後の見返りを求めるなんて…!純粋に人を助けようという気持ちはないのか…?
見返りがあると聞いた君は深く息を吐き、男たちにナイフのような鋭い視線を向ける。
「そういうわけだ。早くここから立ち去れ」
スイッチが入った君は、男たちに食ってかかる。
男の1人が君を軽く鼻で嘲笑い、予想外の発言をする。
「オイオイ、俺たちはこの泥棒女を成敗してただけだぜ?」
「泥棒女?」
聞き返すと、別の男が饒舌に語り出す。
「そうさ。こいつは俺たちが汗水垂らして働いてやっと手に入れた大金を盗みやがったんだ。他の仲間も何人もこいつの犠牲になった。こいつはスリの常習犯さ。どうせその指輪も、スったカネで買ったんだろうよ」
僕らが衝撃の事実に愕然としていた隙に、うずくまっていた女が急に立ち上がり逃げ出した。
「あっ!待てゴラァ!!!」
女の逃げた方向へ、男たちもあっという間に去っていった。
残された僕らはただ立ち尽くす。やがて君は大きなため息をついて、数分前僕が言ったセリフを復唱する。
「……困っている人を助けるのが優しさ、ねぇ。……なぁ、この場合、困っているのはどっちだったんだ?優しさって、なんなんだ?」
僕は答えられず、黙りこくるしか無かった。

1/24/2024, 10:46:42 AM

「えっ、歌のコンクールに出るって?」

友人からの突然の告白に僕は一瞬固まる。

「うん、ロックの歌歌うんだって」

いつも滅多に笑わない君が、ほんの少しだけ口角を上げる。正直あまり自信があるようには見えない。
君との付き合いは大して長くはないが、しかし君が歌っている所なんて見た事もない。歌うどころか話し声もいつも小さくてボソボソとしているので、声を出すのは苦手なのだと思っていた。カラオケに誘ってもいつも断っている君が、歌のコンクール、しかもロックの??

「一週間後。もし良ければ来て。興味無いならい」
「行く!絶対行く!!!」
「……あ、うん……」

そんな調子で本当に歌えるのかと疑問が拭えないまま、あっという間に一週間後はやってきた。
ステージはそこまで大きくない。向かいには細長い机があり、審査員たちがシャーペンを片手に座っている。候補者たちはステージの横の椅子に並んで座っており、そこにいつものように肩を縮めて座っている友人が見える。向こうも僕の存在に気づいたようだ。僕がガッツポーズを送ると、君は少し頬を赤らめて目を逸らした。

コンクールは着々と進み、ついに友人の番が来る。
ステージにソロリソロリと上がってきた君は、少々震えているように見えた。大丈夫かな。他の候補者もけっこう上手かったもんな。もし緊張し過ぎて酷い結果になったら、なんて声掛けてやればいいだろう…。大切な友人なのに、愚かな僕はそんなことばかり考えていた。

けたたましいギターの音が鳴り響く。ミュージックスタートの合図だ。
それまで怖気ついていた君の表情がフッと据わった。拳に力を込めて息を吸い込む。どんな声が聞けるのだろうと僕は神経を集中させる。
開幕から"がなり"を入れながら、何かが解放されたかのように君は歌い出した。君の声は、これまでに聞いたこともないほど芯が通っていて真っ直ぐだ。音程も綺麗に合っている。会場全体が息を呑む。審査員たちも目を見開き、互いに顔を見合せている。
曲がサビに入る。君の声はさらにボリュームアップし、それに伴い会場も盛り上がりを大きくする。
君の表情は逆光でよく見えない。が、今までに見たこともないキラキラした笑顔で歌っているのはよくわかった。

難しい曲を君は見事に歌い切り、会場は拍手喝采に包まれる。僕も舞い上がりながら精一杯拍手を贈った。ステージの強い照明が優しいものに変わる。君の顔は少し汗ばんでいて、頬も少し赤くて。そしてやっぱり、今までで一番綺麗な笑顔だった。

1/22/2024, 12:43:33 PM

「じゃん!見て!これ、何かわかる?タイムマシーンだよ!!」

近所のお兄ちゃんの、唐突な意味不明発言に私はキョトンとする。

「まあ、俺が作ったわけじゃないんだけどね。とにかく、これがあれば、過去にも未来にも行ける。君の過去も、これで何かわかるかもしれないってことだよ」

え、私の過去が、わかる……?
……それは嫌だ。私は辛いこと苦しいことも人より沢山味わってきた。もう私の家族はいない。ろくな大人も登場しない。そんな暗い過去、お兄ちゃんに見られたくない。

「……そっか、そうだよね。あ、じゃあさ、赤ちゃんの頃の君を見に行こうよ!それならいいでしょ?」

まあ、赤ちゃんの頃なら。

「それに、もしかしたら君のその不思議な力の正体も、わかるかもしれないしね」

そう。私には生まれつき、妙な力が備わっている。
見えるはずのないものが透けて見えるのだ。
服の内側も、鞄の中身も、人の本性も。
言葉巧みに嘘をつく人も大体わかる。
まだ子どもなのに、私の鋭い洞察力は何処から来ているのだと、周りの人間は首を傾げていた。
私自身も、なぜこんな能力を持っているのか知らない。もしこの力の理由がわかるのなら、過去に行ってみてもいいかもしれない。

「気になるでしょ?一緒に行こうよ!」

お兄ちゃんがマシーンに乗り込み、こちらへ手招きする。私が乗り込むと、おぼつかない手つきで、目的地を設定し始めた。

「過去に滞在できる時間は、1分間だけらしいんだ。まあ、短い間だっていいよね。よし!出発進行!!」

マシーンが重たい音を立てて動き出す……。


気がつくと、私はお兄ちゃんと古い家の中に立っていた。

「ここが君の生まれた家か」

興奮を抑えられない様子でお兄ちゃんがつぶやく。
私の目の前には、キシキシと音を立てる木製のゆりかご。そして、赤ちゃんの頃の私がいた。
昔の私はこんなにポヨンポヨンだったのか。鏡ではなく、現実の自分を客観的に見るというのはなんとも変な気分だ。

「ふふっ。今の君も可愛いけど、赤ちゃんの君は、ほっぺがぷよぷよで可愛いね」


突然、屋内に、妙な風が吹く。心までぞわぞわするような気味の悪い風は、次第に強くなり、2人の髪を巻き上げる。
何なんだこれは、と2人たじろいでいると、目の前に信じられない光景が広がった。

「あんた……誰だ?」

コレは、何かの神様か仏様だろうか。白い衣を纏い、音もなく現れた「何か」は、体の輪郭がハッキリせず、蜃気楼のようにゆらゆら揺れている。地に足は着いていないようだ。
その「何か」が、ゆっくりこちらに近づき……赤ちゃんの体に入り込んでいった。


「…………!!」

気がつくと、2人は元いた場所に佇んでいた。どうやら1分が経過して、元の時間に戻ってきたらしい。

「あれは一体…何だったんだ?まさか、幽霊か?それとも神様か何かか??」

我に返ったお兄ちゃんが、あの謎の現象に対して考察を始める。

「もう一度過去に行けば、アレの正体がわかるかな?」

いや、わかんないと思う。だって、もしも今この瞬間アレが現れたって、きっと正体は理解できないでしょ?

「まあ、そうかもだけど……。ねえ、アレさ、最後、君の体に入り込んでいったよね。そして、今ここにいる君は……」

お兄ちゃんが心配そうに私を見つめる。

あの正体はわからない。人類には理解できないものなのかもしれない。アレのせいで私の人生は暗い闇に突き落とされたのかもしれないし、アレのおかげで私には妙な能力があるのかもしれない。
真実なんてわからないけれど。
でも、大丈夫だよ。例え神様か何かが入り込んだって、私は私だから。私は私の意思で、今ここにいるから。

私の言葉を聞いて、お兄ちゃんはホッとしたように笑顔を浮かべた。

「そうだね。何があったって、君は君だ。」

時計の針が3時を指している。

「気休めにおやつでも食べよう。それにしても、赤ちゃんの頃の君、ほっぺも腕もぷく〜ってしてて、ほんと可愛かったな〜」

お兄ちゃんにメロメロな声色でそんなことをのたまわれ、しかしそれがどこか嬉しくて、私は頬を少し赤く染めた。

1/21/2024, 2:28:25 PM

そういえば、あの夜も、こんな土砂降りの雨だった。

私にとって、君に出会ったあの夜は特別だ。突然降り出した雨を防ぐ傘は持ち合わせておらず、急いで近くのバーに駆け込んだあの夜、私は君に出会った。

ずぶ濡れの私の姿を見た君はひどく驚いて。見ず知らずの私に駆け寄って、迷わずハンカチを貸してくれて。雨はしばらく止みそうにないと言うので、真夜中まで他愛ない話をして。

それからよく2人で会うようになり、次第に心を通わ
せるようになっていき、私たちは恋人になった。

君はまるで陽だまりのような人だった。執着でもない、支配でもない、確かな愛情が君にはあった。
嬉しい時、楽しい時、心が引き裂かれるくらい苦しい時。どんな時だって君はそばにいてくれた。
私が誰にも言えなかった秘密も、君だけは受け止めて、優しく私を抱き締めてくれた。
君がいるだけで、その空間は色鮮やかで。こんな日がずっと続きますようにって。

そう願っていたのに。どうして神様はこんな意地悪するの?

ねえ、酷いよ。
あの人を返してよ。
私は雨に向かってつぶやく。
君は最期まで優しかった。トラックに轢かれそうになった野良猫の身代わりになった。陽だまりのようだった君は、土砂降りの雨に解けて消えた。

それでも。この雨は私の心まで解かせはしない。
特別な夜、君と出会えたことは、確かに意味のある、美しいことだった。雨は冷たく降りしきれど、君からもらった温もりで、私はこの先も生きていける。きっと、きっと、また陽は差すと信じながら____

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