「えっ、歌のコンクールに出るって?」
友人からの突然の告白に僕は一瞬固まる。
「うん、ロックの歌歌うんだって」
いつも滅多に笑わない君が、ほんの少しだけ口角を上げる。正直あまり自信があるようには見えない。
君との付き合いは大して長くはないが、しかし君が歌っている所なんて見た事もない。歌うどころか話し声もいつも小さくてボソボソとしているので、声を出すのは苦手なのだと思っていた。カラオケに誘ってもいつも断っている君が、歌のコンクール、しかもロックの??
「一週間後。もし良ければ来て。興味無いならい」
「行く!絶対行く!!!」
「……あ、うん……」
そんな調子で本当に歌えるのかと疑問が拭えないまま、あっという間に一週間後はやってきた。
ステージはそこまで大きくない。向かいには細長い机があり、審査員たちがシャーペンを片手に座っている。候補者たちはステージの横の椅子に並んで座っており、そこにいつものように肩を縮めて座っている友人が見える。向こうも僕の存在に気づいたようだ。僕がガッツポーズを送ると、君は少し頬を赤らめて目を逸らした。
コンクールは着々と進み、ついに友人の番が来る。
ステージにソロリソロリと上がってきた君は、少々震えているように見えた。大丈夫かな。他の候補者もけっこう上手かったもんな。もし緊張し過ぎて酷い結果になったら、なんて声掛けてやればいいだろう…。大切な友人なのに、愚かな僕はそんなことばかり考えていた。
けたたましいギターの音が鳴り響く。ミュージックスタートの合図だ。
それまで怖気ついていた君の表情がフッと据わった。拳に力を込めて息を吸い込む。どんな声が聞けるのだろうと僕は神経を集中させる。
開幕から"がなり"を入れながら、何かが解放されたかのように君は歌い出した。君の声は、これまでに聞いたこともないほど芯が通っていて真っ直ぐだ。音程も綺麗に合っている。会場全体が息を呑む。審査員たちも目を見開き、互いに顔を見合せている。
曲がサビに入る。君の声はさらにボリュームアップし、それに伴い会場も盛り上がりを大きくする。
君の表情は逆光でよく見えない。が、今までに見たこともないキラキラした笑顔で歌っているのはよくわかった。
難しい曲を君は見事に歌い切り、会場は拍手喝采に包まれる。僕も舞い上がりながら精一杯拍手を贈った。ステージの強い照明が優しいものに変わる。君の顔は少し汗ばんでいて、頬も少し赤くて。そしてやっぱり、今までで一番綺麗な笑顔だった。
1/24/2024, 10:46:42 AM