木陰

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「じゃん!見て!これ、何かわかる?タイムマシーンだよ!!」

近所のお兄ちゃんの、唐突な意味不明発言に私はキョトンとする。

「まあ、俺が作ったわけじゃないんだけどね。とにかく、これがあれば、過去にも未来にも行ける。君の過去も、これで何かわかるかもしれないってことだよ」

え、私の過去が、わかる……?
……それは嫌だ。私は辛いこと苦しいことも人より沢山味わってきた。もう私の家族はいない。ろくな大人も登場しない。そんな暗い過去、お兄ちゃんに見られたくない。

「……そっか、そうだよね。あ、じゃあさ、赤ちゃんの頃の君を見に行こうよ!それならいいでしょ?」

まあ、赤ちゃんの頃なら。

「それに、もしかしたら君のその不思議な力の正体も、わかるかもしれないしね」

そう。私には生まれつき、妙な力が備わっている。
見えるはずのないものが透けて見えるのだ。
服の内側も、鞄の中身も、人の本性も。
言葉巧みに嘘をつく人も大体わかる。
まだ子どもなのに、私の鋭い洞察力は何処から来ているのだと、周りの人間は首を傾げていた。
私自身も、なぜこんな能力を持っているのか知らない。もしこの力の理由がわかるのなら、過去に行ってみてもいいかもしれない。

「気になるでしょ?一緒に行こうよ!」

お兄ちゃんがマシーンに乗り込み、こちらへ手招きする。私が乗り込むと、おぼつかない手つきで、目的地を設定し始めた。

「過去に滞在できる時間は、1分間だけらしいんだ。まあ、短い間だっていいよね。よし!出発進行!!」

マシーンが重たい音を立てて動き出す……。


気がつくと、私はお兄ちゃんと古い家の中に立っていた。

「ここが君の生まれた家か」

興奮を抑えられない様子でお兄ちゃんがつぶやく。
私の目の前には、キシキシと音を立てる木製のゆりかご。そして、赤ちゃんの頃の私がいた。
昔の私はこんなにポヨンポヨンだったのか。鏡ではなく、現実の自分を客観的に見るというのはなんとも変な気分だ。

「ふふっ。今の君も可愛いけど、赤ちゃんの君は、ほっぺがぷよぷよで可愛いね」


突然、屋内に、妙な風が吹く。心までぞわぞわするような気味の悪い風は、次第に強くなり、2人の髪を巻き上げる。
何なんだこれは、と2人たじろいでいると、目の前に信じられない光景が広がった。

「あんた……誰だ?」

コレは、何かの神様か仏様だろうか。白い衣を纏い、音もなく現れた「何か」は、体の輪郭がハッキリせず、蜃気楼のようにゆらゆら揺れている。地に足は着いていないようだ。
その「何か」が、ゆっくりこちらに近づき……赤ちゃんの体に入り込んでいった。


「…………!!」

気がつくと、2人は元いた場所に佇んでいた。どうやら1分が経過して、元の時間に戻ってきたらしい。

「あれは一体…何だったんだ?まさか、幽霊か?それとも神様か何かか??」

我に返ったお兄ちゃんが、あの謎の現象に対して考察を始める。

「もう一度過去に行けば、アレの正体がわかるかな?」

いや、わかんないと思う。だって、もしも今この瞬間アレが現れたって、きっと正体は理解できないでしょ?

「まあ、そうかもだけど……。ねえ、アレさ、最後、君の体に入り込んでいったよね。そして、今ここにいる君は……」

お兄ちゃんが心配そうに私を見つめる。

あの正体はわからない。人類には理解できないものなのかもしれない。アレのせいで私の人生は暗い闇に突き落とされたのかもしれないし、アレのおかげで私には妙な能力があるのかもしれない。
真実なんてわからないけれど。
でも、大丈夫だよ。例え神様か何かが入り込んだって、私は私だから。私は私の意思で、今ここにいるから。

私の言葉を聞いて、お兄ちゃんはホッとしたように笑顔を浮かべた。

「そうだね。何があったって、君は君だ。」

時計の針が3時を指している。

「気休めにおやつでも食べよう。それにしても、赤ちゃんの頃の君、ほっぺも腕もぷく〜ってしてて、ほんと可愛かったな〜」

お兄ちゃんにメロメロな声色でそんなことをのたまわれ、しかしそれがどこか嬉しくて、私は頬を少し赤く染めた。

1/22/2024, 12:43:33 PM