君と街中を歩いている時、横の路地の方で不快な音がした。そちらを見ると、派手な格好の女がガラの悪い男3人に囲まれ、うずくまって震えている。どうやらリンチに遭っているようだ。僕は息をのみ、隣にいる君に
「助けてあげようよ」
と耳打ちする。しかし君の反応は期待にそぐわぬものだった。
「放っておけ。これはあいつら4人の問題だ。私らの出る幕は無い」
言葉遣いこそ冷たいものの根は優しいと思っていた君が、どうしてそんな態度を取るのか、僕には理解できなかった。だって、目の前に困っている人がいるんだ。それなのに手を差し伸べないなんて。
「君ならあの女の人を助けられるだろうに、どうして?そこら辺の男や僕よりも筋肉あるし、何かの武道でだって黒帯持ってるんでしょ?困った人がいたら助ける。それが優しさってもんじゃないの?」
「私には関係のないことだ。行くぞ」
僕の説得には聞く耳も持たず、君はその場を去ろうとする。それでも、僕は諦めきれなかった。
路地裏へと踵を返し、ガラの悪い男たちの側へ近づいていく。君は呼び止めるがその声は無視する。
「なんだ?おまえ。」
男たちがこちらに気づく。僕は少し震えながら息を吸い込み、
「あの、弱い者いじめは良くないと思います」
と、男たちの目を見据えながら言った。
「理解できないな。なぜ無関係な面倒事に自ら首を突っ込む?」
僕を追ってきた君が、後ろから呆れたように言う。
「そうだぞ??坊ちゃんには関係のねぇことだ。そこのねーちゃんの言う通り、大人しくしてりゃ良かったのによぉ」
男たちの1人が僕に近づき、鬼のような形相で睨みつけてくる。しゃがみこんでいる女は、恐怖と不安を帯びた眼差しでこちらを見つめている。
「ほら、助けてあげようよ…!」
僕は後ろにいる君に再度ささやく。しかし君は少しばかり女の方を見た後、ため息をついた後こう言い放つ。
「助けも乞えない能無しに手を差し伸べるメリットなんて無いだろう」
僕は絶句し、男たちは途端に笑い出す。
「だとよ???残念だったな、人を救うヒーローになれなくてwww」
その時、ずっと無言だった女が不意に声を上げた。
「助けてください」と。
君は少し目を見開き、女に問う。
「助けたら何か私に良い事があるのか?」
女は言葉の意味をすぐには噛み砕けず、目を泳がせる。
「助けたらお礼のものくれるのか?と聞いてるんだ」
女はハッとして、指にはめていた指輪を君に見せる。
「これは…高級ブランドので、えっと……ここにルビーが埋め込まれてます」
「助けたらソレをくれるのか?」
「あげます、あげます……だから助けてください……お願いです……」
消え入りそうな声で女は懇願する。その横で僕は唖然としていた。人が困っている時に、助けた後の見返りを求めるなんて…!純粋に人を助けようという気持ちはないのか…?
見返りがあると聞いた君は深く息を吐き、男たちにナイフのような鋭い視線を向ける。
「そういうわけだ。早くここから立ち去れ」
スイッチが入った君は、男たちに食ってかかる。
男の1人が君を軽く鼻で嘲笑い、予想外の発言をする。
「オイオイ、俺たちはこの泥棒女を成敗してただけだぜ?」
「泥棒女?」
聞き返すと、別の男が饒舌に語り出す。
「そうさ。こいつは俺たちが汗水垂らして働いてやっと手に入れた大金を盗みやがったんだ。他の仲間も何人もこいつの犠牲になった。こいつはスリの常習犯さ。どうせその指輪も、スったカネで買ったんだろうよ」
僕らが衝撃の事実に愕然としていた隙に、うずくまっていた女が急に立ち上がり逃げ出した。
「あっ!待てゴラァ!!!」
女の逃げた方向へ、男たちもあっという間に去っていった。
残された僕らはただ立ち尽くす。やがて君は大きなため息をついて、数分前僕が言ったセリフを復唱する。
「……困っている人を助けるのが優しさ、ねぇ。……なぁ、この場合、困っているのはどっちだったんだ?優しさって、なんなんだ?」
僕は答えられず、黙りこくるしか無かった。
1/27/2024, 1:18:57 PM