たまき

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6/15/2023, 8:54:28 AM

#49 あいまいな空


「はぁ…風が気持ちいい…」

土手に座り、風を身に受けながら空を眺めている女がいる。

歳の頃は30代といったところか。
本当の年齢は20代後半であったが、積み重なった疲れが、そうさせていた。

彼女には幼い子供が一人いるが、夫が連れ出して遊んでいるので、ここにはいない。
そろそろ帰って夕飯の支度をしなければいけないと思いつつ、彼女は動くことができずにいた。

初めての育児でオンとオフの境界が曖昧となった生活は彼女の心を疲弊させた。
それを見兼ねた夫が休日に、一人になる時間を作ってくれたというわけである。

昼間とも夕方とも言えない、微妙な時間。
彼女が見上げた空の色は薄い青から紫がかって、かすかなオレンジへのグラデーションを呈している。
色の境界が曖昧な様子は、今の彼女の心模様そのものであった。


母親とは何だろう。
自分とは何だろう。
今の自分は、理想の母親を演じようとしては失敗し、滑稽な姿を晒すピエロのようではないか。


彼女は、暮れゆく空を見上げながら苦悩していた。

ふと思い出したようにと空から街の遠くに視線を向けた。小さく、サーカスのテントが見えている。

彼女は、ピエロのことを思った。
化粧の下にある素顔を思った。
普段の生活を思った。
ピエロとしての仕事を、誇りを思った。


演じる相手が違うだけで、
きっと、そんなに違わない。
大事なのは、何を思って演じるかだ。


彼女は自分に誇りを持つべきだと考えた。
そして失敗したなら、それこそピエロのように笑いに変えた方がいいと思った。

「よし、帰ろう」


ピエロの家がサーカスのテントなら、
私の家は、帰る場所は決まってる。


彼女は服についた土を払い、家路についた。
空は晴れ渡り、夕日が赤く照らしていた。

6/14/2023, 1:06:53 AM

#48 あじさい


風は弱く雨も止みかけ、しっとりとした天気の中。
私たちは、紫陽花を見に来た。

「ここの紫陽花は、いつもキレイだよねー」

「うん、色も種類もたくさん植えてあるね」

「色は、土壌の酸で溶けたアルミニウムと紫陽花の中のアントシアニンが反応すると青くなるんだってさ」

「ブルーベリー…」
言われてみると、なんとなく色味が似てるような。

「…食べたら目が良くなる?」

「あー、毒があるって言うから食べられないんじゃないかな。ほら、カタツムリとかいないでしょー」

「…確かに見当たらない」
勝手にイメージだけで居るもんだと思ってた。すまん、カタツムリ。今後見かけても紫陽花の葉には連れて行かないよ。そもそも触れないけど。

「カタツムリは、コンクリートを食べるからブロック塀の方が見つかると思うよ」

振ったつもりはなかったが、いつも通り情緒のない雑学に付き合いながら足を奥へと進めていく。

「すごい…」

青、紫、ピンク、たまに白。緑に囲まれた色彩は絵画のよう。
でもそれは、完全に人の手でコントロールされたものではなく、努力と自然の駆け引きによって出来上がったもので、だから来年はきっと違う色合いになっているはずだ。

感じ入った私に珍しく空気を読んだのか、彼も黙っている。と、思っていたのだが。

「人は、この色が移り変わるのを見て、無常って言ったり移り気って貶したり、逆に高嶺の花だと持ち上げたりしたんだってさ」

どうも次に話す雑学を考えていただけらしい。

「ふぅん、そうなんだ…」

だがしかし、無常か。
この切ないような気持ちは、それを感じているのかもしれない。

私は、なんとなく差していた傘を閉じて、
隣に立つ彼の傘の中に入った。

彼は何も言わずに傘を私の方に寄せてくれた。

別に、傘を持つのが疲れただけだし。
こんな時に限って用意していた言い訳の出番がない。

相変わらずの彼にため息をつくフリをして、
私は火照りを逃した。


「顔赤いよ?」

「気のせいじゃないですかね」

---

(#25、#18の二人…のつもり)


以前みなさまの投稿の中で、アジサイの花を題材にしたものを読みました。
その方の書かれた通り、花が咲いているところを見たことなかったので、少々足を止めて観察しました。
建前で武装された小さな本音のような、
ひっそりと、でも確かに咲いていました。

6/13/2023, 12:23:23 AM

#47 好き嫌い


何を好むか、厭うか。嗜好は個人差が激しい。

好きか嫌いか、心で思うだけなら自由だから。


…、すき、きらい、すき、きらい、すき、きら…」

無心で花びらを毟っていたら、次が最後の一枚であることに気づき、手が止まった。

どうしよう。

いつもなら全然信じないくせに。
なんだか今日はモヤモヤしてくる。

「こんなの見られたら呆れられるんだろうなぁ…」

花の茎を握る手に力が入った。

「どうしたんだ?」

「えっ」

急いで振り返ると、不思議そうな彼。つい、と目線が動いた。私の手元の方に。

「え、あの、これは、その」

彼と手元の花と、キョロキョロワタワタしつつも何か言おうとするが、何も言葉が出てこない。

「花占いか?珍しいな」

「これは、た、ただ時間を持て余したというか、たかだか花びらが奇数か偶然か、それだけなのに、花占いなんて…」

動揺しまくっている私を見て、よっぽど面白かったのか、彼は小さく笑いをこぼした。

「そうだな。花びらが奇数か偶数か、それで相手の気持ちを決めつけるのは如何なものかと、僕も思うよ」

やっぱり、そう言うよね。

くだらないことのために花を摘んでしまった罪悪感も相まって、胸が苦いもので占められていく。

「だけどな」

彼は、花芯に花びら一つ残っただけの残念な花を、そっと私の手から抜き取った。

「相手の気持ちが見えないからこそ、花占いに想いを託すものなんだろう?君が、僕のためにそれをするのは、いじらしいと思ったよ。これは僕の自惚れかな?」

まだ上手く言葉が、-今度は別の意味で-出てこなくて、ブンブン首を振って答えた。

「良かった。これで違ってたら僕の大恥だった」

そう言って微笑んだ彼は、私の手を取り歩き始めた。

「さあ、待たせたね。帰ろう」

さっきのは私のために言ってくれたんだ、自惚れでなければ。

横を歩く彼の耳は少し赤くなっていた。

---

そんなことを、同じ場所に立ったら思い出した。

「お待たせ」

「ねえ、」

「ん?」

「ここで、花占いしてたときの花って、あの後どうしたの?」

「ああー…実は押し花にしたよ。君の花占いしてるときの顔が可愛いと思ったから」

「えっ!見てたの!?」

色気もなく、がばっと振り返って彼を凝視した。
彼は、微妙に顔を逸らしつつ話している。

「ああ。君が余計に恥ずかしがりそうだから言わなかった」

「それは、そうだけど…花は…」

「花は取られたくないから、見せない。でも内緒にし続けるのも悪いかと思って言ったんだ」

「あ、そうですか…」

それなら、言わないで欲しかったような。
でも、これが彼の誠意で好意の表れなんだろう。

「んー…まぁ、わかった。じゃ、かえろ」

あの時とは逆に、私の方から手を差し出した。


(#36と同じ人物)

6/11/2023, 5:05:00 PM

#46.5 街


ボクの住んでたところは、港街。
船で沖に出ると伴侶の誓いを行う場があるんだ。

だから人が多くて活気もある。
でも街並みはきれい。

ボクは店番をしながら、通り過ぎる幸せそうな二人を見ていたよ。ボクんちは船大工だからね。よそのお客さんはほとんど来ないんだよ。

え、におい?
うーん…花の匂いかな。
サカナ?においはしないよ。

サカナは獲らないんだ。お祝いの街だからね。
そういうのは、すぐ隣の街でしてるよ。

あー、うん。他の店は観光船しかやってないところもあるよ。でも、うちは技術が落ちないように、わざわざ隣や他の街からも仕事をもらってたんだ。
どう?すごいでしょ。

やだなぁ、父さんのことは言わないでよ。そりゃ、父さんにはまだまだ敵わないけどさ。でもボクだって負けてないんだから。

ねえ、船長もそう思ってるでしょ?

(#42のボクっ娘)


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#46 街


都会は、あまり好きじゃない。

良いものも、悪いものも何でもあって、
変化は止め処なくて。

ビルの谷間は、においに溢れて落ち着かなくて。
道には何だか分からないものがよく落ちていた。

それでも、毎日のように同じ道を通った。

街に溶け込もうと服も背伸びして、
周りと同じような速足で歩いてた。


今は、色々と変わっていることだろう。
もう遠い、あの街。

6/10/2023, 7:08:03 PM

#45 やりたいこと


雨に愛を、月に願いを、
世界の終わりに祝福を。

「ねえ、船長はどうして船に乗ろうと思ったの?」

「家を出たかったから」

「え、それだけ?」

「きっかけはな」

ここは船の上。
丸い地球とは違い、大陸ひとつを海で囲んだ平面でできています。それに、海と言いつつ塩っぱくなかったり、雨が海の一帯でしか降らなくて天気は晴ればかりであったり。
二人はそんな平面だからこそあるはずの世界の終わり(物理)を探して船旅をしています。

「先祖が世界の理を解き明かそうとしてたのは最初に話したな」

「うん。その調査を船長は引き継いだんだよね」

「ああ。残ってた記録では海に限らずあちこち旅をしてたんだ。その経験を活かして商売始めたやつが出てきて、それが今の俺の家ってわけだ」

「旅をやめたのに、記録は残してたの?」

「どうも、旅を続ける家族を支える目的もあったみたいだな。要は本拠地ってことだ」

「仲が良かったんだね」

「まあ、結局店だけが残ったけどな。そこそこ歴史があるせいで窮屈で退屈で、俺には物足りなかった。店の始まりがそれだから旅を引き継ぐって言えば円満に家を出られるって思ったんだ」

「そうだったんだ」

「お前もだろ?」

「え?」

「初めて親父さんの店に入ったとき、顔にデカデカと『つまんない』って書いてあったぞ」

「ちょっと、なにそれ!違わないけど!」

憤慨するボクを見て、船長は楽しそうに笑ってた。
だからボクも、いつの間にか一緒に笑っていた。

(#42の二人)

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