たまき

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#49 あいまいな空


「はぁ…風が気持ちいい…」

土手に座り、風を身に受けながら空を眺めている女がいる。

歳の頃は30代といったところか。
本当の年齢は20代後半であったが、積み重なった疲れが、そうさせていた。

彼女には幼い子供が一人いるが、夫が連れ出して遊んでいるので、ここにはいない。
そろそろ帰って夕飯の支度をしなければいけないと思いつつ、彼女は動くことができずにいた。

初めての育児でオンとオフの境界が曖昧となった生活は彼女の心を疲弊させた。
それを見兼ねた夫が休日に、一人になる時間を作ってくれたというわけである。

昼間とも夕方とも言えない、微妙な時間。
彼女が見上げた空の色は薄い青から紫がかって、かすかなオレンジへのグラデーションを呈している。
色の境界が曖昧な様子は、今の彼女の心模様そのものであった。


母親とは何だろう。
自分とは何だろう。
今の自分は、理想の母親を演じようとしては失敗し、滑稽な姿を晒すピエロのようではないか。


彼女は、暮れゆく空を見上げながら苦悩していた。

ふと思い出したようにと空から街の遠くに視線を向けた。小さく、サーカスのテントが見えている。

彼女は、ピエロのことを思った。
化粧の下にある素顔を思った。
普段の生活を思った。
ピエロとしての仕事を、誇りを思った。


演じる相手が違うだけで、
きっと、そんなに違わない。
大事なのは、何を思って演じるかだ。


彼女は自分に誇りを持つべきだと考えた。
そして失敗したなら、それこそピエロのように笑いに変えた方がいいと思った。

「よし、帰ろう」


ピエロの家がサーカスのテントなら、
私の家は、帰る場所は決まってる。


彼女は服についた土を払い、家路についた。
空は晴れ渡り、夕日が赤く照らしていた。

6/15/2023, 8:54:28 AM