わをん

Open App
12/5/2024, 3:19:29 AM

『夢と現実』

現実でいい思いをしたことがないので見る夢はだいたい悪夢だ。だいたいはろくでもない思い出の再放送で、切羽詰まったときのことが再現されて飛び起きたりするとあとあと眠れなくなってしまう。脳の悪夢を見る部分だけ切り取って捨ててしまいたい。
「それ、本当にいただいてもいいんですか?」
どこからか声がして見回すも誰もいない。裾を引っ張られる感覚に下を向くと足元に獣がいた。鼻がやや長くてつるりとしたフォルムはバクに似ていたが体色がパステルカラーをしていた。
「わたし実は夢を食べて生きているものなんですけど、悪夢は特に好物でして」
もじもじと照れながら語る様子はかわいいと形容してもいいはずだったが、現実離れした色のしゃべる獣にはあまり関わりたくないと思わされた。
「気が変わらないうちに早く持ってって」
ことを早く済ませようとして言ったものの、どうやってそこだけを持っていくのだろう、とふと思った。
「では失礼して」
すると膝丈ぐらいの獣は形を無くして頭へと飛びかかってきた。脳を直接触られるような感触と聞いたことのない音が耳に直接響くそれはこれまで経験してきた中でもトップクラスに嫌な体験だった。
げっそりした俺に、ホクホク顔のバクらしき獣はしつこいぐらいに礼を言ってどこかへ去っていった。
という夢から覚めてむくりと起きた。どんな夢を見ていたのだったか、思い出そうとすると何もかもがぼんやりして掴めなくなってしまうが、パステルカラーのバクという、現実にはおよそ存在しなさそうなやつのことと、そいつに頭をどうにかされた感触はなんとなく憶えている。そういえば悪夢を見ずに目覚めたのは久しぶりのことだった。

12/4/2024, 3:20:56 AM

『さよならは言わないで』

最近友達が遊んでくれない。誰と遊んでいるのだろうとそっと伺ってみると、その子は同じ年頃のこどもたちと声を上げてボールを追いかけていた。私の他にも友達ができていることをうれしく思いつつも少し寂しい気持ちになって胸がチクチクした。
私を視ることができるのは小さなこどもか、よっぽど純粋なひとだけ。家の庭でひとり遊びをしていた子に話しかけたときに私はその子の初めての友達になった。
「近くの広場にね、いつもボール遊びしてる人たちがいるの。
でもどうやったら混ぜてもらえるかわからない。
混ぜてって言っても断られたらどうしよう」
少し引っ込み思案な友達を励ましたり背中を押したりしたのは私。それは私のことがいつか見えなくなっても大丈夫なようにしたかったから。
広場から少し離れたところにいた私の元へボールが転がってきた。
「あっ!」
「あっ、」
私の顔を見てパッと顔を輝かせた友達は、一緒に遊ぼう、と誘ってくれた。
「おーい!ボール早く!」
けれど遠くの子はボールは見えているけれど、私のことは見えていないようだった。
「早く行ってあげて」
何度かこちらを気にする友達に私は手を小さく振った。
友達には友達がいて、でも私のことが見えなくなったわけではないことは胸のチクチクをほんのり和らげてくれた。それがたとえ今だけのことだとしても。
ボール遊びの声が響く広場から私はそっと歩き出す。いつかまた遊ぶこともあるかもしれないという思いと、もうそれはないだろうという思いのどちらともが胸から離れなかった。

12/3/2024, 3:27:28 AM

『光と闇の狭間で』

頭上の木に留まった黒い鳥が鳴くと遠いどこかから同じように鳴き声が返ってきた。辺りは夕暮れ。あの鳥には仲間がいて帰るところもあるのだろう。私に仲間はもういない。どこに帰ればいいのかもわからない。
ある日突然聖堂へとやって来た勇者と呼ばれる人は魔王を倒すために力を貸してほしいと言った。その人の素性もよく知らず、勇者という肩書きにつられてついていくことにしたのが間違いの始まりだった。過酷な旅に無謀な挑戦を重ねる勇者は誰よりも強かったが、周りの損害を省みない人だった。死んでも生き返らせればいい。そうすればまた戦える。その考えに異を唱えた瞬間に私は一度殺された。
蘇生魔法で目覚めさせられた私は衰弱したままその場に置き去りにされていた。完全に日が沈んでしまえば魔物が湧く。武器も防具も剥がされた私は太刀打ちできずそのまま胃に収まるか、あるいは野垂れ死にして蘇生の間に合わない状態になるだろう。私を見限った勇者はそうなるようにこの場に切り捨てたのだ。
為すすべのない私の祈った先は女神ではなく魔王だった。勇者と呼ばれる者が私よりも酷い目に遭って苦しめばいいと、心の底から願い、呪った。祈りのさなかに魔物に身を食い破られても、血を失い倒れても構わず口元から呪詛を吐き続けた。
やがて意識が途切れる間際、私は夜の闇よりも濃い影が体を包むのを感じ取っていた。知らず浮かんだ笑みを見たのかおかしそうに笑う声は妙に心地よく耳に馴染んでいた。

12/2/2024, 3:15:58 AM

『距離』

学校に近いところに住んでいたから友達と帰り道を歩くのはせいぜい校門を出て3分ほどの距離。自転車通学で颯爽と校門をくぐり抜けたかったし、帰り道にクラスのうわさや恋バナで盛り上がりたい人生だった。
「自転車は自転車で大変だっつーの」
校門を出て3分ほどの距離を自転車通学の友達は一緒に歩いてくれる。
「天気予報常にチェックしなきゃだし、ダサいヘルメット被れとかうるさいし」
「そのダサいヘルメットにすら羨ましさを憶えているのだが?」
「じゃあ、好きなだけ被れよ」
言って被せてもらえたヘルメットは意外に重たい。これを毎日被って、時にはカッパや長靴を履いて登校するのはなるほど確かに大変そうだった。3分間はあっという間だったけれど、自転車通学者のことを少し理解した帰り道だった。
翌日。
「クラスのうわさ話か恋バナ、どっちか聞きたいな」
「じゃあ恋バナ。まずはおまえから」
突然の恋バナ指名を受けたものの、特に話すこともない。
「……わたし今彼氏いません」
「知ってた」
しばし無言の帰り道。部活に向かう人たちの声や自転車がカラカラ鳴る音がよく聞こえる。
「好きな人は?」
「いない、かな」
「俺はいる」
「えっ、誰!」
自転車を押すダサヘルメットを被った彼は立ち止まらずに前を向いたままおまえ、と言った。私の帰り道はここで終わり。彼は自転車に颯爽とまたがると振り返らずにそのまま長い帰り道を走っていった。立ち止まった私はダサヘルメットから覗いた耳が赤くなっているのに気づいて、顔が熱いと思いながら何も言えずに背中を見送っていた。

12/1/2024, 12:39:12 AM

『泣かないで』

ゆりかごですやすやと眠っていた赤子が急に目覚めて泣き出した。この子とは二度と会えないかもしれないという後ろ髪を引かれる想いを捨ててここから旅立とうとした矢先のことだった。
「あなた、」
「……決心が鈍ってしまうな」
泣き喚く赤子を胸に抱くと不思議とぴたりと泣き止み、また眠りに落ちていこうとする。これから向かう先で私の手は血に染まるだろう。その前に無垢な我が子は私を引き留めたというのだろうか。
「この子を頼む」
妻の腕へと引き渡す。赤子は目覚めなかったが、妻は俯いて涙を零した。
生きて帰ることはないだろう。もし生き延びたとしても、その時の私はふたりに会う資格を失っている。
妻の涙をそっと拭う。
「今までありがとう」
振り返らず歩きながら、背中越しに妻が漏らす嗚咽をただ聞いていた。指先を濡らした温かみはすぐさまに冷えて消えていった。

Next