『泣かないで』
ゆりかごですやすやと眠っていた赤子が急に目覚めて泣き出した。この子とは二度と会えないかもしれないという後ろ髪を引かれる想いを捨ててここから旅立とうとした矢先のことだった。
「あなた、」
「……決心が鈍ってしまうな」
泣き喚く赤子を胸に抱くと不思議とぴたりと泣き止み、また眠りに落ちていこうとする。これから向かう先で私の手は血に染まるだろう。その前に無垢な我が子は私を引き留めたというのだろうか。
「この子を頼む」
妻の腕へと引き渡す。赤子は目覚めなかったが、妻は俯いて涙を零した。
生きて帰ることはないだろう。もし生き延びたとしても、その時の私はふたりに会う資格を失っている。
妻の涙をそっと拭う。
「今までありがとう」
振り返らず歩きながら、背中越しに妻が漏らす嗚咽をただ聞いていた。指先を濡らした温かみはすぐさまに冷えて消えていった。
12/1/2024, 12:39:12 AM