わをん

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12/8/2024, 1:43:46 AM

『部屋の片隅で』

私に与えられたのは屋根裏部屋。部屋の片隅には薄い寝具とベッドがあり、明かり取りの窓にはひびが入って隙間風の漏れるとても寒い部屋だった。
「屋根のあるところに置いてもらえるだけありがたく思うんだね」
いつも着飾っている孤児院の院長は外面はとても良く周りからの評判もいい。けれどここに連れてこられてその評判は当てにならないものだと解ってしまった。
新たに孤児院のこどもとなった私は少ない荷物の中から短い杖を取り出す。両親が遺してくれた大事な物だけど、私はこれの使い方を知らない。ふたりとも優れた魔法の使い手であったけれど、ふたりとも私にすべてを教える前にこの世を去ってしまった。
「私、どうすればいいの」
ボロボロの毛布に包まり寒さに震えながら杖を胸に抱いて眠る。夢でもいいから両親に縋りつきたい気持ちだった。
「なにか困ったことはない?」
聞き覚えのある声が尋ねてくる。
「窓にひびが入っていて部屋がとても寒いの」
「じゃあ窓を直す魔法を教えてあげる」
慣れない寝床と寒さでまだ夜の明け切らない頃に目が覚めたとき、ふと握りしめた杖の感触に気づいた。うっすらと白んだ空の見える窓にはひびが入って隙間風が漏れている。私は杖の使い方を知らなかったけれど、そっと窓に向かって杖を振った。パリ、と音がしたと思うと窓からひびが消えていた。
孤児院では勉強に割かれる時間はほんの僅か。こどもたちは小間使いのように働かされ、食事も粗末なものだった。
「なにか困ったことはない?」
夜毎に声は聞こえ、小さな困りごとをひとつずつ解決できるような魔法が私に備わっていった。ひととき暖かくなる魔法。悲しい気持ちが和らぐ魔法。人に少し優しくなれる魔法。屋根裏部屋の片隅で教わった魔法は孤児院全体を少しずつ変えていった。
今では勉強に割かれる時間が大半となり、週末には奉仕という名で清掃活動をするこどもの姿が見られるようになった。院長の身なりは少し粗末になり、代わりにボロボロの衣服を着ているこどもがいなくなった。みんなお腹いっぱいご飯を食べられているし、寒さに震えることもない。街の外にも聞こえる孤児院の評判の良さは寄宿舎付きの学校にしようという声が上がるほどだった。
ここで過ごした数年間のうちに魔法使いになった私は来たときと同じ少ない荷物を持ち、同じ時を過ごしたこどもたち、そして院長からも別れを惜しまれて孤児院を去った。あの屋根裏部屋には私のような魔法使いになれるかも、という噂が立って、部屋の片隅のベッドは日替わりの抽選が行われるほどの人気になっているらしい。

―――
お知らせ。
書く習慣アプリ、なんとかかんとか毎日書いて1年続けることができました。
毎日書いてた頻度を下げてその分いろんなところで書いてみようかと思います。
どこかでまたお目にかかれますように。

12/7/2024, 4:16:53 AM

『逆さま』

「実は俺、天使なんだよね」
ある日の学校の屋上で、いつものように昼休みに各々の昼食を摂っているとき、彼はそんなことを言った。中2病的なことを言うやつではないとわかっていたものの、あまりに突飛な告白だった。
「なんて?」
「実は俺天使なんだよ」
難しい顔になっていく俺を彼はふと笑う。天使と言えばなんだかふわふわとして優しくて神様の周りを飛んでいるやつという知識ぐらいのものだが、彼はいたって普通の俺の親友だった。
「天使ってなにやるひと」
「神様のお手伝いとかかな」
「じゃあ飛べるの」
「いや飛べない」
ちょうど屋上には俺と彼しかいなかった。彼はおもむろに弁当を置くと立ち上がり、3歩ほど下がった。まばたきの間に、彼の背に翼が現れていた。
「羽根あるじゃん!!!」
「きれいでしょ。でも、飛べないんだ」
まばたきの間に翼は消えて、彼は置いていた弁当にまた手を付け始めた。
「飛べないから天使なんだけど半端者って感じで。神様の役にもまだ立てなくて」
「なんで飛べないの」
「わかんない」
あまり悩みのなさそうなやつと思っていたけれど、彼は少し落ち込んでいるようだった。
「なんで今、俺にカミングアウトしてきたの」
「俺らもうすぐ卒業じゃん。今みたいにいつでも会えなくなる前に言っときたかった」
「ふーん」
卒業した後の彼がどこへ行くのかを想像してみる。話を聞く前なら大学生らしく飲み会や合コンなどにも行くのだろうなと思っていただろうけど、話を聞いてしまえば空から俺のことを眺めたりたまにはちょっかい出したりするのだろうなというイメージがふいに出てきた。
「まぁ、大丈夫なんじゃない?」
思っていたことを伝えると、彼は一瞬ポカンとしてから涙ぐみ、俺に抱きついてきた。まさか泣かれるとは思わなかった。
「……ありがとう」
彼の安堵の滲んだ声を聞きながら背中を軽く叩く。高校生活終わりかけの冬の一大事はそんなふうに過ぎて、それももう1年前のことになった。
クリスマスムード真っ盛りの街を普通の週末として過ごす俺の前に羽毛のようにふわりとしたものが落ちてくる。空を見上げてみると天使がひとり、逆さまになって近づいてきた。
「元気そうじゃん」
周りから見ればただ空を見上げる人な俺は、親友からデコピンを受けた額をさすってから、また街を歩き始めた。

12/6/2024, 3:54:08 AM

『眠れないほど』

夜が更けても将棋の駒をパチパチ音を立てて置いていると、近所の猫がやって来た。猫は夜もよく眠るものかと思っていたがそいつの目は爛々と輝いていておまけに尻尾が2本もあった。
「一局どうだい」
猫がニャオンと鳴いたので駒を並べ直して勝負を始めることになった。
定石通りに歩兵を動かすと猫も毛むくじゃらの手を器用に動かして歩兵を動かしてくる。一手一手を動かすうちに猫は念力を使うようになっていたが、それも気にならないぐらいに戦局は一進一退の攻防を繰り広げていた。
「ニャオン」
会心の一手を置いてしばらくの間の後、参りましたというように猫がうなだれた。とはいえ相手もなかなか腕が立ち、一歩読みが違えばこちらが負けているような対局だった。
「ミーちゃーん、ごはんよー」
近所のおばさんの声に猫は身を翻して去っていく。とっぷり暮れていたはずの夜はいつの間にか慌ただしさの漂う朝になっていた。

12/5/2024, 3:19:29 AM

『夢と現実』

現実でいい思いをしたことがないので見る夢はだいたい悪夢だ。だいたいはろくでもない思い出の再放送で、切羽詰まったときのことが再現されて飛び起きたりするとあとあと眠れなくなってしまう。脳の悪夢を見る部分だけ切り取って捨ててしまいたい。
「それ、本当にいただいてもいいんですか?」
どこからか声がして見回すも誰もいない。裾を引っ張られる感覚に下を向くと足元に獣がいた。鼻がやや長くてつるりとしたフォルムはバクに似ていたが体色がパステルカラーをしていた。
「わたし実は夢を食べて生きているものなんですけど、悪夢は特に好物でして」
もじもじと照れながら語る様子はかわいいと形容してもいいはずだったが、現実離れした色のしゃべる獣にはあまり関わりたくないと思わされた。
「気が変わらないうちに早く持ってって」
ことを早く済ませようとして言ったものの、どうやってそこだけを持っていくのだろう、とふと思った。
「では失礼して」
すると膝丈ぐらいの獣は形を無くして頭へと飛びかかってきた。脳を直接触られるような感触と聞いたことのない音が耳に直接響くそれはこれまで経験してきた中でもトップクラスに嫌な体験だった。
げっそりした俺に、ホクホク顔のバクらしき獣はしつこいぐらいに礼を言ってどこかへ去っていった。
という夢から覚めてむくりと起きた。どんな夢を見ていたのだったか、思い出そうとすると何もかもがぼんやりして掴めなくなってしまうが、パステルカラーのバクという、現実にはおよそ存在しなさそうなやつのことと、そいつに頭をどうにかされた感触はなんとなく憶えている。そういえば悪夢を見ずに目覚めたのは久しぶりのことだった。

12/4/2024, 3:20:56 AM

『さよならは言わないで』

最近友達が遊んでくれない。誰と遊んでいるのだろうとそっと伺ってみると、その子は同じ年頃のこどもたちと声を上げてボールを追いかけていた。私の他にも友達ができていることをうれしく思いつつも少し寂しい気持ちになって胸がチクチクした。
私を視ることができるのは小さなこどもか、よっぽど純粋なひとだけ。家の庭でひとり遊びをしていた子に話しかけたときに私はその子の初めての友達になった。
「近くの広場にね、いつもボール遊びしてる人たちがいるの。
でもどうやったら混ぜてもらえるかわからない。
混ぜてって言っても断られたらどうしよう」
少し引っ込み思案な友達を励ましたり背中を押したりしたのは私。それは私のことがいつか見えなくなっても大丈夫なようにしたかったから。
広場から少し離れたところにいた私の元へボールが転がってきた。
「あっ!」
「あっ、」
私の顔を見てパッと顔を輝かせた友達は、一緒に遊ぼう、と誘ってくれた。
「おーい!ボール早く!」
けれど遠くの子はボールは見えているけれど、私のことは見えていないようだった。
「早く行ってあげて」
何度かこちらを気にする友達に私は手を小さく振った。
友達には友達がいて、でも私のことが見えなくなったわけではないことは胸のチクチクをほんのり和らげてくれた。それがたとえ今だけのことだとしても。
ボール遊びの声が響く広場から私はそっと歩き出す。いつかまた遊ぶこともあるかもしれないという思いと、もうそれはないだろうという思いのどちらともが胸から離れなかった。

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