わをん

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4/17/2025, 4:24:41 AM

『遠くの声』

春のあたたかさに目を覚ました蛙たちがよく鳴く夜。寝支度をしているときに山の方からおーいという声を聞いた。窓から様子を伺おうとしたけれど普段は温厚な爺ちゃんが鋭い声でそれを制した。
「覗くな。目が合うぞ」
爺ちゃんがこういうときは素直に言うことを聞いたほうが間違いはない。
「あれは何の声?」
明かりを消した部屋で隣のふとんにいる爺ちゃんに尋ねると、落ち着いた声で答えてくれた。
「よくはわからんが、まぁ悪さをするやつだ。春先になると出てきて呼びかけに応えたこどもなんかを攫っちまう」
おーい、と山の方から声が聞こえる。また声が変わってやがる、と爺ちゃんがぼそりと言った。
「攫われた子はどうなるの」
「あれになったのかもしれんな」
鬼ごっこのように捕まってしまうと鬼になってしまうのだろうか。代わりのひとが見つかるまで山から呼びかけるだけのよくわからないものは、どんな思いをしているのだろう。
「……もう寝ろ」
「うん、おやすみ」
爺ちゃんに聞こうとしたことはまだあったけれどそう言われてしまったので素直に言うことを聞いて目を閉じた。おーい、と山の方から声が聞こえていた。

4/14/2025, 4:22:44 AM

『ひとひら』

夥しく咲いた花は春の嵐によって散らされ叩きつけられて無惨とも呼べるほどちりぢりになっていた。雨の湿り気を残して折り重なるように積まれた花弁は美しい色をしていたがきれいと形容するには程遠い。
昔々に似た光景を見ていたような気がする。私は花だったか、それとも嵐の方であったか。

ふと、枝先に残った花が冷たさの残る風に吹かれてひとひら宙に舞った。あちらこちらへ身を翻しながらやがて地に落ち土に還る姿は地に落ちているすべての花がきっと夢見た最期そのもの。元に戻ることは二度とない。
私は嵐であったことを思い出してその場に蹲った。

12/8/2024, 1:43:46 AM

『部屋の片隅で』

私に与えられたのは屋根裏部屋。部屋の片隅には薄い寝具とベッドがあり、明かり取りの窓にはひびが入って隙間風の漏れるとても寒い部屋だった。
「屋根のあるところに置いてもらえるだけありがたく思うんだね」
いつも着飾っている孤児院の院長は外面はとても良く周りからの評判もいい。けれどここに連れてこられてその評判は当てにならないものだと解ってしまった。
新たに孤児院のこどもとなった私は少ない荷物の中から短い杖を取り出す。両親が遺してくれた大事な物だけど、私はこれの使い方を知らない。ふたりとも優れた魔法の使い手であったけれど、ふたりとも私にすべてを教える前にこの世を去ってしまった。
「私、どうすればいいの」
ボロボロの毛布に包まり寒さに震えながら杖を胸に抱いて眠る。夢でもいいから両親に縋りつきたい気持ちだった。
「なにか困ったことはない?」
聞き覚えのある声が尋ねてくる。
「窓にひびが入っていて部屋がとても寒いの」
「じゃあ窓を直す魔法を教えてあげる」
慣れない寝床と寒さでまだ夜の明け切らない頃に目が覚めたとき、ふと握りしめた杖の感触に気づいた。うっすらと白んだ空の見える窓にはひびが入って隙間風が漏れている。私は杖の使い方を知らなかったけれど、そっと窓に向かって杖を振った。パリ、と音がしたと思うと窓からひびが消えていた。
孤児院では勉強に割かれる時間はほんの僅か。こどもたちは小間使いのように働かされ、食事も粗末なものだった。
「なにか困ったことはない?」
夜毎に声は聞こえ、小さな困りごとをひとつずつ解決できるような魔法が私に備わっていった。ひととき暖かくなる魔法。悲しい気持ちが和らぐ魔法。人に少し優しくなれる魔法。屋根裏部屋の片隅で教わった魔法は孤児院全体を少しずつ変えていった。
今では勉強に割かれる時間が大半となり、週末には奉仕という名で清掃活動をするこどもの姿が見られるようになった。院長の身なりは少し粗末になり、代わりにボロボロの衣服を着ているこどもがいなくなった。みんなお腹いっぱいご飯を食べられているし、寒さに震えることもない。街の外にも聞こえる孤児院の評判の良さは寄宿舎付きの学校にしようという声が上がるほどだった。
ここで過ごした数年間のうちに魔法使いになった私は来たときと同じ少ない荷物を持ち、同じ時を過ごしたこどもたち、そして院長からも別れを惜しまれて孤児院を去った。あの屋根裏部屋には私のような魔法使いになれるかも、という噂が立って、部屋の片隅のベッドは日替わりの抽選が行われるほどの人気になっているらしい。

―――
お知らせ。
書く習慣アプリ、なんとかかんとか毎日書いて1年続けることができました。
毎日書いてた頻度を下げてその分いろんなところで書いてみようかと思います。
どこかでまたお目にかかれますように。

12/7/2024, 4:16:53 AM

『逆さま』

「実は俺、天使なんだよね」
ある日の学校の屋上で、いつものように昼休みに各々の昼食を摂っているとき、彼はそんなことを言った。中2病的なことを言うやつではないとわかっていたものの、あまりに突飛な告白だった。
「なんて?」
「実は俺天使なんだよ」
難しい顔になっていく俺を彼はふと笑う。天使と言えばなんだかふわふわとして優しくて神様の周りを飛んでいるやつという知識ぐらいのものだが、彼はいたって普通の俺の親友だった。
「天使ってなにやるひと」
「神様のお手伝いとかかな」
「じゃあ飛べるの」
「いや飛べない」
ちょうど屋上には俺と彼しかいなかった。彼はおもむろに弁当を置くと立ち上がり、3歩ほど下がった。まばたきの間に、彼の背に翼が現れていた。
「羽根あるじゃん!!!」
「きれいでしょ。でも、飛べないんだ」
まばたきの間に翼は消えて、彼は置いていた弁当にまた手を付け始めた。
「飛べないから天使なんだけど半端者って感じで。神様の役にもまだ立てなくて」
「なんで飛べないの」
「わかんない」
あまり悩みのなさそうなやつと思っていたけれど、彼は少し落ち込んでいるようだった。
「なんで今、俺にカミングアウトしてきたの」
「俺らもうすぐ卒業じゃん。今みたいにいつでも会えなくなる前に言っときたかった」
「ふーん」
卒業した後の彼がどこへ行くのかを想像してみる。話を聞く前なら大学生らしく飲み会や合コンなどにも行くのだろうなと思っていただろうけど、話を聞いてしまえば空から俺のことを眺めたりたまにはちょっかい出したりするのだろうなというイメージがふいに出てきた。
「まぁ、大丈夫なんじゃない?」
思っていたことを伝えると、彼は一瞬ポカンとしてから涙ぐみ、俺に抱きついてきた。まさか泣かれるとは思わなかった。
「……ありがとう」
彼の安堵の滲んだ声を聞きながら背中を軽く叩く。高校生活終わりかけの冬の一大事はそんなふうに過ぎて、それももう1年前のことになった。
クリスマスムード真っ盛りの街を普通の週末として過ごす俺の前に羽毛のようにふわりとしたものが落ちてくる。空を見上げてみると天使がひとり、逆さまになって近づいてきた。
「元気そうじゃん」
周りから見ればただ空を見上げる人な俺は、親友からデコピンを受けた額をさすってから、また街を歩き始めた。

12/6/2024, 3:54:08 AM

『眠れないほど』

夜が更けても将棋の駒をパチパチ音を立てて置いていると、近所の猫がやって来た。猫は夜もよく眠るものかと思っていたがそいつの目は爛々と輝いていておまけに尻尾が2本もあった。
「一局どうだい」
猫がニャオンと鳴いたので駒を並べ直して勝負を始めることになった。
定石通りに歩兵を動かすと猫も毛むくじゃらの手を器用に動かして歩兵を動かしてくる。一手一手を動かすうちに猫は念力を使うようになっていたが、それも気にならないぐらいに戦局は一進一退の攻防を繰り広げていた。
「ニャオン」
会心の一手を置いてしばらくの間の後、参りましたというように猫がうなだれた。とはいえ相手もなかなか腕が立ち、一歩読みが違えばこちらが負けているような対局だった。
「ミーちゃーん、ごはんよー」
近所のおばさんの声に猫は身を翻して去っていく。とっぷり暮れていたはずの夜はいつの間にか慌ただしさの漂う朝になっていた。

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