わをん

Open App

『遠くの声』

春のあたたかさに目を覚ました蛙たちがよく鳴く夜。寝支度をしているときに山の方からおーいという声を聞いた。窓から様子を伺おうとしたけれど普段は温厚な爺ちゃんが鋭い声でそれを制した。
「覗くな。目が合うぞ」
爺ちゃんがこういうときは素直に言うことを聞いたほうが間違いはない。
「あれは何の声?」
明かりを消した部屋で隣のふとんにいる爺ちゃんに尋ねると、落ち着いた声で答えてくれた。
「よくはわからんが、まぁ悪さをするやつだ。春先になると出てきて呼びかけに応えたこどもなんかを攫っちまう」
おーい、と山の方から声が聞こえる。また声が変わってやがる、と爺ちゃんがぼそりと言った。
「攫われた子はどうなるの」
「あれになったのかもしれんな」
鬼ごっこのように捕まってしまうと鬼になってしまうのだろうか。代わりのひとが見つかるまで山から呼びかけるだけのよくわからないものは、どんな思いをしているのだろう。
「……もう寝ろ」
「うん、おやすみ」
爺ちゃんに聞こうとしたことはまだあったけれどそう言われてしまったので素直に言うことを聞いて目を閉じた。おーい、と山の方から声が聞こえていた。

4/17/2025, 4:24:41 AM