わをん

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『部屋の片隅で』

私に与えられたのは屋根裏部屋。部屋の片隅には薄い寝具とベッドがあり、明かり取りの窓にはひびが入って隙間風の漏れるとても寒い部屋だった。
「屋根のあるところに置いてもらえるだけありがたく思うんだね」
いつも着飾っている孤児院の院長は外面はとても良く周りからの評判もいい。けれどここに連れてこられてその評判は当てにならないものだと解ってしまった。
新たに孤児院のこどもとなった私は少ない荷物の中から短い杖を取り出す。両親が遺してくれた大事な物だけど、私はこれの使い方を知らない。ふたりとも優れた魔法の使い手であったけれど、ふたりとも私にすべてを教える前にこの世を去ってしまった。
「私、どうすればいいの」
ボロボロの毛布に包まり寒さに震えながら杖を胸に抱いて眠る。夢でもいいから両親に縋りつきたい気持ちだった。
「なにか困ったことはない?」
聞き覚えのある声が尋ねてくる。
「窓にひびが入っていて部屋がとても寒いの」
「じゃあ窓を直す魔法を教えてあげる」
慣れない寝床と寒さでまだ夜の明け切らない頃に目が覚めたとき、ふと握りしめた杖の感触に気づいた。うっすらと白んだ空の見える窓にはひびが入って隙間風が漏れている。私は杖の使い方を知らなかったけれど、そっと窓に向かって杖を振った。パリ、と音がしたと思うと窓からひびが消えていた。
孤児院では勉強に割かれる時間はほんの僅か。こどもたちは小間使いのように働かされ、食事も粗末なものだった。
「なにか困ったことはない?」
夜毎に声は聞こえ、小さな困りごとをひとつずつ解決できるような魔法が私に備わっていった。ひととき暖かくなる魔法。悲しい気持ちが和らぐ魔法。人に少し優しくなれる魔法。屋根裏部屋の片隅で教わった魔法は孤児院全体を少しずつ変えていった。
今では勉強に割かれる時間が大半となり、週末には奉仕という名で清掃活動をするこどもの姿が見られるようになった。院長の身なりは少し粗末になり、代わりにボロボロの衣服を着ているこどもがいなくなった。みんなお腹いっぱいご飯を食べられているし、寒さに震えることもない。街の外にも聞こえる孤児院の評判の良さは寄宿舎付きの学校にしようという声が上がるほどだった。
ここで過ごした数年間のうちに魔法使いになった私は来たときと同じ少ない荷物を持ち、同じ時を過ごしたこどもたち、そして院長からも別れを惜しまれて孤児院を去った。あの屋根裏部屋には私のような魔法使いになれるかも、という噂が立って、部屋の片隅のベッドは日替わりの抽選が行われるほどの人気になっているらしい。

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お知らせ。
書く習慣アプリ、なんとかかんとか毎日書いて1年続けることができました。
毎日書いてた頻度を下げてその分いろんなところで書いてみようかと思います。
どこかでまたお目にかかれますように。

12/8/2024, 1:43:46 AM