『逆さま』
「実は俺、天使なんだよね」
ある日の学校の屋上で、いつものように昼休みに各々の昼食を摂っているとき、彼はそんなことを言った。中2病的なことを言うやつではないとわかっていたものの、あまりに突飛な告白だった。
「なんて?」
「実は俺天使なんだよ」
難しい顔になっていく俺を彼はふと笑う。天使と言えばなんだかふわふわとして優しくて神様の周りを飛んでいるやつという知識ぐらいのものだが、彼はいたって普通の俺の親友だった。
「天使ってなにやるひと」
「神様のお手伝いとかかな」
「じゃあ飛べるの」
「いや飛べない」
ちょうど屋上には俺と彼しかいなかった。彼はおもむろに弁当を置くと立ち上がり、3歩ほど下がった。まばたきの間に、彼の背に翼が現れていた。
「羽根あるじゃん!!!」
「きれいでしょ。でも、飛べないんだ」
まばたきの間に翼は消えて、彼は置いていた弁当にまた手を付け始めた。
「飛べないから天使なんだけど半端者って感じで。神様の役にもまだ立てなくて」
「なんで飛べないの」
「わかんない」
あまり悩みのなさそうなやつと思っていたけれど、彼は少し落ち込んでいるようだった。
「なんで今、俺にカミングアウトしてきたの」
「俺らもうすぐ卒業じゃん。今みたいにいつでも会えなくなる前に言っときたかった」
「ふーん」
卒業した後の彼がどこへ行くのかを想像してみる。話を聞く前なら大学生らしく飲み会や合コンなどにも行くのだろうなと思っていただろうけど、話を聞いてしまえば空から俺のことを眺めたりたまにはちょっかい出したりするのだろうなというイメージがふいに出てきた。
「まぁ、大丈夫なんじゃない?」
思っていたことを伝えると、彼は一瞬ポカンとしてから涙ぐみ、俺に抱きついてきた。まさか泣かれるとは思わなかった。
「……ありがとう」
彼の安堵の滲んだ声を聞きながら背中を軽く叩く。高校生活終わりかけの冬の一大事はそんなふうに過ぎて、それももう1年前のことになった。
クリスマスムード真っ盛りの街を普通の週末として過ごす俺の前に羽毛のようにふわりとしたものが落ちてくる。空を見上げてみると天使がひとり、逆さまになって近づいてきた。
「元気そうじゃん」
周りから見ればただ空を見上げる人な俺は、親友からデコピンを受けた額をさすってから、また街を歩き始めた。
12/7/2024, 4:16:53 AM