わをん

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『距離』

学校に近いところに住んでいたから友達と帰り道を歩くのはせいぜい校門を出て3分ほどの距離。自転車通学で颯爽と校門をくぐり抜けたかったし、帰り道にクラスのうわさや恋バナで盛り上がりたい人生だった。
「自転車は自転車で大変だっつーの」
校門を出て3分ほどの距離を自転車通学の友達は一緒に歩いてくれる。
「天気予報常にチェックしなきゃだし、ダサいヘルメット被れとかうるさいし」
「そのダサいヘルメットにすら羨ましさを憶えているのだが?」
「じゃあ、好きなだけ被れよ」
言って被せてもらえたヘルメットは意外に重たい。これを毎日被って、時にはカッパや長靴を履いて登校するのはなるほど確かに大変そうだった。3分間はあっという間だったけれど、自転車通学者のことを少し理解した帰り道だった。
翌日。
「クラスのうわさ話か恋バナ、どっちか聞きたいな」
「じゃあ恋バナ。まずはおまえから」
突然の恋バナ指名を受けたものの、特に話すこともない。
「……わたし今彼氏いません」
「知ってた」
しばし無言の帰り道。部活に向かう人たちの声や自転車がカラカラ鳴る音がよく聞こえる。
「好きな人は?」
「いない、かな」
「俺はいる」
「えっ、誰!」
自転車を押すダサヘルメットを被った彼は立ち止まらずに前を向いたままおまえ、と言った。私の帰り道はここで終わり。彼は自転車に颯爽とまたがると振り返らずにそのまま長い帰り道を走っていった。立ち止まった私はダサヘルメットから覗いた耳が赤くなっているのに気づいて、顔が熱いと思いながら何も言えずに背中を見送っていた。

12/2/2024, 3:15:58 AM