わをん

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11/30/2024, 4:15:07 AM

『冬のはじまり』

ある日いつものようにコンビニに入るとこれまでなかったガラスケースがレジ前に鎮座していた。もうそんな時期なのか、と思わず声に出し、そしておもむろに近づく。ケースは内側が水滴で曇っているところもあり、内部の湿度の高さを物語っている。中におわすのはふくよかなボディに肉やあんこやピザを内包したバラエティに富んだ饅頭たち。そう。コンビニ肉まんの季節がやってきたのだ。
「肉まんください!」
思ったより大きな声が出て顔なじみの店員さんに笑われたけれど一切かまわない。会計を済ませて店の外に出るやいなや、火傷しそうに熱い肉まんに早速かぶりついた。およそ1年ぶりの邂逅に過去の記憶の中で消えつつあった肉まんの味が新たに書き込まれる。
「始まったな、冬」
ひとり呟いたあとは肉まんのおいしさに感謝を捧げつつ、無心に味わい尽くすばかりだった。

11/29/2024, 3:25:38 AM

『終わらせないで』

国を勝利へと導いた陛下と私と、謎の余所者。功労者は数多といたが、特にこの3人は凱旋のときから民衆に英雄だと讃えられるようになった。
素性の知れぬ異国の者が領内にやって来たとき、私は速やかに排除すべきだと進言した。しかし陛下は私を制し、それどころか参謀に迎えると言った。
「長く膠着の続いた戦局には新たな風が必要だ」
正直言って承服しかねたが、陛下の意向を覆すことはできない。結果としてはあの決断がなければ我らの国は今も敵国と睨み合いを続けていたか、或いは敗残国となっていた。私の目よりも陛下の目が遥かに優れていたということになる。
陛下と私とは幼少の頃からの主従であった。主従ではあったが、こどもの頃にはこどもらしく戯れ、互いに好意を抱き合っていた。こどもらしい恋に耽ってはいたものの、身分のことを思えば婚姻は叶うこともないと徐々に理解し、そしてそれぞれの婚約が決まりつつあった頃に戦争が起こった。発端は彼女の父君が弑されたことであった。皇女である彼女は婚約を取りやめて女王となり、国を率いる立場になった。私は婚約を破棄し、陛下のあらゆる補佐を務めるために奔走した。
戦争の終わった今も私の想いはあの頃のまま。しかし陛下は国を救ったあの余所者に心を傾けているのかもしれない。もし彼が陛下に求婚することがあれば、陛下は迷わずその手を取るのだろうか。もしそうなれば、ただの臣下の私には何も覆すことができない。平気な顔で祝福できる気もしない。
王の間には私と陛下がいる。心の靄を何ひとつ言葉にできないまま、私は参謀である彼が部屋へと入ってくるのをただ見つめていた。

11/28/2024, 4:44:03 AM

『愛情』

死後の世界で最初に見たものはこれまでの人生の成績発表だった。ここはファインプレーだった、あそこはだめだった、とどこからともなく謎のプレイバックと解説がなされて、自分でもそうだったな、よくなかったな、と納得していく。
自分がやってきたことの回が終わると今度は他者からの愛情を示された。自分が好きだったひとになんの興味も持たれていなかったり、自分がなんとも思っていなかった人から好かれていたりと興味深いものばかりの中、ツートップは揺るぎなく父と母だったが、次点にいたのは見覚えのない人だった。きょうだいの中で長男だった私には兄がいたということをその時に思い出した。
生を受けて名付けられ、しかし間もなく亡くなった兄は私を護ってくれていた。兄はどんなことを思って見守ってくれていたのだろう。親から弟たちへの愛情を羨むことや、長きに渡った人生と自分とを比べることなどなかったのだろうか。
会って話してみたい。そう思った私は生前へ別れを告げて兄を探すことにした。

11/27/2024, 3:19:17 AM

『微熱』

職場が同じあの人を前にするとカッと体が熱くなってしまい、何も話せなくなる。体温計で測ってみたらきっと微熱か高熱一歩手前ぐらいの数値は叩き出せるんじゃないか。いつかデートに誘ってみたいという思いはあるものの、こんなことではいつまで経ってもデートの誘いは出来そうもない。どうしたらデートの誘いをかけられるだろうと同僚に相談してみると、そういう状態になるような相手とは恋愛に向いてないと言われてしまった。
そんな同僚があの人と街を歩いているのを見かけてしまった。こちらに気づいた同僚は目を逸らしたが、あの人は私に向けて手を振ってくれた。私の体は今までのようにカッと熱くはならなかったので、落ち着いて笑顔で手を振り返せたと思う。ふたりと私は軽く会話をして別れた。
家に帰り着いた私はなんだか具合が悪い気がしてきてベッドに横になった。あの人のことを想ってもこれまでのように楽しくならない。あの人を前にする場面を想像してみても体温はきっと微熱にも届かない。同僚はどんなことを思いながら私の相談を聞いていたのだろう。いろいろと想像することか嫌になって、私は目を閉じてしまった。
翌日。私はあの人と昨日の話になった。
「えっ、付き合ってるわけではないんですか?」
「うん。買い物付き合ってとは言われたけど、それだけ」
昨日の具合の悪さを引きずっていた私は途端に元気が出てきた気がした。そして、ふと、体がカッとなることなく会話ができていることに気がついた。同僚の理論で言うなら、恋愛に向いているということになる。
「じゃ、じゃあ、私とデートしてくれませんか?」
「デートなんだ。買い物じゃなくて?」
「デートです!」
ふふとあの人は笑うと、いいよと返事をしてくれた。返事を受けた私の体は今おそらく微熱以上にはなっているに違いなかった。

11/26/2024, 3:23:47 AM

『太陽の下で』

夜の街で夜の蝶としてずっと働いてきた。親が逃げて残した借金を返すまではどんな客にも愛想を良くして媚びを売ってずっと耐え続けてきた。女の盛りのすべてを費やしてきた日々もようやく今日で終わる。
ただの商売相手のひとりだったひとには借金を返すまではここから離れられないと伝えていた。いつまでだって待つよという言葉を最初は素直に受け取れなかったけれど、あれから今日まで本当に待ってくれていたそのひとの元へ私は白昼堂々会いに行ける。
夜の蝶としての服装や化粧は慣れたものだったけれど、そうではない普通の格好で、化粧もろくにしないままの顔で会うことをなぜかとても恥ずかしく思いながら呼び鈴を鳴らす。少ない荷物を手に扉の前に立っていた私を彼はまじまじと見つめていた。
「……なにか言ってよ」
「明るいところで見るの初めてだったから、つい」
「明るいと、シワとかシミとか、結構わかるでしょ」
「わかるけど、それもきれいだって思ってた」
決して褒め言葉ではないそれに、私はなぜか涙が溢れてしまった。ぐしゃぐしゃでべそべそになった泣き顔までをもきれいと言った彼を私は力のこもらない手で少しだけ殴った。

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