わをん

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11/25/2024, 3:24:26 AM

『セーター』

一年生のときから仲良くしていた親友が海外に旅立っていった。親の都合もあるけれど、そもそも頭がいいやつだったので今の学校よりレベルの高いところへ編入学すると決めているらしい。彼はゆくゆくは国立大学へと進むのだと野望を口にしていた。英語を話すことすらハードルが高そうなのに不安も迷いもなく夢を話してくれた親友はいつもバカ話をしている姿からのギャップも相まってなんだか遠い存在に感じられて、別離することよりも寂しく思ってしまった。
もう会う機会もないのかもしれない。漠然とそんなふうに思い、ぼんやりと時を過ごしていた自分のもとに海外から荷物が届いた。差出人は親友から。
『俺たちズッ友だょ』
荷物に付いていた簡単なメモにはそう書かれていて、いつか似たようなことをプリ機でも書いていたなと思い出す。そして梱包を開けてみると、赤と緑のビビッドな色づかいにサンタクロースがデカデカと表現されたセーターが入っていた。
「ダッッサ!」
思わず口にし、身震いしてしまうほどのダサセーターだった。親友がどんな顔をしてこれを見つけ、買って、そして自分に送りつけてきたのか逐一想像できてしまう。ならばやることはひとつしかない。クソダサいセーターを身に纏った俺はアウターも着ずに家を出た。クリスマスには早すぎるし、独特な色づかいのそれはすれ違う人たちからの注目を浴びに浴びたが、プリ機へと向かう足に迷いはなかった。

11/24/2024, 2:12:23 AM

『落ちていく』

ごゆっくりどうぞ、と店員がテーブルに砂時計を返して置いていった。3分間砂が落ちていく間にポットの中の紅茶の葉が開く。アップルパイを頼んだけれど手を付けられていないのは向かい合う人から別れ話を切り出されたから。いつものデートに行くつもりでいつものお店でいつものパイと紅茶を頼んだのに、彼はそんなつもりでは来ていなかったのか。
どうしてと聞けば好きな人ができたという。どこでと聞けば職場の年上のシングルマザーの先輩だという。私みたいなふわふわと夢見がちな人ではなく、自立してがんばっているひとに惹かれたのだという。私だってかわいく見えるように仕草を研究して、私だって自分のお金で服もメイクもがんばってるのに、そのがんばりをそんな一言で片付けられるような見方をされていたなんて。
ごめん、の一言から沈黙が続いていた。彼の心が離れていることは理解できた。けれど私が劣っているというようなことを言われたのが許せなかった。
3分前の私からなにかが失われている。砂時計の砂が落ちきった時、彼は席を立とうとした。私はカトラリーの中からアップルパイを切るためのナイフを迷わず手にしていた。

11/23/2024, 5:22:49 AM

『夫婦』

落葉の舞う公園を年老いた夫婦が手を繋いで寄り添って歩いていた。あんなふうに仲睦まじくいたいと思うも私の妻は隣にいない。
時を越える能力がいつから私に備わっていたのか定かではないが、おそらくは幼少の頃の実験によるものだろう。非人道的な施設から救い出されてからは周りの協力もありただのこどもとして育つことができた。能力を発揮するような場面とも無縁なまま大人になり、妻となる人と出会えた。
このまま穏やかに過ごせるものと思っていたが、幼少の頃の因果は私をそうさせてはくれず、私から妻を奪った。そのときに、私に備わった能力はこの時のためのものと思うようになった。
妻を救うために時を越え、そしてまた失い、また時を越える。考えうる分岐点を何千何万回とやり直しても私は妻のことを救えない。次第に心は擦り減って、私は妻がいないままの時を過ごすようになっていた。
「もし、そこのあなた」
前から歩いてきた老夫婦が私に話しかけてきた。
「諦めてはいけませんよ」
何を、と問う前にふたりの顔にある私と妻の面影に気づく。
「あなたたちは、」
私が言いさすのを制した夫婦は何も言わずに穏やかに微笑み、そして去っていった。呆然とふたりを見送った私は萎えていた心が希望に膨らむのを感じていた。

11/22/2024, 3:28:59 AM

『どうすればいいの?』

散歩中にいい感じの棒状のものを見つけるとついつい拾ってしまう習性のある我が家の飼い犬は、口に棒状のものをくわえたまま途方に暮れていた。彼の目の前には犬一匹ならすいすい通れるぐらいの間口の門があるのだが、きょうの得物は彼の口の両脇から大幅にはみ出ていた。ゆえに棒状のものをくわえたままでは到底通れない。犬も途方に暮れることがあるのだな、と思う私に助けを求めるような目が訴えかけてくる。
「その棒一旦ちょうだい?」
門を通るための打開策を提案してみるも、小さく唸る声が返ってくる。かれこれ5分ぐらいは問答を繰り返しているのだが彼は妥協を許さない柴犬の雄4才であった。
私が強硬策を発動するのは忍びない。かといってこのままでは永遠に家に帰り着けない。どうすればいいのだろう。彼と同じように私も途方に暮れ始めていた。

11/21/2024, 6:11:51 AM

『宝物』

物心ついたころにはすでに孤児となっていた。布にくるまれた赤子であった私のそばには古びた鍵だけがあり、他には手紙も何もなかった。私の親は名前も残さず、この鍵に何を託していったのか。それを気がかりに私は成長し、施設を出られる齢になった。
世の中ではダンジョンの探索が大いに賑わっており、その中でも開かずの宝箱と呼ばれるものが世間の噂の的だった。とあるダンジョンにうごめく魔物たちは強大でそれを跳ね除けて辿り着いた奥底には宝箱があるのだという。宝箱までの道中はもちろん、その箱の周りにはこれまでに鍵開けに挑んだ者たちの成れの果てが散っているらしい。
この鍵はその箱のためのものなのではないか。噂を聞いたときからあった根拠のない自信はダンジョンに一足入ったときに確信に変わった。魔物たちがこちらに気づいていてもどうしてか襲ってこない。周りの大人たちが無謀だと引き止めてくれていたのが杞憂に終わるほど、すんなりと箱の前へとたどり着くことができてしまった。
開かずの宝箱と呼ばれるそれに鍵を差し込み回すとカチリと音がする。中に入っていた宝物は遺物と呼ばれるような高尚なものでも今の技術では到底作り得ないマジックアイテムでもなく、私ただひとりに宛てたメッセージだった。私の生い立ち、私の本当の名前、私の役目。それらが父や母とおぼしき幻の姿を借りて語りかけてくる。閉じていた瞳を開いた時、私の中に眠っていたなにかが目覚めたとわかった。

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