『宝物』
物心ついたころにはすでに孤児となっていた。布にくるまれた赤子であった私のそばには古びた鍵だけがあり、他には手紙も何もなかった。私の親は名前も残さず、この鍵に何を託していったのか。それを気がかりに私は成長し、施設を出られる齢になった。
世の中ではダンジョンの探索が大いに賑わっており、その中でも開かずの宝箱と呼ばれるものが世間の噂の的だった。とあるダンジョンにうごめく魔物たちは強大でそれを跳ね除けて辿り着いた奥底には宝箱があるのだという。宝箱までの道中はもちろん、その箱の周りにはこれまでに鍵開けに挑んだ者たちの成れの果てが散っているらしい。
この鍵はその箱のためのものなのではないか。噂を聞いたときからあった根拠のない自信はダンジョンに一足入ったときに確信に変わった。魔物たちがこちらに気づいていてもどうしてか襲ってこない。周りの大人たちが無謀だと引き止めてくれていたのが杞憂に終わるほど、すんなりと箱の前へとたどり着くことができてしまった。
開かずの宝箱と呼ばれるそれに鍵を差し込み回すとカチリと音がする。中に入っていた宝物は遺物と呼ばれるような高尚なものでも今の技術では到底作り得ないマジックアイテムでもなく、私ただひとりに宛てたメッセージだった。私の生い立ち、私の本当の名前、私の役目。それらが父や母とおぼしき幻の姿を借りて語りかけてくる。閉じていた瞳を開いた時、私の中に眠っていたなにかが目覚めたとわかった。
11/21/2024, 6:11:51 AM