『落ちていく』
ごゆっくりどうぞ、と店員がテーブルに砂時計を返して置いていった。3分間砂が落ちていく間にポットの中の紅茶の葉が開く。アップルパイを頼んだけれど手を付けられていないのは向かい合う人から別れ話を切り出されたから。いつものデートに行くつもりでいつものお店でいつものパイと紅茶を頼んだのに、彼はそんなつもりでは来ていなかったのか。
どうしてと聞けば好きな人ができたという。どこでと聞けば職場の年上のシングルマザーの先輩だという。私みたいなふわふわと夢見がちな人ではなく、自立してがんばっているひとに惹かれたのだという。私だってかわいく見えるように仕草を研究して、私だって自分のお金で服もメイクもがんばってるのに、そのがんばりをそんな一言で片付けられるような見方をされていたなんて。
ごめん、の一言から沈黙が続いていた。彼の心が離れていることは理解できた。けれど私が劣っているというようなことを言われたのが許せなかった。
3分前の私からなにかが失われている。砂時計の砂が落ちきった時、彼は席を立とうとした。私はカトラリーの中からアップルパイを切るためのナイフを迷わず手にしていた。
11/24/2024, 2:12:23 AM