わをん

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11/28/2024, 4:44:03 AM

『愛情』

死後の世界で最初に見たものはこれまでの人生の成績発表だった。ここはファインプレーだった、あそこはだめだった、とどこからともなく謎のプレイバックと解説がなされて、自分でもそうだったな、よくなかったな、と納得していく。
自分がやってきたことの回が終わると今度は他者からの愛情を示された。自分が好きだったひとになんの興味も持たれていなかったり、自分がなんとも思っていなかった人から好かれていたりと興味深いものばかりの中、ツートップは揺るぎなく父と母だったが、次点にいたのは見覚えのない人だった。きょうだいの中で長男だった私には兄がいたということをその時に思い出した。
生を受けて名付けられ、しかし間もなく亡くなった兄は私を護ってくれていた。兄はどんなことを思って見守ってくれていたのだろう。親から弟たちへの愛情を羨むことや、長きに渡った人生と自分とを比べることなどなかったのだろうか。
会って話してみたい。そう思った私は生前へ別れを告げて兄を探すことにした。

11/27/2024, 3:19:17 AM

『微熱』

職場が同じあの人を前にするとカッと体が熱くなってしまい、何も話せなくなる。体温計で測ってみたらきっと微熱か高熱一歩手前ぐらいの数値は叩き出せるんじゃないか。いつかデートに誘ってみたいという思いはあるものの、こんなことではいつまで経ってもデートの誘いは出来そうもない。どうしたらデートの誘いをかけられるだろうと同僚に相談してみると、そういう状態になるような相手とは恋愛に向いてないと言われてしまった。
そんな同僚があの人と街を歩いているのを見かけてしまった。こちらに気づいた同僚は目を逸らしたが、あの人は私に向けて手を振ってくれた。私の体は今までのようにカッと熱くはならなかったので、落ち着いて笑顔で手を振り返せたと思う。ふたりと私は軽く会話をして別れた。
家に帰り着いた私はなんだか具合が悪い気がしてきてベッドに横になった。あの人のことを想ってもこれまでのように楽しくならない。あの人を前にする場面を想像してみても体温はきっと微熱にも届かない。同僚はどんなことを思いながら私の相談を聞いていたのだろう。いろいろと想像することか嫌になって、私は目を閉じてしまった。
翌日。私はあの人と昨日の話になった。
「えっ、付き合ってるわけではないんですか?」
「うん。買い物付き合ってとは言われたけど、それだけ」
昨日の具合の悪さを引きずっていた私は途端に元気が出てきた気がした。そして、ふと、体がカッとなることなく会話ができていることに気がついた。同僚の理論で言うなら、恋愛に向いているということになる。
「じゃ、じゃあ、私とデートしてくれませんか?」
「デートなんだ。買い物じゃなくて?」
「デートです!」
ふふとあの人は笑うと、いいよと返事をしてくれた。返事を受けた私の体は今おそらく微熱以上にはなっているに違いなかった。

11/26/2024, 3:23:47 AM

『太陽の下で』

夜の街で夜の蝶としてずっと働いてきた。親が逃げて残した借金を返すまではどんな客にも愛想を良くして媚びを売ってずっと耐え続けてきた。女の盛りのすべてを費やしてきた日々もようやく今日で終わる。
ただの商売相手のひとりだったひとには借金を返すまではここから離れられないと伝えていた。いつまでだって待つよという言葉を最初は素直に受け取れなかったけれど、あれから今日まで本当に待ってくれていたそのひとの元へ私は白昼堂々会いに行ける。
夜の蝶としての服装や化粧は慣れたものだったけれど、そうではない普通の格好で、化粧もろくにしないままの顔で会うことをなぜかとても恥ずかしく思いながら呼び鈴を鳴らす。少ない荷物を手に扉の前に立っていた私を彼はまじまじと見つめていた。
「……なにか言ってよ」
「明るいところで見るの初めてだったから、つい」
「明るいと、シワとかシミとか、結構わかるでしょ」
「わかるけど、それもきれいだって思ってた」
決して褒め言葉ではないそれに、私はなぜか涙が溢れてしまった。ぐしゃぐしゃでべそべそになった泣き顔までをもきれいと言った彼を私は力のこもらない手で少しだけ殴った。

11/25/2024, 3:24:26 AM

『セーター』

一年生のときから仲良くしていた親友が海外に旅立っていった。親の都合もあるけれど、そもそも頭がいいやつだったので今の学校よりレベルの高いところへ編入学すると決めているらしい。彼はゆくゆくは国立大学へと進むのだと野望を口にしていた。英語を話すことすらハードルが高そうなのに不安も迷いもなく夢を話してくれた親友はいつもバカ話をしている姿からのギャップも相まってなんだか遠い存在に感じられて、別離することよりも寂しく思ってしまった。
もう会う機会もないのかもしれない。漠然とそんなふうに思い、ぼんやりと時を過ごしていた自分のもとに海外から荷物が届いた。差出人は親友から。
『俺たちズッ友だょ』
荷物に付いていた簡単なメモにはそう書かれていて、いつか似たようなことをプリ機でも書いていたなと思い出す。そして梱包を開けてみると、赤と緑のビビッドな色づかいにサンタクロースがデカデカと表現されたセーターが入っていた。
「ダッッサ!」
思わず口にし、身震いしてしまうほどのダサセーターだった。親友がどんな顔をしてこれを見つけ、買って、そして自分に送りつけてきたのか逐一想像できてしまう。ならばやることはひとつしかない。クソダサいセーターを身に纏った俺はアウターも着ずに家を出た。クリスマスには早すぎるし、独特な色づかいのそれはすれ違う人たちからの注目を浴びに浴びたが、プリ機へと向かう足に迷いはなかった。

11/24/2024, 2:12:23 AM

『落ちていく』

ごゆっくりどうぞ、と店員がテーブルに砂時計を返して置いていった。3分間砂が落ちていく間にポットの中の紅茶の葉が開く。アップルパイを頼んだけれど手を付けられていないのは向かい合う人から別れ話を切り出されたから。いつものデートに行くつもりでいつものお店でいつものパイと紅茶を頼んだのに、彼はそんなつもりでは来ていなかったのか。
どうしてと聞けば好きな人ができたという。どこでと聞けば職場の年上のシングルマザーの先輩だという。私みたいなふわふわと夢見がちな人ではなく、自立してがんばっているひとに惹かれたのだという。私だってかわいく見えるように仕草を研究して、私だって自分のお金で服もメイクもがんばってるのに、そのがんばりをそんな一言で片付けられるような見方をされていたなんて。
ごめん、の一言から沈黙が続いていた。彼の心が離れていることは理解できた。けれど私が劣っているというようなことを言われたのが許せなかった。
3分前の私からなにかが失われている。砂時計の砂が落ちきった時、彼は席を立とうとした。私はカトラリーの中からアップルパイを切るためのナイフを迷わず手にしていた。

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