わをん

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11/23/2024, 5:22:49 AM

『夫婦』

落葉の舞う公園を年老いた夫婦が手を繋いで寄り添って歩いていた。あんなふうに仲睦まじくいたいと思うも私の妻は隣にいない。
時を越える能力がいつから私に備わっていたのか定かではないが、おそらくは幼少の頃の実験によるものだろう。非人道的な施設から救い出されてからは周りの協力もありただのこどもとして育つことができた。能力を発揮するような場面とも無縁なまま大人になり、妻となる人と出会えた。
このまま穏やかに過ごせるものと思っていたが、幼少の頃の因果は私をそうさせてはくれず、私から妻を奪った。そのときに、私に備わった能力はこの時のためのものと思うようになった。
妻を救うために時を越え、そしてまた失い、また時を越える。考えうる分岐点を何千何万回とやり直しても私は妻のことを救えない。次第に心は擦り減って、私は妻がいないままの時を過ごすようになっていた。
「もし、そこのあなた」
前から歩いてきた老夫婦が私に話しかけてきた。
「諦めてはいけませんよ」
何を、と問う前にふたりの顔にある私と妻の面影に気づく。
「あなたたちは、」
私が言いさすのを制した夫婦は何も言わずに穏やかに微笑み、そして去っていった。呆然とふたりを見送った私は萎えていた心が希望に膨らむのを感じていた。

11/22/2024, 3:28:59 AM

『どうすればいいの?』

散歩中にいい感じの棒状のものを見つけるとついつい拾ってしまう習性のある我が家の飼い犬は、口に棒状のものをくわえたまま途方に暮れていた。彼の目の前には犬一匹ならすいすい通れるぐらいの間口の門があるのだが、きょうの得物は彼の口の両脇から大幅にはみ出ていた。ゆえに棒状のものをくわえたままでは到底通れない。犬も途方に暮れることがあるのだな、と思う私に助けを求めるような目が訴えかけてくる。
「その棒一旦ちょうだい?」
門を通るための打開策を提案してみるも、小さく唸る声が返ってくる。かれこれ5分ぐらいは問答を繰り返しているのだが彼は妥協を許さない柴犬の雄4才であった。
私が強硬策を発動するのは忍びない。かといってこのままでは永遠に家に帰り着けない。どうすればいいのだろう。彼と同じように私も途方に暮れ始めていた。

11/21/2024, 6:11:51 AM

『宝物』

物心ついたころにはすでに孤児となっていた。布にくるまれた赤子であった私のそばには古びた鍵だけがあり、他には手紙も何もなかった。私の親は名前も残さず、この鍵に何を託していったのか。それを気がかりに私は成長し、施設を出られる齢になった。
世の中ではダンジョンの探索が大いに賑わっており、その中でも開かずの宝箱と呼ばれるものが世間の噂の的だった。とあるダンジョンにうごめく魔物たちは強大でそれを跳ね除けて辿り着いた奥底には宝箱があるのだという。宝箱までの道中はもちろん、その箱の周りにはこれまでに鍵開けに挑んだ者たちの成れの果てが散っているらしい。
この鍵はその箱のためのものなのではないか。噂を聞いたときからあった根拠のない自信はダンジョンに一足入ったときに確信に変わった。魔物たちがこちらに気づいていてもどうしてか襲ってこない。周りの大人たちが無謀だと引き止めてくれていたのが杞憂に終わるほど、すんなりと箱の前へとたどり着くことができてしまった。
開かずの宝箱と呼ばれるそれに鍵を差し込み回すとカチリと音がする。中に入っていた宝物は遺物と呼ばれるような高尚なものでも今の技術では到底作り得ないマジックアイテムでもなく、私ただひとりに宛てたメッセージだった。私の生い立ち、私の本当の名前、私の役目。それらが父や母とおぼしき幻の姿を借りて語りかけてくる。閉じていた瞳を開いた時、私の中に眠っていたなにかが目覚めたとわかった。

11/20/2024, 3:43:33 AM

『キャンドル』

学校の教室より少し大きいくらいのイベントスペースにいた人たちが一晩でどこかに消えてしまったという。あとに残っていたのは燃えさしの大きなろうそくと、何本ものろうそくの燃え殻。催事の予定には百物語と銘打たれていた。

会場の照明とおどろおどろしいBGMが絞られて、主催者が最後のろうそくを吹き消したとき、ふと闇が濃くなった気がした。百物語とはいえ、どうせ何も起こらないのだからこれが終わったらバーカウンターで何を飲もうかを考えていた。しかし一向に会場は明るくならないし、バーカウンターの小さな明かりすら見つけられない。怪談に参加していた百人ほどのひとたちの息を潜めるような気配すらもいつの間にかなく、ただひとり闇に放り出されたような気になった。
「なにゆえ喚ぶ」
「は?」
気配もないところから獣の臭気と息遣いがして問いかけられ、思わず間の抜けた返事をしてしまった。闇に溶けたなにものかが苛立ちを纏ってそこにいる。
「なにゆえ煩わせるか」
問いに対しての答えは浮かばず、加えて正体不明のものに対する恐怖が喉元を締め付けた。
「……誰ひとりとして物も言えぬとは」
苛立ちが一層増したように感じたとき、自分の意識かぶつりと途切れた。
希薄になった意識が闇の中を彷徨っている。そこには百人ほどの同じような状態になったひとたちが漂っており、みんな助からなかったのだなとぼんやりと思った。みんながみんな未練のようなものを持っていたが、留まり続けるにはパンチの足りないものばかり。だんだんと密度が薄れていく。
酒が飲みたい。バーカウンターを思い描きながら抱えた未練を思っていたが、次第に何も考えられなくなっていった。

11/19/2024, 5:45:14 AM

『たくさんの想い出』

面白半分に撃たれた傷が今も疼く。傷が痛むということはまだ生きてはいるということになるが、いつまで保つものか。
街にいたやつらの半数は兵隊たちに収容所と呼ばれる所に集められ、俺のように召集から逃れたり、隣一家のように隠れたりしたものは捜索と称した家捜しによって狩られる対象となった。物陰で兵隊をやり過ごしていた俺は隣家から銃声を何発も聞くことになってしまった。まだ小さな子もいたはずだ。それにその親も。
兵隊の気配が去ってから痛む体を引き摺って隣家へと向かう。金目のものが持ち去られ、荒らされた部屋に一家4人は寄り添わされて血の海に倒れていた。女の子はお人形が大のお気に入りで、親に買ってもらったと言って見せに来るほどだった。男の子は虫好きでよく草むらにしゃがみ込んでは熱心に観察していた。まだ年若い夫婦は貧しいながらも俺を夕食に招いてくれて良くしてくれていた。
かつて夕食を囲んだ食卓。部屋に残る写真。家族の想い出の品ばかりになったそこは踏みにじられ、新たな想い出が紡がれることはない。
遣り場のない怒りで傷の痛みが増してくる。これはきっと家族4人の怒りなのだろう。血の海から人形を掬い上げた俺はそれを胸にそっと抱き、復讐を決意した。

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