わをん

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11/8/2024, 4:07:35 AM

『あなたとわたし』

わたしと同じ年、同じ日に生まれたあなたと学校で出会って仲良くなったね。あまりにもいつも一緒にいたから双子みたい、って言われるのも嫌じゃなかったとわたしは思っていたけど、あなたはどうだったかな。ほんとうのことはもうなにも聞けなくなってしまったね。
同じ年、同じ日に生まれたから占いの結果もよく似ていたはずだった。誰でもいいから人を殺して死刑になりたいひとにあなたは殺され、わたしはそうはならなかった。同じ場所、同じ時にそこにいたのにどうしてわたしはそうならなかったのだろう、と何度も思ったけれど、思うだけでなにも見つけられない。
お彼岸でもお盆でもない時期の墓地に枯れ花が並ぶ前を秋の花束を抱えて進む。あれから何年も経って犯人が望んだ刑も執行されて、世間を騒がせた事件のこともあなたのことも時が埋もれさせようとしている。けれどわたしには忘れようもない。
「お誕生日おめでとう」
物言わぬあなたからのおめでとうとありがとうは思い出に苛んだわたしをまた一年は繋ぎ止めてくれる。
秋風が吹いて色とりどりの花を揺らすのを、今年もあなたの仕業だと思えたわたしは少し微笑んでみせた。

11/7/2024, 5:56:23 AM

『柔らかい雨』

夫婦仲の険悪が極まって離婚の話し合いをしていたはずがお互いの罵り合いに発展して喧嘩になった。刃物を持ち出したのはあちらの方だったのだが気がつけば相手は倒れていて俺はどこかへと逃げている。
山には霧のような雲のようなものもやがかかっており、雨具の用意もないまま衣服は次第に湿気で重たさを増していった。逃走先としては悪手であると気づいてはいるのだが導かれるように山を歩かされている。
山にはいい思い出のひとつもない。あるのは今さっき刺した妻に唆されて気持ちの離れていた恋人を共謀して埋めたことぐらい。適当に車を走らせて来たここがその山であるはずはないだろう。そう思うのに闇に溶ける藪を掻き分けさせられ、湿り気を帯びた朽木や落ち葉を掘り分けさせられていくと、やがてブルーシートのごわごわとした感触に手が触れた。
柔らかな雨に蝕まれ、全身を浸されて寒気が止まらない。震えた歯がかちかちと鳴るのにかじかんだ手はぞっとするほど冷たい骨をひとりでに暴きにいこうとする。
「やめろ!やめてくれ!」
半狂乱になって喚く声は霧に阻まれて誰にも届かなかった。

11/6/2024, 4:08:26 AM

『一筋の光』

夜のジョギング中に浮遊するUFOに声を掛けられた。スマートフォンより大きくタブレットよりは小さいそれに機械翻訳されたような声でここに行きたいのですがどうしたらいいですか、と丁寧に尋ねられたのだ。中空には目的地の地図らしきものが映し出されている。小説や映画の影響で、宇宙人と言えば攻撃的だったり侵略を目論んでいたりというイメージがあったものの、その尋ねられ方に外国人観光客が思い出されてしまったので警戒心も抱きようがない。ここからさして遠くはない場所をどうにか説明すると、地図を仕舞ったUFOはありがとう、とお礼の言葉を残して去っていった。
しばらくのあとに、視界の端から空へ向かって一筋の光がゆっくりとした速度で過ぎていくのが見えた。手を降ってみるとこちらに気づいたようで、UFOの中からもなにかが振り返してくるのが伺い知れた。そのまま空高くへ上がっていくのを見送りながら、宇宙人も道に迷うことがある、という知見を得た私は、また夜のジョギングを再開することにした。

11/5/2024, 4:07:37 AM

『哀愁を誘う』

人型兵器の工場で検品に弾かれると兵器の機能を外されて芥溜に放られる。なりそこないにもいろいろあるので立って歩けるものは野良になって人の世に混じるし、そうでないものは意識を自ら閉じて朽ちるのを待つばかりだ。私は立って歩けたし、優しい人にも巡り会えたので世話になりながらも自分で金を稼いで食っていけている。
食堂で素朴なパンと野菜の煮込みを食べていると、工場で配給されていたレーションのことをふと思い出した。活動に必要な栄養の入った半固体のそれは、無味無臭で不味くもないし美味くもないもの。今食べているものからは小麦の香りがするし根菜の噛み応え、甘み、あたたかさを感じられるので、どちらが美味しいかと聞かれれば断然こちらなのだが、不味くもなく美味くもないあれを口に入れたいという気持ちが今はなぜか湧き起こっていた。
同じロットで造られた兄弟たちの間にはまれに同調という現象が起こるらしいのだが、もしかしてそれが今なのだろうか。今ごろどこで何をしているか知る手立てもない兄弟の誰かが記憶を辿り工場のことを強く思い出している。それの意味するところは人で言う走馬灯のようなものなのだろうか。兵器としてしか生きていない者が最期に食べたいと思うものがもう戻ることはない工場の、食べ物とも呼べないあれなのかと、私は無性に悲しくなった。
世の中には美味いものが山ほどあるぞと念じながら野菜の煮込みにパンを浸して食べる。人のように涙は出やしないが、私はひとり泣きながら目の前のものを食べ進めていった。

11/4/2024, 6:26:50 AM

『鏡の中の自分』

鏡の住人に声を掛けられても答えてはいけない。屋敷に伝わる掟であったが、いつしかそれは忘れ去られていた。
ある屋敷にわがまま放題だった一人娘がいた。彼女は幼い頃から甘やかされていたせいで気に入らぬことがあれば怒鳴り散らし駄々をこねるのを日常的な振る舞いとしていた。彼女を甘やかした両親はいずれは落ち着きを身につけるだろうと楽観的に見ていたが、年頃になるころには輪をかけてひどくなっており、もう誰の注意も聞かなくなってしまっていた。彼女のことを誰もが煙たがっていたのだが、わがままを言うことがアイデンティティとすら思い込んでいる彼女はなにも気づかず、なにかを変えることすら思うことはなかった。
ある日に彼女の髪を梳かしていたメイドが手を滑らせて櫛を落としてしまう。メイドを怒鳴り散らした彼女は代わりの者が来るまでの間、ドレッサーの鏡に映った自分と向き合っていた。中身は醜悪だが見目はよい彼女は顔の角度を変えあるいは覗き込み、ためつすがめつ飽きもせず自分の顔を見つめていた。そんな折に鏡の中から声を聞く。
「替わりなさい」
命令口調のそれに対して反射的に彼女は答える。
「誰に向かって口を聞いているんですの!?」
鏡の中の声と会話が成立してしまったがために、彼女は鏡の中へ、そして、鏡の中の住人は彼女に移った。
令嬢の髪を梳くための代わりのメイドがドレッサーから少し離れたところに倒れた彼女を発見し、慌てふためいて医者を呼んだ。みなに囲まれながら目を覚ました令嬢は心配をかけたことへの謝罪としおらしい態度を見せて周りを大いに戸惑わせた。あまりの様変わりに両親はもう一度医者に診せ、そしてどこにも異常はないとわかると、召使いともども娘の急激な変化を歓迎して受け入れた。その騒動のさなかに鏡の中に気を配る者はおらず、ゆえに見知った人影が声もなく喚いていることにも誰も気づきはしなかった。

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