『きらめき』
友達に誘われて地下アイドルとやらのライブにやってきたはいいものの、常連ファンの気持ち悪いほどの一体感とそれを冷えた目で見る自分との温度差に居心地の悪さを感じて後ろの方で壁を背にアイドルたちを眺めていた。
客観的に見ていると、どのメンバーも同じ衣装で似たりよったりかと思っていたのが、歌が上手い子や踊りにキレがある子などそれぞれ個性があることに気付く。
そんな中、ふと真ん中にいた子と目が合った気がした。するとその子はすかさず指ピストルでこちらを明確に狙ってきた。目が合ったのは気のせいではないというファンサービスを見せた彼女はまた歌と踊りへと戻っていく。それまで特に何も思っていなかった子がなんだか輝いて見えるのは気のせいではないのだろうか。結局、ライブが終わるまでその子のことを目で追うようになってしまった。
『些細なことでも』
朝。夏休み中にはまだ寝ていたような時間にノロノロと起き上がり、重く息を吐いてから階段を降り、朝ごはんを食べ、制服に着替えて玄関に立った。
足取りは重いものだったがとりあえず歩いていれば学校に着く。学校に着きさえすれぱあとはなんとかなる。そう思って教室へと入ると、およそ一ヶ月ぶりの同級生たちの姿になんだか少しほっとした。
「今の気持ちを当ててみせよう」
突然に声を掛けてきたのは、髪を切ったことにすぐ気づいたり、なんだか気分が乗らない日の調子をズバズバと言い当てるような察しの良いやつ。
今日はどうだろうか。意味ありげな間をひとつ置いてから彼は指をビッと立てて口を開いた。
「“今日も休みだったらよかったのに”」
「それ、クラスの全員同じこと思ってたと思う」
「……俺も思った!」
そんな些細なことでふたりとも笑えたので、久しぶりの学生生活は今朝と比べたら格段になんとかなりそう感が強まってくれた。
『心の灯火』(沈黙 -サイレンス-)
本来ならば誰にも侵されることのない信仰の自由を、はるか東に住まう顔も知らぬお殿様は許すことができなかったらしい。
信仰を捨てよという命令に背いた私は、同じように命令に背いた村の同胞たちと共に波打ち際に立てられた十字架に貼り付けられていた。役人たちは命乞いをしない私たちに気味の悪いものを見るような目を向け、信仰を捨てた村人たちはみな一様に目を伏せて、あるいは目に映らぬようにその場から隠れていた。そのうちに十字架のひとつからぽつりと口ずさまれた讃美歌がひとりまたひとりと続いて合唱となっていく。役人たちは黙れと言っていたようだが誰もやめようとはしなかった。
やがて潮が満ちゆき、海が穏やかに私たちに打ち寄せる。合唱はひとり減り、ふたり減り、いつしか独唱となっていた。私たちの信仰は最期まで心に灯って消えることはない。殉じることに恐れはない。神は見ていてくださる。
歌声が途絶えて波の音だけが響く海辺を役人と村人たちはしばらくの間呆然と見つめていた。
『開けないLINE』
スマートフォンのホーム画面に今年もメッセージが来たと通知が入る。
「いつまでも面倒なやつだ……」
俺が通知を見て舌打ちをしたのをキッチンに立つ妻や絵本を読むこどもは気づかない。壁に掛かるカレンダーを見ると今日の日付は去年も一昨年もその前の年にもメッセージが届いた日付と同じだった。
差出人は前の妻。正確に言うならば、3年ほど前に別れてほしいと切り出したときに刃物を持ち出され、揉めた末に殺してしまった面倒な女。
あの女の持ち物は箱に詰めて床下のあの女とともにある。誰かがあの女を騙っているのかもしれないが、わざわざ日付を指定してメッセージを送ってくる奴は一人しか思い当たらない。当然、開いてやり取りする気には到底なれない。
「絶対に別れない」
あの女が包丁を手にしていたときの目を思い出しかけてあわてて強く目を瞑り、頭から振り払う。
こどもがその様子に気づいて心配そうに声を掛けてくれ、妻も気遣わしげな視線を送ってくれる。ふたりとも、床下に人がいることなど露ほども思ってはいないだろう。
「なんでもないよ」
かといって教えてやる気も露ほどもない。スマートフォンの通知をスライドして流し、また1年を憂鬱に過ごすことにした。
『不完全な僕』
両手両足頭で五体。生まれる前から頭が無かった僕は母の胎から出てきたときに母の目に触れることなくこの世から消された。僕を取り出した産婆は母に死産だったと伝え、母は喜びから一転して絶望に陥った。
次に生まれるときは頭がついているといいな。そう思ってからずいぶんと時は過ぎた。生まれる機会は何度もあったけれど、どうしてか五体のうちのどれかが欠けてしまう。生まれてもどれかがないと知った母からは拒絶され、あるいは産婆の判断で亡き者にされ、いつまでも生まれ育つ事ができなかった。
自分の業がそうさせているのだろうか。覚えていることを遡ってみると、何百という虫の脚や頭を無邪気にむしっていたことを思い出した。一寸の虫の五分の魂が何百と集まって僕の体をむしっているらしかった。
もうそんなことはしませんと初めて思ったとき、僕は生まれ出た。片腕のない僕を見ても母はかわいい子と言って笑っている。この時代には産婆はおらず、白衣を着た医師や看護師たちは僕の姿を見て戸惑っていたが、母の様子を見て僕を生かす方向へと舵を取ることに決めたようだった。
草むらからぴょんと跳ねたバッタが現れた。
「お母さん!虫!!」
「あらあら」
バッタを見てから母の背中に隠れるまでわずか数秒。あなたは昔から虫が苦手ね、と母が笑う。小さいときから虫の姿を見るとなぜか体が拒否反応を起こしてソワソワしてしまうのだった。母の背中に縋りながらバッタの様子を伺うと、何か言いたげにこちらを鋭く一瞥したバッタはやがてぴょんと跳ねて草むらへと消えていった。