『心の灯火』(沈黙 -サイレンス-)
本来ならば誰にも侵されることのない信仰の自由を、はるか東に住まう顔も知らぬお殿様は許すことができなかったらしい。
信仰を捨てよという命令に背いた私は、同じように命令に背いた村の同胞たちと共に波打ち際に立てられた十字架に貼り付けられていた。役人たちは命乞いをしない私たちに気味の悪いものを見るような目を向け、信仰を捨てた村人たちはみな一様に目を伏せて、あるいは目に映らぬようにその場から隠れていた。そのうちに十字架のひとつからぽつりと口ずさまれた讃美歌がひとりまたひとりと続いて合唱となっていく。役人たちは黙れと言っていたようだが誰もやめようとはしなかった。
やがて潮が満ちゆき、海が穏やかに私たちに打ち寄せる。合唱はひとり減り、ふたり減り、いつしか独唱となっていた。私たちの信仰は最期まで心に灯って消えることはない。殉じることに恐れはない。神は見ていてくださる。
歌声が途絶えて波の音だけが響く海辺を役人と村人たちはしばらくの間呆然と見つめていた。
9/3/2024, 4:01:53 AM