わをん

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7/29/2024, 12:11:53 AM

『お祭り』

夜の広場に櫓が組まれ、吊り下がった提灯が盆踊りの輪を照らしている。太鼓と囃子は昔から変わらず、小さな頃に見様見真似で手足を動かしていたのが今では体に染み付いた踊りになっている。浴衣を纏った人の中には今はいない人たちもちらほらとおり、けれど皆気にせずにそれぞれの踊りを同じ調子で踊っている。
長い長いお囃子が終わりに近づく頃に最後まで踊っていたのは数えるほどにまばらな人数。祭りの終わりはいつも寂しい。とっぷりと暮れた夜の涼しさを感じながら次の夏に思いを馳せて帰り道を歩いていく。

7/28/2024, 12:16:21 AM

『神様が舞い降りてきて、こう言った。』

いつものようにくわで畑を耕していたとき、耳元で囁かれた気がして後ろを振り返ってみたがそこには誰もいない。収穫時を迎えてたわわに実る野菜を採る手を止めた家内が不思議そうにこちらを見つめていたのでなんでもないと声を掛けた。近頃そういった空耳が多くて妙に思っているが医者にかかるには山を越えなければいけないのもあり、それ以外の不調を特に感じていないのでほったらかしになっている。
とんぼを追いかける子を微笑ましく眺めてから畑仕事に戻ろうとしたが、見慣れない鎧姿の男が視界に入り緊張が走った。抜き身の刀を持ち髷が解けてざんばら頭となった男が幽鬼のように佇んでいる。ただの流れ者ならば介抱してやるところだが、正気の光とは思えない目をした男は刀を振りかぶって雄叫びをあげた。
争え、と声が聞こえて驚きや戸惑いで動けずにいた誰よりも早く動けていた。手にしたくわを男の脳天に振り下ろした後からはあまり記憶が定かではなく、家内や村の連中が腕に追い縋っていることに気づいてやっと意識が戻った。ざんばら頭の男は絶命していた。
村の婆様は国のあちこちで起こっている戦から逃れてきたのがあの男であり、おれが空耳のように聞いていたあの声はそのいくさばで囁かれていた声ではないかと言った。耳に入れば我を忘れて見たものを倒せと言う神様の声を、おれはたまたま耳に拾ってしまったのかもしれない。
「いくさばの神様は惨いことをしなさる」
落ち武者の亡骸は村の皆で丁重に葬った。くわを握っていた手に残った感触はそれから先もずっと残り続けた。

7/27/2024, 8:35:01 AM

『誰かのためになるならば』

私の血を材料にした薬を作りたいと、人間の男は言った。人魚の肉を食べれば不死の体を得ることができる。その噂が真実であると突き止めたその人は人魚の里へとやってきて一人ずつに頼み込んでは断られ巡り巡って私のところへとやってきたそうだ。里のはずれに住んでいる私には身寄りがない。彼が頼み込む先の最後の一人と知った私はなんのためにその薬を作りたいのかと尋ねた。彼は、長く続く戦争を終わらせたいのだと言った。肉に及ばずとも血にも傷を癒やし病を跳ね除ける力が備わっている。その血の力を増幅させる形で戦争へと向かう兵士たちに薬を配れば数に劣る我が国にも勝算が見いだせる。男が熱を入れて語った真摯な願いを聞き届けた私は男に協力するために里を離れることにした。もとより里からはつまはじきにされてきたようなものだから、ここにいるよりは誰かのためになれるのだとその時は嬉しさすら感じていた。
男に連れられ大きな工場の地下深くに押し込められ、腕に繋いだ管から血を採られるだけの日々がもう何日も何ヶ月も続いている。入れ替わり立ち替わり私の世話をする人たちにあの男に会わせてくれないかと何度か尋ねてみたがなにかと理由をつけられて会うには至らなかった。
ある日にふと思い立って別のことを尋ねた。
「あなたの国の戦争はいつ終わりましたか」
「この国の戦争はもう70年近くは起きていませんよ」
私の時間の感覚がおかしかったのか、男が私に語ったことがすべて嘘だったのかは今となってはわからない。それまで大人しく血を抜かれ続けていた私はその時にようやくいいように使われていたのだと気づき、力の限りに暴れ回った。地下深くから地上に至るまでのすべて壊して外へと出ると、何もなかった工場の周りは繁栄を極めた街となっていた。私の血は見知らぬ誰かのためとなっていたらしい。ならばそれをどうこうする権利が私にはあるのではないか。腕から血を垂らしながら私は街へと向かうことにした。

7/26/2024, 4:23:11 AM

『鳥かご』

鉱山の調査から帰ってきた親方の手に提げられた鳥かごの中にはぐったりとしたカナリアがいた。
「もうこの山はダメかもしれん」
親方は鳥かごを僕に渡すと首を振って深く溜息をついた。長年栄えている鉱山で作業員が倒れて亡くなったのは昨日の話。有毒ガスが沸いたのかもしれないという親方の予想はカナリアが衰弱したことと親方が肌身で感じたことで確信となったようだ。作業員の中の下っ端でカナリアの世話を任されていた僕はいつかはここで働くものとばかり思っていた道が閉ざされつつあることと、いつも煩いぐらいに囀っているカナリアがまったく鳴かないことに戸惑っていた。鳥かごから小さく黄色いからだを手のひらに乗せる。ほのかな温かみを感じて声をかけるけれど、その熱は失われつつあった。

7/25/2024, 5:46:13 AM

『友情』

男だけど家には化粧道具が山ほどある。きっかけは動画サイトでどこにでもいそうなおじさんがヘアバンドを巻き、よくわからない手順を踏んでウィッグを被る頃には二次元から出てきたかのような美少女に変貌しているというショート動画を見かけたからだった。おじさんよりも女性寄りな顔をしている自分ならさらにかわいくなれるのではないか。見様見真似を続けるうちにそれぞれの化粧道具の役割や自分に合う色味がわかるようになり、変身系な動画に加えてコスメ系の配信も見るようになり、写真投稿から動画投稿、そして配信へと段階を踏んでそこそこのレイヤーへとなっていった。
レイヤーとして活動している子に気になっている人がいる。彼女とはオンラインから知り合ってオフラインでもコラボ企画に誘ってもらったり誘ったりとレイヤーとしてはツーショット写真もたくさん撮ってきた。今日もそんな企画でスタジオにいる。
「はい、じゃあもうちょっと寄ってみようか」
カメラマンに乗せられてふたりの距離感が縮んでいくけれど、どこかを境にそれ以上は近づかせてくれなくて壁を感じている。学生だった頃に見たクラスの女の子たちは距離感近めだったけれど、一分の隙もなくかわいい彼女を想う気持ちがただの友情だったならもう少し近づくこともできたのだろうか。
「いいねぇ、仲良し女子って感じだよ~」
顔を寄せて微笑みながら、本当の女の子たちを羨ましく思っていた。

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