わをん

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『誰かのためになるならば』

私の血を材料にした薬を作りたいと、人間の男は言った。人魚の肉を食べれば不死の体を得ることができる。その噂が真実であると突き止めたその人は人魚の里へとやってきて一人ずつに頼み込んでは断られ巡り巡って私のところへとやってきたそうだ。里のはずれに住んでいる私には身寄りがない。彼が頼み込む先の最後の一人と知った私はなんのためにその薬を作りたいのかと尋ねた。彼は、長く続く戦争を終わらせたいのだと言った。肉に及ばずとも血にも傷を癒やし病を跳ね除ける力が備わっている。その血の力を増幅させる形で戦争へと向かう兵士たちに薬を配れば数に劣る我が国にも勝算が見いだせる。男が熱を入れて語った真摯な願いを聞き届けた私は男に協力するために里を離れることにした。もとより里からはつまはじきにされてきたようなものだから、ここにいるよりは誰かのためになれるのだとその時は嬉しさすら感じていた。
男に連れられ大きな工場の地下深くに押し込められ、腕に繋いだ管から血を採られるだけの日々がもう何日も何ヶ月も続いている。入れ替わり立ち替わり私の世話をする人たちにあの男に会わせてくれないかと何度か尋ねてみたがなにかと理由をつけられて会うには至らなかった。
ある日にふと思い立って別のことを尋ねた。
「あなたの国の戦争はいつ終わりましたか」
「この国の戦争はもう70年近くは起きていませんよ」
私の時間の感覚がおかしかったのか、男が私に語ったことがすべて嘘だったのかは今となってはわからない。それまで大人しく血を抜かれ続けていた私はその時にようやくいいように使われていたのだと気づき、力の限りに暴れ回った。地下深くから地上に至るまでのすべて壊して外へと出ると、何もなかった工場の周りは繁栄を極めた街となっていた。私の血は見知らぬ誰かのためとなっていたらしい。ならばそれをどうこうする権利が私にはあるのではないか。腕から血を垂らしながら私は街へと向かうことにした。

7/27/2024, 8:35:01 AM