わをん

Open App
1/3/2024, 5:02:03 AM

『今年の抱負』

その場のノリで、今年の抱負を絵馬にしたためようぜという話になった。玉砂利を踏みしめて社務所にぞろぞろと向かい、今年の干支である龍が描かれた絵馬と個人情報保護シールを渡されて時代だねなどと3人で盛り上がったあと、油性ペンを片手に白紙の絵馬と対峙しつづけている。
「ほうふ、ってなに?」
「願い事じゃないんだ?」
「ググった!えーと、なんか平たく言うと、目標?」
「「「目標なぁ〜」」」
自分で言うのもなんだが目標なく生きている。サラリーマンとして働き、たまの休みに余暇を過ごし、盆と正月には地元へ帰り、恒例行事として3人で集まればしょうもない話をだべって終わる。声を揃えたことでそれぞれ似たような生き方なのだなとわかってしまった。3人共にため息をついてしまう。
「でもまぁあれだな。健康一番てやつじゃね」
「おっ、ハードル下げるね〜」
「まぁでも確かにそうだよな」
健康であれば生きてはいける。金を稼げるし遊びにも行ける。1日生きてひと月生きて、それを繰り返すうちに1年を走り切れるし、またこいつらと会うこともできる。同じようなタイミングでそれぞれのペンは動き出し、ガサガサした書き心地の絵馬に書き記していく。
「おめえ何書いたんだよ、見せろよ」
「やめろ!令和だぞ!」
「はい、俺もう貼った~」
おそらくなのだが、シールの下に書かれていることはみな同じなのだろう。

1/2/2024, 4:55:44 AM

『新年』

真夜中の神社に賽銭箱を先頭に長蛇の列ができていた。
「えっ、なにこれみんな初詣狙い?」
「うちら読みが甘かったね」
「甘すぎたね」
紅白が終わったあとのゆく年くる年はちょっとチル過ぎるということで近所にある大きめの神社の初詣一番乗りを目指したはずが、見積もりの甘さが露呈してしまった。けれどせっかく来たんだし、と妹と一緒に最後尾に並びに行く。スマートフォンによると新年まであと10分ぐらい。行列を観察してみるとお年寄りもいれば家族連れもいるし、若者もけっこういる。
「こうゆうの先頭の人いつから並んでるんだろね」
「紅白見なかったのかな」
「ワンセグで見たとか?」
「録画組じゃない?」
ああだこうだといつも通りの実のない話をしていると神主さんらしき格好のひとたちが拡声器でなにかを告げて、列が動き出した。それまで聞こえなかったお賽銭がかちあう音や跳ね返る音が聞こえてくる。初詣が始まったのだ。
「ちょっと前まで今年最後の、だったのが急に今年最初の、になるのウケるね」
「わかるー」
いつもより大きな初詣仕様の賽銭箱に、家の貯金箱に入っていたありったけの小銭をポケットから取り出して景気よく振りまく。二礼二拍手、今年もよろしくお願いしますと願って一礼。それから素早く列から離れる。
「おみくじ引く?」
「友達とまた来るから今はいいかな」
「じゃあ、帰ろうか」
「今年初帰宅だね」
やることなすことすべてに今年初をつけるムーブが家庭内でしばらく流行るのだろうなぁと笑い合って家路を急いだ。

1/1/2024, 3:24:26 AM

『良いお年を』

病院の個室で窓辺を見ていた友人はこちらに気づくと久しぶり、と笑った。余命幾許もないと聞いていたのに元気そうだなとやっと返事をして手近な椅子に腰掛けたがよく見れば肌に色艶はなく、健康な人にはない臭気が漂い、点滴からはなにかしらが投与され続けている。鎮痛剤がよく効いているから今だけは元気なのだと友人はまた笑った。
友人は言う。腹を割いたものの手が付けられない状態だったのでなにもせずに綴じられたのだと。遺すことになる家族が心配だが、治療や入院期間自体は短くなりそうだから保険でなんとかなるだろうと。いまこうして俺と話せるのは神様仏様の粋な計らいなのだと。
「お前には痛みにのたうつ姿を見られたくなかったんだ」
いろいろと運がいいよなと、友人はまた笑う。悲しんでいるのは俺だけなのだろうか。涙が止まらない。
友人は言う。週が明ければもう新年なんだな。毎年一緒に行ってた初詣も新年会もたぶん欠席だ。みんなにもよろしく言ってくれ。あとは、そうだな。
「良いお年を」

12/31/2023, 8:49:45 AM

『1年間を振り返る』

寒い寒い冬のこと。きょうだいたちと一緒にいたはずだが意識を取り戻した時にはおれ一匹になっていた。大きな生き物が檻の外からこちらを見つめて泣いている。
「みんなも助けたかったけれど、助かったのはあなたひとりだけだったのよ」
生き物の手が伸びてきて体を撫でる。母親のことを少し思い出し、涙の匂いにつられて少し泣いた。
あたたかで眠たくなる春のこと。いろいろなことを知った。大きな生き物はオカアサンの他にもオトウサンがいる。おれの名前がシロちゃんになった。檻の外に家という檻があって外に出られない。
「シロちゃんは、お外に出たい?」
少し考えるがあたたかくて眠たくなる。答えるのも面倒になってそのまま眠るとオカアサンは何も言わずに頭を撫でた。
暑い暑い夏のこと。暑くてなにもできなかった。家の中の一室だけが涼しくて、そこでなら遊びも付き合えるしゴハンも食べられる。デンキダイという言葉を何度か聞いたがそのうち聞かなくなった。今は外には出たくない。けれど外で暮らしている他の奴らはどうしているのかは気にかかった。
涼しくてやるせない秋のこと。涼しいと動きたくなくなるのでいやになっていたけれど、オトウサンと一緒に寝るとよく眠れることに気付いた。オトウサンのおなかには柔らかな部分があり、なぜだか母親を思い出して前脚で押したくなる。シロちゃんのために俺、痩せなくていいかなぁと言うオトウサンはオカアサンから怒られていたけれどおれには関係のないことだ。
また、寒い寒い冬が来た。とはいえこの部屋にはいつも暖かな風が吹く箱があるのであまり寒くない。きょうも箱の前を陣取っていると、外から帰ってきたオカアサンから嗅ぎ慣れない生き物の匂いがする。にーという、か弱い声も聞こえてくる。
「この子がもう少しここに慣れたら、シロちゃんにも紹介するね」
おれが昔入っていた檻を引っ張りだしたり毛布を出したりとオトウサンもオカアサンも忙しそうだ。おれと同じような奴がここで暮らすことになるのだろう。ならばおれはこの1年でわかったことをそいつに教えることになるのだろう。オカアサンよりオトウサンのほうに甘えるとオヤツをもらいやすいだとか、オフロに落ちるととんでもないことになるだとか、ツメキリと聞こえたら逃げたほうがいいだとか、そういうことを。全部外には無かったことばかりだ。きっと戸惑うし驚くだろうけれど、おれが大丈夫だったのだから安心しろと言ってやりたい。扉の向こうからもはや懐かしい外の匂いとにーという声が聞こえる。立ち上がって伸びをしたおれは暖かな箱から離れて扉の前に座り込みそのときを待つことにした。

12/30/2023, 1:31:03 AM

『みかん』

こたつの上に置かれたかごの中のみかんが残りひとつになったのを機に、こたつに入り浸る兄弟の間に緊張感が漂い始めた。この家にはラス1のみかんを食べたものがかごにみかんを補充することという厳格なルールが定められているためだった。ラス1のみかんの美味しさを取るか、こたつの温かさを享受し続けるか。後者を選び続けるふたりは膠着状態に陥っていた。しかし傍に置かれた石油ファンヒーターに灯油切れのランプが点り、アラームが鳴り始めた瞬間に状況は一変する。我先にと立ち上がり、ラス1のみかんと共にかごを手にしたのは兄のほうだった。くそが!という弟の吐き捨てた言葉はもはや負け犬の遠吠えであり、勝者にはまったく響かない。この家にはファンヒーターの灯油切れの際には手が空いている者が灯油を補充することという厳格なルールが定められている。灯油の入ったポリタンクの置かれている玄関はみかん箱より遥かに遠く、寒く、そして灯油が満タンになるまでに途方もない時間がかかる。舌打ちと未練がましい視線を受けながら早くもみかんをかごいっぱいに盛ってきた兄は悠々と次のみかんに手を伸ばすのだった。

Next