『みかん』
こたつの上に置かれたかごの中のみかんが残りひとつになったのを機に、こたつに入り浸る兄弟の間に緊張感が漂い始めた。この家にはラス1のみかんを食べたものがかごにみかんを補充することという厳格なルールが定められているためだった。ラス1のみかんの美味しさを取るか、こたつの温かさを享受し続けるか。後者を選び続けるふたりは膠着状態に陥っていた。しかし傍に置かれた石油ファンヒーターに灯油切れのランプが点り、アラームが鳴り始めた瞬間に状況は一変する。我先にと立ち上がり、ラス1のみかんと共にかごを手にしたのは兄のほうだった。くそが!という弟の吐き捨てた言葉はもはや負け犬の遠吠えであり、勝者にはまったく響かない。この家にはファンヒーターの灯油切れの際には手が空いている者が灯油を補充することという厳格なルールが定められている。灯油の入ったポリタンクの置かれている玄関はみかん箱より遥かに遠く、寒く、そして灯油が満タンになるまでに途方もない時間がかかる。舌打ちと未練がましい視線を受けながら早くもみかんをかごいっぱいに盛ってきた兄は悠々と次のみかんに手を伸ばすのだった。
12/30/2023, 1:31:03 AM