【私だけ】
幼い頃は良かった。
自分に自信があって、親や周りも期待してくれて、愛されていたから。
でも…いつからだろう。
自己肯定感が低くて「捨てられたくない」と行動するようになったのは。
いじめられて、何となくで生きて、知り合いの少ない高校を選んで。
そこそこの青春をして、高校を卒業して、就いた仕事は親から半ば強制された場所。
ああしたかった、こんな仕事をしてみたかった。
「自分の人生なんだから好きにしなさい」というのは建前で、やりたかったことは全て踏み潰され、結局親に敷かれたレールを進むことになった。
そんな感じで就いた仕事は長続きする訳もなく、すぐに心や身体を壊して休職と復職を繰り返した。
周りに迷惑掛けてばかりの自分に嫌気が差した。
だから何度も死にたいと呟いてはナイフを握る日々。
精神科で病名が付いてやっと一瞬だけ楽になれた。
だけど、家族や周りの目は簡単には変わらなくて。
似た病気の子たちと一緒に「こう考えたりする方がいいよ」とか先生たちに色々教わっても上手くいかないし、病院以外じゃ話しても理解されないことばかりでしんどくなった。
恋愛も勇気を出して一歩踏み出したが、あまり良い結果だったとは言えない。
仕事を辞めてから期待されなくなった。
愛されなくなったと感じた。
弟ばかり可愛がられ、期待され、愛され。
無視、とまではいかないが、私だけが別の世界線に居るような気分だった。
私は自分という存在を認められたかった。
精神病でも、恋愛対象が同性でも。
捨てられたくない。
そんな鎖がずっと巻き付いているから何かに依存するし、自分の優先順位を下げる。
友だちは用済みになれば捨てられるかもしれない。だから下手に出て「都合の良い奴」として振る舞い、彼らにとっての利用価値を示す。
恋人は少しでも自分を認めてくれた、愛してくれた人。だから最悪、「ATM」だと思われてても良いから側に居させて欲しい。
家族は最後の砦に近い。捨てられるのは死と同然。だから何とかして繋ぎ止めたい。
自分を削ってでもいいから、捨てられないようにと慎重に行動する。
疲れてもいい、自分が我慢して済むならそれが1番いいんだ。
捨てられることは、1番辛い。
…一体、何処で私の人生の歯車は狂ってしまったのだろう。
【遠い日の記憶】
僕は「怪物」だ。
正確には「不老不死の呪いを掛けられたニンゲン」だった者。
20代前半で身体の成長は止まり、数百年経った今でもニンゲンだった頃のように若々しいまま。
子供の頃はアニメや漫画に出てくる不老不死系の強キャラに憧れて自分もなりたいと強く願っていたが、実際になってみると「寿命」というものが恋しくなった。
限られた時間の中で足掻く人生ほど輝いているものはないのだと理解させられた。
出会いがあれば、いつか必ず別れが来る。
ニンゲンだった頃の知り合いは勿論、怪物になった後に知り合った者たちも皆して僕を置いて居なくなった。
僕はいつだって「見送る側」なのだ。
どんなに死にたくても死ねない。
一生孤独に耐え続けなければいけない。
僕が憧れていたキャラたちもこんな気持ちだったのだろうか。
「不老不死」という名の呪いの解呪方法はまだ見つかっていない。
そりゃそうだ、未だに前例を見つけられていないのだから。
僕以外の元ニンゲンの不老不死の怪物と会えればまた違うのだろうけど、数百年経ってもまだ1人も見つけられてないんだから居ない気がする。
「あんなことしなければ良かった」
僕はあの日のことをずっと後悔している。
僕が願わなければこんな思いをすることは無かった。
今日も「怪物」は馬鹿なニンゲンだった頃の、遠い日の記憶を夢見る。
【終わりにしよう】
長時間の攻防の末、ようやく「奴」を路地裏に追い詰めた。
世間を騒がしてきた「大怪盗アナザー」の正体を暴く時が来たのだ。
「もう終わりにしよう」
僕は標準を合わせながら次の彼の行動を警戒した。
彼は慣れた手つきで仮面を外す。
「…久し振りだね」
仮面の下には僕と瓜二つの顔。
他人の空似かと思ったが、彼の目元の傷には覚えがあった。
幼い時、僕を庇って目元を大火傷した兄さん。
熱くて痛いはずなのに涙すら流さず僕の心配をしていたのを今でも覚えている。
「まさか…本当に兄さんなのか?」
「あぁ、そうだよ」
暫くの沈黙の後で兄さんがゴホゴホと何度か咳き込んだ。
口元を押さえた兄さんの手からは血が零れ落ち、兄さんは顔をしかめた。
「…この通り、僕は先が長くない。今捕まえようが逃がそうが、『大怪盗アナザー』はもうすぐ終わりを迎える」
兄さんは口元の血を拭って座り込む。
「僕は僕なりの正義を貫いた。君たち警察が把握していない盗難品を調べ上げ、それを真の持ち主に返していただけ。これが嘘だと思うなら例の情報屋にでも聞けばいいさ。…で、どうするんだ?僕を捕まえるのか?」
兄さんは僕の目をじっと見つめる。
心の奥まで覗かれているような、考えが全て見透かされているような気分。
悩んだ末、僕は拳銃を降ろして兄さんに背を向けた。
「…僕はいつだって『正義の味方』だ。お前の『正義』は少し歪んでいるけど、僕はその『正義』が『悪』だとは思えない。だから今日、僕は…お前を捕まえない」
捕まえたら昇進は間違いないし、警察失格の回答だとは分かっている。
だけど、僕は自分に嘘をつきたくない。
「…また会おう、『我が宿敵』よ」
振り向くと「大怪盗アナザー」は消えていた。
代わりに残されたカードには「あと5つ。by大怪盗アナザー」とだけ書かれていた。
あと5つ。
これが終わったら僕は警察を辞める。
宿敵は血の繋がった兄弟で、手を伸ばせば捕まえられる所を僕は見逃した。
だから警察を辞めるのは僕なりのケジメのつもりだ。
警察と大怪盗アナザーとの対決の終わりは近い。
次は、容赦しない。
【これまでずっと】
囚われの館。
それは「己の罪」を思い出すために建てられた館。
生と死の狭間に迷い込んだ魂だけが行き着くことができる場所で、「己の罪」を思い出せぬ魂が囚われている。
僕も、その1人。
僕はこれまでずっと「罪」というものに向き合ってこなかった。
ココに来て初めて「己の罪」は何なのかを問われたが、僕は他の利用者と同様で答えることができなかった。
…でも、本当は自分の罪なんてすぐに思い出していた。
だけど分からないフリをして何となくダラダラと館で過ごす日々。
昼間は部屋で読書や物思いにふけり、夜はバーで他の利用者と交流がてら何杯か飲んだりするのがルーティンになっていた。
そんな生活を繰り返していたある日。
館内で僕は「彼」と出会ってしまった。
僕の罪に深く関係している「彼」は館で従業員として働いていた。
館の支配人に聞けば、僕がココに来る1週間程前に来て働き始めたのだとか。
…ちょうど、僕が「彼」に酷いことをしてしまった日と重なる。
僕は「彼」を殺した。
人気の少ない夜の駅のホーム。電車が迫っている所に「彼」の背中をトンッと押した。
「彼」はそのまま線路に落ち、電車に轢かれた。即死、だった。
「彼」を突き落としてから1週間、僕は罪悪感でまともに眠れずにいた。
そして僕は「罪」から逃げるため、それなりの速度で走っていたトラックの前に飛び込んで…。
「彼」は僕のことを覚えていなかった。
というより、「彼」は自分を確立する「内面」にしか興味が無いように感じられた。
ココでの「彼」は「己の罪」が何なのかを知ろうとせず、自分は何者なのか。
それだけに執着しているように見える。
僕が言うのもなんだが、「彼」は普通の人よりズレているのだ。
支配人に「己の罪」を告白し、罪から解放された僕は逃げるように館を出た。
支配人曰く、僕の行き先はどうやら現世らしい。
トラックに轢かれて大怪我ではあるものの、まだ生きてはいるとのこと。
僕は罪に向き合った事で館を出れた。
だけど、「彼」は罪を知ろうとすらしていないからずっとあの館に囚われるのだろう。
果たして、「彼」が変われる時は来るのだろうか。
僕はこれからもずっと、「彼」という名の罪に囚われながら生きる。
それが、罪を犯した者の罰なのだから。
【1件のLINE】
「いっぱい迷惑掛けてごめん」
それが彼女からの最後の、たった1件のLINEだった。
その日は連日の残業で疲れ切っていて玄関で泥のように眠っていた。
LINEの数分前に掛かってきていた彼女からの電話にも気づけなかった。
翌朝、不在着信とLINEに気づいて連絡した時にはもう、遅かった。
彼女は自宅であるマンションの8階から飛び降りて亡くなっていた。
その日のうちに恋人である私の家には警察が訪ねてきて事情聴取を受けた。
彼女とはどんな感じだったのか、死ぬ前の様子はどうだったか等を詳しく聞かれた。
数日後。
私は彼女の部屋を片付けていた。
本棚の奥から鍵の掛かった日記帳が出てきた。
悪いとは思ったが、中身が気になり鍵を開けることに決め、彼女の誕生日や交際記念日など、思いつく番号をひたすら試すが開く様子はない。
4桁のダイヤル式の鍵とにらめっこしていると、ふと昔の会話を思い出した。
「え?好きな数字?」
「うん。ほら、1とか100とか777とか…色々あるでしょ?」
「いきなりだなぁ…あ、1個だけあるかも」
「お?何々〜?」
「あたしは―――」
…あんたとあたしの誕生日を足して2で割った日。
ゆっくりとダイヤルを回し、数字を揃えていく。
―――カチャン。
鍵が、開いた。
私は覚悟を決め、ゆっくり日記帳を開いた。
日記帳はちょうど1年前から始まり、主に職場でのセクハラや同期などから受けた輪姦被害について書かれていた。
写真や動画を撮られているから警察には行けない。
コトがコトなだけに誰にも相談できない。
写真などをネタに何度もホテルへ連れて行かれた。
…段々と心が壊れていくのが文章からでも痛いほど伝わってきた。
文章の最後には決まって「彼女を心配させない」と書かれていた。
死ぬ直前に書かれたであろう最後のページには沢山の涙の跡。
震えた字で「ごめん。耐えられない。愛してる。」…とだけ。
私は彼女が死を選ぶ程まで追い詰められていたことに気づいてあげられなかった最低な恋人だ。
もう返事の届かないトーク画面を開き、スマホのキーボードを叩く。
『気づいてあげられなくてごめん。今から迎えに行くね。愛してる。』
送信ボタンを押してスマホを閉じ、ベランダに立つ。
外はもうすっかり夜で心地よい風が通り過ぎる。
この世に彼女が居ないのなら、もう私の生きる理由は、未練はない。
「そろそろ迎えに行きますか」
深呼吸をした私は柵を乗り越えた。