セイ

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8/9/2024, 9:52:37 AM

【蝶よ花よ】

物心ついた頃には私は「花魁」になるための指導を受けてきた。
本当の親は声も顔も知らない。
どんな人だったのか知りたくなった日もあったが、皆優しくてあったかいココでの生活が心地良くてすぐにどうでも良くなった。
先輩に当たるお姉様たちとココで1番偉い地位の楼主様が私の家族であり、親なのだ。

月日が経ち、私は「花魁」になることができた。
お姉様たちや楼主様は凄く喜んでくれた。
花魁になった後も、私の生活はそこまで大きく変わることはなかった。
私自身の価値が上がったことで今までより身分が高いお客様と会うことが多くなった。
だけど、時間を買ってもらった分だけ相手をする日々なことには変わりない。

別に「花魁」という立場や仕事に不満がある訳じゃない。
蝶よ花よと大切に育てられてきて感謝しているけれども、私の心はどこか満たされずに沈んでゆくばかり。
「私」は買ってもらえなければ鳥籠の外には出ることはできないし、この鳥籠にいる間は「恋人ごっこ」を強制される。
別に気持ち良くもないが、お客様の気分を損ねぬようにアッアッと喘いで達した演技をする自分が本当に気持ち悪くて嫌になる。
「花魁」になってからは高値なお陰で呼ばれる頻度が少なくなったからまだマシだけど。

今日も私は完璧な恋人を演じる。
いつか鳥籠の外に連れ出される日を願いながら…。

7/31/2024, 5:26:40 PM

【だから、一人でいたい。】

その怪物はニンゲンに憧れていた。
スライムのように自在に姿を変えれた怪物はニンゲンと同じ人型になれるように、たくさん努力した。
長い年月を掛けて人型になれるようになった怪物は大変喜んだ。

ある時はニンゲンのフリをしてニンゲンたちと一緒に暮らし、またある時は住処の近くの村を守ってニンゲンと友好関係を築いたりした。
大好きなニンゲンと時を過ごし、怪物は幸せだった。

ニンゲンより頑丈で遥かに寿命の長い怪物は多くの別れを経験した。
大災害で住処の近くにニンゲンが居なくなった時、怪物はたくさん泣いた。
良くしてくれたニンゲンのことを忘れぬように、いつ戻って来てもいいように、怪物はかつてニンゲンが居た地を守り続けた。

それから何百年か経ったある日。
怪物の願い通り、ニンゲンは怪物の守り続けた地に戻って来た。
怪物は再びニンゲンと暮らせる日々が来たのだと喜んだ。

嬉しくなった怪物は人型になるとニンゲンの所へ出掛けた。
また昔のように友好的な関係を築けると信じていた怪物だったが、ニンゲンからは酷い扱いを受けた。
ニンゲンに取って怪物は怪物。
例え人型だろうが、友好的だろうが、ニンゲンからしたら危険な存在に変わりはない。
怪物は邪悪な存在として多くのニンゲンから命を狙われた。
怪物は訳が分からないままニンゲンと一定の距離で接し続けた。
自分が傷だらけになっても、死にかけても、ニンゲンを1度も傷つけようとはしなかった。

数十年後。
再び大災害が起こり、怪物を傷つけていたニンゲンたちは何処かへ消えた。
怪物は自分を傷つける者が居なくなった喜びと大好きなニンゲンとまた別れてしまった悲しみの混ざった感情を抱えた。

ニンゲンに憧れ、ニンゲンを愛していた怪物は心に酷い傷を負った。
怪物はニンゲンと関わるのをやめた。
あんなにも一生懸命に練習した人型になるのもやめた。
それほど、怪物は追い込まれていた。

時折、怪物の住処に迷い込んだニンゲンの子供や旅人がいた。
彼らは一定の距離を保って話そうとする怪物のことが気になったのか、怪物の昔話を聞いては共存の道を示した。
だが怪物は毎回悲しそうな目で首を横に振る。

「ニンゲンとは共存する気はない。それに…私はもうそんなに長くない。だから、一人でいたい。…静かに、過ごしたいんだ」

老いた怪物は会ったことは他言無用だと強く言い聞かせ、彼らを毎回近くの村まで送っていった。

そして数百年後。
誰よりも優しい怪物はひっそりと目覚めることのない眠りについたのだった。

7/28/2024, 11:04:06 PM

【お祭り】

太陽がギラギラと照りつける8月の暑い日。
男は大きな山に囲まれたド田舎の村にいた。

趣味である一人旅で辿り着いた少し閉鎖的な感じのする村。
男は村に入ってすぐに出会った「ヨシ」と名乗るお婆さんと仲良くなり、暫く家に泊めてもらえることになった。

「何か…外ガヤガヤしてますね」
「そりゃあ今日は『クギの日』じゃけぇ、外もうるさなるもんじゃ」
「クギノヒ?」
「簡単に言うとな、村んの神様に今年の豊作を願うお祭りの日じゃ。出店もミシロ様の踊りもあるけぇ、おめさも後で行ってみんしゃい」

夜になり、男が窓の外を見るとポツポツと提灯の明かりが灯り始め、何やら楽しげな音楽が流れ始めた。
そろそろ行こうかと男が支度しているとヨシが男の所へやってきた。
「コレを首から下げて行きんしゃい」とヨシから渡されたのは鳥居のようなモノを二重丸で囲ったような絵が書かれた小さな木の札。
上の方に空いた穴に長い紐が通されていて首から下げられるようになっていた。

首から下げて出店に行くと、店の人はニコニコしながらタダで食べ物をくれたり好きなだけ遊戯をさせてくれた。
この木の板は村の人にとっては何か特別なモノらしく、男はラッキーだと思いながらお祭りを楽しんだ。

男が酒を飲みながら歩いていると、ワラワラと人が集まっている場所を見つけた。
気になった男は人の間を縫うように移動し、前の方へ行くと中心では白い着物を着た中学生ぐらいの女の子が踊っており、周りの村人たちはそれを真剣に見ていた。
男がキョロキョロと周りをみていると隣にいた髭面の男が話しかけてきた。

「おう、坊主。クギの日は初めてか?」
「えぇ、まぁ…あの女の子は?」
「アレがミシロ様だよ。可愛いもんだろう?」
「アレが…。僕、ミシロ様と話してみたいです」
「それなら、あの階段の先にミシロ様の護衛がいっから首のソイツを見せれば通してくれる筈だ」

男は階段を登った。
直前の酒のせいで若干足元が不安定だったが、それでも「可愛い女に会う」という強い意志と根性だけで登りきった。
髭面の男が言った通り、階段の先には護衛と思われる槍を持った男が立っていた。

「君!ここは関係者以外立ち入り禁止だ…って…あぁ、ヨシ婆さんが言ってた子って君のことか。なら大丈夫、急に大きな声出してすまないね」
「いえ…あ、あの!さっきの…ミシロ様に会いたいんですが…」
「ミシロ様?それならそこの洞窟さ。もうすぐ儀式が始まるから行くなら走って行きな」

護衛の男に言われた通り、男は洞窟を走った。
暫く走るとボロボロで小さな社の前に座り込むミシロ様の姿があった。

男が立ち止まるとミシロ様はスッと立ち上がり、男の方を向いた。
そして何かを呟いた後、ミシロ様は男の方へと数歩近づいた。

「供儀(クギ)の日に来てくれてありがとう。貴方のお陰で私は『ミシロ様』を貴方に引き継げる」

そう微笑んだ「ミシロ様だった少女」の瞳には「ミシロ様」と「ミシロ様」の後ろで暗闇で怪しく光る赤目と鋭い牙がズラリと並ぶ大きな口の「ナニカ」が映っていた。

7/22/2024, 8:46:28 PM

【もしもタイムマシンがあったら】

もしもタイムマシンがあったら。
そんなよくある質問に僕は必ず「過去に行く」と答える。
僕には死んでも変えたい過去があるから。

大人になった僕は科学者になった。
素性を調べ上げ、信頼できると思った科学者数人と秘密裏にある研究をしていた。
時空を越える研究…つまりタイムマシンの開発。
「時空を越える」という行為は禁忌であり、タイムマシンの開発なんてものは論外。
禁忌の研究をしている僕らは犯罪者なのだ。

禁忌を犯してでも僕らには「変えたい過去」がある。
色々とあるが、僕は「幼馴染みを殺した犯人を殺す」ことを目的に何年もこの研究をしている。
犯人については既に特定していて、現在は別の事件を起こして塀の中にいるらしい。
だから此方から簡単に手を出せない。
塀の中にさえ居なけりゃ、すぐにでも殺しに行ってたのに。

そんなこんなで研究開始から約二十年。
僕らの目の前にはピカピカな数台のタイムマシン。
試作と改善を繰り返してなんとか完成できた代物だ。
行きは問題ないが、向こうの状況がわからないからちゃんと帰れる保証はない。
だけどそんなの関係ない。
今更僕らの想いは揺るがない。
禁忌を犯してでも変えたい過去。
手を伸ばせば変えられる所まできてるんだ。

仲間たちはそれぞれの「変えたい過去」へと旅立った。
1人残された僕は長い間世話になった研究室をぐるりと見渡した。
ツンとした匂いの薬品と仲間たちが好んでいたコーヒーの混ざった独特な匂い、事故った時のボヤの跡、タイムマシンを作る過程で生まれたガラクタの数々…。
ここにあるものは僕の宝物であり、僕の全てだ。

覚悟を決め、白衣を脱ぎ捨てるとタイムマシンに乗り込んだ。
そして、「あの惨劇の日」の前日にダイヤルを合わせる。

「今会いに行ってやるよ、クソ野郎」

7/21/2024, 1:47:29 AM

【私の名前】

世界が魔族に支配されていた時、私は異世界から来たという「勇者」と旅をした。
彼は不思議な男で、まるでこの世界のことが全て分かっているかのような口振りや行動をよくしていた。
彼は「僕の初期スキルだよ」と軽く笑っていたが、基本的に強いスキルにはそれ相応の条件やデメリットがある。
一応未来を見通したりするスキルなども存在はするが、大体かなりの制約があって1回発動するのに大掛かりな準備が必要だというのに彼のスキルにはそれらの条件が特にないように感じられた。
彼が度々話す「異世界」という場所の話も中々興味深く、素直に楽しかった。

ある日、彼は魔族の呪いによって身体を蝕まれた。
少しずつ弱っていく彼は大事に首から下げていたペンダントを私に託し、「後は頼む」と言って息を引き取った。
そのペンダントは「勇者の証」という国王から渡されたという代物で、コレを持っていれば色々と役立つらしいという話を昔聞いた。

そして私は「勇者」になった。
「彼」のような別れが嫌だからと仲間は作らず、ひたすら強さを追い求めた。
そして十数年掛けて魔王を討伐し、人々からは「世界の英雄」と呼ばれた。
町を歩く度に感謝され、私は莫大な富と地位と自由を得た。

何十年と時間は過ぎ去り、魔族に支配されていた時代を知る者はほんの僅か。
平穏な日々が続いたお陰で英雄の名は人々の記憶から段々と消えていった。
私は本当の名前で呼ばれることがなくなり、私自身も本当の名前を思い出すことができなくなった。
私の名前は「勇者」であり、「世界の英雄」だった。
それが今じゃ過去の栄光に縋り付くだけの哀れで醜い老人。

…私は一体、誰なのだろうか。

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