【友だちの思い出】
友だちの思い出で「良かった」と思えるものは高校の青春時代が殆ど。
中でも印象に残っているのは今の彼女がまだ友だちだった時。
昼休み。
廊下で今の彼女…Aを含めたいつものメンツと下らない話をしていて、そのうち流れで壁ドンの話題になった。
誰かがジャンケンで1番負けた人がされる側、1番勝った人がする側でやろうぜと言い出し、皆でジャンケンをした。
そしてAがする側、僕がされる側で決まってしまった。
僕は壁に背をつけ、Aは僕の前に立った。
当時からAのことが気になっていた僕はドキドキで心臓が飛び出しそうになっていた。
Aは少し恥ずかしそうな顔をしながら壁ドンをしてきた。
それで終わりだと思っていたのに足と足の間にグイッとAは自分の足を入れてきた。
突然の股ドンに驚いた僕はAの顔を見るとAはニヤッとちょっとだけ悪い顔をしていた。
その瞬間、ちょうど昼休み終了を告げるチャイムが鳴り、解散の流れになった。
Aは僕からスッと離れ、他の友だちは笑いながらワラワラと教室へと戻り始めた。
顔が赤くなっている僕にAは「…ドキッとしちゃった?」とコッソリ耳打ちし、教室に戻って行った。
僕はそんな彼女の後ろ姿に再びドキッとさせられ、1週間近くまともに顔を見られなくなってしまった。
そんなAとは仕事等ですれ違いがあり、お互い少し離れようってことで今は会えて無い。
けれど、また落ち着いたら改めて謝りたい。
もっと大切にしたい。
もう一度、君の隣でやり直したい。
僕はずっと君の虜なのだから。
【星空】
「赤城竜也様、おめでとうございます。貴方は『星空チケット』へ当選しました」
玄関先で黒尽くめの男がそう告げた。
数十年以上前から応募し続けていた「星空チケット」の抽選。
僕が当選したなんて夢のようだ。
「星空チケット」の倍率は約4億分の1。
1抽選につき5人当選でこの倍率なんてアホ過ぎる。
3ヶ月に1回応募できるとはいえ、一生かかっても当たる可能性は限りなく低い。
それなのに…ホントに当たるなんて。
このチケットは国が発行している物で、期間内であれば好きなだけ豪遊できる代物。
高級料理を食べたり、高級ホテルに泊まったり、高級風俗とかでイチャイチャしたりなんかもできる。
最後は「星空旅行」ってのに行くことができるらしい。
当然だが、譲渡やコピーなどはできないように当選者専用チケットが発行されているので他人は使えない。
当選したら目の前の男のような担当者が直接当選者に伝え、スマホなどを預かってそのまますぐに専用車で移動、という形になるので周りに当選したことはバレないとのこと。
じゃあSNSは使えないのかというとそういう訳でもないらしく、SNS投稿などができないように制限されている専用のスマホを渡されるので普段通り閲覧することは可能だった。
ルールとして「期間内は勿論、終了後も『星空チケット』の当選について決して口外しないこと」を約束に、僕の豪遊旅は始まった。
僕の担当になったこの黒尽くめの男は「ツキミヤ」と名乗り、僕の我儘をなんでも叶えてくれた。
初めての海外旅行にキャバクラ、金持ちだけが集まる高級カジノ、高級料理の食べ放題…あっという間に豪遊可能期間である2週間が経っていた。
「…赤城様、お時間になりましたのでそろそろ『星空旅行』へ向かいましょう」
「わかりました」
専用車でツキミヤに連れて行かれた先は大きな機械が並ぶ不思議な空間。
部屋の真ん中には黄色の大きな星マークが描かれており、それをスポットライトが照らしていた。
「では赤城様、その星マークの位置に立って少々お待ち下さい」
僕が星マークの上に立つとツキミヤは何かの機械を操作し始めた。
やがて、ギュイーン、ギュイーン。ガタン、ガタン、ガタン。というような音と共に機械が段々と激しく動き始めるとツキミヤは僕の数メートル前でお辞儀をした。
「…では、いってらっしゃいませ。良き旅を」
ツキミヤの声を合図に、僕の立っていた床が突然無くなった。
声を上げる暇もなく、僕の身体はふわっと浮き、そのまま落ちて、落ちて、落ちて、落ちて、落ち続けた。
永遠にも感じる時間落ち続けて真っ暗闇に一筋の光が見えた。
僕は一瞬安堵した。
が、それはすぐに別のモノに塗り替えられた。
錆びた鉄のような匂いとナニカが腐ったような匂いが入り混じり、最悪の悪臭となって僕の鼻を突き抜けた。
そしてようやく下が見えた時、僕は「星空チケット」の真相に辿り着いてしまった。
あぁ…「星空」って、そういうことか。
【神様だけが知っている】
この世界は0と1で構築された、所謂ゲームの世界。
それをゲームモブである僕が知ってしまったのは偶然であり、「バグ」だった。
今日も平和な音楽と共に世界が始まる。
魔王が現れてから魔物による被害はあるものの、依頼書を作ってクエストとして出せば「勇者様一行」が解決してくれるから安心だ。
今日もプツンという音と共に世界は闇に包まれ、僕らは強い睡魔に襲われる。
すぐ起きることもあるし、凄く長い間眠ってたこともある。
真実を知ってしまってからこの世界はとても不思議な世界だと感じるようになった。
ある場所に行くと涙が止まらなくなったり、身体が熱くて痛くて堪らなくなった。
生まれ育った村が、自分が、何だか全くの別のモノのように感じた。
僕らの行く末は画面の向こう側にいる「神様」だけが知っている。
…なぁ、今もそこで見てるんだろ「神様」。
【日差し】
僕は日差しが嫌いだ。
というより、吸血鬼だからそもそも日光が駄目なんだ。
日光を浴びると身体が灰になるから。
僕ら吸血鬼は生まれてからずっと夜の世界で活動し、ニンゲンの血を飲んで過ごす。
ここ数年は吸血鬼ハンターと呼ばれるニンゲンたちが大きなギルドを作り、僕らを狩りにくるので食事は最低限。飢餓に強いとはいえ、かなり貧困な暮らしをすることになった。
吸血鬼ハンターにより、同胞は一気に数を減らした。
女、子供、赤ん坊も関係なく、奴らは僕らの生活を破壊した。
ヒトを襲うのが苦手な吸血鬼は自分から隷属になり来た物好きなニンゲンや輸血パックで何とかしていたから迷惑を掛けていないのに、奴らは「吸血鬼」ってだけで殺戮を繰り返した。その姿はまるで悪魔。
僕らはただ生きるためにニンゲンの血を欲しているだけなのに。
奴らのせいで家族を失い、悲しみに暮れた吸血鬼は決して少なくない。
こんなに苦しくなっても吸血鬼ハンターたちは止まらなかった。
僕らの首に多額の賞金を賭け、目撃情報を提供するだけでも謝礼を渡し始めた。
僕らはあっという間に住処を追われ、ニンゲンが殆ど居ない場所へと隠れるようになった。
日光を浴びながら寝ると、ポカポカとあったかくて気持ち良いのだという。
…まぁ、僕とは無縁な世界だ。
ある日、吸血鬼ハンターが住処に向かっているとの情報を得た。
この中で1番動けるのは僕。
なら、今僕がやるべきことは…同胞を逃がすこと。
そして僕と吸血鬼ハンターの長い長い鬼ごっこが始まった。
逃げながらもヒトを過剰に襲って騒ぎを大きくした。
1人で沢山襲って危険度を上げればギルドから「ネームド個体」で登録される。
「ネームド個体」になれば討伐優先度が上がり、吸血鬼ハンターたちはその対処に追われる。僕の負担は上がるが、代わりに無名の同胞たちは動きやすくなる。
それが狙いだった。
日中は地下や日の入らない森で逃走、夜になれば街でヒトを襲って血を啜る。
それを繰り返している内に体調が悪い日が続くようになった。
短時間での血の吸い過ぎもあるし、まともに寝れていないから仕方がない。
だけど正直、肉体的にも精神的にもかなり限界だった。
「そろそろ潮時…だな」
僕は最後、奴らに一泡吹かせてやろうと思い、あることを決行することにした。
真夜中の鬼ごっこは中々にハードだった。
トップハンターが総出で僕を叩きのめしにきていた。
僕の首に賭けられた賞金が相当膨れ上がっているみたいで、みんな血眼。
わざわざ遠方から僕を狩りに来ている奴も居るらしい。
…あと十数分で夜が明ける。
走るなら、今だ。
最後に自慢のスピードで吸血鬼ハンターから距離を取る。
追ってこれるようにわざと自分の血を点々と残しながら…。
僕が向かったのは数日前に見つけた絶景ポイント。
この場所を見つけてから僕の最後は此処だと決めていた。
夜は明け、太陽が顔を出し始めている。
この木の影から出れば、全てが終わる。
目を瞑り、深呼吸をした僕は数歩前に出て日光を浴びた。
焼けるような痛みが身体全体に広がり、ジュワジュワと指先から感覚がなくなっていく。
「おひさまって…あったけぇなあ…」
手足から無くなり、下半身、上半身と灰になった。
残ったのは首から上だけという所で遠くから足音が近づいて来た。
意識を手放す前、最後に見たのは僕を追って来た吸血鬼ハンターの姿。
僕らは最終的に灰さえも残らない。
だからコイツ等は僕1人に半年以上も掛けて何も得られない。
生活が掛かってた奴も居るのかもしれない。
けど、そんなの知ったこっちゃない。
お前等に利用されるぐらいなら喜んで死んでやる。
なんなら先日、逃がした同胞が「種」を蒔き終えてくれたとの連絡を受けた。
さぁ、今度はお前等が狩られる番だ。
ざまあみろ。
【窓越しに見えるのは】
雪がシンシンと降り積もる真冬の夜。
ボロボロの布切れを纏った少年は街を彷徨っていた。
クリスマス・イブということもあり、街は特別キラキラとしていた。
そんな光景など眼中にない少年は風通りの悪い路地裏に座り込むと、懐から寒さでガチガチに凍ってしまったパンを取り出し、弱々しく齧りつく。
パンは表面がほんの少しずつ削れる程度。
少年は食べることを諦めてパンを再度懐に仕舞い、少しでも暖を取ろうと身体を丸めた。
…どれぐらい経っただろうか。
何処からか「わははは」と楽しそうな声が聞こえた。
声がする方向を見ると先程まではなかった、光が漏れている窓。
少年はグッと残り少ない体力を振り絞り、窓の側まで近寄った。
窓越しに見えるのは暖炉の火がパチパチと鳴る部屋で豪華な食事を囲む仲良さげな3人家族の姿。
「いいなぁ…」と呟いた少年は静かに座り、俯いた。
少年は数日前、たった1人の家族を失ったばかりだった。
家族であった老人は少年が出掛けている間に周辺を騒がせていた強盗犯と鉢合わせしてしまい、刺された。
少年が帰って来た時には老人は虫の息。
「遠くへ逃げなさい」と告げてそのまま息を引き取った。
怖くなった少年は僅かな銀貨とパンを持って真冬の空の下を駆けた。
そして、やっとの思いでこの街に辿り着いたのだ。
少年は窓の側で部屋からの僅かな暖を取りながら目を瞑った。
もうどうでもいいや、と…。
暫くして少年が目を覚ますと見知らぬベッドの上だった。
困惑しているとガチャッと扉が開き、入ってきたのは窓越しに見えていた3人家族の内の1人。自分と同い年ぐらいの少女だった。
「あ、気がついた?」と少女は優しく微笑みかけ、大声で父親と母親を呼んだ。
するとバタバタと慌てたような足音が近づき、優しそうな顔の夫婦が現れた。
夫婦は少女が家の側に少年が倒れているのを見つけて介抱していたのだと伝え、少年に何処から来たのか、そして何故倒れていたのかを聞いた。
少年は少し迷ったが、正直に今までのことを全て話した。
3人は静かに少年の話を聞いていた。
やがて父親が「なら、今日からウチの子になればいい。まぁ最低限は働いては貰うが…」と言った。
少年は何か裏があるのではと疑ったが、父親は「男手が欲しかっただけだ」と少年の疑いの言葉を払い、母親も少女も歓迎ムードだった。
少年は泣きながら父親の手を取り、「これからよろしくお願いします」と言った。
少年へのクリスマスプレゼント。
彼は新しい家族を、幸せを手に入れたのだった。